中期経営計画策定で留意すべきこと

高嵜 祐輔

著者

高嵜祐輔

株式会社ピー・アンド・イー・ディレクションズディレクター

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

中期経営計画は重要、機能させるための工夫はさらに重要

経営計画には計画期間と内容によっていくつかの種類が存在する。たとえば10年単位の長期的な経営ビジョンを記す「長期ビジョン」、年度単位の目標と行動計画を組織別に落とし込んだ「単年度計画」などである。本稿では3~5年の期間をターゲットとする「中期経営計画」について、その重要性と策定にあたっての留意点を考えよう。 大きな事業環境の変化が訪れ、それらに対応するための大胆な経営資源(人・モノ・金)の組み替えが必要とされる昨今、中期経営計画は本来きわめて重要な役割を果たす。だが、最近では逆に「中期経営計画不要論」が一部で盛り上がりをみせている。これらが問題にしているのは「多大な工数が注ぎ込まれているにもかかわらず、魂の入っていない計画ができあがってしまう」、「既に計画が形骸化しているにもかかわらず、それに基づいた実の無い管理サイクルだけが延々と残っている」といった事態である。 参考までに当社がおこなった調査データを引用すると、売上高300~2,000億円の中堅上場企業1,016社のうち、中期経営計画をインターネット上に公開している会社は65%にあたる657社、さらにそのうち中期経営計画で掲げた売上目標値の達成が困難になっていると思われる企業は半数以上の57%にあたる377社であった。(図1)

図1:中堅上場企業における中期経営計画公開状況および達成見込み

図1:中堅上場企業における中期経営計画公開状況および達成見込み

中期経営計画策定にあたって肝になる7つのこと

有効な中期経営計画を策定し、かつそれを目論見通り機能させていくためにはどのような点に留意すればよいのか。 7つポイントを挙げておく。

(1)ユーザ動向・市場・業界動向を幅広に捉える、過去から現在だけでなく将来を見通す

単年度ではなく「中期」を見通して大胆な経営資源の組み換えを考えていくためには、事業環境を捉える視野を日常よりも意識的に広げておくべきである。国内から海外、業界内から周辺業界という空間的広がりに加えて、将来の事業環境を予測するという時間的広がりにも意識を向ける必要がある。

(2)客観的に自社の能力・強みをおさえる

「自社の強み」については、部門によって、階層によって、実に様々な意見が飛び交う。この部分の認識がばらついている中で「その戦略・施策が機能するのか?」という議論を噛み合ったものとして前に進めていくことは大変困難である。

(3)多面的な視点(株主・取引先・社員など)での考察を行う

ステークホルダーごとに伝えるべき情報の種類、精度は異なる。中期経営計画はそれらを充足させつつ、全体として整合性が保たれ、首尾一貫したメッセージを発信することができるように組み立てておくべきだ。

(4)“ここ”から“そこ”に行くまでの道筋・方法を示す

向かうべき方向が共有できたとしても、そこにたどりつくまでの道筋は複数存在する。どの道を進むつもりなのかをリーダーが明示できなければ、社員は各々の思う方向に歩を進め、結果として戦力の分散を招いてしまう。

(5)オーガニック、ノンオーガニックの領域を明確にする

過度にM&Aなど外部に依存した計画はもちろんリスクが大きいが、ノンオーガニックの可能性を考慮していない計画は打ち手の幅が著しく制限された計画となってしまう。

(6)実行する人間の腹落ち感の醸成

中期経営計画で掲げられた施策が現場で実行されている様子がない場合、その戦略・施策が「理解されていない」という可能性よりも、実行する人間の中で「腹落ちしていない」という可能性を疑うべきである。「腹落ち感の醸成」のためには策定プロセスの中で双方向のコミュニケーションをタイムリーに実施していくことが有効である。

(7)不確実要因を意識する

中期経営計画を策定する上で重要なことは「ほぼ確実な未来」と「かなり不確実な未来」をクリアに分けて認識することである。そして「かなり不確実な未来」についてはシナリオを策定し、想定されるシナリオごとに打ち手を考えておく必要がある。

「戦略」「数値計画」「行動計画」のバランス

多大な工数をかけて中期経営計画を策定したにもかかわらずそれが機能していない、というケースでは、計画の構成要素である「戦略」「数値計画」「行動計画」のバランスに問題があることが多いように感じられる。 例えば以下のようなものである。

-戦略は非常に分厚く、数値計画も明確だが、行動計画への落とし込みが甘く実行のイメージが不鮮明。結果として現場の動きが非効率 -数値計画と行動計画はきわめて詳細だが、前提となる戦略が曖昧で計画全体に求心力が無い。結果として現場の実行マインドが停滞している

「戦略」「数値計画」「行動計画」のそれぞれの内容をきちんと盛り込むために中期経営計画書のフォーマットを作成しそれを埋めていく、といったやり方もないわけではない。しかし本来は会社が置かれている状況に応じて、どの要素をどういった重みで扱うべきか、という判断と調整がおこなわれるべきである。

図2 機能する中期経営計画の策定に必要な3つのバランス

図2 機能する中期経営計画の策定に必要な3つのバランス

最後に ~策定プロセスこそ重要

ポイントを押さえながら進めたとしても、現場が腹落ちする中期経営計画を策定するには多大な工数がかかる。だが、中期経営計画が機能するか否かの勝負は策定プロセスからスタートしていると考えると、ここで必要なプロセスをしっかり踏んでおくことこそが王道だ。計画をまとめ上げるまでの工数としては、単に情報収集やデータ分析、資料の作成といった工数だけでなく、いわゆる「すりあわせ」のためのコミュニケーション工数を十分に確保しておくことが必要である。コミュニケーション、あるいはすりあわせこそが策定プロセスの要であり、中期経営計画の成否を決定するといっても過言ではない。

広報誌「Future」 vol.12

Future vol.12

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.12」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

高嵜 祐輔

高嵜たかさき 祐輔ゆうすけ

株式会社ピー・アンド・イー・ディレクションズディレクター

【会社概要】戦略策定(Planning)と実行支援(Execution)を行う経営コンサルティング・事業支援会社。新規事業の立ち上げ、海外市場への進出、アライアンス・M&Aの推進、新商品・新サービスの上市、新販路拡大など、成長戦略の企画から実行までを多段階にわたり支援。シンガポール、タイ(バンコク)など海外にも拠点およびスタッフを設置。2001年創業以来、大企業、中堅・中小の上場企業、プライベート・エクイティファンドなどを中心に数多くの支援を実施。

この記事に関連するタグ

「広報誌・中期経営計画策定」に関連するコラム

PMI M&A後の統合プロセスについて

PMI
PMI M&A後の統合プロセスについて

今日、成長戦略としてのM&A推進による業容拡大を掲げる企業は多く、M&A実行のプロセスにおいて、買収対象企業探索とマッチング、買収対象企業の企業価値評価、このためのビジネス・財務・法務等各種デューデリジェンスと契約及びクロージングの一連のプロセスについては、M&Aアドバイザー及び各種専門家の連携のもとで比較的安定した実務が形成されつつある。他方M&A後の統合に関する課題の検討と実践面では、今なお相

イオングループのDNAを継承しM&Aを推進~業界の転換期を見越した「選択と集中」戦略が成功の秘訣~

M&A全般
イオングループのDNAを継承しM&Aを推進~業界の転換期を見越した「選択と集中」戦略が成功の秘訣~

イオンディライト(東証一部9787)は、2006年に、旧マイカルの子会社であるジャパンメンテナンスと、イオン(東証一部8267)の子会社であるイオンテクノサービスとが合併し誕生した。2015年度の連結売上高は、2,810億円に上り、現在、国内におけるファシリティマネジメント業界の中で最大の企業である。アジア戦略を含めた2014~2016年度の中期経営計画をウェブサイト上で明示し、2020年にはアジ

M&A戦略実行における課題提起~クリアすべきM&A阻害要因とは~

M&A全般
M&A戦略実行における課題提起~クリアすべきM&A阻害要因とは~

これまで多くの大手企業・中堅企業のM&Aの支援をする中で、経営企画部のM&A担当者からM&A実行に関する悩みを聞いてきた。その悩みは千差万別であるが、おおよそ3つの要因からくることに気付く。なぜM&A戦略が進まないのか?本稿では、これらの要因を紹介し、大手企業の経営計画、M&A実行における課題提起の機会としたい。要因1:M&A戦略における責任と権限が不明確中期経営計画立案時からM&A戦略自体を消極

With/Afterコロナ新時代!ライバルとの差を広げるレバレッジ戦略の提唱 ~危機に強い会社になるために、経営者に残された選択肢とは?!~

M&A全般
With/Afterコロナ新時代!ライバルとの差を広げるレバレッジ戦略の提唱 ~危機に強い会社になるために、経営者に残された選択肢とは?!~

【連載】With/Afterコロナにおいて上場会社グループがとるべきM&A戦略「With/Afterコロナにおいて上場会社グループがとるべきM&A戦略~リスク分散できる事業構造への抜本的改革とM&Aの活用~」と題し、全5回で連載したします。連載第2回の今回は、日本M&Aセンター企業戦略部部長西川大介より危機に強い会社になるための戦略について解説いたします。不況をライバルに差をつける機会と捉える新型

【第1回】PEファンドのパイオニア、アドバンテッジパートナーズの笹沼代表に訊く、 「上場会社におけるWith/Afterコロナ戦略のあり方」について(特別寄稿)

M&A全般
【第1回】PEファンドのパイオニア、アドバンテッジパートナーズの笹沼代表に訊く、 「上場会社におけるWith/Afterコロナ戦略のあり方」について(特別寄稿)

【連載】With/Afterコロナにおいて上場会社グループがとるべきM&A戦略「With/Afterコロナにおいて上場会社グループがとるべきM&A戦略~リスク分散できる事業構造への抜本的改革とM&Aの活用~」と題し、全5回で連載したします。自然は飛躍せず以前勤務していた経営コンサルティング会社の上司の方から紹介して頂いた言葉に、18世紀に活躍したスウェーデンの植物学者リンネの「自然は飛躍せず」があ

シナジー追求のための PMI取り組みの必要性

PMI
シナジー追求のための PMI取り組みの必要性

シナジーは自然体では得られないM&Aは「企業の成長」という目的を達成する手段だ。オーガニックグロース(自力成長)では成し得ないドラスティックな(レバレッジの利いた)成長を、両社(売り手企業と買い手企業)が実現していくのがM&Aと言える。そういった意味では、両社がM&A後のシナジー効果を得て初めて「M&Aの目的を成就した」と言えるものであって、書類上M&Aが成立したとしても、シナジー効果を実現或いは

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース