M&Aにおける表明保証とは?押さえておきたいポイントを解説
表明保証という言葉は、法律を勉強されたことがある人でも、聞きなれない言葉ではないでしょうか。表明保証は英米法において発展した概念であり、日本の法律には規定されていないことがその一因とも言えます。本記事は、M&Aにおける表明保証について概要をご紹介します。
表明保証とは
一般的に表明保証とは、「当事者の一方が、相手方に対して、契約締結日や譲渡日において、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証すること」を指します。
詳細は後述しますが、M&Aの契約における表明保証は「対象企業は、最終契約書の締結日や譲渡日の時点では、このような状態であることに間違いありません。」などの内容を、譲渡側(売り手)である株主が譲り受け側(買い手)に約束することが中心となります。
例えば、契約締結日や譲渡日において
- 「私は、対象企業の株式を適法に保有している株主です」
- 「対象企業には、従業員に対する未払いの賃金は存在しません」
- 「対象企業の計算書類は、適正に作成されています」
以上のような内容を譲渡側(売り手)である株主が譲り受け側(買い手)に対して、表明し保証すること(つまり約束すること)を、表明保証といいます。
この表明保証の内容は、損害賠償請求できる範囲にも繋がるため、M&Aの最終契約書の中で重要な条項になります。
この記事のポイント
- 表明保証とは、損害賠償請求の根拠となる重要な条項である。
- 表明保証は法的に必須ではないが、記載がないと譲り受け側(買い手)は問題発覚時に責任追及が難しくなるため、通常は網羅的に行われる。
- 表明保証保険は、表明保証違反による損害をカバーする保険である。
⽬次
表明保証の重要性
ここでは株式譲渡を用いたM&Aを例に説明したいと思います。
株式譲渡契約は『株式』の売買契約ですので、売買対象物や取引価格、当事者を特定するだけでも、契約として成立します。つまり、 表明保証は「必須」ではなく、「特約」としての位置づけ となります。
しかし、この表明保証が契約書に記載されていないと、株式譲渡により譲り受けた対象企業に、何らかの問題が発覚した(例えば、従業員に対する未払いの賃金が存在した、事業に必要な資産を保有していなかった)場合に、譲り受け側(買い手)は譲渡側(売り手)に対し、損害賠償の請求をすることが難しくなります。
なぜかというと、表明保証の内容を記載していない場合、譲渡側(売り手)としては、譲り受け側(買い手)に株式を譲渡すれば、契約書上の義務を履行したことになるからです
(あくまで売買契約ですので、株式を合意した金額にて譲渡することにより、有効に売買は実行されます)。つまり、 契約で約束していないことについて、責任追及はできない ということです。
譲り受け側(買い手)は、株式をただ譲り受ければいいのではなく、それを通して対象企業を承継するのが目的です。
対象企業全体の価値として株価を決めているため、その株価の前提となっている事実(例えば、対象企業の計算書類が正しいこと、事業に必要となる資産を保有していること等)については、譲渡側(売り手)に保証してもらう必要があります。
また、デューデリジェンス(買収監査)を実施したからといって、対象企業の問題点をすべて把握できるというわけではありません。
そのため、一般的には次に挙げる事項について、譲渡側(売り手)に網羅的な表明保証をしてもらうことによって、何らかの問題が発覚した場合には、譲渡側(売り手)に対して責任追及できるようにしておきます。
この表明保証を譲渡側(売り手)が負うことにより、「譲渡日時点で正しいとされていた事柄が実は間違っていた」ということが、M&A実行後に発覚した(例えば、計算書類に記載されている資産が無かった、従業員から未払い賃金の支払いの請求がされた)場合には、 譲受側(買い手)は譲渡側(売り手)に賠償請求していくことができます。
但し、これは、あくまで、 譲渡日までに対象企業に生じていた表明保証違反の事実 に限られます。また、譲渡側(売り手)よりも項目は少ないながら、譲り受け側(買い手)にも表明保証を負ってもらいます。
