【食品業界M&A事例】M&Aで次世代の社員承継が可能になる

江藤 恭輔

日本M&Aセンター業種特化2部 部長

業界別M&A
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【譲渡企業様】
・企業名⇒株式会社向井珍味堂
・業種⇒きな粉・各種香辛料等製造販売
・売上⇒約9億円(M&A当時)
・オーナー様のご年齢⇒58歳(M&A当時)

【譲受企業様】
・企業名⇒株式会社ヒガシマル(福証2058)
・業種⇒即席麺・乾麺等の食品製造、水産飼料製造
・売上⇒約82億円(連結、M&A当時)
・オーナー様のご年齢⇒63歳(M&A当時)

譲受企業様の概要とM&Aの検討理由

2代目社長が経営する、きな粉・香辛料等製造会社

向井珍味堂は、大阪市で1947年に創業しました。きな粉や香辛料、青のり、ゴマ等を製造している会社です。

国際天然素材の調達や設備の独自開発にこだわり、「他にはない、珍しいおいしい味のものを作る会社」として、ニッチトップ戦略の下で堅調に業績を成長させていました。

社長の中尾様は2代目社長です。大学卒業後は家業を継ぐつもりはなく、先代社長も将来的には廃業するつもりでした。

しかし、29歳で家業を継ぐ決意をし向井珍味堂へ入社、新商品の開発や営業改革に邁進しました。その後、44歳で父から経営のバトンをうけました。

「経営者の寿命を実感」44歳の時に事業承継を意識

事業承継を意識したきっかけは、当時71歳だった父が病気で倒れて介護が必要な状態になったことでした。中尾様は「経営者の寿命を意識するようになった」と語ります。

中尾様のお子様は娘さんが一人で、44歳の時点で事業承継を意識し始めます。大手銀行や会計事務所、そして日本M&Aセンターのセミナーにも参加し、『親族への承継』『幹部社員への承継』『M&A』 どの方法も長所と短所があることを知ります。

その時は、“いつ”“誰に”引き継ぐか明確に決められませんでしたが、承継に向けて“売れる会社(=魅力的な会社)”にしようと思い立ち、収益体質を改善して自己資本を蓄積し、成長路線を進めていきました。

“下りエスカレーターを駆け上がり続けているような感覚”事業承継決断

中尾様は毎日奔走しながら経営を続けている中で、56歳の時、ストレスから倒れかけるほど、体に不調をきたしました。自らの「経営者の寿命」を感じるようになります。

当時のことを「まるで“下りエスカレーターを駆け上がり続けているような感覚に陥り、不安を感じた」と表現します。
一方で社内では、20~30代のやる気ある社員も増え、また、住宅ローンを組む社員も現れます。

中尾様は、将来社員が新たなビジョンをもって働けるように、自分が「経営者の寿命」を迎える前に「なんとかせなあかん!」という思いが募り、60歳までに事業承継をすること決断しました。

「親族承継・社員承継・M&A」の中から「M&A」を決断

まずは家族に事業承継に関する相談をしました。長女には何度も継ぐ意志を確認するも、中尾様の必死の奮闘を見て「女やし無理!」と断られてしまいます。

中尾様自身も当初は父に「自分には経営は無理だ」と言った経験もあることを思い出し、その人の人生を決めるのはその人自身、と再認識し、子供への承継は断念しました。

次に社員承継を検討しました。しかし、何でも自分自身が決めていた為、会社を託せられるリーダー育成が十分でなかったことに気が付きます。慌てて、見所のある3名の社員と共に厳しい“泊まり込み研修”に参加するも、社員は“現場で活躍する執行役員”にはなれても、株式を持ったオーナー経営者の能力としては別ものだ、と実感する結果になってしまいました。

また、長年の堅実な経営のおかげで実質無借金だったのですが、一方で自己資本が大きくなっていました。全株式を買い取るには、とても社員個人で用意できる金額ではありませんでした。

その後、日本M&Aセンターのセミナーに参加した中尾様は、経営者のM&A体験談が印象に残り、アンケートの「要無料相談」に恐る恐るチェックを入れて提出しました。そして後日、日本M&Aセンターの社員と面談に臨んだのです。

最初の面談では、「日本M&Aセンターを全面的に信用できず、洗いざらい話しませんでした。」という中尾様でしたが、何度も担当者とM&Aのメリット・デメリットを話し合い、

  • 業界毎のM&Aの「旬」の情報/食品業界はどうなのか?
  • 本当に買手は現れるのか?どのような買手が現れるのか?

