何故二重帳簿が存在するのか?【ベトナムM&Aの問題編①】

渡邊 大晃

Nihon M&A Center Vietnam co., LTD

海外M&A
更新日:

⽬次

[非表示]

ベトナムM&A

Xin chào(シンチャオ:こんにちは)! 3月中旬以降、ベトナム政府はWithコロナ政策に切り替え、国境が正常化するとともに、ホーチミン市内で外国人を見かける機会も増えてきたベトナムです。雨期前のホーチミンは少々暑いですが、日本で重度の花粉症で苦しんできた私にとってはこの時期は天国です。※本記事は2022年4月に執筆されました。

何故、二重帳簿がベトナムに存在するのか?

いきなり超ヘビー級のトピックですが、ベトナムM&Aでは避ける事のできない永遠のテーマを今回は取り上げたいと思います。前回のブログでも少し取り上げ、日本企業には理解できない事ですが、ベトナムのローカル企業では、当たり前のように二重帳簿(内部管理用、税務用)や三重帳簿(内部管理用、税務用、対銀行用)が存在します。感覚的には9割以上のローカル系未上場企業は複数の帳簿システム(以下「二重帳簿」に統一)が存在するといっても過言ではないかもしれません。

これは日本企業にとって買収検討時の最大のハードルとなります。今回は我々にとって理解しがたい二重帳簿の背景である(1)節税、(2)不透明な事業経費の捻出(その両方の場合も多々)の二大理由に焦点を当てていきたいと思います。

(1) 節税の観点から

日本には優良申告法人という表彰制度があり、税金を多く払うことは「善」、まさに社会貢献であるというイメージが強くあります。真逆のサプライズなのですが、ベトナム一般において、税金は「悪」のイメージ、税金自体とその使途に対する不信感が根強いものがあります。

税金を原資として行われる公共投資や公共事業においては、管轄省庁役人の個人的な利得と直結している不正取引のニュースは絶えず、不正を取り締まるべき存在である警察、公安、税務署、税関等の当局自体における汚職が、日常の身近なところで散見されます。エリート官僚と事業家が結びつき、その家族親族が豪邸や高級車を所有し、その子女は海外留学をするという、格差がある社会構造は、現代ベトナムの残念な一面でもあります。

共産党の一党独裁の国家制度に加え、国民同士で南北に分かれて戦ったベトナム戦争などの歴史的背景もあり、血のつながりを重視した縁故主義は政治やビジネスの世界でも根深く、ベトナムの行政に対する信頼感は日本における民主的に選出された行政に対するものとは相反するものがあります。
このような現地事情が税金・政府への強い不信感につながり、未発展な社会保障制度も相まって、(納税を回避)、自分の身は自分で守るという思考回路が、横行する節税脱税行為に色濃く反映されているものと思われます。

(2) 不透明な事業経費の捻出の観点にて

節税とは別の論点として、円滑な取引関係の維持、事業運営に必要な許認可等を円滑に取得する為に、税務帳簿上に経費算入可能な不透明なファシリティコストが発生する場合があります。その資金をプールする目的で内部管理用の二重帳簿システムを採用するケースも多いです。

具体的な業界でいうと、地方政府とのパイプがものをいう不動産や建設工事業、通関業務が必要となる輸出入関連業、そして大きな権益を持っている国営企業(公共事業)へ製品やサービスを納入する業界になります。これらの業界では、正式な請求書(VAT請求書*付加価値税込み請求書、2021年よりは電子インボイスが導入)が存在しない、税務上費用計上できない不透明なコストを捻出する為に二重帳簿が必要になるのです(本編ではその詳細な手口は割愛)。

経費とは別に、売上の問題でも、B2C事業(個人への販売業)においては、顧客の要望もありVAT分(10~8%)税金を回避することは一般的に見られます。その場合は事業者側で売上計上できず、内部管理用口座(個人口座)にて売上を入金することになります。一方で、仕入代金の支払いもサプライヤー側の個人口座を通すことが必要となり(サプライヤー側の売上にも計上されません)、二重帳簿が自社のみならず川上に向けて広がっていくという、日本では信じがたいエコシステムが実在します。

今後のベトナムにおける二重帳簿のゆくえ

二重帳簿が横行する、まだまだ未成熟なベトナム社会の「現在」の影の部分に関してお話してきましたが、一方で「未来」に向けて明るい変化もあります。2010年代以降、開国政策に大きく舵を取るベトナムにおいて、コンプライアンス先進国である欧米諸国をはじめ、多くの外資企業の参入が加速しております。
グローバライゼーションという黒船の影響は大きく、官民の両面で意識改革が進みだしており、現在ベトナムは旧来のローカルプラクティスと決別していく過程の真っ只中です。

例えば、トランスペアレンシー・インターナショナル社が発表しているCPI(腐敗認識指数)の推移を見ると、ベトナムは過去5年間で世界180ヵ国中ランキングは2017年の113位から、2021年は87位へ大きく上昇(上位にランクするほど汚職度は低い、指数も大きく改善)しております。

2021年の他国順位(シンガポール4位、日本18位、マレーシア62位、中国66位、インドネシア96位、タイ110位、そしてフィリピン117位)と比較すると、先進国にはまだ差があるもの、2000年代はダントツで悪評の高いベトナムでしたが、ASEAN諸国の中進国レベルに既に追い付いてきていることが分かります。(まったくの余談になりますが、サッカーのワールドカップの順位も150位前後から100位前後と急伸し、近年は隣国タイを抜き、東南アジアの首位の座となっております。)

ベトナムは色んな意味で成長が早い国です、この制度・意識改革の波が加速し、10年後には二重帳簿が完全に過去の産物となること、それにより健全なM&A取引が増えていくことを、日越の連携を支援する者として心から願っております。実際に現場では、最近は現地経営者より、日本企業とのM&A検討を機に、グローバル基準に合わせてコンプライアンス・ガバナンス面を強化して、長期目線でサスティナブルな成長を目指して行きたいという嬉しい声が、当たり前のように聞こえてくるようになりました。
今後もそんな志の高いベトナム会社と日本企業にM&Aを通じて繋げて参ります!

次回はM&A実行時における、二重帳簿への具体的な対応策に関してお話したいと思います。Chào(チャオ:ではまた)!

「海外・クロスボーダーM&A」って、ハードルが高いと感じていませんか?  日本M&Aセンターは、海外進出・撤退・移転などをご検討の企業さまを、海外クロスボーダーM&Aでご支援しています。ご相談は無料です。

著者

渡邊 大晃

渡邊わたなべ 大晃ひろみつ

Nihon M&A Center Vietnam co., LTD

大手化学メーカーを経て、2004年日本M&Aセンターに入社。2010年以降、海外M&A業務(東南アジア、米国、中国、インド等)に従事。2019年ベトナム法人設立に伴い、同代表に就任。上場未上場企業のM&A支援実績多数。米国公認会計士(USCPA)、英ノッティンガム大学修士(MBA)。

この記事に関連するタグ

「クロスボーダーM&A・海外M&A・M&A税務」に関連するコラム

海外子会社・海外支店の税金のかかり方比較 ~グローバルなタックスプランニング基本②~

海外M&A
海外子会社・海外支店の税金のかかり方比較 ~グローバルなタックスプランニング基本②~

日本企業が直接的な海外進出を考えたときの代表的な二つの選択肢、「海外子会社」と「海外支店」について税金面を中心に比較します。本記事は、「グローバルなタックスプランニングの基本①『外国子会社配当益金不算入制度』活用のすすめ」と関連する内容になっております。海外マーケットへの進出形態日本M&Aセンターでは、企業の成長戦略実現の一手法として、クロスボーダーM&Aを活用した海外進出を多数お手伝いさせていた

インドネシアM&Aの財務・税務・法務面のポイント

海外M&A
インドネシアM&Aの財務・税務・法務面のポイント

こんにちは、ジャカルタの安丸です。インドネシアでは一か月間のラマダン(断食)が間もなく終了し、レバラン(断食明けの祝日)がまもなく開始となります。今年は政府の意向もあり、有給休暇取得奨励と合わせ、何と10連休となる見込みです。ジャカルタからはコロナ禍に移動を自粛されていた多数の方が、今年こそはとご家族の待つ故郷へ帰省される光景が見られます。4月初旬よりコロナ禍以前のように、ビザなし渡航が解禁され、

