M&Aにベストなタイミングとは

田島 聡士

日本M&Aセンター調剤支援部

M&A全般
更新日:
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事業承継やM&Aに関するお話をしていると「私は65歳になったら譲渡を考える」というオーナーの方がよくいらっしゃいます。
たしかに、ご自身の年齢を基準にして事業承継を考えるのは最もイメージしやすい方法です。しかし、年齢を基準にして事業承継や譲渡タイミングを決めてしまうのは、結局そのオーナーのみの満足感しか得られない結果になってしまう可能性が高いです。
では、M&Aにベストなタイミングとは一体いつなのか?今回は、調剤薬局業界において実際にあった失敗事例をもとに深堀りしていきます。

調剤業界は大きく変化 新たなステージへ

M&Aにベストなタイミングとは?

調剤薬局の経営環境はこの10年で大きく変化

近年、調剤薬局業界において譲渡相談の件数が増えてきています。2017年と2018年において、当社における譲渡相談契約数は1.5倍、メールや電話でのお問い合わせでは3倍と、2018年に飛躍的に件数が伸びました。
この背景には、調剤薬局の規模に関わらず、診療報酬改定や他小売業の参入、薬剤師不足や後継者不在が、あらゆる薬局経営者にとって大きな悩みとなっていることがあると考えています。
国の政策において社会保障費は抑制の方向となり、調剤薬局企業各社は、薬価差益の縮小、2年に1度の報酬改定などによって変化を求められてきました。
そして、薬剤師獲得競争の激化により、人件費も高騰してきています。薬剤師に求められる役割も変化してきており、その対応に追われている薬局も多いことでしょう。
加えて、ドラッグストアなど資本力のある他業種の参入などによる競争激化により、処方箋枚数が減ってしまうといったお話もよくお聞きします。
M&Aにおいては、大手企業では単独店舗の譲受よりも複数店舗、直近では地域を代表するようなチェーン薬局の獲得へとM&A戦略をシフトしてきています。また、中堅企業においては譲受と共に大手企業への戦略的な譲渡も増えてきています。そしてこの流れは今後もますます勢いをつけて加速していくと予想しています。
まさに調剤薬局業界は今、新たなステージに進み出したと言えるのではないでしょうか。

報酬改定の悲劇

調剤薬局の経営者にとって共通の大きな課題として、2年に1度の報酬改定があります。 特に前回の2018年の改定は、40万回ルール、かつ集中率85%への基準引き下げなど、インパクトの大きい改定内容となり、それに伴い各社のM&A戦略も明確に変わりました。
ここで、この報酬改定による失敗事例を1つご紹介いたします。
年間売上1.3億円、集中率88%、処方箋回数1,100回/月という調剤薬局1店舗のオーナーが2018年1月に相談にいらっしゃいました。株価試算(※下図参照)をすると、株価基準となるEBITDAは2,300万円、倍率はあくまで譲受側の期待度によりますが、例えば4だと想定して2,300万円×4。営業権で9,200万円という条件で多数の大手企業からの条件提示が見込まれました。

株価の計算式 倍率決定要素のイメージ

しかし、2018年2月7日に報酬改定の情報が公開され、状況は一変します。
集中率88%のため、大手企業への傘下入りと同時に調剤基本料が1から3に下がってしまい、また施設基準加算の廃止に伴い新設された地域支援体制加算も取れず、大幅な減益が想定されたのです。当然それに伴いEBITDAも1,474万円と下がってしまいました。
仮に先程と同様の倍率4を掛け合わせても5,896万円と大幅な減額となってしまったのです。
財務内容や経営が変わったわけではありません。タイミングが少し変わっただけです。しかしこのわずかなタイミングの違いだけで、大きく株価・条件が変わってしまったのです。

営業権で3,000万円以上もの差が発生

成功するM&Aはタイミングが重要

調剤薬局業界の業界再編は今後さらに加速していくことが予測されます。業界再編とは「1社ではできないことを、集まることによって実現する」ことであり、この業界再編のタイミングを逃さないことで、「優位な条件」での譲渡も可能になります。
どの業界もM&Aによる再編は小規模からスタートしますが、一度進むと止まらずに、徐々に規模の大きなM&Aへとシフトしていきます。
例えばドラッグストアの業界では、ひと昔前、地域のドラッグストアでM&Aが頻繁に行われていました。しかし、今では地域No.1のドラッグストアチェーンでないと譲受企業が出てこない状況になっており、さらにはココカラファインとマツモトキヨシの提携のように大手企業同士のM&Aが進み出している時代になっています。
実際に調剤薬局業界においても、各地で地域No.1と呼ばれる代表的な薬局が戦略的に動いていたり、個人経営以上に安定した経営を実現されている小規模薬局オーナーも存在していたり、M&Aを活用して成功されているケースが年々増えていきています。
事業承継やM&Aに関するお話をしていると「私は65歳になったら譲渡を考える」という具合にオーナーの年齢を基準に譲渡タイミングを決めてしまうのは、結局そのオーナーのみの満足感しか得られない結果になってしまう可能性が高くなります。
M&Aはタイミングが重要です。
再編が進み再編が完了に近づいた状況になってからでは、いくらオーナーが譲渡したいと決断しても、お相手を見つけることが困難になってしまいます。そしてその先にあるのは、最悪の場合“廃業“という選択肢しかなくなってしまうのです。
今、調剤薬局業界としては成長期から成熟期に向かっている最中になります。
調剤薬局の経営者として何を実現したいのか。経営の志は何か。大事にしたいものは何か。今一度考えてみてください。おそらく、働かれている社員、患者さまの生活、地域医療の発展、これらを大事に考えられている経営者の方が多いことでしょう。
ただし、どんなに患者さまから愛されている薬局であっても、経営が難しくなり潰れてしまっては、元も子もないのではないでしょうか。
M&Aはタイミングが重要であり、オーナーの年齢を基に考えるのは危険です。
業界の状況・自社の立ち位置を冷静に見つめ、今から何ができるのかを考え、行動を起こすことによって、社員にとっても、患者さまにとっても、地域医療にとっても最良と言えるような選択肢が得られるのではないでしょうか。

業界再編のタイミングを逃さないことで「優位な条件の売却」が可能に

2019年10月には消費税増税や報酬改定といった大きなイベントが控えています。これらが調剤薬局の経営に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。 過去からの延長線上の経営では失速してしまうことは明白な時代になっています。 時代・環境の変化に対応し、企業として成長し続けていくための戦略を、経営者として様々な視点から考えていくべき時代に突入しているのではないでしょうか。

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著者

田島 聡士

田島たじま 聡士さとし

日本M&Aセンター調剤支援部

明治大学理工学部卒業後、広告会社にて展示会の企画・立案。日本M&Aセンターに入社。調剤薬局業界の再編にかかるM&Aを専門とし、多くの案件を成約に導く。主に岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県・新潟県・茨城県・神奈川県・愛知県・岐阜県の調剤薬局を担当している。

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