株式交換を利用したM&A事例~コムシスHD
⽬次
コムシスHDの概要
コムシスホールディングス株式会社(コムシスHD)は、日本最大の電気通信工事会社である。戦後、日本のライフライン構築が急務となり、全国を網羅する電気通信工事会社の設立が必要となった。そこで当時の経済界を代表するリーダー達が発起人となり設立されたのがコムシスHDである(日本通信建設株式会社として発足)。1951年、日本初の通信事業者である日本電信電話公社(現NTTグループ)設立の1年前のことである。その後幾多の変遷を経て、東証1部上場、連結売上高約3,200億円、事業コアカンパニー5社、連結従業員約1万人を抱える企業へと成長を遂げた。同社の中核事業は表1の4つに大別される。
表1 コムシスHDの事業内容
M&Aの背景
コムシスHDは、今後さらに本格化が予想される震災復興工事や東京オリンピックに向けた各種インフラ工事等により、中期的には安定した事業基盤が確保されている。ただし長期的な課題として、NTT依存度が高いため、NTT設備投資が一巡した後、事業の柱が揺らぎかねないとし、非NTTを掲げた長期的事業戦略を立てた。社内リソースに加えて、積極的に社外リソースを取りこむM&Aの実施により、この戦略実現に向けて動き出した。
コムシスHDは、東証1部上場企業の中でも自社株買いに積極的な企業の1社である。発行済株式総数(2014年5月13日終値ベースでの時価総額約2,500億円)に占める自社株は18%、金額にして約450億円である。
同社は、先述のような環境下、当該自社株の積極活用による拡大・成長を戦略とし、以下に挙げる2つのケースのM&Aを実施した。
ケース1:つうけんとの経営統合(2010年10月)
株式会社つうけん
本社:北海道札幌市 設立:1951年4月2日(大北電建株式会社)、 その後北日本通信建設株式会社) 売上高:約400億円 従業員数:約1850名 事業内容:電気通信設備・無線システム・その他設備工事全般の設計・施工・保守
株式会社つうけんは、コムシスHDと同年に設立され、その後札幌証券取引所に上場した(経営統合と同時に上場廃止)、北海道屈指の名門企業である。基盤である北海道の情報通信設備の構築とネットワークソリューションの提供を主業務とする。主要顧客はNTT東日本であり、主業務、及び主要顧客はコムシスHDと同一だ。ゆえに、コムシスHD同様、非NTT分野の拡大、インフラ設備構築のための設備投資減少への対応、あるいは価格競争力強化のためのコストダウンなどを課題としていた。さらに、北海道という物理的なカバーエリアの広大な市場への対応という特殊要因も加わり、両社の提携へ機運が高まって、2010年10月に両社の経営統合がなされた。
この経営統合においてとられたスキームが、金庫株を活用した株式交換だ。形として、つうけんはコムシスHDの100%子会社となり、グループの主要事業会社の1社となった。コムシスHDは株式交換においては新株の発行を行わず、それまで進めていた自社株買いで蓄積した金庫株を対価としてつうけんの株主に割当交付した。
ここで注目すべきは本件の株式交換比率である。最終的に合意した交換比率は、コムシスHD:つうけん=1:0.4であった。すなわち、つうけん株式1株に、コムシスHD株式0.4株を割り当てるというものである。コムシスHDの2010年5月12日付リリースで明示されている算定根拠等によれば、それぞれの第三者算定機関の交換比率の評価レンジは以下のようである(シンプル化のため市場株価分析及びDCF分析のみ記載)。
コムシスHDサイドの評価、つうけんサイドの評価
これらのレンジを総合すれば、0.22~0.43となり、両社はこのレンジを参考として交換比率を交渉することになるが、最終合意においては0.4がとられた。レンジの上限に近く、かつきりのよい数字でまとめられた。このことは、コムシスHD が、北海道の名門つうけん及びその株主に最大限の敬意を表したことを示すものであり、また経営統合のインパクトの大きさ及び両社に及ぼす好影響を確信しての合意といえるであろう。現実に、その後の株価は、アベノミクスの影響等もあいまって、堅調に推移している。現時点において、当該経営統合は大成功であったといえよう。
ケース2:つうけんによる「アドオン」 ~セントラルビルサービスの子会社化(2014年3月)
株式会社セントラルビルサービス
本社:北海道釧路市 設立:1973年9月 事業:ビルメンテナンス、警備 売上:490百万円(平成25年3月期) 経常利益:19百万円(同上) 従業員:26 名
株式会社セントラルビルサービスは、釧路を拠点に、ビルメンテナンス事業及び警備事業をメインビジネスとする。ケース1の場合がプラットフォーム型と呼ばれ、グループの中核企業(プラットフォーム)を直接コムシスHDの子会社にするのに対し、本件ケース2は、プラットフォーム強化のため、買収主体を事業子会社のつうけん(実際はつうけんの子会社のつうけんアクト)とする、「アドオン型」と呼ばれるものだ(図1参照)。
図1 ケース1とケース2の比較
アドオンを検討することにより、コムシスHDは規模の大小にかかわらず、事業性と成長可能性を重点ポイントとして買収対象企業の選定を行っている。実際の運営は、事業中核会社に委ね、きめの細かいPMIを行っていくこととなる。
さて、セントラルビルサービスは、長年にわたって築かれた信用を土台として、釧路信金、釧路市、あるいは北海道庁などを顧客としている。また、近年は札幌にも進出し、清掃・設備管理等の本業から派生する業務の拡大・多角化を進めている。 売上・利益あるいは財務面でも健全な企業であるが、創業者吉田社長の後継者問題を抱えていた。吉田ご夫妻のご子息・ご令嬢ともに医者になられており、会社の後継者になり得ない。数年間の検討ののち、最良の解決方法はM&Aであるという結論に至り、日本M&Aセンターにご相談いただいた。
弊社のマーケティングの結果、売却先としてコムシスHDグループを提案した。ケース1後、コムシスHDはつうけんというプラットフォームを得て、北海道エリアでのアドオンを検討中であった。非NTT事業、道内でのビルメンテナンス、警備業全般のノウハウの取得は、つうけんにとって魅力的であった。売上5億円と規模は決して大きくはないものの、健全な財務状況、及び事業拡大の可能性を考え、セントラルビルサービスを買収することを決断した。
2014年4月に、セントラルビルサービスはつうけんのグループ企業となったが、ここで取られたスキームも株式交換である。コムシスHDとセントラルビルサービスがまず株式交換を実施し、その直後にコムシスHDは100%子会社となったセントラルビルサービスの株式を、つうけんの子会社であるつうけんアクトに譲渡した。
株式交換において最もセンシティブな問題は、実行後の株価変動である。上場企業同士の株式交換であれば、株主は変動リスクを承知の株主であるので、より企業価値が高まるのであれば株式交換をいとわない。他方、非上場企業の場合、株価変動リスクに敏感なオーナーが多く、実行後の株価変動リスクを避けたい、とのニーズから現金での買収を望みがちである。セントラルビルサービス吉田社長もこの点は変わらなかったが、コムシスHDおよびつうけん経営陣への信頼、つうけんという同エリア内の名門という安心感、コムシスHDの堅固な事業・財務基盤あるいはコムシスHDから提示されたプレミアムなどを総合的に判断し、最終決断をなされた。
コムシスHDは、今後も積極的に金庫株を利用し、買収・資本提携を推進していくであろう。表1の中核4事業にかかわるものであれば、ケース2に見られるように、コムシスHDでの株式交換、その後グループ内での株式譲渡というアドオン型スキームをとりうるし、大型案件あるいは新規ビジネスにおいては、あらたなプラットフォームとして、コムシスHD直下の中核企業と位置付けて育てていく道もあろう。
今後もコムシスHDの動向に注目していきたい。
Future vol.5
当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.5」に掲載されています。