ベトナムM&A成約事例:日本企業との資本提携でベトナムのリーディングカンパニーへ

海外M&A
ベトナムM&A成約事例:日本企業との資本提携でベトナムのリーディングカンパニーへ

ベトナムの成長企業が日本の業界大手企業と戦略的資本提携を実施日本M&AセンターInOut推進部の河田です。報道にもありましたように、河村電器産業株式会社(愛知県瀬戸市、以下「河村電器産業」)が、DuyHungTechnologicalCommercialJSC(ベトナム・ハノイ、以下「DH社」)およびDHIndustrialDistributionJSC(ベトナム・ハノイ、以下「DHID社」)の株

タイにおける日本食市場の2024年最新動向

海外M&A
タイにおける日本食市場の2024年最新動向

コロナ禍から復活最新のタイの飲食店事情日本M&Aセンターは、2021年11月にタイにて駐在員事務所を開設し、2024年1月に現地法人を設立いたしました。現地法人化を通じて、M&Aを通じたタイへの進出・事業拡大を目指す日系企業様のご支援を強化しております。ASEAN進出・拡大を考える経営者・経営企画の方向け・クロスボーダーM&A入門セミナー開催中無料オンラインセミナーはこちら私自身は、2度目のタイ駐

ベトナムM&A成約事例:日本の「ホワイトナイト」とベトナム企業

海外M&A
ベトナムM&A成約事例:日本の「ホワイトナイト」とベトナム企業

今回ご紹介するプロジェクトTの調印式の様子(左から、ダイナパック株式会社代表取締役社長齊藤光次氏、VIETNAMTKTPLASTICPACKAGINGJOINTSTOCKCOMPANYCEOTranMinhVu氏)ASEAN進出・拡大を考える経営者・経営企画の方向け・クロスボーダーM&A入門セミナー開催中無料オンラインセミナーはこちら私はベトナムの優良企業が日本の戦略的パートナーとのM&Aを通じて

シンガポールに代わる地域統括拠点 マレーシアという選択肢

海外M&A
シンガポールに代わる地域統括拠点 マレーシアという選択肢

ASEAN進出・拡大を考える経営者・経営企画の方向け・クロスボーダーM&A入門セミナー開催中無料オンラインセミナーはこちら人件費、賃料、ビザ発行要件、すべてが「高い」シンガポールASEANのハブと言えば、皆さんが真っ先に想起するのはシンガポールではないでしょうか。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、シンガポールでは87社の統括機能拠点が確認されています。東南アジアおよび南西アジア地域最大の統括拠

「クロスボーダーM&A・海外M&A・M&A税務」に関連する学ぶコンテンツ

「クロスボーダーM&A・海外M&A・M&A税務」に関連するM&Aニュース

ルノー、電気自動車(EV)のバッテリーの設計と製造において2社と提携

RenaultGroup(フランス、ルノー)は、電気自動車のバッテリーの設計と製造において、フランスのVerkor(フランス、ヴェルコール)とEnvisionAESC(神奈川県座間市、エンビジョンAESCグループ)の2社と提携を行うことを発表した。ルノーは、125の国々で、乗用、商用モデルや様々な仕様の自動車モデルを展開している。ヴェルコールは、上昇するEVと定置型電力貯蔵の需要に対応するため、南

マーチャント・バンカーズ、大手暗号資産交換所運営会社IDCM社と資本業務提携へ

マーチャント・バンカーズ株式会社(3121)は、IDCMGlobalLimited(セーシェル共和国・マエー島、IDCM)と資本提携、および全世界での暗号資産関連業務での業務提携に関するMOUを締結することを決定した。マーチャント・バンカーズは、国内および海外の企業・不動産への投資業務およびM&Aのアドバイス、不動産の売買・仲介・賃貸および管理業務、宿泊施設・飲食施設およびボウリング場等の運営・管

米ベインキャピタル、ティーガイアへのTOBが成立

米投資ファンドのベインキャピタルによる株式会社BCJ-82-1を通じた、株式会社ティーガイア(3738)への公開買付け(TOB)が2024年11月20日をもって終了した。応募株券等の総数(11,718,929株)が買付予定数の下限(7,076,300株)以上となったため成立している。また、ティーガイアは現在、東京証券取引所プライム市場に上場しているが、所定の手続を経て、上場廃止となる見込み。本公開

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース