【2020年~2021年】製造業界のM&A 回顧と展望
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「M&A」という経営手法は、ここ20年~30年で企業成長の手段として、広く浸透してきました。こと製造業において、高度経済成長期以前の成長戦略はデット(借入)をベースにした継続的な設備投資でしたが、平成以後の低成長期においては、エクイティ(資本)の力を借りたM&Aで成長を目指す企業が一気に増えました。
主な理由は、ものづくり企業においても「資本」ではなく「人材」「情報」をいかに獲得するかが、成長のカギを握る時代になってきたことです。市場全体が成長している環境であれば、大きな資本でビジネス規模を大きくするために巨額の投資を行うことが最優先でしたが、市場も企業も成熟期に差し掛かった時代においては、付加価値を高めるために、より良い技術・人材、多くの情報を活用していくことが求められます。
人や技術、情報は当然、銀行からの資金調達がいくら成功しても、手に入れられるものではありません。そこで、自社の資本(手元資金あるいは株式)を別の企業に投資することで、相手企業の経営資源を活用できるようにする。それが「M&A」の意義となります。
2020年はコロナショックの影響もあり、国内M&Aの動き(件数)に一時的なブレーキがかかりましたが、2021年はコロナ前の水準まで回復しました。
(※レコフM&Aデータベースより、日本M&Aセンターにて作成)
「不測の時代に強い企業にならなければいけない」
日本の製造業が、閉塞感を打開するために本コラムで解説させていただきます。
2020年製造業M&Aの振り返り
コロナショックの最中、多くのモノ・情報・サービスの交換が「対面」から「通信」に変わった。
オンラインでのコミュニケーション、ロボットを活用した遠隔操作、諸業務のペーパーレス化等が急速に進む中、それを支える「電子化・自動化」の技術に関わるM&Aが2020年は非常に多かった。
(図1:レコフM&Aデータベースより企業名を引用し日本M&Aセンターが作成)
コロナ環境下におけるスマホ・タブレット等の通信機器の爆発的な普及と、脱炭素&電動化シフトにともなう「車のコンピューター化」の進展
というダブル需要は、世界規模の深刻な半導体供給不足を招いた。加えて、通信機器・省エネカーの浸透に伴いユーザーニーズが多様化することで、求められる技術レベルも急速に高まっていくこととなった。
その結果、国内外のあらゆる半導体・電子部品企業は「量」と「質」両面の強化が至上命題となり、多くの企業が単独でのパワープレイではなく企業間連携(M&A)を通じた経営基盤と技術力の強化を志向した。
PCIホールディングスとソートの提携にように、半導体関連企業の中でハードウェアに強い企業とソフトウェアに強い企業が結びついて付加価値を高める企業もあれば、石炭事業を祖業とする三井松島ホールディングスのように業態転換を図るために最先端の半導体技術の獲得を図るなど、「電子化」の流れの中、業界の枠組みを超えてプレイヤーが変化しており、今後もこの傾向は続くだろう。
もう1つのキーワードが「自動化」だ。自動化・省力化はあらゆる製造業において近年進んできた流れだ。
その背景にある経営課題は「人材不足」であり、企業は「いかに少ない人で付加価値の高い製品を作り続けるか」について知恵を絞り技術を磨いてきた。ロボット化・FA化の流れの中で、システムインテグレーターと呼ばれるライン全体の企画・効率化等を一挙に手掛ける企業が存在感を高め、企画・設計ができる技術者の希少価値に注目する企業は非常に多い。
その最中、2020年のコロナショックにより大手・中小問わず、あらゆるものづくり企業が「省力化」、更には「無人化」への対応を迫られることとなった。
人材派遣業を中心に展開するアウトソーシンググループによるスマートロボティクス(ロボット関連製品開発)のM&A等の象徴的な事例や、ダイヘン(アーク溶接ロボット等)による独ラゾテック(ロボットシステムインテグレーター)の買収等、世界規模でM&Aによる「自動化戦争」が展開された。
製造業の現場の作業やバックヤードの管理業務については、ロボットが行い人的管理は大部分がオンライン(遠隔)でまかなわれるという未来もおそらくそう遠くはない。
コロナショックを引き金に加速する技術革新競争を勝ち抜くためには、会社・業界の枠組みを超えたダイナミックな企業提携が今後も必要になってくるだろう。
上場大手のM&A動向 ~業界の枠組みを超えた変化と競争の時代へ
M&A巧者で有名な日本電産は「モーター」のメーカーとして、長らく業界トップを走り続けていましたが、2000年代以降のM&Aでは、ECU(電子回路)・ギア等、モーターの周辺分野(外側)に広がる形で、事業展開を行い、モーター単品から、複数の技術・部品を組み合わせた「モジュール」としての製品開発力を高めていきました。
更に「業界」という切り口で日本電産は「車載事業」をIRでも再注力分野と位置付けた上で、大型のM&Aで自動車業界に深く切り込みました。2019年、オムロンオートモーティブエレクトロニクスを1000億円で買収し、「NEW自動車部品サプライヤー」としての存在感を世に知らしめました。そして、2021年は工作機械メーカー2社(OKK/三菱重工工作機械)を買収し、ベースマシンの技術も自社に内製化することに成功しました。
