譲渡オーナーとの語らい Vol.15 (神奈川県・受託開発ソフトウェア業)
⽬次
神奈川県で創業30年の歴史を持つ受託開発ソフトウェア事業を行う会社を経営。
社長の庄司様は、2021年にM&Aにより富山県の企業へ自社の株式を譲渡することを決断されました。
M&Aで事業を承継することを考えはじめたきっかけから、譲渡後の現在までのお話をお聞かせいただきました。
「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」が創業当時の合言葉
青井:1993年の創業からM&Aで譲渡されるまで30年弱。黒字経営を続ける中でも様々な課題や、会社をどのようにしていこうという想いがあったと思います。是非初めに創業の経緯からお話伺えますでしょうか?
庄司様:当時はバブル崩壊の直後で、大手のIT企業でさえ下火になり倒産するのを見てきました。
また、ある程度軌道に乗り、急激に増員や事業拡大した企業が倒産していく状況も多く見ていました。
そのような時代での起業でしたので、私は自分のやりたい仕事がとにかく続けられたら良いと考えておりましたので、従業員を無理に増やす、会社の規模を拡大するという気持ちはそもそもありませんでした。
それに、私は開発技術者であるという自負もあり、システム作りを続けたいという想いで起業しましたので、起業後は自分にマッチした"おもしろい"と思える仕事ができており、とても楽しく仕事をしておりました。
無理な事業拡大は、業務にも人にも目が行き届かなくなり、一人ではどうにもならなくなります。
組織が大きくなると、経営により時間を割く必要もでてきます。
何より、私自身、決して商才がある訳ではないので、自分の腕1本でやって行ければと考えていました。
とにかく「自分の食い扶持は自分で稼ごう」と。当時はそれを合言葉にみんなで仕事に取り組んでおりました。
コロナ禍による考えの変化
青井:オーナー兼経営者として会社運営をされて30年ほどが経ちますが、そうした中、次の世代へのバトンタッチや、事業承継について考え、具体的に行動に移したきっかけは何だったのでしょうか?
庄司様:60歳を超えた頃から、急にM&Aの仲介会社からたくさんDMが届くようになりまして、事業承継について考える必要があるのかな、と思い始めました。
それに加え、社内にも後継候補となる優秀な役員もおりましたので、その方たちとも後継問題について話をしておりました。
しかしながら、その候補役員にもそれぞれ事情があり後継者にはなれないとの話があり、自社内での後継者選びは難しそうだと感じておりました。
一番ネックになると考えていたのは、資金の問題です。
設立当初から会社を大きくするという方針は無く、毎月決まった金額・工数で請負をやっていたのですが、時に大規模システムを請け負うと、長期間の開発により、どうしても資金不足が発生します。
そのような状況での資金調達手段は、役員借入として、資金を補填することでした。
役員借入の場合、利益が出ないと戻らないというリスクがあり、私がオーナーの間は良いのですが、そのような資金調達のことも含め、全て引継いでもらいたいという気持ちがありましたので、そういった事情を踏まえると社内での承継は難しそうだ、と感じておりました。
青井:私どものような仲介会社からのDMがきっかけだったのですね。
まずは、社内の方への承継をお考えになって、「難しそうだな」というところで第三者への承継も含めてお考えになっていった。
庄司様:そうですね。
当時60歳を超えてDMが届くようになり、考えるきっかけとなったのですが、それでも「まだ5年後10年後くらい先のことかな」と思っていたのですが、近年のコロナ禍が大きく考えを変える転機になりました。
当時のニュースや情報では、新型コロナウイルスに感染したら重篤化するリスクが高いという話が多く、「今、私が感染したら戻ってこられないんじゃないか」と思いました。
そうなると会社が存続できず、社員や社員のご家族、取引先に迷惑をかけてしまう。それを思った時に、外部へ事業承継も選択肢の一つであると考えるようになりました。
青井:様々な会社からDMが来ていたとのことでしたが、その中で日本M&Aセンターを選んで頂いた決め手はなんでしたでしょうか?
庄司様:DMも沢山頂戴しておりましたし、銀行や証券会社からもお話をいただいていたのですが、決め手は、日本M&Aセンターというネームバリューと実績、それに加えて青井さんのご説明もわかりやすく丁寧でしたし、正直、成功報酬は高いのですが、その分、安心感が大きかったです。
他社さんと比較して、青井さんの説明の仕方一つとっても違いがありましたし、会社経営と一緒で目先の金額で物事を決めてしまうと後悔することが多いので、手付金とか報酬がというところでは判断せず、将来が良くなる最良のM&Aをするにはどの会社を選べば良いかで選びました。
青井:たしかに、先ほど庄司様が仰った通り、従業員の皆様やそのご家族の方々にご迷惑をかける事になるかもという想いがある中で、成功報酬の金額はM&A仲介会社の選定において重要ではないということですね。
目指していたのは、「自社サービス企業」
青井:M&Aで事業承継を進めていく中で、M&Aをやるのであれば、こうなって欲しい、こうなっていきたい、というような期待はございましたか?
庄司様:事業承継を外部に求めるという中で、目標であった「自社サービス企業」を実現したいという考えがありました。
「受注・請負ではなく、自社で開発した製品を販売し市場に展開していき、その上で安定した企業になりたい」という希望を設立当初から社員を含め持っていました。
元々、受託開発の会社として開発をする傍ら、合間でパッケージ商品を開発していました。
ここ数年で自社開発の製品を世にリリースして、注力していく方針になったのですが、請負の話が増えてくるとパッケージ開発担当者にも請負の仕事を手伝ってもらうことになります。
そうすると製品開発や機能拡張ができない、お客様や市場へ製品アピールをできないという状況でした。
また、良い製品を作る技術はあるが、売ることが得意でない。つまり、マーケティング力や営業力が自社に不足していることが課題でした。
お客様から、こういう製品があると良いなというお話をいただき、技術的に作ることは可能であるにも関わらず、市場から求められているデザイン性やユーザビリティなどを分析する力も不足しておりました。
そのような状況において、信用力や母体がしっかりしている企業に自社に足りない技術や人材のサポートをいただき、一緒に自社サービスを提供する企業を目指せればという期待がありました。
それに加え、受託開発で得た利益を少しずつ自社製品開発資金に回していたので、そういった開発資金の問題もクリアできたらありがたい、という気持ちもありました。
青井:御社は、強いつながりのある大企業からの受託開発のお仕事を長年続けていて、誰が見ても安定企業であり、これからも存続していくんだろうなという一方で、やはりエンジニアとしては、皆様世に出るサービスを何か作りたい!という想いを持っていらっしゃったのでしょうか?
庄司様:自社製品で皆様の生活を楽に、豊かにしたいとの希望や想いがありました。
設立当初から、自社サービス企業としてやっていきたいという想いがとても強かったように思います。
「何も変わりません」という安心感
青井:M&Aの検討を進めていく中で、多くのオーナーが気にされるポイントとして「お客様や従業員の皆様への開示をされた際に、どのような反響だったか」という事があります。
そのあたりのお話を伺えますか?
庄司様:お客様への開示に関しては、守秘義務もありましたので、どの時点でどのように話をすれば良いのか、とても悩みました。
私のスタンスは、お客様第一ですので、突然伝えるというのは相手に対して失礼だと考えておりました。
ですので、事前に青井さんにご相談差し上げた上で、主だったお客様には丁寧にご説明を差し上げました。
概ね皆様には暖かいお言葉と共にご了解いただけたのですが、吸収されるのではないか、合併されるのではないか、今後は業務委託ができないのではないか等、心配されたお客様もいらっしゃったのは事実です。
しかし、「基本的に今までのお付き合いから何も変わりません。むしろ、これまで以上のサービスをご提供します」と説明を差し上げ安心していただきました。
仮に吸収合併のスキームだった場合、新たに契約書の締結や覚書作成等の書類上の手続きが発生した場合、少し敬遠された可能性はあったかも知れません。
何も変わらないということが、ご理解いただく上でも大きかったのではないかと思います。
青井:お客様にとっては、社名は変わりません、担当者も変わりません。本当に今まで通りです。ただ、「今後は更に体力をつける為に、大きな船に乗って新たな経営をしていくことになりました」というお話をされたところ、ご理解いただけたということなのですね。
従業員に対しては如何でしたか?
庄司様:新型コロナウイルス感染拡大で、私自身基礎疾患を抱えていることもあり「社長が罹患したらどうしよう」とよく心配されたこともありましたので、一部のキーマンには、事前に「雇用条件も変わらず、M&Aという形で事業承継を考えている」という話をしました。
実際にM&Aを実行するにあたり、社員に対し、「M&Aにより事業承継をする事になりました」という話をしたところ、相手の会社がどういう企業なのか分からないという不安や、相手企業に出向させられるのではないか、という質問が出てきました。
それに対し、「 待遇は変わりません。事務所もここのままで何も変わりません。 」と説明し、更になぜM&Aを選択したかを説明し、「今後、更に経営が安定し、会社が潰れることは無くなりました。」と伝えました。
青井:譲受け企業へ出向しなければいけないのか?待遇面はどうなるの?と言った疑問や不安は当然出てくるのだと思いますが、何も変わらないということで、「そうですよね、社長の年齢もありますしね。」というような感じで理解をしていただけたということでしょうか?
庄司様:そうですね。特に反対意見や「じゃあ辞めます」という反応は全くなかったです。
その後、しばらくして、譲受け企業の役員で当社の新規役員になっていただいた方が、当社の社員一人一人と個別に面談して頂き、譲受け企業の業務内容などを丁寧にご説明いただいた上に、当社社員の状況や今後の希望なども聞いていただきました。
その結果、社員も安心できたのではないかと思います。
3年後に、期待外れだったなということがないように頑張っていきたい
庄司様:M&Aを実行して1年と少し経つのですが、最近、譲受け企業やグループ会社とも協業して何かやろうという話がでてきております。
今後、協業するにあたり、担当者を立てて進めて行くことになりました。
青井:そうなんですね。そのあたりは従業員の皆様はどのように感じてらっしゃいますか?
新しいことをやっていく際に、「今のままで安定的にコツコツ頑張りたい」というタイプと、「面白そう!」とチャレンジしていくタイプがいらっしゃると思います。
御社ではどのような反応が多かったのでしょうか?
庄司様:後者のタイプの方が多いですね。新しいことをやりたいと思っている社員が多いですし、私もその一人です。
ただ、継続的にいただいているお仕事がありますので、そこに従事している社員の配置を変えるのは難しいことでもあります。
会社と会社のつながりというよりも技術者と技術者のつながりが強く、そこに信頼関係がありますので、新しいことに挑戦したいという気持ちはとても尊重したいのですが、すぐの配置転換という訳にも参りません。
ですが、色々なものを作ることができ、色々なシステムに携われることが当社の魅力でありメリットでもあります。
長い間、同じことだけに従事するというのは、本来の主旨に反しますので、できる限り、新しいことへの取り組みが出来るように配慮していきたいと考えています。
これからの連携が非常に楽しみです。
青井:M&Aを行って、庄司様としては、新しいことにまたチャレンジできそうという、エンジニアとしてのワクワクがある中で、今後どのような人生を歩んでいきたいですか?
庄司様:やはり、当社の特性・独自性を伸ばしていくためには、まずは当社の今ある技術を生かしてグループに貢献していくことが必要であると考えております。
グループ入りをして、1年と少し経ちますが、効果は出ているのかなと疑問に感じることがあります。
譲受け企業は、当社の独自性や専門性についてご理解いただいており、売上向上や規模拡大を求めていません。
当社も、そもそも売上を伸ばして規模拡大ということは考えていませんでしたが、社員を増員することもなく同じ状況下で、昨年度を上回る売上げ見込みでありますので、ご協力によるものと当社としては効果を実感しているところです。
一方で、相乗効果という意味では、譲受け企業ヘは何も貢献できていないと感じておりますので、これから自発的に新しいプランや取り組みを提案し、技術的にも貢献していきたいと考えています。
新しい取り組みを始めるということでとてもワクワクしておりますが、その分、貢献していかなければならないというプレッシャーも感じております。
同時に、当初の目標でもあった「自社サービス企業」への取り組みも、少しずつ前進できたらと思っております。
実は、譲受け企業も「自社サービス企業」への取り組みを行っていることを知り、実現するために、乗り越えるべき課題は沢山ありますが、一緒にクリアすることが一つの目標となりました。
私の今後については、M&Aを実施したら一つの区切りで、徐々に一線から退くのかなと思っておりましたが、どちらかというとまた新たなスタートなのかなという気持ちが強くなりました。
今、非常に面白みを感じているところで、体力の許す限り新しい取組みへも注力して、3年後くらいに、期待外れだったと言われないように取り組みを継続していきたいと思います。