業界の発展に貢献するM&A研究・産学官連携推進とは

広報室だより
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産学官連携によりM&A仲介業界の発展に貢献するため、日本M&Aセンターホールディングスに「M&A研究・産学官連携推進室」が発足します。業界の課題解決に向けての取り組み状況や発足の経緯、今後の展望などを、M&A研究・産学官連携推進室長/法務部長 横井伸さんと、経営企画部 横山逸郎さんに聞きました。


横山逸郎さん(写真左)・横井伸さん(写真右)

M&A仲介業界は新たな時代へ突入

ーM&A研究・産学官連携推進室が発足することになった背景、理由を教えてください。

横井さん:2023年12月14日、業界自主規制団体「M&A仲介協会」理事会において、業界初の倫理規程と業界自主規制ルール3規程(コンプライアンス規程、広告・営業規程、契約重要事項説明規程)が採択されました。このルールは、業界の質とモラルを抜本的に向上させるために業界主導で検討してきたもので、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」の趣旨を業界として自主的に更に前に進めるものです。この日以降、M&A仲介業界は新たな時代に突入しました。

これまで、行政がM&A支援機関登録制度を運用し、「中小M&Aガイドライン」などの事実上の業界ルールを策定していました。しかし本来業界は行政任せにするのではなく、業界の質の向上という共通目標を持ち、様々な問題解決に同じ方向を向いて我々が主体的に取り組む必要があると考えています。中小企業庁が運用するのは「ガイドライン」、我々業界団体が運営するのは「自主規制ルール」。これは単なるツールの違いに過ぎず、目指すゴールは一緒なのです。

こうした取り組みを根本的に下支えするのが、アカデミアによるM&A研究です。従来、中小M&Aの分野は学問的研究がほとんど行われておらず、この領域における取り組みはほとんどありませんでした。しかしながら、金融業界や製薬業界など様々な業界において、「問題の発見」→「学問的研究」→「研究成果の発表」→「民間での実践」→「更なる問題の発見」という形で、民間とアカデミアはサーキュレーションを描きながら業界のレベルアップがなされています。我々の業界も、そのサーキュレーションをつくりだすため、「学」を産と官の中心に据え、学問的な研究を推進するための体制を整える必要がありました。

新たな時代を迎えたM&A仲介業界においては、産学官の三位一体の連携による業界の主体的な取り組みが不可欠となります。日本M&Aセンターグループは、M&A仲介業界の新時代にいち早く対応すべく、このたび「M&A研究・産学官連携推進室」を社長直属機関として設置しました。

自主規制ルールの運用が今後の鍵

ーM&A仲介協会の自主規制ルール策定にあたって、横井さんは中心メンバーとなって取り組んでこられたとのことですが、経緯と今後の期待を教えてください。

横井さん:日本M&Aセンターは、M&A仲介協会の幹事会社のうちの1社です。自主規制ルールの検討は、2023年の夏前くらいから倫理規程の話が持ち上がり、その後、本格的な3規程の整備へと発展していきました。日本M&Aセンターは、法務やコンプライアンスなどの専門的知見のある人材が多いこともあって、スピーディに進めるため、自主規制ルールの取りまとめを行うことになりました。

実際に引き受けてみると、この仕事は大変な作業で、間違いなく人生で最も難易度の高い仕事の1つでした。M&A仲介協会に加入している各社だけでも、立場も考え方も異なります。さらに実効性のあるルールにするため、協会の中だけではなく、行政やこの業界に知見を持たれている先生方など、非常に多くのステークホルダーとの意見交換を重ねました。ここまで多くの方々に関与していただけたのは極めてありがたいことなのですが、一方で調整も無限に続き、何度か無理かもしれないと感じる瞬間もありました。大きな論点で各社間の意見の調整を行い前進していると思っても、別のステークホルダーの承諾が得られないことが数えきれないほどありましたし、多様な意見に触れるうちに、私自身の考えが変わったりすることもありました。完成した自主規制ルールは膨大な量ですが、一つ一つの条文に大変な思い出があり、無駄な表現は一つもありません。最終的には本当にギリギリの状況で決着がつきました。

ちなみに、日本M&Aセンターの中では本件に対するスタンスは一貫していました。自主規制ルール策定の必要性をしっかりと理解し、全面的に支持してくれた三宅社長や竹内取締役のバックアップがあったからこそ、なんとか乗り切ることができたと思います。社内で多くの仲間が協力してくれたことにも感謝しています。