といった情報を交換する中で、日本M&Aセンターのノウハウの豊富さを感じ、熟慮を重ねた末にM&Aへの方針を固めていきました。

譲受企業様の概要とM&Aの検討理由

ヒガシマルは、偶然にも向井珍味堂社と同じ1947年に創業の会社です。鹿児島県日置市に本社を置き、養魚用配合飼料や乾麺・即席麺等の製造を主事業として展開する食品製造会社です。

養魚用配合飼料においては、成長・増肉効果の高い飼料の研究開発を継続的に行い、国内でトップシェアを誇るほか、世界19カ国にも輸出しています。

食品事業においては、「伝統の味と心」をキーワードに、手作り工程を取り入れた乾麺、「本かえし製法」で作られためんつゆ等、伝統技術と地域特性を生かした商品開発を行っています。

以前、カレールー会社をM&Aし成功

2012年には当社からの紹介で、横浜市のプレミアムなカレールーで有名なコスモ食品株式会社を譲受け、このM&Aが成功していました。またM&Aを検討したいと相談していた際に、向井珍味堂社の紹介を受け、譲受の検討を始めました。

向井珍味堂の成長可能性にほれ込んだ

向井珍味堂社への印象は、ニッチな業界で高いシェアを持ち、「自然食品・健康・高付加価値」商品を製造していて、製造管理ノウハウが非常に高い企業というものでした。

そして、資本提携によりシナジーとして以下のことが期待できました。

  • 向井珍味堂の商品は、拡販に力を入れることでさらなる成長できる
  • 近畿圏で販売体制・拠点作りが出来る
  • 新商材を拡充し、製造ノウハウを獲得できる

これらのことから、ヒガシマルは譲受けの検討を加速させました。

本件M&Aで重要となったポイント

向井珍味堂のお相手探し。3点の希望。最後は経営者の勘

中尾様のお相手に対する希望は、3点ありました。

  • ①向井珍味堂の“ものづくりのこだわり”“経営理念”を理解してもらえること
  • ②社員と得意先、社名・ブランドをそのまま引き継いでくれること
  • ③食品原料が特殊な相場ものなので、それを解ってもらえること

一方で、同業者や極端な異業種の企業、ファンドはNGでした。

その中で、ヒガシマル様という相手に決めたのは以下のポイントによるものでした。

  • 経営理念;「他にはない珍しい美味しい味のものを創る」を大事に思ってくれたこと
     (東社長も(近畿大)理系の出身で、「開発の雰囲気」が自分と合った。)
  • 向井珍味堂の社名・従業員・得意先を全て引継いでくれる
  • M&Aの経験があり、グループ会社の食品メーカーとの相乗効果が期待できた
  • ヒガシマル様の皆様の“あたたかみ”を感じた(家族的な感じ)

また、「うまく言い表せないが、“ハートがつながる縁”を感じた。それが本当に正しいのかわからないが、ヒガシマル様との交渉を進めることにした。」とも中尾様は語っています。

幹部社員や11人の株主の取りまとめに奔走

M&Aの進行中に、株主の取りまとめや特に幹部社員や、若手幹部社員へは注意深く説明する必要がありました。

秘密保持に気をつかいながら、長年のねぎらいやM&Aの意義などを注意深く説明し、大いに納得してもらいました。M&Aを成功させるためには、彼らの理解が大きなポイントの一つでした。

M&Aの6年後。社員承継の実現が可能に

約6年経つ今、中尾様は「会長兼最高顧問」として3年間、その後は「顧問」として現在も向井珍味堂に在籍しています。そして社員は誰も辞めていません。

その一方で、会社の運営はずいぶん変化しました。ヒガシマルから来た営業部長が営業を束ね、その後、新社長になりました。そして、経営者候補として育ててきた3名の幹部社員が抜擢され、彼らが会社を運営しています。

昔は社長である中尾様に頼りっきりだった社員が、今や堂々と経営判断をする姿には、
「何でも家内と2人で独善的に抱え込んで経営してきたのは何だったのだろう?と目からウロコ。」と中尾様。

こうして社員の成長を見るにつけ、「M&Aをして、ヒガシマルグループになったことは、経営者として正しい選択であったと思っている。」

さらに、「M&Aをすることによって、株式を譲渡する必要なくなったため、次の事業承継では経営を社員に引き継ぐ“社員承継”も可能になった」と将来のメリットも挙げられています。

中尾様のメッセージ

最後に、中尾様から同じく事業承継で悩んでいる経営者の皆様へのメッセージをご紹介し、締めくくりたいと思います。

「いつまでもあると思うな親と金」、そして「無いと思うな運と災難」。
(藤本義一さんの話/大阪の商家の格言)

どんなにしんどくても明けない夜は無い。少しずつでも努力し辛抱してたら、いつか運は巡ってくる。しかし、それで浮かれてると、キッチリ災難は来る。

絶対変えられないものは、「過去」と「他人」、 しかし「変えられるのは「未来」と「自分」。

著者

江藤 恭輔

江藤えとう 恭輔きょうすけ

日本M&Aセンター業種特化2部 部長

1982年12月、宮崎県生まれ。青山学院大学法学部卒業後、大手金融機関にて約10年法人営業に従事した後、2015年10月、日本M&Aセンターに入社。その後、食品業界専門グループを立ち上げ、大手外食企業のM&Aを中心に、数多くの食品関連M&Aを手掛ける。2023年4月には同グループを部署に昇格させ、メンバー全員で、全国の優れた食文化の存続と発展をサポートしている。代表的な成約実績は、トリドールHDとアクティブソース(立ち飲み居酒屋晩杯屋)、トリドールHDとZUND(ラーメンずんどう屋)、サッポロライオンとハンエイ(餃子専門店である大阪王)、佐賀県の老舗アイス菓子メーカーである竹下製菓と生クリームパンメーカーの清水屋食品、PEファンドであるエンデバー・ユナイテッドと関西レストランチェーンのアートオブウォー・バサラダイニングの資本提携など。

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