「海外進出は、お前にはまだ早い」”攻め”の2代目と”守り”の会長の間で揺れる海外進出

竹内 直樹

日本M&Aセンター 代表取締役社長

海外M&A
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中堅中小企業を悩ます、国内市場の縮小、人材不足…。 「もう海外に出て行くしかない!」 そう思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

私が長年買収のお手伝いをさせていただいてきた、とある会社の2代目社長も上記の通り海外進出を考えていました。 同社の創業者は父親であり、実質の経営は2代目に任せているものの、自身は会長という肩書でまだ在席しています。

ずっと考えてきた東南アジアの会社への出資について、会長である父に相談した時、事件は起こりました。 「海外進出は、お前にはまだ早い。もっと国内でやれることがあるだろう」 国内企業の買収には一切口を出されなかった会長ですが、初めてストップをかけられました。

「親父聞いてくれよ。 東南アジアに拠点を作ってそっちから人を送り込むことで、国内の人材不足だって解消できる。 このタイミングで出て行かなければ、他社に先を越されてしまう。 今こそ海外進出のベストタイミングなんだ」 2代目社長が会社を継いでから8年、親子の意見が初めて対立した瞬間でした。

「海外進出」が親子の対立のきっかけに

海外進出は“攻め”か?“守り”か?

2代目社長はまだ30代。 会社を引き継いでから、さらなる成長のためにいろんなことにチャレンジし、結果を出されてきました。 「自分が責任をもって現地に行く。俺を信じてやらせてほしい」 “攻め”の社長と“守り”の会長。 私が言うのもおこがましいですが、本当にいいバランスの親子です。

会長が息子さんに社長の座を譲ったとき、会長はまだ50代でした。 「これからの時代、“安定性”だけでは生き残っていけない。若くなければ挑戦できないこともたくさんある。ここから先はお前に任せた」 会長の時代には行わなかったM&Aも、2代目社長は積極的に取り入れられ、業績は急激に拡大しています。 社長の手腕は、会長も認めていらっしゃいました。

それでも、海外進出には反対されたのです。 国内市場が縮小し、人材不足が声高に叫ばれる昨今、果たして海外進出は一概に“攻め”と言えるのでしょうか? まだ若い2代目社長は、自社にとっての海外進出を決して“攻め”だけとは考えていませんでした。 自分が十分体力があるうちに海外進出を行うことで長い目で見た“守り”の体制を整えていこうと、2代目社長は考えていました。

めずらしく強い反対姿勢の会長を見て、私はこう提案しました。 「会長、折衷案として、出資比率を50%未満にしてはいかがでしょうか。そうすれば、金額も5,000万円以内で可能です」 それでも会長はしばらく悩まれていましたが、最終的には 「分かった。でも、無理はするな」 とだけおっしゃって、それ以上何も言いませんでした。 さすが百戦錬磨の会長だ、と改めて感じる一幕でした。

M&Aは特効薬になりえるか

会長と社長とで話し合いを重ねられた結果、約20%の出資を決断されました。 「会長の反対を押し切ってやるんだから、失敗はできない」 2代目社長は出資契約を締結するまで、東南アジアの現地まで自ら何度も足を運んで、納得がいくまで経営者や従業員と会って話をされていました。

自ら東南アジアに滞在し、現地のビジネスの成功の秘訣を学んだ2代目社長

M&Aは、企業を飛躍的に成長させる特効薬です。 しかし、その薬を使うには、自分自身つまり社長や自社の体力(余力)が必要であることを、忘れないでいただきたいと思います。

今回でいえば、海外に何度も足を運べるだけの時間が社長にあり、それでも自社の経営が揺るがない組織体制や資金力(収益力)がありました。 「M&Aで買収をして事業を拡大したい」という熱意を持っていたとしても、体力がない会社はM&Aを行うべきではないと、私は思っています。

思っていた以上の収穫

東南アジアの会社に出資をしてから約3ヶ月、社長はかなりの日数を現地で過ごされていました。 一番の目的は、日本に送り込む人材を採用するためです。 社長自ら会い、いろいろな話を聞いた上で採用していくという方針をとっていました。 その結果、いまでは何人もの優秀な技術者が来日し、日本で働いています。

しかも、その国の企業に出資をしたことで、期限付きの外国人技能実習生ではなく、長期日本滞在が可能なビザでの就労が可能となりました。

長期日本滞在ができる就労ビザの獲得は大きな成果

社長自身、数ヶ月の滞在で現地スタッフとの交流も深め、日本とのシナジーや東南アジアでのビジネス拡大のベースを築いていらっしゃいました。 出資した企業はどうなっているかというと、出資をしてから3年で売上が8倍になっているそうです。

日系企業となったことで信用度がアップししたことや、日本との人材交流によって現地に日本語ができる人間がいることで、現地の日本企業・日系企業からの仕事が急激に増えているとお聞きしています。 出資比率も出資額も大きい投資ではありませんでしたが、「思っていた以上の成果が上がっている」と2代目社長はとても満足されています。

M&Aのスモールスタートとは?

日本市場が縮小していくなかで、ほとんどの企業にとって海外への進出は必須といっても過言ではありません。 とはいえ、中堅中小企業にとって、自社単独で海外展開を行っていくことはとても高いハードルです。

経験もノウハウもない状態で始めなければなりません。 だからこそ、上手くM&Aを活用していただきたいと思っています。 いきなり大きな投資をするのではなく、今回ご紹介したようにリスクを抑えた範囲内でスタートすることも可能です。 M&Aをスモールスタートさせ、人材交流を行い、お互いを知った上で本格的に出資を行う。 これからの時代、そんな海外進出も成長戦略のひとつではないでしょうか。

著者

竹内 直樹

竹内たけうち 直樹なおき

日本M&Aセンター 代表取締役社長

1978年生まれ。広島県出身。2007年日本M&Aセンターに入社。主に中堅・中小企業と上場企業に対して買収提案を担う部署の責任者として、上場後のブリッツスケール(爆発的成長)に貢献。譲受企業だけではなく譲渡企業の成長も実現する「成長戦略型M&A」を提唱し、日本経済におけるM&Aの普及・啓発に尽力。2018年から取締役となり、全社の戦略立案と実行を指揮して、連続的な業容拡大を実現。2024年4月より現職。日本M&Aセンターホールディングス取締役も兼務。著書に「どこと組むかを考える成長戦略型M&A」(プレジデント社)がある。

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