今後は、業界各社が手を取り合って策定した自主規制ルールを、実効的に運用していくことが求められます。このルールをしっかりと守っていけば、業界は良い方向に変わっていくはずです。まだまだ課題も多いですが、私は非常に期待しています。


M&A研究・産学官連携推進室長/法務部長 横井伸さん

仲介だからこそ可能な国家課題の解決

―2023年9月には、中小企業庁の中小M&Aガイドラインが改訂されました。いま業界に求められていることは何でしょうか。

横山さん:大きく2つだと捉えています。
まず1つ目は、「ガイドラインの遵守を通じた業界全体での顧客利益保護の徹底」です。
今般の改訂で追記・盛り込まれた各論点は、支援機関の契約・手数料体系の煩雑性や、支援の質のばらつきにより生じる顧客の不安といった主要課題に対して、極めて有用であると感じています。こうした新たに浮上してきた課題に対して、私たちは「国家課題の解決」という責任を背負った新業界に所属しているため、可能な限り真摯に対応することで、顧客利益の最大化を常に求めることは必然だと考えていますし、それを可能とする仕組みづくり(=実効性の高いルール管理の枠組み)も必要です。

また2つ目には、「業界各社 が協力し合い、行政やアカデミアと一体となって、さらに業界を洗練させていく」ことも極めて重要であると考えています。
改訂後の中小M&Aガイドラインに追記されている事項は、「現時点での課題に対応するための最低限守るべき外枠」だと捉えています。日本M&Aセンターが創り出し、各社の尽力によりスケールしたこの新業界は、今後さらなる発展・成熟を経るにつれて、より多くの課題・解決策が浮き彫りになることが予想されます。こうした課題から目をそらさず、可視化や議論に資するため、公的機関や学術機関と連携することでM&A仲介機能の実効性を引き上げるとともに、より素晴らしいサービス・業界にしていくのだという「開拓精神」が、業界全体ひいては社員一人一人にこそ必要だと考えています。

余談にはなりますが、私はかつてどちらかというと規制を通じてこの新業界を統制していくべきである、と考えていました。具体的には、顧客保護を最上位概念に置き、M&A仲介業界に一定のモラルが醸成されなければ、立法を通じた新法に沿った政策実行にて縛ることで、その後法律に適応した市場とプレーヤーが勃興するだろうという趣旨の意見です。

このため、2022年の転職時には勤めていた日本銀行から経済産業省へ転じ、国家・行政による規制強化を通じて顧客保護に貢献しようかと本気で悩んだほどです。ただし、中小M&A分野について研究しているうちに、仲介機能の効率性や民間の力無くして「人口減少・高齢化・後継者不足」という根源的なイシューを解決することは極めて難しいと確信しました。結果として、民間最大手のM&A仲介会社である日本M&Aセンターに入社して、レバレッジに寄与することを決断した経緯があります。
その後、業界を揺るがす不祥事や自主規制団体の創設、学術機関との連携といったマクロイベントを通じて、M&A業界は「単なる高年収上位を独占する業界」などではなく、「国家課題を解決するという極めて高い社会的使命を背負った業界」であるという確信を深めています。


経営企画部 横山逸郎さん

横井さん:私が2010年に入社した当時は、M&A仲介の上場企業は日本M&Aセンター一社のみで、正直言って、”隙間産業”のようなものでした。風向きが変わったのは2013年です。この年から、M&Aキャピタルパートナーズ様をはじめとして、ストライク様、名南M&A様、オンデック様、M&A総合研究所様(現M&A総研ホールディングス様)などが相次いで上場され、立派な業界になりました。これ自体は業界が拡大・発展しているということで、素晴らしいことだと感じます。ところが、そうなってくると、今度は社会全体から公正取引ルールが求められるようになります。これは、我々業界が主導して自らやらなければなりません。なぜなら、行政とは違い、我々は業界の実態を熟知しているからです。実効的できめ細かなルールの策定は、我々業界団体にしかできません。不明朗で分かり難い料金体系を明確に公表した上で、具体的な例を挙げて丁寧に説明し、顧客に完全な理解を得ていただく必要があります。

