2023年のM&Aを振り返る

竹葉 聖

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竹葉聖

日本M&Aセンター 業種特化3部 部長/IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO 審査員

業界別M&A
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皆さん、こんにちは。
日本M&AセンターでIT・スタートアップ業界のM&A責任者を務めています竹葉です。
私は、前職の監査法人を経て、2016年から日本M&AセンターでIT業界専門のM&Aセクターの立ち上げから現在に至ります。

この業界に身を置き、8年目となりました。今年も年の瀬が近づいてきましたので、2023年のIT・スタートアップ業界を中心にM&Aを振り返りたいと思います。

M&AOnlineの調べによると、2023年上期(1~6月)のM&A件数は、東証適時開示ベースで501件(経営権の異動を伴うものに限る)と前年を43件上回り、2008年のリーマンショック後を起点に最多件数を記録し、年間1,000件の大台を超えることが確実視されています。

日本が抱える後継者不在問題の再認識

日本M&Aセンターは創業からの約30年間で、累計8,500件超のM&A成約件数を誇り、M&Aフィナンシャルアドバイザリー業務の最多取り扱い企業として3年連続(2020年・2021年・2022年)でギネス世界記録™に認定されています。

1991年の設立当時、中堅中小企業をメインとした非上場マーケットにおける『M&A』の活用は限定的でした。

そのような市場環境のなか、事業承継問題解決におけるM&Aの活用可能性に目を付けた当社が市場を開拓していきました。
当社として初めて打った全面広告は、
日本経済新聞の一面に掲載した「あなたの会社の後継 ”社“ 探します」という広告です。

この広告をきっかけに全国から後継者不在に悩む数百社から問い合わせがあり、社内の電話はしばらく鳴り止みませんでした。当時から日本国内における後継者不在問題は、潜在的な課題となっていました。
 
それから約30年、2023年9月21日に日本テレビホールディングス株式会社(以下、日本テレビHD)から『日本テレビによるスタジオジブリの株式取得に関するお知らせ』というIRが発表されました。
日本を代表するアニメーション制作企業によるM&Aの発表は、日本が抱える後継者不在問題という社会課題を改めて世間に再認識させることになりました。

制作者兼創業メンバーである宮崎駿監督は82歳、プロデューサーの鈴木敏夫氏は75歳と、設立から約40年が経過し、役員陣の高齢化に伴い、次世代の経営体制に対する悩みを抱えていました。
代表取締役の鈴木敏夫氏としては、宮崎駿氏の息子である吾郎氏に経営を託すことも考えていましたが、宮崎駿氏の反対と、吾郎氏自身の意向もあり、かねてより親交のあった日本テレビにスタジオジブリ側からアプローチをして子会社化に至っています。
*詳細な解説記事はこちら 「設立から38年、日本を代表するアニメーション制作企業「スタジオジブリ」が後継者問題解決のためにM&Aを決断

帝国データバンクの調べによると、2022年時点での社長の平均年齢は60.4歳に達し、1990年から32年連続で上昇し過去最高となっています。
また、社長が引退する平均年齢は68.8歳となっており、設立メンバーである宮崎氏(82歳)、鈴木氏(75歳)も長い期間、後継者問題に苦悩されていたことが伺えます。

ちなみに当社のIT業界のM&A成約データによると、M&A実行時の社長の平均年齢は55歳となっています。
全業種平均の61歳と比較して年齢が若い理由として、日本にIT産業が入ってきたのが1960年代後半、IT事業者(SIerの前進にあたる企業)が一気に増加したのが1980年代後半から1990年代であったことから、他の産業との比較して業界自体が若いということが影響しています。

M&A業界における今年の漢字も「税」

2023年12月12日に発表された今年の漢字は「税」が選出されました。
消費者にとって生活に直結する増「税」、減「税」の動向が特に注目された一年でしたが、M&A関連でも「税」に大きな改革がありました。

M&Aを推進する税制度の整備

主な点として中小企業やスタートアップ関連のM&Aを推進する税制度の整備が挙げられます。
令和5年度税制改正により、2023年4月1日以降にスタートアップ企業の成長に資するM&A(事業会社によるスタートアップ企業の議決権の過半数の取得)を行った場合、その取得した発行済株式についても税制の対象とされることになりました。

具体的には、オープンイノベーション促進税制のひとつで、国内の事業会社がスタートアップ企業(設立10年未満の国内非上場企業)のM&A(議決権の過半数の取得)を行った場合に、取得した株価の25%を課税所得から控除できる制度です。
例えば、10億円の株価でスタートアップの株式を取得し完全子会社化に至った場合、その25%にあたる2.5億円部分が所得から控除(損金算入)でき、約8,500万円(2.5億円×実効税率約34%)の節税効果が見込めます。
国としても税制面で優遇を設けることにより大企業とスタートアップの連携、特に議決権の過半数以上の取得をベースとしたM&Aを増やしていこうという意図が見て取れます。
  
また、国内の中堅中小企業について、M&Aによって集約化を促すための制度もさらに整備されました。
2023年12月4日付けの日本経済新聞に掲載された『後継者難の中小企業、M&Aしやすく全額損金算入』という記事が話題になりました。

経営資源集約化税制のアップデート

2021年からスタートした経営資源集約化税制という制度のなかで、社員数1000人以下の中小企業がM&Aによって株式を取得した場合、取得価額の70%を準備金として積み立て(損金算入)ができるという優遇措置が用意されていましたが、本制度に加えて別口でさらに拡充されることが、2023年12月14日、自民党の公式サイトにアップされた「令和6年度税制改正大綱」の中で具体的に言及されました。

拡充が予定されている点としては大きく3点あります。

注目ポイント

  • ①社員数2000人以下の法人でも活用が可能になる
  • ②取得価額の70%ではなく、最大で100%(全額)が損金算入できる、
  • ③損金算入した準備金の取り崩しの据え置き期間が5年から10年に延長される

特に本制度はあくまで税金の繰り延べの制度である点に留意が必要ですが、その制度実態に鑑みると筆者の感覚としては据え置き期間の10年への延長は大きな影響があるように考えます。
このように、国としてもスタートアップと大企業のM&Aによる連携、中堅・中小企業のM&Aによる経営資源の集約化の両面で税制面から後押しするトレンドは、今後も加速する見込みといえます。

IT・スタートアップ領域のM&A動向

最後にIT・スタートアップ業界のM&Aの動向に触れておきたいと思います。

まずは、IT業界(主に国内SIer業界を想定)のM&Aですが、国内市場規模約16兆円、1万5千社のIT事業者、IT人材100万人という環境下で、市場規模は年+2~4%で成長しており、国内で数少ない成長産業となっています。
各企業が、国内の労働人口の減少を補うために、人材に加えてIT分野に資金を投資しているDX化の背景があります。
M&Aの件数は今後も高水準で推移することが予想されます。

一方で、非上場のシステム開発会社で売上10億円以上の老舗企業の譲渡は、あくまで筆者の感覚ですが、一旦落ち着いてきたという感覚です。
2019年~2020年前後と比較すると、売上10億円以下のシステム開発会社の譲渡が増えてきました。

その背景として、売上10億~30億円規模のシステム開発会社の属性として、1980年から1990年前半の期間に創業された企業が多く、先行者利益もあり一気に100人規模の大所帯まで成長した企業が多い点が挙げられます。
当時の創業者の年齢が30代後半~40歳代であったと考えると、ちょうど30年経過し創業者の方が60~70歳を迎えたタイミングでM&Aによってバトンタッチを完了する企業が増えました。

補足すると、1980~1990年代に創業されたシステム開発会社について、当時の企業数は非常に多かったのですが、2008年のリーマンショックを境に、社員数を増やし過ぎた企業は、倒産に追い込まれるケースが目立ちました。
そのため、2008年より以前に創業され、100名以上の規模を誇る会社は、リーマンショックを乗り越えた優良企業が多く、承継先(M&Aの譲受先)には困らない企業が多いことも、バトンタッチが一気に加速した要因として挙げられます。
今後は、2000年代以降に創業された、社員数100名以下(ボリュームゾーンは20~30名規模の会社)のWebシステム(スマホアプリ含む)ベースでの開発を得意とする企業の譲渡が加速することが予測されます。

次にスタートアップ業界のM&A動向です。国内のスタートアップ資金調達額が9,000億円の規模に達し、今後5年で10兆円の規模にまで拡大するとも言われています。
譲渡と買収の2つの側面で「M&A」の活用件数自体は増加することが予測されます。

譲渡の面でいうと、国内スタートアップに分類される企業数は8000~1万社(定義によって変動あり)と言われ、そのほとんどはIPOという出口に向けてVCから資金を調達し、ニトロ的に資金を利用して非連続な成長を目指していくことがメインストリームでした。
一方で、出口となる国内のIPO件数は年間約100社(スタートアップに絞ると年60社ほど)となっており、IPOまで漕ぎつける企業は一握りです。

そのためスタートアップ、主に20~30代の起業家の中には、『自己資金フェーズ』→『VCから資金調達前のフェーズ』→『VCからの調達後、更に調達額を増やしていくフェーズ』と、起業家及び企業が置かれたそれぞれのステージにおいて、経営者としてのキャリア、事業の成長性、属している業界の市場規模の天井、などの要素を勘案し、「IPOかM&Aか?」各ステージで立ち止まって考える起業家の数が増えてきました。

特に上場の主目的は「資金調達」です。上場して調達した資金を何に投じていくのか、自分達で調達した資金を営業と採用に単体で投資していくよりも、既にそのアセットを持っている上場企業グループに入ったほうが、自分達のサービスを早く、広く拡散できるのではないか?と考え、個人のキャリアと同様に、起業家側もIPO以外のキャリアメニュー、価値観が多様化したことでそれぞれの目的に応じてどちらにでも舵を切れる状態を維持して、経営する起業家の方が今後も増えることが予想されます。

例えば、当社で支援させていただき、2022年9月にUSEN-NEXT GROUPに参画(株式会社USEN-NEXT HOLDINGS100%子会社)した、フードデリバリーブランドのフランチャイズ事業を展開する株式会社バーチャルレストラン(現: WannaEat株式会社)は、2021年11月時点、顧客である飲食店などの拠点数は250件でしたが、M&AによってUSEN-NEXT GROUPにジョインした後、2023年8月には拠点数が1000件を突破するなどM&Aによる上場企業グループ入りで、大きな成長を果たしています。
*詳細な解説記事はこちら:「[スタートアップのM&A事例]バーチャルレストランはなぜ譲渡を決断したのか?

上場前のスタートアップ企業による買収も今後増えてくることが予測されます。
その背景にあるのが上記で触れた国内スタートアップ市場への資金流入の増加です。

上場前でも30億、50億、100億円の資金を調達して既存事業を磨き上げるだけではなく、それらの資金をM&Aに投じて、事業セグメントを増やしていこうという企業もでてきています。
メルカリ以降、1プロダクトで上場後、そこから時価総額を上げていくというハードルがより高まっていることも一つの要因として考えられます。

であれば、上場前でもM&A資金を確保できる状況であれば、上場前のM&Aの活用により1事業セグメントから、2~4事業セグメントにまで事業を拡大し、ある程度規模を大きくしたうえで上場をしたほうが、時価総額が上がりやすく、結果的により大きな資金調達が可能になります。

それらを可能にしているのは、VC側が、スタートアップが調達した資金をM&Aに振り向けることに前向きになってきたこと、上場前のスタートアップにも投資銀行出身でM&Aリテラシーが高いメンバーがジョインしていることが挙げられます。
2014年前後では、マネーフォワード取締役の金坂直哉氏や、HEROZ元取締役の浅原大輔氏(現在は退任)などの投資銀行出身者は業界では珍しい方でしたが、それ以降、投資銀行出身の方が上場前のスタートアップに、CFOないしM&A検討チームのヘッドとしてアサインされている事例が多くなっています。

リクルートが採用を企業成長の源泉と捉え、社内の優秀なメンバーを人事にアサインしているように、『究極の人材採用』であるM&Aを成長の源泉と捉えた場合に、多少コストを支払ってでもM&Aを担当するチームに優秀なメンバーを据えるということが、今後、企業にとっての成長のキーファクターになることが考えられます。

例えば、2014年に上場したSHIFTは上場時の時価総額(公開株価)は34億円でしたが、上場後に成長戦略として30件以上のM&Aで企業買収を進め、2023年年末時点では約6400億円の時価総額にまで成長しています。
2023年8月期においては年間9件のM&Aを実施したSHIFTですが、それを可能にしているのが優秀なM&Aチームの存在です。

直近のIRでも開示されていますが、会計士、弁護士、ハーバード、MIT、スタンフォード大学などのビジネススクール出身者などで構成されるM&A専属チームは10名を誇ります。
加えてM&A実行後の統合作業(PMI)を行うPMIチームは15名と、M&A関連チームだけで25名の組織規模はただただ驚くばかりです。

同社で実施された直近の全社アワードでも、6000名に迫るSHIFT従業員の中から同チームが社長賞を受賞している点などを見ると、成長企業におけるM&Aチームの整備とラーニングは、通常の事業活動と比較しても動く金額が大きく、その分会社へ与えるインパクトの観点からも経営者が最優先で取り組むべき事柄といえます。
(*組織人数などは、SHIFT2023年8月期決算説明資料を参考)

さいごに

2022年8月に90歳でこの世を去った京セラの創業者稲盛和夫氏。
生前の記事で、こう述べています。「世界中から強い企業が次々に現れるなかで、狭い市場に多くの日本企業が群雄割拠していたのでは競争に勝てない。大同団結して世界に通用する力をつけるべきで、場合によっては小異を捨てて大同につく合併のような動きがもっと進んでもいい。経営者は『一国一城のあるじ』に満足するのはなく、勇気を持って業界の再編などに取り組んでほしい」、昭和、平成、を駆け抜けた偉大な実業家が残したメッセージから思うのは、令和を牽引する企業は、M&Aを上手く活用できた企業なのではないでしょうか。

2023年もありがとうございました。皆さま良いお年をお迎えください

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著者

竹葉 聖

竹葉たけば きよし

日本M&Aセンター 業種特化3部 部長/IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO 審査員

公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツを経て、2016年に日本M&Aセンターに入社。IT業界専門のM&Aチームの立上げメンバーとして7年間で1000社以上のIT企業の経営者と接触し、IT業界のM&A業務に注力している。18年には京セラコミュニケーションシステム(株)とAIベンチャーの(株)RistのM&A、21年には(株)SHIFTと(株)VISH、22年には(株)USEN-NEXTHOLDINGSと(株)バーチャルレストラン等を手掛ける。IVS2022 LAUNCHPAD NAHA及びIVS2023 LAUNCHPAD KYOTO審査員

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