【2016年】IT業界SIer(エスアイヤー)のM&Aの歴史
⽬次
- 1. SIer(エスアイヤー)とは
- 2. SierのM&A状況
- 3. 2016年業界M&A一覧
- 4. 2016年を代表するIT業界のM&A
- 4-1. フィンテック企業の今後のM&Aの可能性
- 4-2. シャープビジネスコンピュータソフトウェア株式会社(シャープビジネスソリューション株式会社)とエヌ・ティ・ティ・データのM&A
- 4-3. 株式会社エニドアと株式会社ロゼッタのM&A
- 5. 2016年のIT業界M&Aの特徴
- 6. 譲渡企業
- 6-1. 領域別にみる譲渡企業
- 7. 譲り受け企業
- 8. 大手SIer・NTTデータのM&A
- 8-1. 設立~2000年代までのM&A
- 8-2. 大手企業システム部門が相次いで子会社化
- 8-3. 国内システム子会社をM&A
- 8-4. 2000年代後半から海外M&Aを加速
- 8-5. 海外事業の売上が全体の半分近くを占めるまでに
- 8-6. 海外事業への投資拡大の根拠
- 8-7. 譲渡企業様の概要とM&Aの検討理由
- 8-8. M&A後、売上は伸長
- 9. 譲受企業様の概要とM&Aの検討理由
- 9-1. Trustia社に出会って
- 9-2. M&A実行から2年経って
- 9-3. 本件M&Aで重要となったポイント
- 9-4. 著者
SIer(エスアイヤー)とは
SIer(エスアイヤー)とは、ソフトウェア開発者及び開発業のことを指す。
システムの企画から設計、開発、運用、さらには保守業務を担当。一気通貫で全ての業務を受注する場合もあれば、一部を請け負う業務形態など、その在り方は様々である。 “System Integrator” から頭文字をとってSI、「~する人」という意味の設備後である「-er」を付けて、SIerと呼称されるのが一般的だ。
- 富士通、日立製作所、日本電気といったメーカー系の企業
- NTTデータ、野村総研といった情報システム子会社
- ITホールディングス、大塚商会、オービックなどの独立資本起業
の3つに大別されるのがこの業界の見取り図である。
クラウド、ビックデータ、IoTなど各分野の成長と並走する形で新しい市場が日々開拓されていく業界だ。一時はリーマンショックの影響で大幅な縮小を余儀なくされたものの、政府による経済対策や金融緩和が後押しして投資傾向が再燃。2015年には12兆9,922億円の市場規模を計測した。
要となるのは人材の採用と育成、そして流出防止だ。能力のある人材をいかに伸ばし、それでいて、引き止め続けられれるかが各社の最重要課題。職場環境の整備し人材不足と戦うことが競争力の維持につながる。外注管理にも気を配り、いかにして情報やスキルを外部に滲ませないまま採算をとってプロジェクトを完遂させるかが重要である。
業界全体で共通して人材不足に手を焼いているが、市場規模は大きく今後も確実に拡大していくことが予測されるのがソフトウェア開発業界である。
SierのM&A状況
それでは、SIerのM&Aの状況を俯瞰して具体的に見ていこう。
2016年業界M&A一覧
年月日 譲渡企業 譲受企業
2016/01/01 アクロホールディングス ✖ エスアイ技研
2016/01/05 ヒトメディア ✖ エフビーランク
2016/01/05 楽天 ✖ ハングリード
2016/01/08 協和エクシオ ✖ WHERE(エポネット、協和エクシオ共同出資会社)
2016/01/14 メタップス ✖ AppStair
2016/01/22 ASJ ✖ NTTデータ・アイテックス(NTTデータ子会社)
2016/01/26 エムスリー ✖ QLife
2016/02/03 ユナイテッド ✖ キラメックス
2016/02/03 ユナイテッド ✖ スマープライズ(トレンダーズ子会社)
2016/02/05 アスカ ✖ ケイティケイソリューションズ[ケイティケイ]
2016/02/12 カヤック ✖ ガルチ
2016/02/13 富士通 ✖ 日揮情報システム(J-SYS)[日揮]
2016/02/21 弥生(オリックス子会社) ✖ Misoca(旧スタンドファーム)
2016/02/23 シーエー・モバイル(サイバーエージェント子会社) ✖ syng[エキサイト]
2016/02/26 ミライト[ミライト・ホールディングス] ✖ トラストシステム
2016/02/26 ニッポン放送[フジ・メディア・ホールディングス] ✖ グレイプ