また、仲介業特有の利益相反問題に自ら対処し、過度な広告や営業活動に対して、ルール化する必要があります。今後、M&A仲介協会に加入しているということは、そのようなルールを守っている企業であることの証明になりますので、売り手となる中小企業はもちろん、上場企業が多い買い手のM&A担当者なども、仲介会社を選ぶ際のひとつの基準になっていくでしょう。万が一、M&Aがうまく行かなかった場合、仲介業者をどのような基準で選定したのかが株主・ステークホルダーなどから問われる時代になってくると思われます。

「学」は「産」・「官」の中心に位置する扇の要

―アカデミアとの連携について、今後の方向性を教えてください。

横井さん:日本M&Aセンターホールディングスと神戸大学大学院経営学研究科との産学連携による共同研究は、2023年6月ごろから本格化しました。神戸大学大学院経営学研究科内に設置された中小M&A研究教育センター(MAREC)には、三宅社長と私が客員教授として参加しているほか、シンガポール現地法人の西井代表が客員准教授、広報・PR部の熊谷部長が事務局として、神戸大学所属のレベルの高い本職の研究者の方々と緊密な連携を保って共同研究を進めています。ほかにも多数の社員がかかわっていて、ここにいる横山さんもそうですし、税務や企業評価、PMI等各領域の専門家が、共同研究に対しM&A実務をふまえたアドバイスをしてくれています。また、自ら研究に取り組む人も出てきていて、私も一橋大学で中小企業M&A法務の研究を行い博士号を取得したのですが、西井代表もシンガポール経営大学の博士課程で研究を行っていますし、ほかにも博士課程を目指している社員が数名います。

MARECでは、成果の一つとして「中小M&A白書」の発行を目指しており、2024年夏頃に初年度版を世に出す予定です。この「中小M&A白書」には、日本M&Aセンターの保有する成約データを元に研究成果を掲載するほか、将来的に設立を目指す「中小M&A学会」の機関誌に発展させるべく、専門的な論文掲載なども検討しています。

そして2024年度は、本格的な「中小M&A学会」の設立に向けて検討を開始します。これはもちろんMARECが中心になりますが、日本M&Aセンターグループが寄附講座やその他で提携していている多くの大学との関係を活かし、全国的な組織に成長させたいと考えています。

将来的には、先ほど述べたように、アカデミアの中小M&A研究によってM&A仲介業界の社会的地位を抜本的に向上させることを目指しています。また、多くの研究者が参加する「中小M&A学会」には、政策提言の機能を持たせたいと思っています。アカデミアの側から、学問的な裏付けをもった政策提言がなされることで、将来の行政政策に適切に反映されることが期待されます。「学」は「産」・「官」の中心に位置する扇の要なのです。

横山さん:「研究内容の広がり」という観点において、「短期」と「中長期」という2つの時間軸からお話させていただきます。
短期的視点では、足もとの研究環境を見渡せば、先行研究がほとんど存在しない完全なブルーオーシャンです。つまり、M&A仲介という新分野は文字通り「論点の宝庫」です。例えば、M&A仲介効率の一層の向上や、成長戦略型M&Aのアウトカム定量化、米国との比較におけるコングロマリット化効果の差異分析等、業界や顧客利益に直結するであろう領域は、まさに枚挙にいとまがない状況です。
これらの分野は、一歩一歩新たな発見を見出していく必要があり、MARECの尽力による中小M&A白書や学会の創設、学会誌の醸成に沿って、いずれは一定の成果を見込めると確信しています。最終的にこうした動きは、社会的に有益な政策提言まで繋げることを展望しており、いったんの目的と位置付けて推進しています。

一方で、中長期的視野に立てば、今後我々の想像を超える領域にまで健全に発展して欲しいという願いがあります。課題・研究・実践・新課題の発見という好循環において、イノベーションを生み出すために大切な点は、可能な限り多様な切り口で論ずるという点です。このため、アカデミアのみ切り出してみても現時点では、経営学・法学への向きが強いかと思いますが、今後は統計学・会計学・数学から社会学、またはAI活用といったコンピュータサイエンス分野といったより広範な領域もその対象となることを期待しています。

私は2023年9月に日本M&Aセンターの三宅社長とともにシリコンバレー・サンフランシスコへ出張し、チャットGPTの生みの親であるOpen AIのサム・アルトマンのセッションや、AI活用の世界的先駆企業であるSalesforce社のシニアヴァイスプレジデント・マリーアン氏との直接議論に参加してきました。そこで感じたのは、M&Aコンサルタントという専門業務は、完全にAI代替は出来ないまでも着実に生産性向上に向けた技術が日進月歩で発展しているというファクトです。また、金融行政に身を置いた13年間において、金融実務の生産性がFinTechにより飛躍的に進歩していく様を目の当たりにしてきました。こうした経験から、M&A分野においても一定のイノベーションが起こると考えていますが、その舞台は日本M&Aセンターであり、M&A仲介協会・学会であるべきだと考えています。

