【2016年】IT・ソフトウェア業界のM&A総括、6年連続増加。
⽬次
- 1. 第4次産業革命時代への布石、多重下請ピラミッドの縮小が要因に
- 2. 譲渡企業は依然として都市部が多いが、今後は地方も増加か
- 3. 受託開発企業の再編・淘汰は進む
- 4. ファンド・VCの投資意欲は依然旺盛
- 5. 投資テーマは、IOT、フィンテック、AI、ビッグデータ
- 6. フィンテック関連のM&A
- 7. IoT関連のM&A
- 8. AI関連のM&A
- 8-1. 著者
##過去最高件数を更新、6年連続増加
2016年の日本のITソフトウェア業界のM&A件数は622件(前年比116.9%)と国内全業種中で最も多く、昨年の過去最高件数を更新し、6年連続で増加している。全業種合計のM&A件数は2652件(前年比109.2%)であり、日本国内全体としてM&Aは増加基調であるが、ITソフトウェア業界においては更に増加が顕著である。
ITソフトウェア業界M&A件数推移 (レコフデータベースより日本M&Aセンター作成)
第4次産業革命時代への布石、多重下請ピラミッドの縮小が要因に
買収企業側の要因としては、特需とも言われる金融機関や官公庁の旺盛なシステム開発需要による好業績、過去最大に積み上がった企業の潤沢な内部留保資金、ゼロ金利政策による資金調達の容易さ等を背景に、リスク許容度が増し、将来成長への布石として、またAIやIOTなどの技術革新による第4次産業革命時代の業界環境変化への対応として、自社にないリソース(技術、製品、サービス、人材)をM&Aで獲得しようとする企業が増えたがことが挙げられる。
譲渡企業側の要因としては、IT業界に限った話ではないが、経営者の平均年齢が上昇し、企業の後継者不在問題によりM&Aによる事業承継を決断されるケースが増加していると共に、IPOを目指していた若い経営者が、M&Aにてイグジットする例も年々増えてきている印象だ。また受託開発業界においては、クラウド化の普及や、技術革新、派遣法の改正等が影響し、業界の多重下請構造の縮小が見込まれる中、特に中堅中小企業での再編が進んでいる。
譲渡企業は依然として都市部が多いが、今後は地方も増加か
譲渡企業の所在地を都道府県毎にみると、最も多いのは東京都で363社、次いで海外で127件、次いで大阪府で17件である。全体の85%以上が東京都と海外の企業に集中していることが分かる。更に日本国内のみで集計すると、東京が86.2%、大阪が3.9%、神奈川が2.7%となっており、首都圏一極集中はより顕著となっている。
ただ、この数字は公表ベースのものであり、地方企業のM&Aは公表されないことも多い。実際に当社が手掛ける案件を見ると、後継者問題から譲渡をする地方のIT企業は増えており、この傾向は続くと見ている。
受託開発企業の再編・淘汰は進む
オラクルやSAPなどの大手が中心となり、クラウド化の流れが着々と進む中、システムは「所有」するものから「共有・利用」するものへ変化しており、事業のコアとはならないシステムを新たに自前で開発する需要は今後減るものと予想される。
また、AIやIOT等の技術革新が進んだことにより、ユーザーはIT投資を効率化やコスト削減等のダウンサイジングを目的に行うのではなく、コアビジネスそのものの売上・利益増を目的に、事業戦略の一環の中でIT投資を考えるようになっている。そうした技術は内製化されるものと思われるが、システム会社に求められるのは、最新技術の理解は勿論、顧客のビジネス、経営を理解し、戦略提案できる能力である。
こうした環境変化により、特別なサービスや、製品、特徴、強みを持てない、従来型の受託開発企業は、単独での成長が難しくなるため、景気の良い1~2年内に、戦略的に成長性を見込める企業グループへ入る動きが加速し、再編が進むと考える。
また派遣法が改正されたことにより、小規模の技術者派遣企業の事業継続が困難になっていることも、再編が加速する要因となるだろう。
