ファンドによる事業承継の法的特色

井上 裕也

著者

井上裕也

三宅坂総合法律事務所弁護士

M&A法務
更新日:

⽬次

[非表示]

プライベート・エクイティ・ファンドとその役割

オーナー経営者が親族等以外の第三者への事業承継を検討する場合、取引先を始めとする事業会社に加え、ファンドも有力な選択肢となる。第三者への事業承継とは、株式譲渡あるいは事業譲渡の形式を取り、事業を有機的・一体的にに譲ることを意味する。「ファンド」と一括りに記載したが、現在では多種多様なファンドが活躍しており、ここでは事業承継時の受け皿として機能するPEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)(以下「PEファンド」と表記)について解説する。

PEファンドは、主として非上場企業の株式・事業を取得するため、出資者を募り投資活動を展開する。金融機関からの融資を組み合わせて投資を実行するケースもあれば、TOBによる非上場化を前提として、上場企業の株式を取得、その後企業価値を増大させ再上場を企図することもある。2006年、野村プリンシパル・ファイナンスのもとで上場廃止、今年ベインキャピタルのもとで再上場した「すかいらーく」などが好例だ。PEファンドの形態は、2004年の法改正以降は「投資事業有限責任組合」とすることが主流だ。

PEファンドの果たす役割は、最終的な投資回収を見据えつつ、企業の持続的成長・企業価値向上に向けた経営陣との成長戦略・事業計画策定に始まり、役員の派遣、PEファンドが有する各種ネットワークの活用、金融機関交渉、取引先の開拓、人事制度改革など多岐に亘る。

典型的な事業承継事例における特徴

典型的な事業承継事例における特徴

PEファンドによる事業承継の特色

以下、PEファンドによる事業承継の特色を解説する。

(1)株式の取得比率

PEファンドによる事業承継では、株主総会における議決権の過半数以上の株式取得が通常であるが、いわゆるマイノリティ出資も散見される。現オーナーに経営手腕が認められ、経営権はそのままに、PEファンドが側面支援に回るといったケースである。投資回収時点では、オーナーとともに第三者へ売却する、あるいは上場させる等の出口が考えられよう。

(2)承継後の役員構成

事業会社が承継した場合、親会社から代表取締役はじめ常勤役員が派遣され、現オーナー経営者は取締役の地位から離れることが多い。特に同業への継承の場合は、事業への知見が高いケースが多く、比較的短期間に取締役を退任する例が多く見られる。

一方PEファンドが事業を承継した場合、新役員構成は比較的柔軟に検討される。なぜなら、PEファンドの、あるいはファンド運営者の多くは、当該事業について深く研究はするものの、その事業の「たたき上げ」とはいえないため、その事業のプロフェッショナルである現取締役を留任させ、通常PEファンドからは、トップマネジメントとしての新代表取締役と、そのスタッフである非常勤取締役・監査役などが派遣される。なお、事業価値向上や緩やかな経営権移行のため、PEファンドとオーナーの合意により、前述のようにオーナー自身が代表取締役として残る場合や、取締役会長として引き続きトップマネジメントを継続するケースもある。

(3)承継後の会社の経営方針

事業会社が承継した場合、株式譲渡の場合は、長期間子会社として存続することが多いが、グループ企業戦略に沿って、短期間のうちに合併、会社分割、事業譲渡などの手法により組織内再編を行う場合もある。事業承継後の会社は、グループ企業の一員として、グループ戦略の影響を受けるといえよう。

一方、PEファンドの場合、通常数年後を期限とする投資回収・出資者への配当(「Exit」と呼ばれる)も勘案した上で経営方針が立てられ、特定の親会社(事業会社)による事業戦略には左右されるものではない。なお、オーソドックスなExitの方法は第三者への株式売却や株式上場であるが、自社によるPEファンド保有株式の買取り(自己株式)やオーナーによる株式の買戻しなども見られる。

オーナーとPEファンド間の契約

オーナーとPEファンドが締結する契約(代表的には株式譲渡契約)では、以下のような条項を設けることがある。

オーナー側の要請による条項

  • 将来のExit先・Exitの方法に一定の条件を設ける条項
  • オーナーが株式を買い戻せる条項(優先交渉権等)
  • 従業員の雇用維持条項、賃金その他労働条件の引き下げを制約する条項

PEファンド側の要請による条項

  • 主要な役職員が離職した場合、投資を中止できる条項
  • オーナーによる同種業務の遂行を制限する条項(競業避止義務条項)

上記のような約束事項を設けるか否かは、オーナー・PEファンド間での重要な協議・交渉事項であり、契約書上での規定内容・表現ぶりを含めて綿密な調整が必要である。PEファンドとの間で行われる契約交渉の方法は、基本的に事業会社との間の契約交渉と相違点はなく、契約書原案(オーナー、PEファンドのいずれも原案を作成する場合がある。)をもとに、両者の意向を汲みつつ妥結点を見出すこととなる。なお、原案で相手方に提示した条件以上に原案作成者に有利な条件を後で追加することは、相手方の反発を招きやすく実際上難しいケースも想定され、この点でもPEファンドか事業会社かでは大きく異ならない。契約書原案作成に際しては、弁護士や法務担当者等のドラフト担当者と十分に協議を行い、希望する事項が反映されているか確認することが肝要であろう。

以上、断片的ではあるが、PEファンドによる事業承継の法的特色について解説した。事業承継を検討される際、このようなPEファンドの活用も選択肢になると考えられる。

広報誌「Future」 vol.6

Future vol.6

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.6」に掲載されています。

******************
PEファンドへの譲渡・売却によるパートナー戦略
******************

著者

井上 裕也

井上いのうえ 裕也ゆうや

三宅坂総合法律事務所弁護士

2002年東京大学法学部卒業、2004年弁護士登録。M&A・グループ内再編案件(上場企業・非上場企業、売手側・買手側を問わず多数の取扱い実績有)、会社法・倒産法・知的財産権法関連その他企業法務全般、事業再生案件を多数取り扱う。主要著書に「新会社法A2Z非公開会社の実務」(共著、第一法規株式会社)。 <br><br> 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

この記事に関連するタグ

「広報誌・M&A法務・PEファンド・事業承継・ファンド」に関連するコラム

事業承継ファンドとは?仕組みや活用のメリット、事例について紹介

事業承継
事業承継ファンドとは?仕組みや活用のメリット、事例について紹介

かつて中小企業における事業承継では、社長の子供など親族に引き継ぐ親族内承継が広く行われていました。しかし近年は後継者不在問題を背景に、親族内承継から、従業員等への社内承継や、社外の第三者へ引き継ぐ第三者承継にシフトしつつあります。「社外の第三者」について、一般の事業会社をイメージされる人が多いかもしれません。実際は事業会社のほかに、ファンドもその当事者として名乗りを上げるケースが増えています。本記

PEファンドとは?VCとの違い、仕組み、中小M&Aでの活用を紹介

M&A全般
PEファンドとは?VCとの違い、仕組み、中小M&Aでの活用を紹介

事業承継をM&Aで行う場合は、自社株を譲受企業に譲渡しなければなりません。その結果、譲受企業は親会社となり、自社は譲受企業の子会社として新たに事業を継続していくことになります。しかし自社株の売却先は譲受企業だけではありません。譲受企業以外にも、ファンドに売却することによって事業承継を成立させることもできます。この事業承継で活用できるファンドとして、PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)

中堅企業M&Aマーケットで存在感を増すプライベート・エクイティ・ファンド

M&A全般
中堅企業M&Aマーケットで存在感を増すプライベート・エクイティ・ファンド

ファンドへの譲渡案件が増加M&Aの相手先としてPEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)(以下、ファンド)を選択する経営者が増えている。日本M&Aセンターにおいても、ファンドを買手とした案件数は成約ベース、検討ベースともに年々増加している。下記グラフをご覧いただきたい。ファンドの関与案件は、取引金額ベースでは2008年のリーマンショックをピークに減少しているが、案件数ベースではむしろ増加傾

企業の成長戦略とプライベート・エクイティ・ファンドの活用

M&A全般
企業の成長戦略とプライベート・エクイティ・ファンドの活用

近年PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)、とりわけバイアウト・ファンド(以下、ファンド)を活用した事業会社による成長戦略実行のケースが多くなってきている。日本の事業会社がファンドをどのように活用しているのか、ファンドはどのような動きを取っているのか、4つの潮流を以下、順を追って考察していく。\[1\]ファンド、事業会社間の「売り」・「買い」の絶対数の増加\[2\]国内大手企業の欧米フ

サーチファンドとは?事業承継を解決し、個人が経営者のキャリアをスタートする選択肢

事業承継
サーチファンドとは?事業承継を解決し、個人が経営者のキャリアをスタートする選択肢

事業承継問題の解決策、そして新たな経営者のキャリアとして注目を集めるサーチファンド。日本におけるサーチファンドの第一人者、伊藤公健氏が率いるサーチファンド・ジャパンは2020年の設立以来、国内にサーチファンドを広めるべく精力的に活動を行っています。今回はサーチファンドの概要、そして日本M&Aセンターとの取り組みについてお届けします。日本M&Aセンターでは、事業会社のほか、ファンドとのM&A支援を行

逆境に負けないお菓子メーカー「フジバンビ」のチャレンジ

広報室だより
逆境に負けないお菓子メーカー「フジバンビ」のチャレンジ

九州・熊本のお土産菓子として有名な「黒糖ドーナツ棒」。百貨店やスーパーマーケットなどで開かれる九州フェアや物産展で目にした方も多くいるはずです。外はサックリ、中はしっとりな食感と優しい黒糖の甘みが特徴で、熊本市に本社を構える菓子メーカー「株式会社フジバンビ」の主力商品です。創業70年を超える老舗は2018年、PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)である日本投資ファンド(J-FUN)と資

「広報誌・M&A法務・PEファンド・事業承継・ファンド」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aにおける法務の必要性とは?M&Aの実行に当たってはビジネス・財務・法務、すべての観点が欠かせません。ビジネスの観点については、M&A戦略を描く買い手の経営陣が得意とするところです。そして財務的観点は、多くの中小企業において決算書等の数字を中心に確認されます。これらの2つに加え重要になるのが「法務的観点」です。そもそもM&A自体、会社法等の様々な法令を適用して行われる手続です。法令上求められる

基本合意書(LOI)の締結

基本合意書(LOI)の締結

M&Aで基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。日本M&AセンターではM&Aに精通した弁護士・司法書士・公認会

M&Aの関係者

M&Aの関係者

M&Aの実行には売り手、買い手の当事者のほか、彼らを支援する支援機関など様々な関係者の存在が不可欠です。本記事ではM&Aにはどのような関係者がいるのか、その役割について紹介します。日本M&Aセンターは中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録しているM&A仲介会社です。経営・事業承継に関するご質問・ご相談を予約制で承ります。無料相談はこちらM&Aの関係者M&Aの実行に関係する当事者、支援機関など主な

「広報誌・M&A法務・PEファンド・事業承継・ファンド」に関連するM&Aニュース

スノーピーク、MBO実施で非上場化へ

株式会社スノーピーク(7816)は、2024年2月20日開催の取締役会において、いわゆるマネジメント・バイアウト(MBO)の一環として行われる株式会社BCJ-80(以下「公開買付者」)による同社の普通株式に対する公開買付け(TOB)に関して、賛同の意見を表明するとともに、同社の株主に対して、本公開買付けへの応募を推奨することについて決議した。なお、当該取締役会決議は、本公開買付け及びその後の一連の

WMパートナーズ、ハット・トリックと資本提携

WMパートナーズ株式会社(東京都千代田区)が管理運営するWMグロース5号投資事業有限責任組合は、株式会社ハット・トリック(兵庫県神戸市)に対する投資を実行した。WMパートナーズは、独立系プライベート・エクイティ・ファーム。ハット・トリックは、フルーツタルト・マカロン等の洋菓子の製造販売、飲食店の運営を行う。フルーツタルト専門店「ア・ラ・カンパーニュ」、マカロン専門店「グラモウディーズ」、カフェ業態

七十七銀行、投資専門子会社が運営するファンドを通じて、キャド・キャムの全株式取得

株式会社七十七銀行(8341)は、投資専門子会社である七十七パートナーズ株式会社が運営する七十七パートナーズ第1号投資事業有限責任組合(以下、本ファンド)を通じて、キャド・キャム株式会社(山形県鶴岡市)の全株式を取得した。七十七銀行は、宮城県仙台市青葉区に本店を置く、仙台を中心とした地方銀行。キャド・キャムは、全国の高層ビルや商業施設等、各種建物床構造の設計業務や各種鉄骨部材関係の設計製図を専業で

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース