【入門編】製造業M&Aと土壌汚染
⽬次
- 1. 土壌汚染とは
- 1-1. 土壌汚染とは、有害な化学物質や排水等が地表面から浸透し、土壌に蓄積されている状態を言います。地表面下の問題となるため、目に見えず、顕在化しにくい特徴があります。
- 2. 土壌汚染物質の種類
- 2-1. A. 第一種特定有害物質(揮発性有機化合物)
- 2-2. B. 第二種特定有害物質(重金属等)
- 2-3. C. 第三種特定有害物質
- 3. とあるめっき加工業の社長様とのお話
- 4. 終わりに
- 4-1. 著者
M&Aには様々な論点がつきものです。労務、法務、会計などは、どのような業界・業種でも論点となり得るため、デューデリジェンス(買収監査)においても発覚しやすく、M&A実務における対処法もある程度確立されています。
一方で、製造業ならではの、特に注意が必要な論点も存在します。工場設備の安全基準や、外国人の実習生の労働要件、工場内におけるアスベストの使用。そして、土壌汚染に代表されるような環境問題です。特に近年、人々の環境への意識の高まりとともに、有害物質が人体や生態系へ及ぼす影響が注目されるようになり、土壌汚染の問題はよりセンシティブになっています。築地市場の豊洲移転問題などは、記憶に新しいでしょう。
本コラムでは、製造業M&Aの中でも、特に「ディール・ブレーカー(M&A取引の検討を中止せざるを得ないような重大な障害)」となり得る土壌汚染に焦点を当て、ご紹介させていただければと思います。
土壌汚染とは
土壌汚染とは、有害な化学物質や排水等が地表面から浸透し、土壌に蓄積されている状態を言います。地表面下の問題となるため、目に見えず、顕在化しにくい特徴があります。
重金属、有機溶剤、農薬、油などが原因となることが多いため、ガソリンスタンドや、クリーニング工場、印刷工場、そして、めっき加工業や塗装業などの製造業の企業で、土壌汚染の問題を潜在的に抱える企業が多いです。
また、有害物質は土壌中に何十年にもわたって残留するので、原因物質を「現在、自社では使用していない。」という場合においても、過去に使用していた、あるいは、以前所在していた企業が使用していたことで、引き起こされた汚染が発覚することもあります。
さらには、盛土や埋め立てなどの結果として、敷地内に持ち込まれたケースや、地下水を通じて隣接地から拡散することもあるので、責任の所在が不明確になってしまうことも特徴の一つです。
土壌汚染物質の種類
まずは、土壌汚染の原因となる物質の種類を見ていきましょう。土壌汚染対策法では、26種類の特定有害物質が定められており、大きく以下の3種類に分類されます。
A. 第一種特定有害物質(揮発性有機化合物)
第一種特定有害物質は、揮発性有機化合物(VOC:常温の大気中で気体となる化合物)です。
製造業においては、高度経済成長期より、様々な金属加工の工場の洗浄工程で、ごく一般的に使われてきた物質となります。
- 四塩化炭素
- トリクレン(トリクロロエチレン)
- 塩化メチレン(ジクロロメタン)
- テトラクロロエチレン
- ベンゼン
などの物質と聞けば、馴染みがあるのではないでしょうか。
人体に悪影響を及ぼす物質ですが、以前は規制する法律もなく、古くからの工業地帯で汚染が見つかることが多いです。豊洲新市場においては、環境基準を超えたベンゼンが検出されたことが物議をかもしました。
B. 第二種特定有害物質(重金属等)
第二種特定有害物質は、以下のような重金属が該当します。
- カドミウム
- 鉛
- 六価クロム
- シアン
- 水銀
- フッ素
イタイイタイ病の原因となったカドミウムは非常に有名です。
そのほか、非常に深刻な健康被害を及ぼす物質が多く含まれていることが分かります。はんだ付けに使われる鉛、クロムめっきに広く用いられる六価クロム化合物や、コーティング剤となるフッ素など、特に表面処理業において、広く使われている物質が多いです。
C. 第三種特定有害物質
第三種特定有害物質は主に農薬類となり、有機リンなどが含まれております。
製造業において注意するべき物質としては、ポリ塩化ビフェニル(PCB)があります。
脂肪に溶けやすい性質をもっているため、徐々に体内に蓄積されてしまい、肝機能障害や免疫機能不全を引き起こしてしまいます。日本においては、1973年に製造・輸入・使用が原則として禁止されるまでは、変圧器・コンデンサーの絶縁油をはじめとして、様々な工業用の用途に用いられてきました。
いかがでしょうか。
「自社のめっきや、洗浄工程において使用していた物質がある」という方も、中にはいらっしゃるのではないでしょうか?これらの製造業のM&Aにおいては、特に第一種、および第二種特定有害物質に該当する物質を、工場で使用していなかったか、特に注意が必要と言えるでしょう。
とあるめっき加工業の社長様とのお話
私が担当しているめっき加工業の譲渡企業の社長は、「今は、めっき工場は原子力発電所の次に作ることが難しい。」とおっしゃいました。
その企業は、県内では珍しい総合めっき業として、大手企業グループとも取引があり、半世紀以上の歴史の中で一度も不良を出したことが無い、まさしく地元を代表する優良企業でした。取引先のメーカーの業績が伸びると同時に引き合いも非常に増えておりましたが、近隣住民の反対なども予想されることから、めっき工場を新設することは難しく、生産キャパシティの限界が経営上の課題になっていました。
また、環境規制が厳格化されるはるか昔に個人事業として自宅の一角で創業したため、当時は土壌汚染対策も不十分で、自社工場も高い土壌汚染リスクを抱えておられました。
長年、高品質のものづくりに取り組んできたことから、かなりの資本体力もある企業様でしたが、自社単独ではこの経営課題の解決策を見出すことは難しいとご判断され、大手企業とのM&Aによる解決が一番なのではないか、と考えるに至ったとのことです。
日々、多くの譲渡オーナー様とお話する中で、M&Aにおいて土壌汚染が論点となることをお伝えすると、「そのような潜在リスクを許容してくれる譲受け先は見つからないのではないか?」、「となると、うちには清算するしか道が無いのではないか?」というご意見を度々頂きます。しかし、仮に清算という方法を取るにしても、土壌汚染問題は解決しません。清算時においても、自治体から工場跡地の環境問題を解決するよう求められることもあります。
また、土地を時価で売却しようとしても、工場跡地に土壌汚染の恐れがあることは知れ渡っており、除染費用をディスカウントされた、近隣相場とは程遠い価格で売却を余儀なくされることも少なくありません。敷地面積の大きさによっては、土壌汚染解消だけで、数億円単位の費用がかかってしまうこともあります。除染費用が土地の時価を上回ってしまう場合には、気軽に売却することもできず、塩漬け状態の資産となってしまうこともあります。最悪のシナリオとしては、工場敷地が自社保有ではなく借地であるケースなどで、原状回復の義務をめぐって、地主と数年にわたる法的な争いとなってしまう可能性もあります。
終わりに
今回のコラムでは、製造業のM&Aの中でも頻発する環境問題、「土壌汚染」に焦点をあて、【初級編】として、そもそも土壌汚染が発生するケースについて、解説させていただきました。次回、【応用編】では、日本M&Aセンターの実際に成約まで至ることができた事例について、ストーリーでご紹介させていただければと思います。
土壌汚染問題一つを取り上げても、M&Aにおいて業界ごとの論点を事前に予測し、対処することの重要性が分かります。日本M&Aセンター 業種特化事業部では、業界ごとの論点に知見を持つ業種専門チームを組成し、M&Aのご支援をさせていただいております。土壌汚染問題を抱えていた譲渡事例でも、成約実績がありますので、まずはお気軽にご相談いただければと思っております。
M&Aへのご関心、ご質問、ご相談等ございましたら、下記のお問い合わせフォームにてお問い合わせを頂ければ幸甚です。