カーブアウトとは?メリットや課題、進め方、企業事例を紹介
~ある上場企業の経営企画部長の悩み~
社長から「事業ポートフォリオ見直しに着手せよ」という指示を受けました。選択と集中は不可欠で、子会社や事業の切離し(カーブアウト)も視野に入れたいと社長は力説します。
しかし、当社は買収実績があっても売却はほとんどしたことがない。さて、どうしたものか・・・。
近年、事業ポートフォリオの見直しに伴う、グループ会社や事業の切り離し、つまりカーブアウトの動きが加速しています。
赤字・不採算部門の切り離しだけでなく、自社のあるべき事業ポートフォリオ戦略に基づき、黒字・有力事業であってもカーブアウトの対象とするケースも増えています。
一方、カーブアウトの実務の現場の声を聞くと、「撤退基準がない」「聖域のような事業がある」などの社内事情や、切り離しに伴う論点の複雑さから、カーブアウト・プロジェクトがいかに困難であるかがうかがえます。
本記事ではカーブアウトM&Aの概要、留意点、実施の流れについて詳しく見ていきます。
カーブアウトとは
カーブアウト(英語:carve out。全体から一部を取り除くの意)とは、企業が子会社や事業の一部を切り出し、他の企業に売却/譲渡することで、別組織として独立させるM&A手法です。
事業の売却や再編の取り組み全般を指して、ダイベストメント(divest, divestment, divestiture)などの単語も海外を中心により頻繁に使われています。
この記事のポイント
- カーブアウトは、赤字部門だけでなく黒字事業も対象とし、経営環境の変化に伴い活発化している。経産省がガイドラインを示したことも影響している。
- カーブアウトはスタンドアローン・イシューなどの課題があり、適切なスキーム選定や売却手続きが重要である。
⽬次
カーブアウトが活発に行われている背景
長らく日本国内の上場企業は、事業規模の拡大や事業の多角化を目指し、買収する側としてM&Aに取組んできました。
しかし2020年以降、コロナショックをきっかけとした急速なデジタルシフト、コーポレート・ガバナンス改革の進展、東証による市場改革の動き、人手不足の深刻化など、さまざまな経営環境の変化を受けて、事業ポートフォリオ見直しやそれに伴うカーブアウトの機運が高まり、その検討が一気に加速しています。
2020年7月、経済産業省が「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」を公表、事業ポートフォリオ見直しの実務に関するガイドラインを示しました。
この中で、これまで個々の企業による偶発的な取り組みに過ぎなかったカーブアウトが、事業のライフサイクルを踏まえた事業ポートフォリオマネジメントの帰結として、必然的・継続的に発生するものとして位置付け直されました。そうした関連当局の動向も上場企業によるカーブアウト検討の動きの一因となっています。
カーブアウトのメリット
譲渡側(売り手)、譲受け側(買い手)の利害が一致する理想的なカーブアウト・ディールにおいては、それぞれの立場にとって望ましい、「三方よし」のメリットがもたらされます。
コア事業に経営資源を集中、収益性の向上を図れる
譲渡側の企業は、ノンコアである子会社・事業のカーブアウトを通じて譲渡対価を得ます。
それを自社が得意とする事業領域への投資に振り向ける事で、企業全体の経営効率や収益性向上を図ることができます。
また、人材等のリソースも注力分野へ振り向けることができます。
「ベストオーナー」の下でより大きく成長できる可能性がある
切り離される子会社や事業にとって、その価値を中長期的に最大化することを目指す新たなオーナーや新しい経営陣・戦略(ベストオーナー)のもとに移ることで、従来よりも高い投資や成長機会を得ることができます。
成長できる環境を得ることで、結果的に顧客への提供価値を高めることや、従業員の活躍機会も拡大させることにつながります。
譲受け側企業にとってもメリットがある
カーブアウトの対象企業を譲り受ける企業にとっては、簿外債務等のリスクを抑えながら、自社に必要な経営リソースを外部から獲得するチャンスとなります。
過去のある時点では全社戦略の中核を為し、グループの成長を牽引するコア事業だったとしても、市場環境の変化やグループ全体の戦略転換によって、その位置付けがノンコアに変わることは当然起こり得ます。
大切なことは、そうした「かつてのコア事業」を戦略ないままグループ内に置いておくのではなく、事業が再び主役として輝くことが出来る環境に移して成長させ、自社グループの経営資源をコア分野へ振り向けることです。持続可能(サステナブル)な成長を目指す事業ポートフォリオのアップデートが、ひいては世の中全体の経営資源を有効活用に繋がります。
カーブアウトの主なスキーム
前出の経産省の「事業再編実務指針」では、カーブアウト(事業の切り出し)の手法を
- ①会社分割
- ②事業譲渡
- ③子会社株式譲渡
- ④スピンオフ
- ⑤エクイティ・カーブアウト
の5つのスキームに分類しています。
このうち、シンプルな子会社の株式譲渡である③を含む①~③を「広義の」カーブアウト、事業単位の譲渡である①会社分割と②事業譲渡を「狭義のカーブアウト」として整理する分類がポピュラーです。
また、④スピンオフと⑤エクイティ・カーブアウトは、グループから子会社または事業を切出して独立させるという意味で最も広い意味ではカーブアウトの類型に含まれますが、一般的にM&Aの手法として「カーブアウト」という場合は、特定の譲受け先を必要とする①~③のスキームを指します。
子会社売却と事業部門売却でのスキームの違い
グループ子会社を第三者に売却する場合は子会社の株式を譲渡するシンプルな株式譲渡のスキームが用いられます。
一方、グループ事業の一部門を譲渡する場合には、事業譲渡、会社分割の2つのスキームが用いられます。
事業譲渡は、事業が保有しているリソース(事業用資産や事業運営に関する権利や人材など)を個別に承継するスキームであり、簿外債務など買手にとって不要な経営資源を承継する必要が無い一方で、契約や人材が自動的に承継されず、契約先や従業員に個別に承諾を得る必要があります。
会社分割の場合、会社が有する権利・義務の一部あるいはすべてを別会社に包括的承継するため、契約や人材(雇用条件)は従来通りの内容で承継されます。ただし、買い手が想定しない簿外債務を引継いでしまう可能性があるほか、法定の組織再編手続きが求められるため、事業譲渡の場合よりも完了までに時間がかかる傾向があります。
譲渡側では、これらのスキームごとの特徴をおさえがら、個々のカーブアウト案件ごとに最適のスキームを選択していく必要があります。
スピンオフ、スピンアウトとは
いずれもカーブアウトと同様に、自社の事業を切り離して独立させる方法ですが、それぞれ親会社との資本関係の有無が異なります。
スピンオフは、親会社との資本関係を維持したまま、既存の事業部を独立させて、新企業を設立することを指します。親会社のブランド力やリソースを活用することができますが、完全な独立ではないため、事業展開において親会社の影響力が残ります。
一方、スピンアウトは、親会社との資本関係を解消して、完全に独立させる場合を指します。例えば、専門性を有する技術者が独立して新会社を立ち上げるケースが該当します。元の親会社のリソースが活用できないため、自力で成長を目指す必要があります。
カーブアウト最大の難題「スタンドアローン・イシュー」
カーブアウトを進める際に発生する特有の問題であり、カーブアウトを「最困難M&A」たらしめている最大の要因が、スタンドアローン・イシュー(スタンドアローン問題)と呼ばれるものです。
「スタンドアローン・イシュー」は、対象企業や事業が親会社やグループなどの母体企業から切り離されることによって発生する、対象企業/事業へのネガティブインパクトの総称です。代表的なものは、①母体企業からのサービスの喪失、②母体企業とのシナジー喪失、③分離コストの3つに類型化することが可能です。
①母体企業からのサービスの喪失
切離し対象企業/事業が享受しているグループ共通のバックオフィス機能が切離し後に提供されなくなること、使用しているオフィススペースが使えなくなること、ブランド/商標を使えなくなること等が具体例となります。
②母体企業とのシナジー喪失
切離し対象事業がグループ内にいたからこそ享受できていた規模の経済、有利な条件での内部取引等が失われることによるコストの増加です。
③分離コスト
切離しに伴うブランド/商標を従来のものから変更する際にかかるコストや、ITシステムの切離しや代替にかかるコストが代表的です。
こうしたカーブアウト案件特有の課題への対応として、M&Aの成立からから一定期間、事業を継続するために必要な機能を母体企業である譲渡側が提供することなどを、TSA(Transactional Services Agreement)などの付帯契約で補完するのが一般的です。
譲渡側・譲受け側双方において、カーブアウトによって喪失する機能やシナジーを先回りで把握し、対応策を検討しておくことによって、より円滑・安全にカーブアウト・プロジェクトを進めることが可能になります。
カーブアウト実行の主な流れ
カーブアウトを行う主な流れとポイントを、譲渡側の視点からご紹介します。
① カーブアウトの方針決定
まず、事業ポートフォリオ戦略を整理し、自社やグループにおけるコア・ノンコア領域を明確にすることが不可欠です。
どの分野をどのように伸ばしていくのか、そのために既存事業をどのように再編・見直ししていくべきなのか、方針を立てていきます。
個別事業に対しては、「自社がベストオーナーなのか」あるいは「誰がベストオーナー」なのかの視点に立ち、対象事業の成長や、顧客・従業員にとってよりよい選択を模索します。
また、こうした構想段階から、社内のステークホルダーを巻き込み、強力な理解者を得ることが大変重要です。
② 売却に向けた手続き準備
カーブアウトの方針を決定したら、具体的な売却に向けた手続きと準備に入っていきます。プロセス・スケジュールの策定、対象事業に関する調査、価値算定(バリュエーション)などです。
専門家の支援の下、前述の「スタンドアローン・イシュー」などのカーブアウト案件特有の論点の整理や対応策の確認も、この段階で行います。
③ 売却先企業の選定と交渉
対象事業とのシナジーが見込まれる、買い手となりうる企業を選定し、交渉をすすめていきます。
このとき、事前に把握したスタンドアローン・イシューやその対応策などを買い手に早めに伝えることで、認識の齟齬を少なくし、交渉の長期化や破談といったトラブル回避に努めます。
④ 買収監査・契約締結・決済
カーブアウト・プロジェクトの場合、前述のTSAをはじめとした付随契約など、最終的なクロージングに必要な契約が多岐にわたるため、譲渡側・譲受け側双方において強いコミットメントが求められます。
スタンドアローン・イシューなどの課題への対応を具体的に交渉・調整したうえで、契約書に落とし込む作業を粘り強く進めていくことになります。
とくに譲渡側である対象事業・企業サイドについては、売却の実務を担う人や事業の要職ポジションの人などに対してトランザクション・ボーナス(報奨金)を出し、モチベーションを高め、ディール中の離職や売却プロセスへの影響を防ぐといった対応も取られます。
カーブアウト財務諸表について
「カーブアウト財務諸表」とは、カーブアウトを検討する際に、対象事業のみの財務諸表を作成することを指します。全体の財務諸表から一部を切り出し、対象事業の過去の業績について、単独で事業を行っていたとしたらどうなっていたかを疑似的に想定して作成される財務諸表です。プロフォーマ(仮定の)財務諸表とも呼ばれます。
カーブアウト財務諸表は、譲渡側の社内検討でも役立つことはもちろん、譲受け側にとってはデューデリジェンスの基礎的な資料となります。
カーブアウトを行った企業事例
最後に、事業部門や子会社のカーブアウトを行った企業事例をご紹介します。
日立製作所による日立金属ほか子会社の連続カーブアウト
日立製作所は、2009年以降、段階的に事業構造の転換・ポートフォリオの入れ替えを行ってきました。
デジタル・サービス事業へのシフトと共に、2017年に日立マクセル(現マクセル)、2019年にクラリオン、2020年日立化成(現レゾナック)、2022年に日立建機、日立物流(現ロジスティード)、日立金属(現プロテリアル)と次々に上場子会社株を売却・整理してきました。いずれも譲渡時点において、おおむね黒字の優良企業ばかりです。
その一方で、2020年にスイスABBのパワーグリッド事業、2021年に米IT企業のグローバルロジック、2023年に仏タレスの鉄道信号事業など、海外を中心に大型の買収も相次いで行っています。
日立製作所は、企業の将来ビジョンに沿って、買収と売却の両面でM&Aを戦略的に実行している国内企業の代表格です。
日立物流や日立金属の売却をもって、一連のグループ事業再編は総仕上げ段階を迎えました。2023年の統合報告書では、2009年度で53%だったコア事業による売上収益が2022年度には94%まで引き上げられ、22社あった上場子会社数の数は0になったと報告しています。
(出所:日立製作所 統合報告書2023)
オリンパスによる祖業の科学事業のカーブアウト
オリンパスは、2023年に工業用顕微鏡などを手掛ける科学事業を米ベインキャピタルに売却しました。
注力領域の内視鏡・治療機器などの医療領域への経営資源の集中をより明確にさせる動きを見せています。
オリンパスは「世界をリードするメドテックカンパニー」への成長のため、年率5-6%の高成長、20%以上の営業利益率、注力治療領域でのリーデイングポジション獲得を目標に掲げ、事業ポートフォリオの改革を進めてきました。
2021年にはデジタルカメラなどの映像事業を日本産業パートナーズに売却しました。
科学事業は黒字事業ではありましたが、営業利益率が目標に満たず、注力領域である医療分野でもありませんでした。
100年の歴史を持つ「祖業」の売却を決断したことから、「聖域なき選択と集中」の代表的な事例と言えます。
(出所:オリンパス「統合レポート」)
サノヤスHDの造船事業のカーブアウト
サノヤスホールディングスは、2021年に子会社のサノヤス造船(大阪府)を新来島どっく(東京・千代田区)に売却しました。造船はサノヤスHDの祖業でしたが、中国・韓国など海外勢との価格競争が激化していたうえ、コロナ禍での海運不況が重なり、経営環境は厳しいものでした。また、加速する環境配慮型の技術開発への対応も迫られるなか、単体での事業の維持が難しくなってきていました。
譲受け企業となった新来島どっくは、傘下に複数の造船所を持つ未上場企業グループ。厳しい環境下にあっても造船業に集中する方針を持っていました。サノヤス造船は、新会社新来島サノヤス造船となり、約600人の従業員が新たなオーナーの下に引き継がれました。
カーブアウト後、旧母体企業のサノヤスHDは業績が改善、新来島サノヤス造船も23年3月期には黒字に転換しました。再編を通じて、赤字事業がベストオーナーの下で再建を図る事例のひとつです。
(出所:サノヤスHD 「有価証券報告書」、日本海事新聞「サノヤスHD、造船事業を譲渡。来年3月新会社「新来島サノヤス造船」」(2020年11月10日付)、新来島サノヤス造船決算公告)
直近の国内企業カーブアウト動向については、動画でも解説を行っています。ぜひYouTubeでご覧ください。
カーブアウトに関する最新ニュース
カーブアウトに関する最新のM&AニュースはM&Aニュースをご覧ください。
終わりに カーブアウトを成功させるには
カーブアウトは、企業の経営資源を適切に配分し、事業ポートフォリオを最適化していくために必要な手法です。
上場企業における資本・経営効率のアップ、生産性の改善がかつてなく求められている現在において、カーブアウトの実行ニーズや有用性はますます高まっています。しかし、スタンドアローン・イシューに代表される、課題や論点が多いことから、カーブアウトは大変難易度の高いM&Aであることは間違いありません。
カーブアウトを含めた、事業ポートフォリオの最適化や入れ替えという困難なプロセスをやり抜いて成長している企業には、いくつかの特徴があります。
一つには、明確な事業ポートフォリオ戦略を持っていること、次に投資・撤退基準といった検討プロセスや体制ができていること、そして変革を遂行できる経営・実務レベルのリーダーシップがあること。最後に、カーブアウト型M&Aに関する経験とノウハウを持つ外部専門家の活用が挙げられます。
日本M&Aセンターは上場企業のカーブアウト(事業・子会社の売却)・事業ポートフォリオの見直しを支援しています。
方針策定から譲受け候補となる企業の探索、M&Aの成立まで、経験・実績豊富な専門チームがワンストップでサポートを行います。
ぜひ、お気軽にご相談ください。