自動車業界のサプライヤーというと、デンソー、ジェイテクト、アイシン精機などの顔ぶれが有名ですが、その中の一角となるべく、日本電産はM&A戦略を活発化しており、業界地図が今変わろうとしています。
長い歴史を持つTier1メーカーを「メカニックサプライヤー」とすれば、日本電産等、車の電子化・電動化の潮流で、生まれた新しいTier1メーカーは「エレクトロサプライヤー」に位置づけされ、自動車の原価の中に占める割合も今後、益々増加し、大きな市場規模に育つジャンルとなるでしょう。
上記は自動車業界にフォーカスしたM&A事例ですが、あらゆる業界において、技術革新が進む最中で、スピーディーにビジネスモデルを変化して生き残るためにM&Aを有効活用していく動きは今後も加速するでしょう。
関連技術へのベンチャー投資、長期的な技術者不足を乗り越えるための、省人化のためのFA装置メーカーのM&A等、昨今も業界ごとに様々なトレンドがありますが、新たなイノベーションが起きにくいとされている大手国内メーカーの中にも、(M&Aで)新しい風が吹き、業界の成長・発展に寄与することを期待しています。
中堅・中小製造業のM&A動向 ~買う側と売る側、それぞれの思惑とは~
日本国内において、この30年でM&Aビジネスの拡大した結果、「中堅・中小企業のM&A」=「事業承継の手段」というイメージは完全に定着しましたが、中堅・中小企業のM&Aはもうすでに次のフェーズに来ています。
日本の製造業は歴史の長い会社が多く、顧客とのつながり・信頼関係が非常に強い一方で、「単品ビジネス(加工屋、メッキ屋・・)」になりやすく、成長を目指す上では、ビジネスモデルそのものを変化させなければ、先々の発展が難しい企業が大変多いように感じています。
したがって売り手側の企業も単に事業承継(オーナーの高齢化)対策という目線ではなく、今のビジネスにイノベーションをもたらすために、他の企業と手を組むべきだという判断のもと、M&Aを実行される企業が非常に増えています。
「引き継ぐM&A」から「手を組むM&A」に。
と、オーナー経営者の方には、よく話しておりますが、それに伴って2021年の当社M&A仲介データ(製造業の社長の売却時のご年齢)では、50代以下のオーナーが3割以上を占めております。ひと昔前は、ほぼ9割以上が、引退を見据えた60代以上のオーナーだったことを考えると、中小製造業オーナーのM&A、事業承継への意識の変化が見て取れるデータではないでしょうか。
買収する側の企業にとっても、単なる多角化によるリスクヘ ッジではなく、戦略を持って取り組むM&Aが業界において浸透してきました。
販売力・ネットワークのある商社が、技術を持つ製造業を買収するケースも年々増えてきており、2021年の伊藤彰産業(鋼材商社)による東海空圧機器(金属加工)の買収も典型的な事例です。商社というビジネスモデルから、付加価値アップを図るためには、売上拡大ではなく業態変化であると考え、金属加工業への転換を図ったというM&Aです。
また、ビジネスシナジーだけではなく、「経営の若返り」によるイノベーション喚起を狙うM&Aもあり、三重県のセイワホールディングスは祖業の機械加工・溶接を軸に、M&Aを重ねHD経営に移行。2021年も真空ゴム成形機メーカーの三重工業(千葉県)を買収しました。セイワホールディングスは、老舗の町工場をM&Aで引継ぎ、IT化等のイノベーション投資を進めています。ボードメンバーも非常に若く、グループ入りした企業がより近代的な経営を目指せる体制を構築しています。
2022年の製造業界の展望 ~「成長」「衰退」の二極化が加速~
(当社アンケート結果より)
当社が今年行った製造業オーナー経営者向けの意識調査アンケートにおいて、2020年~2021年の2年弱に渡るコロナ禍の最中、およそ74%の企業が業績悪化しました。(図表)
その一方で、上記影響化で、経営戦略や経営方針を変化させた企業はその半分程度とのことで、不測の事態でも変わらない(変われない)企業は決して少なくありません。
もちろん、怠慢経営をしている企業が多いわけではありません。変わるべきタイミングで、変わるための人材や資源が十分にある企業は、実に一握りだということではないでしょうか。
堅実経営を続けてこられた優良装置メーカー、技術を磨き続けてニッチトップを作ってきた高収益加工業、今年も多くの製造業オーナーと膝を突き合わせました。「新しい血を取り込むことが変化の近道である」と考え、投資ファンド、事業会社、上場含めて、会社の経営基盤を強くする方法を、様々な形で模索されています。
2021年末の現在、緊急事態宣言も解除され、全体の景況感も少しずつ戻りつつありますが、コロナ禍で耐え忍ぶことに徹した会社と、同じタイミングで単独経営に拘らない方法で経営基盤を強化できた企業との差は、2022年以降、より大きく開いていくことになるでしょう。
日本の中堅・中小製造業は一つの技術を磨きぬき、長い年月をかけて顧客の信頼を勝ち得てきましたが、自社の本来の価値に気付いていない経営者の方々は、少なくありません。
単独経営での成長戦略を描きながらも、他方「自社の価値を評価し、更に高めてくれる会社はあるのか?」という視点で、新しい選択肢を模索することが、今後益々多くの企業に求められるのではないでしょうか。