【第3回】サーチファンドのM&Aで花開く中小企業#3 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

伊藤 公健

サーチファンド・ジャパン 代表取締役

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

「自分の会社は優秀なサーチャーに魅力的に映るのだろうか?事業承継を検討してもらえるのだろうか?」(中小企業オーナー視点)
「M&Aを目指すとして、どんな企業の経営者を目指せるのだろうか?」(サーチャー視点)

ファンドであっても事業会社であっても、M&Aを検討する時には当然、業界・地域・規模などの投資基準やターゲットがある。サーチファンドがM&Aの対象とする/できる投資ターゲットはどのような企業なのだろうか。

会社のステージ

一般的にサーチファンドのM&A対象となる企業は「事業基盤があり、原則としてキャッシュフローがプラスの会社」である。サービス開発途中のベンチャー企業、赤字解消の見込みのない企業等は、投資対象にはなりにくい。
これは個人が主導して経営改善できる可能性を鑑みた、現時点での投資家としての判断だろう。将来的にサーチファンドによる様々な経営改善の事例が積みあがってくると、投資対象の幅も広がっていく可能性はある。

投資規模、投資先の規模

アメリカでの調査によると、平均的には、売上10億円、EBITDA(減価償却前営業利益)2億円程度の会社がサーチファンドの投資対象となっているようだ。また、M&A規模(株の売買価格)としては約10~15億円と言われている。
ちなみに10年前のデータでは、M&A規模は一桁億円中盤であった。サーチファンドの浸透に伴い、個人でも大きな企業のM&Aを成功させられる信頼と実績が蓄積されてきたのだと推測する。

M&A規模

日本においては、アメリカの10年前に近い規模、つまり一桁億円中盤のM&Aが当面は主流になるのではないかと考えている。
個人的には、サーチファンドによるM&Aでは経営者が会社活動のすみずみまで把握することが重要になると考えており、そのためには従業員数100名以下というのは一つの基準になるのではないかと思う。

業界

業種・業界については、サーチファンドだからといった大きな傾向や制約は見受けられないように思う。世の中のトレンドに応じて、成長可能性のある業界への投資が模索されていると推測される。

投資先業界

個人的には「ビジネスモデルがシンプルなこと」は、投資先選定において重要だと考えている。経験の浅い経営者が確実に成果をだすためには、例えば「○○テクノロジーの開発が大事」「業界や政治を巻き込んだロビー活動が重要」といった複雑な要因は少ない方が良い。

サーチファンドの事例

具体的な対象企業のイメージをつかむため、いくつかの事例を紹介したい。

事例Asurion アメリカのサーチファンドの成功事例として有名なAsurionという企業がある。 1995年、スタンフォード ビジネススクール卒業生のKevin Taweelと R. James Ellisは、組成したサーチファンド(Asurion)により、Road Rescueという企業をM&Aした。
Road Rescueが営んでいた事業は、いわゆるロードサービス(自動車が壊れた時のけん引・サポート)。この企業の当時の売上は$6million(約6億円)、従業員数45人。
KevinとJamesは、当社のロードサービスが携帯電話販売店を通じて販売されていたことに着目し(まだ携帯電話のサイズが大きく、主に自動車に置かれていたため、このような販売チャネルとなっていたようだ)、ロードサービスだけでなく携帯電話向けの保険の販売にも乗り出した。
ここからAsurionの保険会社としての飛躍が始まる。
M&Aやグローバル進出も行うなど積極的な成長を実現したAsurionは、サーチファンドによる投資後約15年で$2.5billion(約2,500億円)、従業員10,000人以上の企業へ、つまり数百倍の企業に変貌を遂げた。

Asurionの事例

事例ヨギー
純粋なサーチファンド形式とは異なるが、私自身がサーチファンドをきっかけに2015年から経営に携わったヨギーという企業がある。
ヨギーは2004年創業のヨガスタジオチェーンだ。ヨガ業界では大手の一角として2015年当時十数店舗を展開し、クオリティの面でも評判の高いブランドを築き上げていた。
サーチファンドによるM&Aを目指してサーチフィー出資依頼と投資先探しを行っていたときに、ヨギーの前オーナーよりM&Aのご提案を受け投資と経営に携わることになった。
私自身、経営コンサルタント、M&A投資と、経営者に近い立場で仕事はしてきたが、自ら事業会社の経営を担うのは初めての経験だった。また、ヨガに明るいわけでもなく、女性中心の職場環境も初めて・・と、おそらく私は異物だったのだと思うが、私ならではの価値を出すために努力し、一定の成果は出せたのではないかと思う。

その他の事例
その他、私が支援したサーチファンドに近い中小企業M&Aの事例としては、外部の経営者候補が主導し大手企業の一部門を独立させる形でのM&A、事業立ち上げ後に興味を失った創業者からの事業承継、などがある。
中小企業のM&Aが発生するケースは本当に様々だ。「サーチファンドだから○○でないといけない」ということは全くない。

まとめ

これらの例のように、サーチファンドの投資対象は、時代の先端を行くテクノロジーベンチャーでも、バイオ企業でもない。いわゆる「普通の中小企業」に可能性を発見し、大きな成長を実現するのがサーチファンドの投資テーマである。

一般的に、ロードサービスのような地味な事業を行っている中小企業にはなかなかビジネススクール卒業生のようなエリートは集まらない。中小企業にマネージャーとして雇われても、やれることも報酬も希望に合わないことが多いからだ。中小企業にとっても、高い報酬で畑違いのエリートを採用するのは負担もリスクも大きい。
これが「採用」ではなく、M&Aによる事業承継となったとたんに、ミスマッチが一気に解消する。
優秀な人材にとっては、仕事の面白さ、やりがい、経済的可能性等が一気に魅力的になる(当然リスクも責任も大きくなるが)。

中小企業にとっては、人生を投資する覚悟のある優秀な人材が、自社の成長を引き受けてくれることになる。しかも、担当者の顔の見えないファンドや事業会社への承継と違い、後継者候補を直接選ぶことができる。

これまで見向きもされなかった地味な中小企業が、優秀で志のあるビジネスマンをひきつける対象となったことは、サーチファンドという仕組みが生み出した大きな意義の一つであると思う。

サーチャーとしての活動、サーチャーへの事業承継にご興味がある方はこちらをご覧ください >>サーチファンド・ジャパン

著者

伊藤 公健

伊藤いとう 公健きみたけ

サーチファンド・ジャパン 代表取締役

マッキンゼー、ベインキャピタルを経て日本初のサーチファンド活動を開始。 株式会社ヨギー他、中小企業への投資、アドバイザー等多数。2020年に株式会社サーチファンド・ジャパンを設立し、代表へ就任。 東京大学工学系研究科(建築)修了。

この記事に関連するタグ

「ファンド・M&A」に関連するコラム

資金調達とは?経営者が知っておくべき方法、メリットやポイントを解説

経営・ビジネス
資金調達とは?経営者が知っておくべき方法、メリットやポイントを解説

資金調達とは?資金調達とは、企業経営に必要な資金を様々な方法で調達することを指します。各調達方法の種類、特長を経営者が把握し、いざという時に判断できるようにしておくことは不可欠です。資金調達は運転資金のほか、事業の立ち上げや拡大、投資、リスク管理など、事業の安定と成長を実現するための重要な手段です。この記事のポイント主な資金調達方法には自己資金、融資、出資、資産の現金化、補助金、クラウドファンディ

日本M&Aセンターが甲府市善行章を受章

広報室だより
日本M&Aセンターが甲府市善行章を受章

天皇杯初制覇の快挙に沸く甲府市の市政発展に貢献したとして、株式会社日本M&Aセンター(代表取締役社長:三宅卓)が表彰されました。甲府市は2022年10月17日、市制施行133周年記念「市政功労章及び三章表彰式」を開催しました。日本M&Aセンターはグループ企業の株式会社サーチファンド・ジャパン(代表取締役社長:伊藤公健)とともに甲府市に企業版ふるさと納税で寄付し、甲府市善行章を受章しましたことをご報

サーチファンド・ジャパンが経営者候補の募集説明会を開催

広報室だより
サーチファンド・ジャパンが経営者候補の募集説明会を開催

黎明期を迎えた日本のサーチファンドに新しい人財を求む―。サーチファンド・ジャパンはM&Aを活用して経営者を目指すサーチャー(経営者候補)の募集に向けた説明会を2022年7月26日、日本M&Aセンター東京本社で開催しました。平日夜にも関わらず経営者志望の数十人が出席し、サーチファンドの仕組みやサーチファンド・ジャパンの特徴について耳を傾けました。当日はマスコミの撮影もあり、広がりつつあるサーチファン

【第4回】日本におけるサーチファンドの現状と展望#4 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

M&A全般
【第4回】日本におけるサーチファンドの現状と展望#4 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

アメリカでは30年以上の歴史と、300件以上の実績のあるサーチファンド。日本でも注目が高まりつつあるが、未だ例が少ない。日本においてサーチファンドは浸透するのだろうか?そのためには何が必要なのだろうか?日本経済への解決策としてのサーチファンドまず、日本経済を取り巻く課題に対してサーチファンドが解決策となりうる余地は大きく、日本とサーチファンドの相性は非常に良いと思う。中小企業庁によると、2025年

【第2回】サーチャーはどんな人?成功の条件#2 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

M&A全般
【第2回】サーチャーはどんな人?成功の条件#2 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

「サーチファンドをやるには、どんな経験やスキルが必要ですか?」私への相談でよく聞かれる質問の一つである。アメリカのサーチャーのバックグラウンドアメリカのサーチファンドに関する調査によると、黎明期から現在に至るまで、サーチャーの約8割がビジネススクール卒業生で、年齢的には30歳台が中心である。またサーチャーのバックグランドとしては、2002年以前のサーチファンドでは、コンサルティングファームや投資銀

【第1回】サーチファンドとは#1 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

M&A全般
【第1回】サーチファンドとは#1 個人が主役のM&A「サーチファンド」という新しい事業承継の形

サーチファンド(SearchFund)という言葉をご存じだろうか?サーチファンドとは、個人版M&Aファンドとも呼ばれる企業投資の仕組みの一つ。一般的なM&Aファンドでは、実績のある運用会社が投資家からまとまった資金(通常、少なくとも数十億円以上)を預かったのち、複数の企業にM&A投資を行う。一方サーチファンドでは、活動を行う主役は個人だ。経営者を目指す優秀な個人が、有望なM&A候補企業を探す(=サ

「ファンド・M&A」に関連する学ぶコンテンツ

「ファンド・M&A」に関連するM&Aニュース

ADワークスグループ、地域新聞社の保有株式を譲渡

株式会社ADワークスグループ(2982)は、持分法適用関連会社である株式会社地域新聞社(2164)の保有株式(ADワークスグループの連結子会社である株式会社エンジェル・トーチが保有)すべてをREGROWTH1号有限責任事業組合(東京都世田谷区)に譲渡することを決定した。本件譲渡に伴い地域新聞社は、ADワークスグループの持分法適用関連会社から除外される。地域新聞社は、「ちいき新聞」発行事業、「ちいき

CVCキャピタル・パートナーズ、マクロミルへTOBを実施

投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズ(以下、CVC)は、TJ1株式会社(東京都千代田区)を通じ、株式会社マクロミル(3978)の株券等を公開買付け(TOB)により取得することを決定した。マクロミルは、TOBに対して賛同を表明している。また、TOB完了後、マクロミルは上場廃止となる見通し。TJ1は、会社の株式又は持分を所有することにより、当該会社の事業活動を支配・管理する業務等を行っている。

AIフュージョンキャピタルグループ、ショーケースに対しTOB実施へ

AIフュージョンキャピタルグループ株式会社(254A)は、株式会社ショーケース(3909)の普通株式を、公開買付け(TOB)により取得することを決定した。また、AIフュージョンキャピタルグループは、本公開買付けに関連して、ショーケースとの間で、資本業務提携契約を締結すること、及び第三者割当増資を引受けることを併せて発表した。ショーケースは、TOBに対して賛同を表明している。また、TOB完了後も、シ

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース