知られざる製造業M&Aの雄―エマソン・エレクトリック
⽬次
- 1. エマソンの成り立ち
- 2. エマソンの戦略から見えてくるものとは
- 3. 日本電産とのM&Aから学ぶ、エマソンの「譲渡」戦略
- 3-1. 著者
エマソン・エレクトリック(Emerson Electric Co.)という企業をご存知でしょうか?
米国ミズーリ州セントルイスに本拠地を置き、グループ売上は2兆円を誇る、世界有数の事業規模を誇る電機メーカーです。
エマソンは、製造業を中心としたコングロマリット企業です。日曜大工に欠かせない電動工具と言った一般消費者用製品から、プラント向けの制御システムまで扱っています。なんと65年もの間、連続増配を達成している優良企業としても知られており、増配率は微増ではありますが、来期も来々期も継続する方針を打ち出しております。このような、同社の収益性と安定性を兼ね備えた経営戦略の柱となっているのが、積極的なM&A戦略です。
エマソンの成り立ち
エマソンの設立を知るには、1890年まで遡らなければなりません。
1890年と言えば、和暦で明治23年。日本で第一回帝国議会が開会した年であり、ようやく近代化への道のりを歩み始めた頃でした。同じ老舗電機メーカーであるライバルGE(ゼネラル・エレクトリック)が、1892年の設立であり、日本の横河電機は1915年、三菱電機が1921年の設立であることを考えると、非常に歴史がある会社であることが伺えます。
創業当時は零細企業であり、若いスコットランド移民のメストン兄弟に、南北戦争の北軍士官だったジョン・ウィーズリー・エマソンという人物が出資する形で、交流モーターの製造を始めました。このモーター技術を活かして、米国初の扇風機を製造すると、これがヒットして全米に知られるようになります。その後、同社はシーリングファン、洗濯機、ミシン、オルガン、歯科用ドリルや空調設備といった用途のモーターを製造し、2度の大戦や世界恐慌を乗り越えて存続してきました。第二次世界大戦前は、多角化といっても全てモーター技術を軸としており、ちょうど今の日本電産のような企業だったのです。
大戦後、1954年に社長に就任したW.R.パーソンズは、成長市場での積極的な多角化を図り、15年間で36社ものM&Aを実施しました。その後継となったチャールズ・ナイトが、エマソンを飛躍的に成長させます。積極的なM&A戦略を継続し、プロセス制御計装機器のローズマウント社、コンプレッサー・空調・冷凍冷蔵システムのコープランド社、プロセスコントロールバルブ及びレギュレーターのフイツシヤ・コントロールズ社など、今の同社の発展の礎となる事業のM&Aを仕掛けました。こうして、8つの事業領域に、60もの独立事業会社が存在するコングロマリットとしてのエマソンが誕生したのです。(現在は、事業領域を「オートメーションソリューションズ」と「商業ソリューション & 住宅ソリューション」の二つの事業領域に再編しております。)
ナイトが仕掛けた買収金額の合計は、なんと250億ドルにも上りましたが、結果として、就任から退任までの17年間で、売上を16倍に成長させました。
エマソンの戦略から見えてくるものとは
エマソンの意欲旺盛なM&A戦略を見ていると、見境なく優良事業・ブランドの買収を進めているように見えるかもしれません。しかし、エマソンが買収を実施している事業には共通点があります。それは、各事業がグローバルニッチ市場であり、かつ成熟しきった製造業であることです。各事業の年商は、数百億円規模のものが多く、その限られた市場の中で常にトップシェアを持ち続けることで、グループ全体では2兆円という年商を達成しているのです。
日本エマソン株式会社で、代表取締役社長を務めた山中信義氏は、著書の中でこのように述べています。「成熟産業では、新規参入が日々起こる心配もなく、IT産業のように毎年技術が劇的に変化することもありません。しかも、成熟産業だからこそ、市場動向の把握も容易で事業の予見性も高い。これは企業経営の上では非常に大切なこと。」
つまり、枯れた技術を磨き、成熟した市場でシェア一位になることで、高い収益を得る、というのが同社の成長戦略であるということです。
エマソンが、安定して何十件ものM&Aを成功させている理由も、この戦略から伺うことができます。市場のプレーヤーが固まっている成熟産業であれば、過去の業績推移から、今後の見通しを立てることも比較的容易でしょうし、将来の高い成長性を加味した株価で「高値掴み」をすることも避けられます。
商流や製造工程上で隣接する業種を押さえることが出来れば、緩やかな相乗効果を発揮することができます。成熟市場であるからこそ、小さな差別化でも決定的な違いになり得るのです。
また、グローバルで年商2兆円の規模を誇るエマソンであれば、全世界での調達の最適化・R&Dの統合など様々なスケールメリットを出すことができ、まさに「小さな池の大きな魚」となることができるのです。
いかがでしょうか。日本経済、特に日本の製造業が、市場の成熟化と低成長に喘いでいる今日だからこそ、エマソンの経営戦略をベンチマークすることで、明日の戦略が見えてくるのではないかと思います。米国企業と言えば、GAFAを筆頭とした、グローバル市場を巨大資本で制圧するような戦略が目につきます。一方で、ニッチトップ戦略を取る製造業として安定成長を実現しているエマソンは、日本企業にとってより良い参考になる事例でしょう。数十億円、場合によっては数億円規模の市場においてもニッチトップは無数に存在しており、市場を定義するセグメンテーション力があれば中小・中堅企業のM&A戦略においても十分参考になる戦略かと思います。
日本電産とのM&Aから学ぶ、エマソンの「譲渡」戦略
最後に、最近の日本電産とのM&Aについても触れたいと思います。エマソンは、2010年にモーター&コントロール事業を、2017年にはモーター事業及び発電機事業、そしてドライブ事業を日本電産に譲渡しています。注目すべきは、これらの事業がエマソンの祖業とでも呼ぶべきモーター事業であり、欧州・北米地域での高いブランド力と強固な事業・顧客基盤を有していた優良事業であった点です。
実際に、同社が譲渡したモータ・ドライブ事業及び発電機事業は、直近売上高1,674 百万ドルに対して、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)が175 百万ドルと収益性も高いです。日本電産は現金1,200 百万ドルで買収しています。
たとえ祖業であっても、安定した利益を生み出していても、時代の趨勢を冷静に見据え、トップシェアを維持することが難しければ、より事業を成長させられる相手へ譲渡する。そして、買収で得た資金を次なる注力領域へと投資する。単に買収上手なだけではなく、事業の選択と集中も平時にぬかりなく実行できる決断力で、エマソンは生き残ってきました。
経営戦略に、「買収」戦略と「譲渡」戦略の両輪が揃っていることこそ、エマソンのM&A巧者たる所以と言えるでしょう。
日本M&Aセンター業種特化事業部では、業界ごとに知見を持つ業種専門チームを組織し、M&Aのご支援をさせていただいております。買収のための譲渡案件のご紹介、株式譲渡の相談の他、上場に向けた無料相談も承っております。まずはお気軽にご相談いただければと思います。