【2017年から新型コロナまで】2020年4月までのIT業界のM&Aについて
⽬次
- 1. IT業界について
- 1-1. IT業界定義
- 1-2. 事業特性
- 2. 2017年のM&A動向
- 2-1. トヨタ自動車×PKSHA Technology ~先端技術獲得のための戦略的提携~
- 2-2. センチュリー21×イエッティの資本提携 ~限られた人的資本で顧客満足を~
- 2-3. 会社成長のカギは「人材・情報」の有効活用
- 2-4. 中堅成長企業はIPOからM&Aへ
- 2-5. エーアイコーポレーション×ユビキタスのM&A
- 3. 新型コロナで揺れる2020年1-4月のIT業界M&A概況は?
- 3-1. 象徴的なM&A成約事例(プラットフォーマー)
- 3-2. メルカリ(メルペイ)×Origami
- 3-3. LINE×出前館
- 3-4. 大手企業も合従連衡する時代へ
- 4. 不況時におけるM&A
- 4-1. 株価について
- 4-2. 件数について
- 4-3. 不況時にM&Aを成約させ成長してきた企業
- 5. 最後に
- 5-1. 著者
IT業界について
IT業界定義
IT業界と一口にいっても、扱う領域は実に様々であり、多岐にわたる。
あえて細分化するならば「ソフトウェア系」、「ハードウェア系」、「情報処理系」、「通信インフラ系」、「インターネットサービス系」、「クラウドサービス系」のような語彙で分類をすることが可能だが、こうした区分けの壁を容易に飛び越える企業が後を絶たない、というのが業界の近況だ。
たとえばソフトウェア系の企業はハードウェア事業に乗り出し、逆もまた然りである。自らの領分を飛び越え、既存の強みを生かしながら新たな領域へ足を延ばす傾向にある。
近年の特徴としては2020年前後を境に電子決済がトレンドだ。各社が電子決済サービスに挑戦し、ある時は急速に拡大し、そしてまたある時は舵を大きく切って譲渡する戦略を選択している。
事業特性
IT業界の事業特性としてまず認知しておきたいのが需要の増加傾向である。
IoTの急速な発達、toB 市場におけるビッグデータの活用需要拡大、toB, toC を問わず双方のクラウドサービスの隆盛だ。それぞれの需要が加速度的に拡大しており、市場規模自体は日々拡大しつつあるのが現状だ。
2017年のM&A動向
そんなIT業界の、最近のM&A動向について記載する。ここでは、2017年のM&Aの動向を例にこの業界を観察していこう。
2017年のIT業界のM&A件数は748件だったが、上記表の通り、様々な業界の大手企業がIT企業(ベンチャー企業等)を買収するケースが目立つ。
これはトヨタや東芝などの大手メーカーだけではない。特に介護、翻訳、農業、教育といった人材集約型サービスは、「人口減少」という抗うことのできない経営課題を乗り越えていくためにデジタル化への順応が急務だ。その有効な手段としてベンチャー企業とのM&Aを試みている。いわゆる「イノベーションのジレンマ」を抱える大企業は、まったく新しい分野の技術を一から立ちあげるためのスピードやアグレッシブさにおいてはベンチャー企業に劣る。
だからこそ大手企業は特定の分野に強みを持つITベンチャー企業と戦略的な連携を進めているのだ。
ここからは、2017年に行われた代表的にM&Aを具体的に2つ紹介しよう。
トヨタ自動車×PKSHA Technology ~先端技術獲得のための戦略的提携~
トヨタは2017年9月に東証マザーズ市場において株式公開を行ったPKSHA Technology社に10億円の出資へ踏み切った。
トヨタが目下進める「自動運転技術」の精度をさらに高めていくためには、障害物・道路標識・歩行者等の外部情報を正確に掴むための高度な画像処理技術および言語処理技術が必要不可欠だった。
一方でPKSHA Technologyは電通、伊藤忠商事、イオン、LINE等幅広い企業に対して、AIに関するアルゴリズムを開発・供給していた。トヨタのAIテクノロジーの開発・発展を進めるにおいて非常に重要な意味を持つ資本提携だったと言える。
センチュリー21×イエッティの資本提携 ~限られた人的資本で顧客満足を~
センチュリー21は、賃貸仲介におけるオンラインチャット接客システムに関するリーディングカンパニーであるイエッティと業務資本提携を行った。イエッティが持つノウハウと、センチュリー21が持つ大きなマーケットとを掛け合わせることで競争力の向上を図った。
AIを搭載したチャットUIを通じて情報を収集・分析することで賃貸仲介業務における煩雑な業務の負担を軽減すると同時に、1人1人の顧客に応じた適切なサービスを提供できる組織の確立を目指している。
会社成長のカギは「人材・情報」の有効活用
M&Aが近年急増している理由については、様々な見解があるが、中でも大きな理由は「お金以外の経営資源」を効率的に獲得して成長する必要に迫られていることだ。
上記の例においては、トヨタは「情報と技術」、センチュリー21は「人材を有効に活用する仕組み」をそれぞれ得ることができた。こうした不可視の資源獲得こそが、提携の主な目的だったと考えられる。
昭和の高度経済成長において、会社成長のカギは「資金力」のみだった。銀行から資金を調達し、大きなレバレッジをかけてマーケットの拡大を目指していく。こうした方法こそが当時最も有効とされていたのは事実だ。しかし時が移り平成から令和に至る今の時代における会社成長のカギは「人材と情報」だ。こうした資源をいかに有効に活用していくかが戦況を分ける。
中堅成長企業はIPOからM&Aへ
会社が永続的に成長していくために、あくまでIPOを志向する経営者は多かった。こうしたスタイルがひと昔前まではスタンダードだったが、近年においては多数派とは言いがたい。むしろ相乗効果の見込める会社と手を組む、つまりM&A提携するという道を選ぶ経営者が増えてきている。
たとえば2017年9月、名古屋でバスロケーションサービスを手掛けるVISHは会社の業績も非常に好調な最中、交通サービス「駅すぱあと」を手掛けるヴァル研究所(マザーズ上場)に全株式を譲渡した。オーナーも当時40代と引退のための譲渡でないことは一目瞭然だ。上場会社グループとして自社サービスの付加価値の向上を取ったのだ。
エーアイコーポレーション×ユビキタスのM&A
先ほどの例でもあがったが、M&Aは必ずしも引退ではない。M&A=引退というイメージを持つ人も多いが、成長戦略のために会社や事業を売却するオーナーは近年後を絶たない。こうした場合、彼らは売却以降も経営陣として組織に残り続け、様々な形でグループ全体の成長戦略に携わり続けている。
1985年創業の老舗組込みソフトウェア商社であるエーアイコーポレーション(以下AICP)を例に見てみよう。AICPは2017年4月に東証JASDAQ上場の組込みソフトウェア開発企業であるユビキタスとM&Aを行った。AICPとユビキタスの事業領域は補完関係にあり、M&Aの実現とによって大きく以下3点のシナジーが見込めた。
- A) 製品ラインナップの拡充及び選択と集中の実現
- B) ユビキタス社の海外展開の加速
- C) AICP社のソリューション強化(カスタマイズや保守サポート)
M&A後は、ユビキタス・エーアイコーポレーショングループとして組込みソフトウェアNo.1ベンダーをという大きなビジョンを達成するべく、さらなる挑戦を続けている。
新型コロナで揺れる2020年1-4月のIT業界M&A概況は?
2020年の国内IT業界の1-4月のM&A件数は334件だった。前年2019年の1-4月は359件であり、僅かに減少していることがわかる。新型コロナウイルスなどの影響も考えられるが、件数自体は依然として全業種中最も多く、引き続きIT業界のM&Aはまだまだ活発さを保つだろう。
出典:レコフM&Aデータベースより、当社作成
象徴的なM&A成約事例(プラットフォーマー)
2020年の4ヶ月間の間にも様々な企業間のM&Aが成約している。
その中で、特に象徴的なM&A事例の2件を考察していきたい。
メルカリ(メルペイ)×Origami
出典:各社決算発表資料より当社作成
2020年1月23日、株式会社メルカリ(以下メルカリ)はスマートフォン決済サービスのOrigami Payを運営する株式会社Origami(以下Origami)の孫会社化を発表した。つまり実際に買収したのはメルカリ子会社の株式会社メルペイ(以下メルペイ)である。Origamiと同様スマートフォン決済サービスを行う企業だ。
Origami Payをメルペイに統合させ、スケールメリットだけに留まらず独自の価値を提供するとの意向を示しており、2020年2月にはOrigami Payは6月でのサービス終了を発表した。
現在、スマートフォン決済サービス市場は様々な企業が相次いで参入しており、群雄割拠の戦国時代だ。各社が顧客を獲得すべく熾烈な争いを繰り広げており、具体的には加盟店への機材無料提供や、ユーザーへの還元施策等でしのぎを削る。こうしたプラットフォーム型のITサービスにおいては顧客を獲得し、マーケットシェアを確保することが非常に重要となる。
そのため、多額の販売促進費用投じ、一気にマーケットシェアを拡大する戦略が有効だ。これはスマートフォン決済サービスに限らない。
本件譲渡企業であるOrigamiも、これまで約88億円の資金調達を成功させており、利益よりも成長スピードを優先して経営を行ってきた。2016年以降、売上と共に営業赤字が拡大していることからもそれは明らかだ。
出典:Origami決算発表資料より当社作成
出典:Origami決算発表資料より当社作成
売上2億の企業が88億円もの資金調達に成功しているのは特筆すべき点だ。
Origamiの経営戦略が評価されてきた証である。ただし、その後PayPay(ソフトバンク系列)、メルカリ、LINE等豊富な資金を有する企業の参入が相次いだため、単独での成長路線からの脱出を余儀なくされた。
現在、様々な企業がスマートフォン決済サービスを展開しているが、最終的には数社に集約されていくものと考えられる。スマートフォン決済サービスは登場から僅か数年という非常に新しいサービスだが、しかし既に業界再編が起こりつつある業界と結論付けるのは早計ではないだろう。
LINE×出前館
2020年3月、LINE株式会社(及びLINE関連会社)はデリバリーサービス『出前館』を運営する株式会社出前館(旧社名:夢の街創造委員会)との資本業務提携を発表。LINEグループが出前館の株式の約60%以上を保有することとなった。
実は両社は2016年10月からすでに資本業務提携を行っており、その際にLINEが出前館の約22%の株式を取得していたという背景がある。LINEも出前館と同類のフードデリバリーサービスである「LINEデリマ」を提供しており、両社は以前からユーザーの相互顧客などを行っていたのである。
出前館の決算説明資料によると、本件資本業務提携の狙いは出前館の成長を加速させることだという。具体的には以下の4点だ。
- LINEデリマの出前館へのブランド統合と、LINE IDの活用
- 成長投資のための資金調達
- システム開発・マーケティング体制の強化
4.テイクアウト領域への進出
※LINEの提供するテイクアウトサービスであるLINEポケオは出前館に事業譲渡される予定
本件資本業務提携もプラットフォームのマーケットシェアの獲得を目指したものと考えるのが妥当だろう。背景には今回提携したLINEのほかにもUber(Uber Eats)、楽天などの大手企業が続々とフードデリバリー市場に参入をしていたことが挙げられる。
ここで出前館の財務数値を見てみる。
2020年2月(第2四半期)の売上は増加基調である一方、約10億円の営業損失を出している。その理由は販売管理費の急増。広告宣伝費や販促支援費が膨らんでこの額になった。つまり、資本のある競合他社が足元の採算度外視でマーケットシェアを拡大する戦略を採ったため、出前館も追随せざるを得なかったという経緯が予想できる。
出典:出前館決算発表資料より当社作成
出前館はフードデリバリー市場では最大手。単独で成長を目指す戦略も可能だっただろう。しかし、限定的な市場を消耗戦で奪い合うのではなく、競合と協調する戦略を選んだのだ。日本最大のコミュニケーションアプリを保有するLINEとの提携によってLINEのユーザー全ての囲い込みが実現した。
また、LINEの資本力をもって、出前館がマーケットリーダーとして、再編を主導していく可能性も見えてきた。
大手企業も合従連衡する時代へ
出前館のように、上場会社であっても成長戦略のために他社との協調を選ぶことは珍しい事例ではない。
今後Uber Eatsのような外資企業の日本への参入も次第に増えていくことだろう。IT企業の経営者は業界の再編に備え、どのような戦略を採るか様々な選択肢を検討することが重要となってくる。
不況時におけるM&A
出典:レコフM&Aデータベース及びSPEEDAより、当社作成
日経平均株価と上場会社が対象となったM&A案件のEV/EBITDA倍率をみると、概ねこの2つが相関関係にあることがわかる。ただし、株価は相対的なものであることに注意したい。多くの企業業績が悪化する中、好業績を出すことが出来れば評価は上がり、平常時よりも高い株価になる可能性があることも頭の片隅に入れておきたい。
次に、意思決定の観点から考える。まず不況時の譲受側意思決定において、好況時と比較し投資を抑制する企業と、積極的に投資を検討する企業の差がより鮮明になる。前者はM&Aをリスクと捉える考え方だが、後者はM&Aについて危機を乗り越えるための手段と捉えている。
一般的には不況時には当然リスク回避的な企業が多くなる一方、一部の企業ではM&Aのニーズは高まってくる。
結果として全般的な株価は下落する傾向となるが、一部の企業(後者の企業のニーズに合致する企業)についてはやはり平常時よりも高い評価を受けるケースなども現れる。
株価について
通常、不況時のM&Aにおける株価(評価額)は理論上下落する傾向にある。上場企業の株価が下落し、それに伴い未上場企業においても評価の際の指標となるEV/EBITDA倍率等が下落するためである。
件数について
過去の実績では、不況時は好況時と比較しM&A件数が減少する傾向が見て取れる。
2008年にリーマンショックが発生した際は、M&A件数は大きく減少した。その後、2011年に発生した東日本大震災の影響もあって、復調にはリーマンショック後約3年の歳月を要することになった。
しかしながら、その間も継続的に年間1,000件を上回るM&Aが成約している。
前述の通り、不況時には株価が下がる傾向があるため、戦略的に譲受を検討している企業にとっては格好の好機となるのである。
出典:レコフM&Aデータベース及びSPEEDAより、当社作成
IT企業の経営者と接している感覚としては、コロナ禍の影響はM&A件数には限定的だと考えている。
譲受を検討している企業からは、この機を活かしてM&Aを積極的に検討していきたいという相談が増えているよう実感している。逆に譲渡側オーナーについては、平時から考えている自社の存続・成長発展について、危機を乗り越えるために早期のM&Aを決断するケースが多い。
不況時にM&Aを成約させ成長してきた企業
不況時でもM&Aを積極活用して成長を実現させてきた企業は数多く存在する。次の図はリーマンショックの際の不況時(2008年9月~2012年12月)のIT企業の買収(子会社化)件数上位企業だ。多くの企業が積極的にM&Aを成約させていたことがわかる。中でもNTTデータは4年3ヶ月の間に国内だけで10件のM&Aを成約させている。
リーマンショック以前から現在に至るまで、NTTデータは国内で15件のM&Aを成約させているが、そのうち10件(2/3)がリーマンショック後の不況時に成約していることがわかる。つまり、長期的な成長を見据え、不況を乗り越えるためにM&A戦略を実行していたということが伺い知れる。
出典:NTTデータ決算資料より当社作成
また、不況時は業界再編が活発化するという側面もある。リーマンショック後も、多くの業界で業界再編型のM&Aが相次いで起こった。
IT業界においても、国内のIT投資が減退する中、合従連衡し、業務効率を向上させる狙いがあったものと思われる。NTTデータが10件ものM&Aを成約できた背景には、譲渡側から戦略的に資本業務提携を持ちかけた可能性も否定できない。
IT業界は業界再編の動きが活発化している業界の一つだが、今後新型コロナウイルスがもたらす不況によって再編が活発化する見込みがある。
最後に
景気は循環するもの。やがて来る不況の収束、そして経済の上昇局面に向けて積極的にM&Aを検討するのは合理的な選択のように思える。
不況時は一過的に先の見通しがつき辛いタイミングだが、こういった危機の時こそ長期的なM&Aの戦略を視野に入れることが求められるかもしれない。