アーンアウトとは?M&Aで活用するメリット・デメリットや会計処理について解説
⽬次
- 1. アーンアウトとは?
- 2. アーンアウトが用いられる背景
- 3. アーンアウトをM&Aで利用するメリット
- 3-1. 買い手のメリット①:潜在的なリスクを回避できる
- 3-2. 買い手のメリット②:資金流出を分散できる
- 3-3. 売り手のメリット①:より多くの資金を獲得できる可能性が生まれる
- 3-4. 売り手のメリット②:売り手企業のモチベーションが維持される
- 4. アーンアウトを活用する際のデメリット
- 4-1. 買い手のデメリット①:買収金額が高くなる可能性がある
- 4-2. 買い手のデメリット②支払いが難しくなる可能性もある
- 4-3. 売り手のデメリット①一括でまとまった資金を獲得できない
- 4-4. 売り手のデメリット②業績の達成度合いによって受け取る金額が異なってくる
- 4-5. 両者に共通するデメリット 交渉に時間がかかる
- 5. アーンアウトの会計処理
- 5-1. 日本基準
- 5-2. IFRS
- 6. アーンアウトを実行する際の3つの注意点
- 6-1. 評価指標に関する注意点
- 6-2. 評価期間に関する注意点
- 6-3. 再売却に関する注意点
- 7. 終わりに
- 8. 『海外・クロスボーダーM&A DATA BOOK 2023-2024』を無料でご覧いただけます
- 8-1. 著者
アーンアウト(Earn Out)とは、M&Aにおける対価の調整方法のひとつです。本記事では、アーンアウト条項の内容や利用するメリット・デメリット、アーンアウト条項を実行する場合の注意点、などについて詳しく解説します。
アーンアウトとは?
アーンアウト(Earn out)とは、M&A実行後、条件に応じて追加代金を支払う義務のことを指します。具体的にはM&A実行後の一定期間内に、買収対象となっている売り手企業・事業が定められた目標を達成した場合、あらかじめ両者が合意した計算方法に基づき対価が追加で支払われます。
一般的にM&Aの買収対価は一括で支払われますが、買収対価の一部を買収後の目標達成と連動させることで、リスクを適切に配分し、買収対価における両社の認識の違いを埋めることを目的に用いられます。なお、こうした規定は「アーンアウト条項」と呼ばれ、以下のような財務指標が条件として設定されます。
条件となる財務指標 |
---|
純利益、売上高、営業利益、EBITDA、営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフローなど |
国内では精通した専門家が少なく、アーンアウトを用いた事例は海外と比べると多く見られませんが、米国やクロスボーダーのM&A取引ではよく利用されています。
アーンアウトが用いられる背景
M&Aにおいて、買い手側は「リスクを極力少なくした上で会社・事業を譲受けたい」、売り手側は「自社を高く評価してもらい、納得のいく価格で譲渡したい」と考えます。
しかし、成約後に把握できていなかったリスクが顕在化して企業価値が下がる、もしくは買収金額に対するギャップが生じ、どちらかが不満を持つケースも出てくる可能性はゼロではないでしょう。
そうした両者のギャップを埋める方法として、あらかじめ財務指標など目標値を設定して、クリアしたら支払いが実行されるアーンアウト条項は用いられます。
アーンアウトをM&Aで利用するメリット
買い手側、売り手側、それぞれの視点で、メリットをまとめて見ていきます。
メリット(買い手) | メリット(売り手) |
---|---|
潜在的なリスクを回避できる | 一括で受け取るより多くの資金を獲得できる |
資金流出を分散できる | 売り手企業のモチベーションが維持される |
買い手のメリット①:潜在的なリスクを回避できる
一括で支払った後に、対象企業のリスクが顕在化することを避けるために、買収対価の支払いをあらかじめ定めた財務指標の達成度合いに応じて実行する条項があることで、すべての買収資金を支払う前に潜在的なリスクを回避することができます。
また、売り手側企業が成長著しいバイオ産業などの企業であれば、成長性をもっと高く評価してくれても良いのに、と不満が残るケースも考えられます。そこで、買い手側も売り手側も前もって財務指標などの目標値を設定して、クリアしたら買収資金を支払うと定めれば、両社の溝を埋めることが可能です。とくに買い手側企業にとっては、すべての買収資金を支払う前に潜在的なリスクを前もって防ぐためには有用な方法だと言えます。
買い手のメリット②:資金流出を分散できる
一度に多額の資金を支払う必要がななくなるため、資金の流出(キャッシュ・アウト)を分散化できるメリットがあります。
資金調達の面を考えても、金融機関などから一度に多くの資金を調達するのが大変な場合には、複数の金融機関にタイミングを分散して融資を申し込めるため、資金調達できる可能性が高まるでしょう。
あるいは、分割支払いであれば外部から資金調達する必要がなくなるかもしれません。また、支払い回数が多い方が1回当たりの資金負担は単純に軽くなることが考えられます。多額の現金が社外へ流出すると資金繰りなどに大きな影響を与えるため、資金繰りを補正するための手間や時間もかかると考えられます。
売り手のメリット①:より多くの資金を獲得できる可能性が生まれる
目標達成度合いによっては、一括で買収資金を受け取る場合に比べてより多くの買収資金を受け取れる可能性が生まれます。アーンアウト条項は売り手側企業にとっても自社の成長を図るために利用できる買収条件のオプション条項であると言えます。
売り手のメリット②:売り手企業のモチベーションが維持される
一定の成果・目標を達成することは、すなわち自社の将来性も高く評価してくれる証左になるため、売り手側の従業員のやる気が高まることが期待できます。売り手側企業のモチベーションが維持されるポイントは買い手側企業のみならず、売り手側自身にとってもメリットがあると言えます。
アーンアウトを活用する際のデメリット
続いてデメリット、注意点について見ていきましょう。
買い手のデメリット①:買収金額が高くなる可能性がある
売り手側企業が業績を大幅に向上させた場合には、当初の想定よりも高い買収金額を支払う必要があります。この点は買収価格が高くなったことをデメリットとして捉えるのか、それだけ価値がアップした会社・事業を手に入れられたことをメリットとして認識するのか、は難しいところですが、当然ながらあらかじめ買収資金が想定より増加する可能性を認識しておく必要があります。
買い手のデメリット②支払いが難しくなる可能性もある
アーンアウト条項を提供することで、M&Aを実行するタイミングと、買収資金の支払いのタイミングにずれが生じます。そのため、その間に何らかの事情で買い手側が買収資金を捻出できなくなるリスクも考えられます。
しかし、基本的にはどのような状況であれ、買収代金を支払う必要があるため、こうしたリスクに備えて金融機関からコミットメントラインを設定してもらったり、緊急融資枠を申し込める環境を整えておいたりすることも重要です。
※コミットメントライン:顧客と銀行が前もって契約した期間・融資枠の範囲内において、顧客の請求にもとづいて銀行が融資を実行することをコミット(約束)する契約
売り手のデメリット①一括でまとまった資金を獲得できない
売り手側企業はあらかじめ定められた財務指標などの目標値を達成しないと、買収資金を手に入れられません。アーンアウト条項がないM&A契約であれば、一括してまとまった資金を手に入れられますので、数回に分割されて買収資金が支払われる点は売り手側企業にとってのアーンアウトのデメリットと言えます。
売り手のデメリット②業績の達成度合いによって受け取る金額が異なってくる
売り手側企業は、業績の達成度合いに応じて受け取れる譲渡金額が変わります。もし設定した目標値に届かない場合は、当然ながら受け取る金額は少なくなります。
契約内容によっては、極端に設定目標を大きく下回ってしまった場合には、M&Aの話自体が破談になってしまう可能性もあります。したがって、売り手側企業としては達成が非現実的な目標の設定には簡単に同意しないことが重要です。どうすれば設定目標をクリアできるのかという目標を定めるのがポイントです。そしてそれを達成するための具体的な手段の目論見がついているかどうか、という判断が極めて大切です。
両者に共通するデメリット 交渉に時間がかかる
買い手側企業にとっても売り手側企業にとっても、M&Aの契約にアーンアウト条項を入れるためにはお互いに内容を精査・検討するため、一括で売買代金を決済する場合に比べれば多くの時間や手間がかかります。
アーンアウト条項は双方にとって重要な契約内容なので、慎重に検討・交渉する必要があります。手間や時間がかかることは仕方ないと思われますが、この点はアーンアウト条項の利用における大きなデメリットです。
アーンアウトの会計処理
アーンアウトの会計処理においては、日本基準とIFRSの場合で方法が異なります。
具体的には、日本基準の場合にはアーンアウト条項が確定した時点でのれんが変動しますが、IFRSの場合にはのれんが変動しません。つまり、のれんに対する取り扱いが異なります。それぞれの内容や違いについて詳しく解説します。
日本基準
日本基準では企業結合会計基準(正式名:企業結合に関する会計基準)第27項1号に「条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する。」(出典:企業結合会計基準第27項1号))と定められています。
「アーンアウト条項がついた買収対価は」、会計上は「条件付取得対価」といわれています。上記のように日本基準においては、「条件付取得対価」はM&Aの契約時点においては未確定であり、将来の特定の事象や取引の結果により金額が変動する対価を指す、とされています。
簡単に言い換えると、日本基準では アーンアウトの取得が確実になるまでは会計処理を実施しない ことになります。その代わり、取得が確実になった時点で事後的・追加的にアーンアウト条項にもとづいて取得原価でのれんを計上します。
アーンアウト条項を達成できなかった場合には特段の会計処理は発生しません。
IFRS
次に、IFRS(国際会計基準)におけるアーンアウトの会計処理について解説します。IFRS第3号39項では「取得企業は条件付対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならない」、IFRS第3号58項では「「取得日後の事象により生じた変動については、その後の各報告日において公正価値の変動を純損益として認識する」(出典:「のれんの会計処理(案)」)と定められています。
つまりIFRSの場合は前述の通り、 アーンアウト条項の達成によっても、当初計上されたのれんの金額に変動はありません 。のれんに減損損失が発生しない限り、のれんの金額は変わらないのです。
そして、万が一アーンアウト条項の条件を達成できなかった場合には、アーンアウトの支払いの必要がないので、該当するアーンアウトの金額を公正価値の増加分として純損益として認識・計上する必要があるのです。
アーンアウトの会計処理で注意しておくべきポイントは、日本基準よりも IFRSはアーンアウト条項があった場合の買い手企業への影響が大きい と考えられることです。上述したように、原則として、公正価値で最初に全額を認識して、追加的に損益を認識するからです。したがって、買い手側企業はアーンアウト条項の達成可能性を慎重に検討する必要があります。
アーンアウトを実行する際の3つの注意点
アーンアウトを実行する際の注意点としては、評価指標に関する注意点・評価機関に関する注意点・再売却に関する注意点が挙げられます。それぞれ詳しく解説します。
評価指標に関する注意点
アーンアウト条項には、売上高、営業利益、EBITDA、などの財務指標を目標値として設定します。こうした目標値をクリアすれば買い手側企業は追加的に買収対価を支払う必要があります。そこで資金負担を増やさないために、故意に財務指標を操作・改ざんされてしまうおそれがあるのです。
特に、既に売り手側企業の経営権を握っているような場合には、買い手側企業のこうした行為が起こりやすいと思われます。したがって、こうした改ざん行為が行われないように、アーンアウト条項の達成を故意に妨げるような内容もアーンアウトに盛り込んでおく点も求められます。
また、売り手側企業は簡単に達成可能な財務指標をアーンアウト条項として設定する可能性も考えられるので、買い手側企業としては財務指標の適正さを確保するように売り手側と交渉して決定する点が重要です。加えて、財務指標以外の項目もアーンアウト条項に含めておくことも考えるべきです。
評価期間に関する注意点
アーンアウトにおいては、売り手側企業に対する評価期間も非常に重要です。評価期間が長ければ長いほど、さまざまな要因で企業や事業の評価価値に変化が生じます。とくに景気や業界動向などの外部的要因による変動は当事者だけでは防ぎようがありません。
したがって、評価期間は短い方が良いとされています。一般的には、長くても3年以内が平均的な評価期間とされています。買い手側企業にとっても売り手側企業にとっても、評価期間はできるだけ短い方が好ましいでしょう。
再売却に関する注意点
再売却については、買い手側企業と売り手側企業で考え方が異なっていることがほとんどです。売り手側企業としてはアーンアウト条項を達成するよう取り組んでいる最中に再売却されたくないので、再売却できないような条項を契約書に盛り込みたいと考えるでしょう。
一方で買い手側企業としては、一定の金額を支払えば再売却できる(アーンアウト条項を消滅させられる)、といった内容を契約に盛り込みたいと考えるでしょう。この点は両社の交渉次第ですが、「アーンアウト条項の達成可能性や追加の対価支払額」と「アーンアウト条項消滅のために受け取る(買い手側企業にとっては支払う)一定の金額と」の比較考量の結果で判断されるでしょう。
終わりに
アーンアウトは、日本におけるM&Aではあまり馴染みがない言葉かもしれません。しかし、海外やクロスボーダー型M&Aにおいてよく見受けられる方法です。アーンアウト条項を設けることで両社がお互いの認識のずれやミスマッチを回避できるため、今後ますます活用される機会が増えると見込まれます。
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