ファンド・VCの投資意欲は依然旺盛
次に、ITソフトウェア企業を、どのような業種が譲受(買収)を行っているかを見ていく。最も多いのは、同業のITソフトウェア業種であり、219件(35.2%)であるが、次に多いのが、ファンド・VCで180件(28.9%)、次いでサービス業の69件(11.1%)と続く。
最も増加率が高かったのはファンド・VCであり、昨年対比+34件(23.3%増)であった。
ITソフトウェア業同士のM&Aが多いのは当然の結果と言えるが、2013年以降はファンド・VCの投資意欲が急増しており、昨年は特にその傾向がみられた。
2013年以降新規のファンド組成額は、2013年約2,000億円、2014年約1,000億円、2015年約2,000億円であり、昨年2016年は約3000億円程と見込まれている(出所:一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会 ベンチャーキャピタル最新動向レポート)。
そうした中、事業会社系列のベンチャーキャピタルのディールも目立つ。VOYAGE VENTURES(VOYAGE GROUPのVC)が4社、NTTドコモ・ベンチャーズが4社、合同会社RSPファンド6号(リクルートのVC)が4社、電通イージス・ネットワークが3社となっている。
何れの企業も母体となる事業会社において、M&Aは積極的に行っているが、VCを組成し、ネットワークを広げ、成長のための企業提携先を模索しているのが伺える。
事業会社では、2016年度最もITソフトウェア企業を譲り受けたのは楽天であり、7社のディールを成約させている。内訳は海外が3社、国内が4社であり、EC事業者支援サービス、ソーシャルラーニング、フリマアプリ開発の会社など、自社サービスと相乗効果を見込める事業領域や、周辺領域のサービスを提供する会社を譲受けている。
次いで多いのが光通信であり、国内で6社のディールを成功させている。また譲受けと同時に、譲渡も行っており、2016年も子会社のヘルスケアに関する予約サイトを運営するエンパワープレミアム社や、調剤薬局のポータルサイトを運営するEPARKヘルスケアを譲渡するなどした。事業シナジーと同時に純投資としてのM&Aが多いのも同社の特徴である。
投資テーマは、IOT、フィンテック、AI、ビッグデータ
投資テーマとしては、IOT、フィンテック、AI、ビッグデータ関連企業などのM&Aに注目が集まった。
特に話題になったのは、上記でも触れた、ソフトバンクのARM買収である。金額は約3.3兆円(240億ポンド)であり、日本企業による海外企業のM&Aとしては日本たばこ産業が06年に英国タバコ製造大手のギャラハーを買収した際の1兆7300億円を上回り過去最大であった。アームは1990年設立の半導体設計に特化した企業であり、売上高約1,335億円、近年はスマートフォン向けCPUで世界で90%超のシェアを誇っている。ソフトバンクは通信事業が主体の企業であるが、将来IOTが中核事業になることを見込み、社運を懸けて今回のM&Aに踏み切った。
近い将来IOTによってあらゆるモノやデータがインターネットと接続され、ARM製のCPUがあらゆる製品に組み込まれ、インフラとなることによって、ソフトバンクの通信事業やコンテンツ事業との壮大なシナジーが見込まれる。
ここからは、2016年の象徴的なM&Aをいくつか紹介する。
フィンテック関連のM&A
事例(1) ペイデザイン&メタップスM&A概要
譲渡企業側のペイデザイン社は1999年創業の企業であり、EC・通販事業社向や店舗事業社向けのクレジットカード決済サービスを中心に、電子マネーや家賃の支払いなど、各種決済サービスを提供している企業である。一方でメタップスは個人事業主を主なターゲットとして決済プラットフォームSpikeというサービスを提供している。