自主規制ルール遵守=信頼性の高い仲介会社

―M&A仲介業界をより一層発展させていくために今後必要なことは何でしょうか。

横山さん:私は「国・行政からの更なる支援・協力」が最も重要であると考えています。
現在の市場環境を見ると、圧倒的にM&Aサービスの供給が不足していることから、補助金強化や税制緩和といったトラディショナルな後押しはもちろん、より広範な企画・支援・協力も必要です。

具体的には、地方での事業承継・引継ぎ支援センターの実効性を向上させるため、民間との役割分担の明確化も検討すべきと考えます。これは、ファイナンス分野でのカバレッジにおける、市中銀行と公的金融機関の領域区分のようなイメージです。また、アメリカでは自主規制団体のIBBA(International Business Brokers Association)による業界資格CBI(The Certified Business Intermediary)が機能しているように、日本においてもM&Aシニアエキスパート資格(M&A仲介協会監修、一般社団法人金融財政事情研究会運営)の強化や啓発が求められています。この点については、国家資格化により顧客目線での信頼性を高め、実効性を向上させることも検討すべきだと考えてきました。これらを実現するには民間とのノウハウ・現場感の共有が必須ですので、官民間での人材交流も必要です。

M&A仲介というビジネスモデルは、ともすると利益相反のリスクを指摘されることが少なくないことは事実です。一方で、①適切なマッチング、②取引価格の上昇、③効率性・敏捷性、といった圧倒的なメリットを有していることは不動産仲介における取引形態の実証研究や、横井さんの先行研究にて既に示されています。

世界に先駆けて、人口減少・少子高齢化・後継者不足社会に突入した日本経済にとって、そして今後同様の環境を確実に迎える世界経済において、このメリットの活用が必要不可欠であるため、「国家利益・顧客利益・業界利益のバランス」を共通ゴールとして、産・学・官の連携強化を通じた企業救済と経済全体に係る生産性向上を必ず実現させたいと考えています。

横井さん:何はともあれ、M&A仲介協会の会員を一社でも多く増やしていくことが必要です。現在、M&A仲介協会の会員数は20社で、これは約400あると推定されるブティックの5%に過ぎません。せっかく、しっかりとしたレベルの自主規制ルールを策定・運用していたとしても、わずか5%の会員が守っているだけでは業界の質・モラルの向上は実現しません。2024年1月の入会説明会にはすでに300社を超えるお申込みをいただいていますが、継続的に拡大・発展を続け、最終的には全体の7割はカバーして行きたいと思っています。

そのためには、今回の自主規制ルール策定の背景事情(自主規制機関の役割)や「M&A仲介協会加入企業=自主規制ルールを遵守している企業」であること対外発信し、信頼性を高めなければならないですし、会員にとってのベネフィットの整備も必要です。例えば、教育ベネフィットとして、M&A仲介協会が監修している「M&Aシニアエキスパート」の内容を刷新しさらに発展させる必要がありますし、自主規制機関特有の認証制度や、会員間の情報共有の仕組みなども検討していきたいと思っています。

プロフィール

横井 伸 
M&A研究・産学官連携推進室長/法務部長/弁護士
神戸大学大学院経営学研究科 客員教授/博士(経営法)Ph.D.
東京大学経済学部卒業。2006年に司法試験合格、2007年弁護士登録。2010年日本M&Aセンターに入社。2023年に一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻博士課程修了。著書に「M&Aの視点からみた中小企業の株式・株主管理」(中央経済社,2023)、「買い手の視点からみた中小企業M&AマニュアルQ&A」(中央経済社,2019)などがある。

横山 逸郎
経営企画部 経営企画課チーフ
2009年日本銀行に入行後、調査統計局等にて物価統計作成やマクロ経済・景気動向分析におけるリサーチャー・エコノミスト、金融機構局にてファイナンスリスクコンサルティング業務(日銀考査員)に従事。2022年日本M&Aセンターに入社。

著者

M&A マガジン編集部

M&A マガジン編集部

日本M&Aセンター

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