2016/03/01 エンカレッジ・テクノロジ ✖ アクロテック
2016/03/01 マイティネット ✖ 広鉄計算センター
2016/03/01 カヤック ✖ D HEARTS VIETNAM CO., LTD[ダンクハーツ]
2016/03/08 ソフトフロント ✖ 筆まめ(ACA FPJ STRATEGIC INVESTMENT FUND LP投資先)
2016/03/09 TDCソフトウェアエンジニアリング ✖ マイソフト
2016/03/11 Oakキャピタル ✖ パス
2016/03/11 ヒューマンホールディングス ✖ ダイレクトワン
2016/03/11 ソーシャルワイヤー ✖ トランスマート
2016/03/24 ウフル ✖ システムフォレスト
2016/03/30 コムチュア ✖ ジェイモードエンタープライズ
2016/03/30 アカツキ ✖ クリームフィールド
2016/03/30 あかつきフィナンシャルグループ ✖ リードウェイ
2016/03/31 コロプラ ✖ エイティング
2016/04/01 クロス・マーケティンググループ ✖ ミクシィ・リサーチ[ミクシィ]
2016/04/05 インフォメーション・ディベロプメント ✖ テラコーポレーション
2016/04/05 マリモベンチャーズ[マリモ] ✖ GKT
2016/04/07 ニフティ ✖ グロザス(産業革新機構、ニフティ共同出資会社)
2016/04/08 mediba(KDDI子会社) ✖ アップブロードキャスト(ABC)
2016/04/14 朝日新聞社 ✖ サムライト
2016/04/15 メタップス ✖ ペイデザイン(投資事業有限責任組合DRCIIなど投資先)
2016/04/18 テラスカイ ✖ クラウディアジャパン
2016/04/19 じげん ✖ エリアビジネスマーケティング(ABM)
2016/04/22 アジュバンコスメジャパン ✖ エクシードシステム
2016/04/22 マイネット ✖ ポケラボ[グリー]
2016/04/23 日本一ソフトウェア ✖ フォグ
2016/04/25 さくらインターネット ✖ ゲヒルン(スタートトゥデイ孫会社)
2016/04/26 オークファン ✖ リッチウェルマーケティング
2016/04/28 ふくおかテクノロジーパートナーズ(FTP) ✖ iBankマーケティング
2016/05/01 五洋インテックス ✖ レックアイ
2016/05/12 日本システム技術 ✖ アイエスアール
2016/05/13 メドピア ✖ Mediplat(ベータカタリスト子会社)
2016/05/13 アクロディア ✖ ネクスト・セキュリティ[ネクスト・イット]
2016/05/14 つうけんアドバンスシステムズ(コムシスホールディングス孫会社) ✖ ヴァックスラボ
2016/05/16 健康コーポレーション ✖ エンパワープレミアム[光通信]
2016/05/19 RMJホールディングス ✖ フュージョン・エスアイ
2016/05/20 トランスコスモス ✖ ソーシャルギア
2016/05/24 オークファン ✖ エターメント
2016/05/26 豆蔵ホールディングス ✖ アイキューム
2016/05/27 NKリレーションズ(NKR)[ノーリツ鋼機] ✖ ユニケソフトウェアリサーチ
2016/05/30 博展 ✖ スプラシア
2016/06/01 オートサーバー現経営陣(高田典明代表取締役ら)(買付目的会社:ASH) ✖ オートサーバー
2016/06/01 不動産流通システム(REDS) ✖ フラグシップ
2016/06/01 Syn.ホールディングス(KDDI子会社) ✖ アップベイダー、Socket
2016/06/01 ワンオブゼム現経営陣(張青淳取締役) ✖ スパイスマート(ワンオブゼムSpicemart事業部門)
2016/06/10 ヤフー ✖ イーブックイニシアティブジャパン
2016/06/13 アカツキ ✖ そとあそび
2016/06/13 システム・ビット ✖ ライフサイエンスコンピューティング(LSC)(フューチャーアーキテクト子会社)
2016/06/16 Syn.ホールディングス(KDDI子会社) ✖ Connehito
2016/06/22 ソリトンシステムズ ✖ オレガ
2016/06/27 電縁[ガイアックス] ✖ アイ・オーシステムインテグレーション(I/O)
2016/06/29 電算 ✖ ティー・エム・アール・システムズ
2016/07/01 イトクロ ✖ Acuz
2016/07/02 江守情報[江守コーポレーション] ✖ 日本ケミカルデータベース(JCDB)
2016/07/07 日本創発グループ ✖ クラウドゲート
2016/07/13 カシオ計算機 ✖ リプレックス
2016/07/15 フュージョンパートナー ✖ ソフトブレーン
2016/07/20 7ホールディングス ✖ アスカティースリー[INEST]
2016/07/22 エボラブルアジア ✖ らくだ倶楽部
2016/07/22 sMedio ✖ タオソフトウエア
2016/07/25 夢エデュケーション(夢真ホールディングス子会社) ✖ ギャラクシー
2016/07/26 ヤフー ✖ コマースニジュウイチ(コマース21)
2016/07/28 サイバーリンクス ✖ クラウドランド(兼松エレクトロニクス、サイバーリンクス共同出資会社)
2016/08/01 クレスコ ✖ エヌシステム[農協観光]
2016/08/01 ゴハンスタンダード現経営陣(齋藤英一取締役) ✖ ゴハンスタンダード
2016/08/01 ココン ✖ イエラエセキュリティ
2016/08/09 ロゼッタ ✖ エニドア
2016/08/12 三栄ハイテックス[イノテック] ✖ ジェイ・エス・シー(JSC)
2016/08/26 フリービット ✖ EPARKヘルスケア(光通信孫会社)
2016/08/30 トーホー ✖ システムズコンサルタント
2016/08/30 ココン ✖ レピダム
2016/09/01 コムチュア ✖ コメットホールディングス
2016/09/01 アイフィスジャパン ✖ 金融データソリューションズ
2016/09/01 アドウェイズ ✖ ミストテクノロジーズ
2016/09/03 楽天 ✖ ファブリック
2016/09/05 ブルータグ ✖ ウイングスタイル
2016/09/15 エムケイシステム ✖ ビジネスネットコーポレーション
2016/09/16 アイスタイル ✖ イートスマート
2016/09/21 ベクトル ✖ LAUGH TECH(ラフテック)
2016/09/26 メドピア ✖ クックパッドダイエットラボ(CPD)(クックパッド子会社)
2016/09/26 VOYAGE GROUP ✖ CMerTV
2016/09/27 電算システム ✖ ゴーガ
2016/09/29 ユナイテッド ✖ ゴロー
2016/09/29 インフォメーションサービスフォース[トライアンフコーポレーション] ✖ デージー・テクノロジーズ
2016/09/30 SHIFT ✖ メソドロジック
2016/10/01 GMOイプシロン[GMOペイメントゲートウェイ(GMO-PG)] ✖ 日本郵便ファイナンス(日本郵便[日本郵政]、三井住友信託銀行共同出資会社)
2016/10/03 モンスター・ラボ ✖ ライフタイムテクノロジーズ(LTT)
2016/10/03 ネオキャリア ✖ Unistyle
2016/10/05 ブラケット現経営陣 ✖ ブラケット[スタートトゥデイ]
2016/10/06 KDDI ✖ Deコマース[ディー・エヌ・エー(DeNA)]
2016/10/12 SHIFT ✖ バリストライドグループ
2016/10/13 マイネット(受け皿会社:C&M) ✖ C&Mゲームス[クルーズ]
2016/10/13 クルーズ ✖ Candle
2016/10/25 SJI ✖ 東京テック
2016/10/25 CEホールディングス ✖ システム情報パートナー(SIP)
2016/10/31 穐田誉輝氏(クックパッド前社長)ら ✖ オウチーノ
2016/11/01 Japan REIT(a2media子会社) ✖ TCO
2016/11/03 NTTデータ ✖ シャープビジネスコンピュータソフトウェア(SBC)(シャープ孫会社)
2016/11/11 三谷商事 ✖ クワンタム・テクノロジー
2016/11/14 光通信 ✖ インテア・ホールディングス
2016/11/16 ERIホールディングス ✖ イーピーエーシステム(EPAS)
2016/11/22 モバイルクリエイト ✖ オプトエスピー
2016/11/29 ジープラス・メディア[フジ・メディア・ホールディングス(FMH)] ✖ ジャパンインフォ
2016/12/01 テクノプロ[テクノプロ・ホールディングス] ✖ 安川情報エンベデッド(安川情報システム子会社)
2016/12/01 夢真ホールディングス ✖ Keepdata
2016/12/07 フューチャー ✖ ワイ・ディ・シー(YDC)(横河電機子会社)
2016/12/07 ワンダープラネット ✖ プレイネクストジャパン(旧ジーピー・モバイル)(PlayNext Global, Inc.<旧AGGP Holdings, Inc.><ソネットグループ>出資会社)
2016/12/09 ピクセルカンパニーズ ✖ アフロ
2016/12/14 レアジョブ ✖ リップル・キッズパーク
2016/12/17 ユーザベース ✖ ジャパンベンチャーリサーチ
2016/12/23 みんなのウェディング現経営陣(穐田誉輝会長) ✖ みんなのウェディング
2016/12/26 豆蔵ホールディングス ✖ アグラ
2016/12/27 エートゥジェイ ✖ オープンコート(アイレップ子会社)
2016/12/28 SOAソリューションズ ✖ エルモシステムビジネス(テクノホライゾン・ホールディングス孫会社)
2016/12/29 合人社グループ ✖ ノイアンドコンピューティング
中でも代表的な事例をそれぞれ掘り下げていく。
2016年を代表するIT業界のM&A
2016年を代表するIT業界のM&Aを3つ紹介しよう。どのような意図が介在しているかを細かく分析していく。
###ペイデザインとメタップスのM&Aによる決済サービスの成長
【譲渡企業】
・企業名⇒ペイデザイン株式会社
・事業内容⇒各種決済事業
・売上⇒2,535百万円
・営業利益⇒136百万円
・純資産⇒1,419百万円
・株価⇒2,880百万円(議決権割合100%)
・譲渡日⇒2016年4月14日
【譲受企業】
・企業名⇒株式会社メタップス
・事業内容⇒アプリ分析・決済プラットフォーム事業
・売上⇒8,887百万円
・営業利益⇒△320百万円
・純資産⇒7,082百万円
譲渡企業側のペイデザイン社は1999年創業の企業であり、EC・通販事業社向や店舗事業社向けのクレジットカード決済サービスを中心に、電子マネーや家賃の支払いなど、各種の決済サービスを提供する企業だ。
一方譲受企業のメタップスは個人事業主をメインターゲットに決済プラットフォーム「Spike」というサービスを提供。オンライン決済サービスの①シェア拡大②事業領域拡大という二つの目的があったと考えられる。
ペイデザインは創業17期目の老舗決済サービス事業者であり、オンラインサービスに加え、リアル店舗、家賃、電子マネーなど決済に関する幅広いサービスを提供していることもこの予測の裏付けとなるだろう。
この資本業務提携により、両社の決済事業における年間取扱高1,000億円を超える規模へと成長。総合的な決済プラットフォームとしてより幅広いサービスの提供が可能となった。
フィンテック企業の今後のM&Aの可能性
昨今のブームに乗じて様々な企業がフィンテック領域に参入している。しかしながら薄利多売という性質上、おのずと一定の規模が求められるのもまた事実だ。
規模を増やすためには設備投資が必要となるわけだが、ベンチャー企業が0から始めるには骨が折れる。資金調達が容易であるとはいえ難易度が高いからだ。
したがって先ほど取り上げたメタップスのような相応の規模感を誇るフィンテック企業が他の小規模な企業を継続的に譲り受けていくような流れが続くことになるだろう。
あるいは金融の本元である金融機関とITソフトウェア企業との資本業務提携が起こる可能性も高い(※2017年にメタップスはみずほフィナンシャルグループとの業務提携を開始)。
シャープビジネスコンピュータソフトウェア株式会社(シャープビジネスソリューション株式会社)とエヌ・ティ・ティ・データのM&A
【譲渡企業】
・企業名⇒シャープビジネスコンピュータソフトウェア株式会社
・事業内容⇒組み込み系業務用ソフトウェア開発
・売上⇒100,670百万円
・営業利益⇒-
・純資産⇒-
・株価⇒2,445百万円(議決権割合80%)
・合意日⇒2016年11月2日
【譲受企業】
・企業名⇒株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
・事業内容⇒最上位SIer
・売上⇒100,855百万円
・営業利益⇒19,816百万円
・純資産⇒189,208百万円
シャープビジネスコンピュータソフトウェア(以下SBC)はシャープの孫会社で、スマートフォンやデジタル複合機向けの組み込みソフトウェア開発を行う企業だ。
一方、譲受企業のエヌ・ティ・ティ・データ(以下NTTデータ)はNTT系列の日本最大手のSIer(プライムベンダー)である。本案件のポイントは日本最大手のSIerであるNTTデータがIoTへの布石として国内の組み込み系開発企業を譲り受けた点だ。
NTTデータは元々M&Aに積極的だったが、近年はその大半がクロスボーダーM&Aであり、一部資本出資を除いたM&A(議決権の過半数を獲得する子会社化)に乗り出すのは約3年半ぶりだった。また、これまでは上流工程を担うITコンサル企業やシステム開発企業の譲り受けが中心であったが。今回初めてIoT関連企業をM&Aによって譲り受けたという点にも注目したい。
※過去3年間のNTTデータのM&A一覧(出所:レコフデータベース)
NTTデータはこのM&Aによって、自動車におけるインフォテインメント領域やスマートファクトリー等のIoT領域における事業のさらなる拡大を目指すとプレスリリースで発表している。
同時にIoTマーケットの拡大に伴い2018年度にはグループ全体で組み込みソフトウエア技術者2,000人体制を構築すると明確に謳っていることも見逃せない。
株式会社エニドアと株式会社ロゼッタのM&A
【譲渡企業】
・企業名⇒株式会社エニドア
・事業内容⇒翻訳者クラウドソーシング
・売上⇒569百万円
・営業利益⇒270百万円
・純資産⇒229百万円
・株価⇒1,401百万円(議決権割合100%)
・譲渡日⇒2016年9月1日
【譲受企業】
・企業名⇒株式会社ロゼッタ
・事業内容⇒AIによる自動翻訳支援ツールの開発
・売上⇒1,688百万円
・営業利益⇒216百万円
・純資産⇒1,309百万円
エニドアは翻訳のクラウドソーシングサービス(Conyac・コニャック)を運営する企業だ。ロゼッタは自動翻訳の開発や翻訳受託サービスを手掛ける。
本案件のポイントは、クラウドソーシングとAIという2つの新しいテクノロジーの融合により、両社の持つ技術をさらに成長させる目論見があったということだ。
譲り受け側のロゼッタ社は専門分野(医薬バイオ、化学環境、電気電子機械、特許、法務、財務等)の翻訳に特化する企業として知られている。
一方でエニドアは、インバウンド市場を中心とした一般会話・外国人向け観光情報等に関連するサービス提供を主軸とする。
上記2社は対象とするサービス領域に重複が無い。対象マーケットを互いに補完しあえる関係にあるのだ。そのため容易にシナジーを見込むことができた。
しかし気になるのは、両社が“AI”と“クラウドソーシング”の融合によるシナジーを謳っている点である。領域補完に伴う成長ではなく、このふたつの領域が融合することにより、果たして本当にアウフヘーベンが産まれるのだろうか。
ロゼッタはAIの精度向上における最大の決定的要素は学習データだ。そしてエニドアのクラウドソーシング上で人間が行う翻訳は膨大な集合知となってAIの精度を向上させる。また、AIの補助によって人間の作業負担も軽減することが可能だ。
人間の作業時間を確保することを目指すクラウドソーシングと、機械に人間の代替をさせることを目指すAI。一見すると相反する趣向同士の技術同士のM&Aがさらなるシナジーを生むと見込んだのだ。
本件のように、IT業界におけるM&Aは、ビジネス上のシナジーのみならず、掛け算によって技術レベルを更に高めるという隠れた狙いもよく見られる事例だ。
2016年のIT業界M&Aの特徴
2016年の日本でのITソフトウェア業界のM&Aの件数は過去最高であった2015年から大幅な増加がみられた。
まず、買い手企業側の要因としては、史上最大に膨れ上がった企業の内部留保、ゼロ金利政策などによる低金利の融資などにより資金調達が容易となり買収資金が豊富であったことが挙げられる。
譲渡企業側の要因は後継者不在問題だ。会社の後継者不在問題により他の企業へ会社を譲渡した経営者が増えているようだ。
次に、ディールサイズ(M&Aの取引金額)を見ると、最も多いのが「1億円以上10億円未満」(164件・55%)であり、次いで「1億円未満」(85件・21%)、次いで「10億円以上30億円未満」(39件・13%)という結果が出ている。
ディールサイズが比較的小さく、中小企業やシードステージ・アーリーステージのベンチャー企業の譲渡・出資が多いというのがITソフトウェア業界のM&Aの特徴だ。
2016年もこの傾向は続いており、「10億円未満」のディールが全体の79%を占める結果となっている。
ITソフトウェア企業M&Aの金額別ディールサイズ 出典:レコフデータベース
なお、上述の分類において昨年比増加率が最も大きかったのは「1億円未満」で22件増加(昨年11月時点対比134.9%)、次いで「10億円以上30億円未満」が7件(昨年11月時点対比117.9%)となっています。
やはり小規模なディールが増加傾向だ。
ちなみにディールサイズで最大のものは、孫正義率いるソフトバンクグループがモバイル向けゲーム開発会社のSupersell(フィンランド)を総合IT企業のTencent(中国)に譲渡したケース。譲渡額は7,700億円にまでのぼる。
Supercellはソフトバンクが2013年に1,500億円で買収した企業だが、選択と集中を推し進めるソフトバンクはゲーム事業からの撤退を決意した結果だろう。(同社はグループ会社のガンホーエンターテイメントも譲渡している)
また、国内のディールで最大のものは三井物産を筆頭に日本政策投資銀行、グロービスキャピタルパートナーズ等がモバイル向けフリーマーケットアプリ開発のメルカリに出資したディールで規模は84億円となる。
メルカリは調達した資金によってグローバル展開を進め、三井物産はグローバルネットワークやICT事業で培った知見を活用しメルカリのグローバル展開をサポートしていくとのことだ。
クロスボーダーでは7,700億円という過去最大規模のディール(2015年最大のディールは総合IT企業のヤフーが飲食、ホテル、旅館予約の一休を買収したディールで約1,000億円)が起こった一方、国内では100億円を超えるような大きなディールは見られなかった。
譲渡企業
譲渡企業の所在地(出典:レコフデータベース)
大半の都道府県で譲渡件数が1~2件しかなされておらず、半分近くの都道府県では譲渡数0、というのが現状。IT業界M&Aの地域ごとの偏在傾向が見て取れる。
しかしながら、日本全国のITソフトウェア企業の所在地にここまでの偏りはない。多い順に東京に51.8%、大阪に8.8%、神奈川に5.9%集積(出所:東京商工リサーチ)しており、東京でさえも集積率は約5割に留まるというデータが出ている。
単純な割合換算だが、今後は地方のITソフトウェア企業の譲渡件数が大きく増加する可能性が高いだろう。
領域別にみる譲渡企業
事業面に関してはIoT(モノのインターネット)関連、フィンテック関連、AI関連、ビッグデータ関連企業などへのM&Aに注目が集まった年だった。
特に記憶に残るのはソフトバンクグループが半導体製造のアーム・ホールディング(イングランド)を譲り受けた案件だ。
金額は約3兆3,000億円(約240億ポンド)であり、日本企業による海外企業のM&Aとしては日本たばこ産業が06年にタバコ製造大手のギャラハー(イングランド)を譲り受けた際の1兆7,300億円を上回り過去最大のディールだった(2006年12月)。
アームは1990年設立の半導体メーカーであり、売上高約1,335億円(9億6830万ポンド)、近年はスマートフォン向けCPUで世界で90%超のシェアを誇る。
ソフトバンクは通信事業主体のITソフトウェア企業であるが、将来的なIoT時代への布石として今回のM&Aに踏み切ったものと考えられる。
近い将来IoTによってあらゆるデータがインターネットと接続し、その数は今日存在しているPCやスマートフォンの数をはるかに凌ぐと言われているが、これを見越した統合だろうか。
ARM製のCPUがあらゆる製品に組み込まれ、その時が来ればソフトバンク社の通信事業やコンテンツ事業との壮大なシナジーが生まれるかもしれない。
譲り受け企業
次に、ITソフトウェア業界のM&Aにおいて、どのような企業が譲り受け(買収)を行っているかを見ていこう。
最も多かったのは同業ITソフトウェア業種であり、200件・35.2%、次いでファンド・VCが174件・30.6%、次いでサービス業の63件11.1%である。さらに最も増加率が高かったのはファンド・VCであり、昨年対比+28件、比率にして119%増だ。
ITソフトウェア企業の譲り受け業種件数推移(上位5業種) 出典:レコフデータベース
2016年度の特徴はファンド・VCの譲り受けニーズが非常に旺盛であったことだ。
2013年以降新規ファンド組成額は飛躍的に増加しており、2013年約2,000億円、2014年約1,000億円、2015年約2,000億円となる。(出所:2016年1月 一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会 ベンチャーキャピタル最新動向レポート)
このように日本国内で組成されるファンド額は非常に増加しており、市場の資金がITソフトウェア企業の資金調達に回ったものと考えられる。
大手SIer・NTTデータのM&A
ここで、NTTデータのM&Aの軌跡を追ってみよう。今となっては誰もが知る大手のSIerだ。誰の目から見ても間違いない。しかし、ここまで鋭角な成長角度を描いたのはなぜか。これを考察するうえで同社のM&A戦略を無視するわけにはいかない。実際にどのようなスパンでどのように動き続けてきたのかを追ってみよう。
設立~2000年代までのM&A
1988年に日本電信電話のデータ事業本部が分社化してNTTデータ通信として発足
NTTデータは、NTTデータ通信が1998年に社名変更に伴って誕生した企業だが、元々は日本電信電話のデータ事業本部を母体として1988年に設立された。
設立当時の売上高は2,288億円、従業員数6,412名でその歩みをスタートさせています。設立当時から国内最大手のSIerとしてM&Aを積極的に活用し、業界を牽引し続ける存在となっている。
大手企業システム部門が相次いで子会社化
経営資源の集中が叫ばれた1980年代、システム部門が相次いで子会社化されたことで、情報システム子会社が誕生しはじめる。
システム子会社とは、親会社で使われるシステムの開発を請け負う子会社のことを指し、これらのシステム子会社はコストセンターとしての機能を求められたが、2000年代には、ITアウトソーシングなど外部リソースを積極的に活用する機運が次第に高まっていった。
こうした潮流の中で、ノウハウを持った情報システム子会社が大手SIerにより買収されるといった事例が散見されるようになった。NTTデータもその流れの中で非常に多くのM&Aを実施することとなる。
国内システム子会社をM&A
上記、システム子会社のM&A事例のうち代表的なものを表にした(下表はNTTデータのシステム子会社のM&Aの一例であり、システム子会社以外のM&Aも多数行っている)。
様々な業界のシステム子会社をM&Aすることによりノウハウを獲得し、一方では親会社と協業して親会社にも貢献している点が特徴であると言える。
2000年代後半から海外M&Aを加速
そしてNTTデータは、国際的な機運に乗って海外にもその手を伸ばしていく。本格的なグローバル戦略を打ち出し、売上の実にその半分が海外事業という驚きの数字を見せてくれる。
2005年、Revere(アメリカ)の買収から本格的なグローバル競争力の強化に取り組む
数多くの国内M&Aを行ってきたNTTデータは2005年、Revere(アメリカ)の買収から本格的なグローバル競争力の強化に関する取り組みを開始する。
その後Cirquent(ドイツ)、itelligence(ドイツ)、Keane(アメリカ)、Value Team(イタリア)、everis(スペイン)を加え、現在のAmericas(米州)、EMEA(欧州・中東・アフリカ)、China(中国)、APAC(アジア・太平洋地域)に日本を加えた全世界5拠点のグローバル体制へと発展してきており、2009年には「Global 100 最も持続可能な世界の100社」に選出されるまでに至っている。
海外事業の売上が全体の半分近くを占めるまでに
過去12年間で50社以上の海外企業を買収したNTTデータが投資した金額はおよそ6,000億円とも言われている。2006年3月期に95億円だった海外売上高は、18年3月期に9,080億円に達する見通しであり、今期の売上高が2兆円を突破する見通し。つまり、その半分近くを海外で稼ぐことになる。
M&Aを積極的に活用し、見事にグローバルで戦えるIT企業へと進化を遂げているわけだ。
海外事業への投資拡大の根拠
国内のマーケットのみならず海外にも果敢に進出することで成長の余地は拡大する一方だ。現地のオペレーションは現地に任せ、一部をオフショアの拠点として活用することで国内の人材不足による問題を解消する。このソリューションは国内事業の成長加速にも寄与するだろう。
海外での認知度を上げて国内だけでなく海外でもTier1として活躍するIT企業への進化したNTTデータは、高い視座を持っているからこそ海外事業へのM&A投資を拡大していける。今後も、同社のように海外進出を図るIT企業はさらに増加していくだろうと考える。
M&Aの具体例を紹介
ここからは日本M&Aセンターが中立った具体的なM&Aの事例を詳しく紹介する。
譲渡企業様の概要とM&Aの検討理由
JFEエンジニアリング等、優良な取引先を抱えるSIer
株式会社Trustiaは北海道の大通に拠点を置くSIerだ。JFEエンジニアリングやNTT系列、日立系列の企業とも取引があり財務も安定した優良企業である。
JFEエンジニアリングにおいては、エネルギー事業本部と直接取引をしており、特命発注で仕事を請け負っていることなどからその実力は申し分ない。
同社が手掛けるシステム開発の難易度は非常に高く、在籍するエンジニアの腕も確かなものであることが伺える。
創業時から『10年以内にイグジットする』と決めていた
同社の中山社長は「創業時から10年以内にはイグジットをする」と決めていたという。
中山社長のその目標に加えて、自身の病気も重なり、自身に万が一のことがあってからでは遅い、というお気持ちから当社にM&Aをご相談いただいた。
Trustia社は2007年の設立、M&Aを実行したのが2015年であるため、8年で創業当時からの目標を達成したことになる。
M&A後、売上は伸長
今年2月、譲受企業のコムニック社にインタビューに行った際、Trustia社の現在の業績をお聞きしたところ、M&A実行後1割程度、売上が伸びているとのこと。
コムニック社は設計を行い、開発工程を敷いた上での開発、いわゆるウォーターフォール型の開発が得意であり、Trustia社は試行錯誤しながら開発を行っていくアジャイル型の開発が得意であったため、コムニック社がそれまで断ってきたアジャイル型の開発をニアショア拠点のTrustia社に渡すことにより、売上を伸ばすことができた模様。
ニアショアとして活用することにより人件費も抑えることができ、これに伴い以前は断らざるをえない仕事も受けられるようになり、優良な取引先も確保できた。まさに一石三鳥とご満足いただけた。
譲受企業様の概要とM&Aの検討理由
東京都に拠点を置き、NTT関連の優良な取引先を有するSIer
一方、譲受企業であるコムニック社は、東京に拠点を置く当時売上30億円強のSIerだ。NTTグループ向けの通信関連の開発実績が高く、優良な取引先から長く信頼を得てきた企業である。
松岡社長、大松専務をはじめ魅力的な人柄の経営陣が真摯に顧客と向き合い、業績を伸ばしてきた。
そうした安定した経営ができていた一方で、アグレッシブさに欠けていた面があると認識されており、M&Aを一つの経営戦略として考えられるようになったとのこと。
M&Aに関するセミナーに積極的にご参加され、当社社員と情報交換をしていただく中で、地方にニアショア拠点を持ちたいといったニーズをお伺いした。
Trustia社に出会って
当社よりTrustia社の紹介を受け、親和性が高いと直感した、とのことだった。
自社はNTTグループ向けの開発を手掛けており、Trustia社はJFEエンジニアリングの開発を請け負っているということで、堅実な取引先を持っている点に親和性を感じられ、ニアショア拠点として活用ができるだけでなく、開発領域の拡大も見込めると感じ、前向きにご検討されるに至ったとのことだった。
M&A実行から2年経って
M&Aを実行されてから両社の状況をお聞きしたところ、社員旅行で東京から北海道に行き交流を図り、大松専務がTrustia社の社長に就任することで両社の開発の橋渡しを行い、非常に良好な関係性が築けているとのことだった。
松岡社長からは当初想定していたシナジーが明確に創出できているとのことで、こちらも大変ご満足いただけている様子だった。
本件M&Aで重要となったポイント
譲受企業の理解の深さ
松岡社長、大松専務はM&Aに関する情報収集を続けてこられた末にM&Aを実行されており、「失敗するM&A」を事例としてご存知だった。
特に、譲渡企業の中山社長が仰っていたことが、コムニック社には全く威圧感がなく、上から物を言う姿勢もなかったということだ。
結果として中山社長も献身的に引き継ぎに協力してくださったとのことで、コムニック社のそうした配慮が功を奏したと言えるだろう。
明確なシナジー
ただの開発人員確保のためのM&Aとは違い、両社にはお互いの苦手な開発領域を補い合えること等の、協業による明確なシナジーがあったことが大きなポイントであったと思う。
譲受企業のニーズを充足させるだけでなく、譲渡企業にとっても同じくお互いにビジネスシナジーが見込めたことで、譲渡企業社員も新しい仕事が広がりM&Aに対する納得感が高かったと言えるだろう。