メタップス側のニーズとしてはオンライン決済サービスの①シェア拡大②事業領域拡大という二つの目的があったものと考えられる。ペイデザインは創業17期目の老舗決済サービス事業者であり、オンラインサービスに加え、リアル店舗、家賃、電子マネーなど決済に関する幅広いサービスを提供している。この資本業務提携により、両社の決済事業における年間取扱高1,000億円を超える規模となり、総合的な決済プラットフォームとしてより幅広いサービスの提供が可能となった。
昨今のブームに乗じて様々な企業がフィンテック領域に参入しているが、薄利多売であるという性質上、一定の規模が求められる。規模拡大には投資が必要となるが、ベンチャー企業が0から始めるには、資金調達が容易であるとはいえ難易度が高い。従ってメタップスのような相応の規模感を誇るフィンテック企業が、同業を譲受けシェアを拡大させていくことが見込まれる。
また、金融機関と技術力のあるベンチャー企業との資本業務提携も進むだろう。実際にメタップスはみずほフィナンシャルグループとの業務提携を進めている。
2017年もフィンテック関連企業のM&Aは増えるものと予想する。
IoT関連のM&A
シャープビジネスコンピュータソフトウェア(以下SBC)はシャープの孫会社で、スマートフォンやデジタル複合機向けの組み込みソフトウェア開発を行う企業である。
一方エヌ・ティ・ティ・データ(以下NTTデータ)はNTT系列の日本最大手のSIer(プライムベンダー)である。 本案件のポイントは日本最大手のSIerであるNTTデータがIOTへの布石として国内の組込系開発企業を譲受けた点である。NTTデータは元々M&Aに積極的であるが、近年はその大半が海外企業の買収であり、一部資本出資を除いたM&Aは約3年半ぶりである。また、これまでは上流工程を担うITコンサル企業やシステム開発企業の譲受けが中心であったが、今回初めてIOT関連企業をM&Aによって譲り受けた。
NTTデータはこのM&Aによって、自動車におけるインフォテインメント領域やスマートファクトリー等のIoT領域における事業のさらなる拡大を目指している。また、発表したプレスリリースの中で、IOTマーケットの拡大に伴いグループ全体で2018年度には組込ソフトウエア技術者2,000人体制を構築すると明確に謳っていることも見逃せない。 今後もNTTデータは、国内の組込系開発等のIOT関連企業とのM&Aを積極的に検討して行くだろう。
AI関連のM&A
エニドアは翻訳のクラウドソーシングサービス(Conyac・コニャック)を運営する企業であり、ロゼッタは自動翻訳の開発や翻訳受託サービスを手掛ける企業である。 本案件のポイントは、両社が持つ2つの新しいテクノロジー(クラウドソーシング、AI)の融合により、双方の技術、サービスの質を高めることを目指している点である。
譲受側のロゼッタ社は専門分野(医薬バイオ、化学環境、電気電子機械、特許、法務、財務等)の翻訳に特化しており、一方でエニドアは、インバウンド市場を中心とした一般会話・外国人向け観光情報等に関連する分野に強みを持っており、両社の事業領域は、補完関係にありシナジーを見込みやすい。
しかし、より興味深いのは“AI”と“クラウドソーシング”の融合によるシナジーだ。ロゼッタによると、AIの精度向上における最大の決定的要素は学習データであり、エニドアのクラウドソーシング上で人間が行う翻訳は膨大な集合知となってAIの精度を向上させることができ、またAIの補助によって人間の作業負担も軽減することができるという。
ITソフトウェア業界におけるM&Aは、ビジネス上のシナジーは当然として、技術同士の掛け算によって技術そのものが昇華されることがある。本件はその好例であろう。 更に、ロゼッタは人間とAIは対立関係ではなく人間がAIを育成し、AIが人間を支援するという共創関係の主張を行っていることも非常に興味深い点である。AIやシンギュラリティ脅威論が実しやかに叫ばれる中、AIに対する評価がどのような変遷を辿るのか注視していきたい。