【不動産業のM&A事例】後継者問題・小規模事業者
⽬次
- 1. 後継者問題解決のためにM&Aを決断し上場企業のグループ入りをした事例
- 1-1. 事業承継の検討
- 1-2. 上場会社との資本提携
- 1-3. スムーズな商談過程
- 1-4. 交渉過程での論点
- 1-5. M&Aの成立後
- 2. 小規模でもM&Aできる?地方の40代の社長の決断
- 2-1. M&Aをする上で、譲れないことは何か?
- 2-2. 相手先の探索。小規模でも収益を上げていたことから、複数社が高い関心
- 2-3. 新事業をスピーディに立ち上げたい地域コングロマリットが候補に
- 2-4. 小規模不動産仲介業のM&A 中小企業のM&Aは互いを尊重することが大事
- 2-5. 商談の再スタートへ
- 2-6. 中堅・中小企業のM&Aは結婚と同じ。互いを尊重することが大切
- 2-7. 著者
日本M&Aセンターでは、業界再編が起こっている業界、M&Aの相談・成約件数が多い業界には業界専門のチームを設けております。
不動産業もその一つであり、会社として力を入れてM&A成約の支援をしています。 当社で仲介をした不動産業のM&A(企業の買収・合併)の成約事例を6件ご紹介します。
オーナーが譲渡をした理由、対象企業の規模、譲り受け企業の業種など、異なるパターンの事例を取り上げ、ご紹介させていただきます。
M&Aで会社を譲渡される理由で最も多いのが、「オーナー社長の事業承継問題解決のため」です。不動産業も例外ではなく、オーナー社長の後継者がいない企業が多く、第三者に会社を引き継ぐM&Aを選択されるケースが増加しています。
後継者問題解決のためにM&Aを決断し上場企業のグループ入りをした事例
事業承継の検討
譲渡企業A社は田中社長(仮称)が大手不動産会社勤務後、独立して設立。収益不動産を複数持つ賃貸部門、100施設弱の委託を受けている賃貸管理部門、不動産売買部門の3部門から成り立っていました。過去の不動産業での経歴から、地場の人脈や独自ルートにより、有力な不動産情報を保有しており、継続して堅調な業績を上げていました。
田中社長は60歳を超えたころから、事業承継を検討するようになりました。まずは娘の旦那を後継者の最有力候補として社内に呼び寄せました。
次期社長候補として育成を進めていきましたが、オーナー社長としてやっていくために必要な経営能力に不安を感じ、最終的には断念。親族だけでなく、従業員にも承継できる人物がいないことから、その他の手法を検討するようになりました。今後、A社がより安定的な成長を継続するためには、資金力、人材をはじめとする経営資源を豊富に持つ企業に経営を託すのが最善であると田中社長は判断し、当社にお相手探しを依頼いただくこととなりました。
上場会社との資本提携
田中社長の「より安定的な成長を実現したい」という希望を実現するために、当社では、そのご希望に添える資金力があり、かつA社の展開する東北地域でのM&Aを希望している企業に絞り、数十社をリストアップしました。田中社長は、そのうちの1社であるB社とM&Aの協議を進めることを決断しました。
B社は、関東圏での競争が激化する中、並行して地方展開も推進し、そのための戦略の一つとしてM&Aを検討していました。東北にはマンション分譲事業を中心に進出していましたが、十分には拡大できていませんでした。新規参入会社であるB社は東北の地場の有力な不動産情報が入る仕組みを持っていなかったのが原因でした。
B社は、関東を中心に事業展開する不動産業で、ディベロッパー部門に強みを持っています。田中社長は、B社が上場会社であること、同じ不動産業ではあるが異なる部門を強みとしていること、他地域の企業であり補完関係にあること、などの理由からB社との協議を優先したのです。
当社からA社をご提案したところ、正にB社が欲しいと思っていた地場の不動産情報のネットワークを保有している企業でした。また、フロー事業が中核となっているB社にとってストック事業を強化できるという観点からも、戦略に合致していました。B社の経営陣は自社の成長戦略を実現できる相手としてこのM&Aは大きなシナジー効果が発揮できることを確信し、当社からの提案の2日後には交渉を進めることを決断しました。
スムーズな商談過程
両社は強みを持つ分野が異なるものの、広義の不動産業同士でありシナジーも明確であったため、一度のトップ面談と弊社を介した情報のやり取りのみでお互いの理解を十分に深めることができました。トップ面談の後、翌週には基本合意をし、買収監査を経て、トップ面談からちょうど1カ月で最終契約となる株式譲渡契約を締結しました。
交渉過程での論点
M&Aの交渉過程においては、株式の価額、全体スケジュール、代表者の引き継ぎ、従業員の処遇、その他付帯条件について取り決めをしていきます。本件の場合、両社の意見が大きく割れる論点は出てきませんでした。株価についても、A社の事業部門を分解するような形で、各々の部門の資産の評価や収益性について見解をすり合わせ、最終的にA社全体としての評価額を合意するに至りました。
M&Aの成立後
株式譲渡の実行をもって、A社はB社の100%子会社となりました。B社からはその地域のマネージャーが新社長として派遣され、田中社長の後任となりました。田中社長は1年間の引き継ぎ期間を設け、情報ネットワークの引き継ぎや経営ノウハウの指導などを行いました。B社の狙いは次々と実現されることとなりました。A社との提携後は今までには入ってこなかった地場の情報が入ってくるようになり、A社経由の情報から複数の物件を手掛けることができ、短期間のうちに同地域の実績・売上を伸ばすことができました。
中堅・中小企業のM&Aの多くがそうであるように、A社は株主と代表者が変わっただけで、労働条件・環境は変わっていません。そのため、組織的な問題は起こらず、むしろB社のグループに入った後に、様々なプロジェクトが進行したことで、社員にとっても新しいビジョンが見え、プラスの影響を与えるものとなりました。現在A社は、B社グループにおいて、ストック事業の中核となる子会社として業容を拡大しています。
このように不動産業においてもwin-winを実現するM&Aが一般的であり、そのためM&Aを決断するオーナー社長が増えているのです。
小規模でもM&Aできる?地方の40代の社長の決断
M&Aで会社の譲渡を検討されるオーナーの中には、「規模の点から自社がM&Aの対象にならないのでは」と懸念される方が多くいらっしゃいます。確かに一定の規模がある企業の方が相手先を見つかりやすいのですが、規模が小さいからM&Aができないということはありません。
当社の成約実績においても年商1億円前後の企業のM&Aは毎年多数成立しています。年商数千万円の企業がM&A成約した事例もございます。規模に関係なく、その会社に何かしらの魅力を見出してもらえる相手先を見つけることができれば成約に至るのです。多くの会社にとっては魅力を感じられない会社も、ある会社にとっては喉から手が出るほどほしい会社だった、ということもあるものです。ただ、そういう会社は黙って待っていても現れないので、どのような会社ならば相乗効果が生まれそうか検討・提案し、引き合わせることは、当社の腕の見せ所となります。
今回は、年商1億円で、不動産仲介・管理を営んでいた「町の不動産屋」の事例です。譲渡企業のC社は中部地方のある町で不動産仲介・管理事業を営んでおりました。山田社長(仮称)は大手不動産会社を経て30代で独立し、10年ほどC社を経営してきました。C社は150戸ほどの管理物件を抱え、コンパクトながらも安定した経営をしておりました。山田社長も少なくない役員報酬を得ており、個人としても安定した生活を送っていましたが、会社が軌道に乗り安定してきてからは事業拡大意欲が減退したことから、M&Aで譲渡を決断することとなりました。
M&Aをする上で、譲れないことは何か?
企業評価の実施や企業概要書作成を終え、各候補先企業に提案を進めていくにあたり、譲渡企業のオーナーの希望条件・優先順位を明確にしていきます。相手先の規模・社格・経営ビジョン、条件、スケジュールなどの要素があります。山田社長は将来、新しい事業を始めることも視野に入れており、そのための元手をM&Aで得ようと考えていました。40代と若いことで時間的余裕があったため、譲渡価額が最優先事項となりました。
相手先の探索。小規模でも収益を上げていたことから、複数社が高い関心
地域展開を進めている大手・中堅の不動産会社、ストック事業の獲得を狙う建設・建築会社、多角化を進めている製造業・サービス業など、多くの会社をリストアップし、山田社長に提案しました。小規模だから相手先が見つからないということはなく、しっかりとした基盤を築いていており安定した収益を上げていたことから、複数の企業が高い関心を示しました。しかし、地域的な部分がネックになりました。
新事業をスピーディに立ち上げたい地域コングロマリットが候補に
そのような中、地域のコングロマリットであるD社が手を上げました。
D社は交通事業を本業とし、地域のコングロマリット企業として、不動産事業や生活サービス事業など多くの事業を営んでいました。それらの事業を拡大する中で、ゼロから始めた事業は、失敗で終わるものや利益が出るようになるまで長い年月がかかることが多かったため、M&Aに着目するようになりました。新しい事業をスピーディーに立ち上げたいD社とってM&Aは最良の手法であったのです。事業エリアを限定しているD社にとっては、地域内で小規模ながらも強固な基盤を持っているC社は、大変魅力に映りました。
しかし残念ながら、そのままスムーズに成約とはいきませんでした。山田社長はどのような決断をしたのか?
この地域は都市部から離れており、中長期的に人口が増える見通しがありません。そのため、各相手先企業からの提示された条件はいずれも山田社長の希望からは乖離するものでした。
小規模不動産仲介業のM&A 中小企業のM&Aは互いを尊重することが大事
商談の難航
良い組み合わせであり順調に進むかと思われた今回の商談ですが、基本合意の段階で、2つの理由で話が止まってしまいました。
1つは条件面。D社の提示した金額は今まで他社からは出てこなかった高い水準であったものの、山田社長の希望には届くものではありませんでした。このまま進めるかどうかを悩んでいる山田社長のM&A意欲の減退を決定付けたのは、D社からの重箱の隅をつつくような質問と膨大な資料の要求でした。D社は地場の名門企業であり、経営陣はM&Aで失敗できないというナーバスな気持ちになっており、本来前向きな話をするトップ面談の場においても、トップ面談の目的から外れた細かな質問をしてしまっていたのです。
その結果、山田社長はこれ以上進めることは難しいと判断してしまいましたが、D社にとっての初めてのM&Aであるという背景や、C社及び山田社長に対しては引き続き高い評価をしていることなどから、正式に断るのではなく、再開の可能性を残した形でのペンディングとすることを助言しました。
商談の再スタートへ
一度はペンディングとなった商談でしたが、D社の本件に対する意欲が下がることはなかったため、D社と当社で、M&Aに対する取り組み方や山田社長への再提案の仕方について協議をし、時間をかけながら山田社長へのアプローチをしていきました。
一方、山田社長は他の相手先探索も再度検討しましたが、自社を最大限評価してくれるところはD社であると思うようになり、商談の再開を決断されました。D社は山田社長の気持ちを汲みながら進め、一方山田社長はD社が安心して進められるように資料の準備をスピーディーに行い、両社が歩み寄ることで商談がスムーズに進むようになりました。基本合意書の締結や買収監査も短期間で終え、商談の再スタートから1カ月で株式譲渡契約の調印に至りました。
中堅・中小企業のM&Aは結婚と同じ。互いを尊重することが大切
中堅・中小企業のM&Aはよく結婚に例えられます。お互いが自己の利益を最大化させるために交渉してしまうと話はまとまりません。お互いの立場を理解・尊重しつつ、両社が一緒になることでどういう未来を実現できるか、どういう風に進めていけばトラブルが起こらずに済むのか、ということを考える必要があります。
山田社長は当初からの希望により数か月の引き継ぎを経て退任。現在C社には山田社長の後任としてD社から新社長が派遣されています。C社はM&A後はD社の拠点・顧客・人などの経営資源を活用することで、20%の売上増を実現しました。一方、D社については、不動産事業の核となる会社を手に入れることができ、売上などの数字以上の意義を見出すことができました。
※本連載は、2016年11月~2017年4月に全国賃貸住宅新聞にて連載した記事を転載したものです