表明保証の内容
M&Aの契約において、いったいどのような事項について表明保証を行うのか見ていきましょう。
譲渡側(売り手)の場合には、譲渡側(売り手)である株主自身のことのほか、対象企業に関しても表明保証を行うことになるので、項目が多く設けられています。
譲渡オーナー(売り手側株主)・対象企業に関する表明保証の一例
項目 | 内容の具体例 |
---|---|
権限および授権 | 最終契約の締結や履行に必要な権限や能力を有し、必要な手続きを経ていること |
反社会的勢力からの断絶 | いわゆる反社会的勢力とは無関係であること |
許認可等の取得 | 本契約の締結や履行に必要とされる許認可等があれば、その取得等が適切に行われていること |
法令等との抵触の不存在 | 株主による本契約の締結や履行は法令等に違反するものではないこと |
対象株式の存在 | 対象会社の株式数は正確であり、それ以外に新株予約権などの潜在株式を発行している事実はないこと |
対象株式の所有 | 株主は、対象会社の株式を完全に保有しており、株式には担保権その他の権利が付着していないこと |
株主名簿の記載の真正 | 株主名簿の記載内容が真実であること |
存続及び権能 | 対象会社が適法かつ有効に設立され、存続していること |
計算書類等 | 対象会社の計算書類等の正確性や適正性 |
資産等 | 対象会社の資産保有の十分性や適法性など |
債務及び負債 | 対象会社に簿外負債や偶発債務が存在しないこと |
税務申告等の適正 | 対象会社の税務申告の適正性や追加の課税処分を受けるおそれが存在しないこと |
債務不履行の不存在 | 対象会社における債務不履行の不存在 |
要承諾取得契約の不存在 | 対象会社は取引先やテナント等と、株主の変更が解除理由になるような契約を結んでいないこと |
知的財産の所有 | 対象会社が所有する知的財産権の有効性 |
職務発明の帰属及び対価 | 対象会社が所有する知的財産権の有効性 |
その他知的財産権の非侵害 | 対象会社が他者の知的財産権を侵害していないこと |
労働関係 | 対象会社と従業員との労働関係の適正性や適法性 |
環境関係 | 対象会社の環境問題(土壌汚染・産廃など)の不存在 |
紛争の不存在 | 対象会社を当事者とする紛争は存在していないこと |
法令順守、許認可 | 対象会社が法令順守していること |
保険契約 | 対象会社が適切な保険を付しており、保険金請求もなされたことが無いこと |
変更の不存在 | 譲渡側(売り手)が対象会社に対して、一定時点(基本合意の締結日等)以降、重大な変更を加えていないこと |
開示情報 | 譲渡側(売り手)や対象会社が買い手に対して開示した情報の正確性や網羅性 |
譲り受け側(買い手)関する表明保証の一例
項目 | 内容の具体例 |
---|---|
存続及び権能 | 譲り受け側(買い手)が適法かつ有効に設立され、存続していること |
権限及び授権 | 最終契約の締結や履行に必要な権限や能力を有し、必要な手続きを経ていること |
反社会的勢力からの断絶 | いわゆる反社会的勢力とは無関係であること |
許認可等の取得 | 本契約の締結に必要とされる許認可等があれば、その取得が適切に行われていること |
法令等との抵触の不存在 | 譲り受け側(買い手)による本契約の締結や履行は法令等に違反するものではないこと |
※上記はあくまで一般的な契約内容の簡易な解説にすぎないので、網羅性・正確性を保証するものではありません。
通常、譲渡側(売り手)である株主、譲り受け側(買い手)ともに、それぞれ表明保証を行い、譲渡日の時点で、この契約に定めた表明保証の内容が正しくあることが、後述するクロージング条件になります。
表明保証できない事項について
上記に掲げた事項について、すべて問題がないということが理想ですが、実際そのような会社は、なかなかありません。
最終契約書のドラフトでは、完全無欠な会社であるという前提になっていますが、実際は、何か問題がある部分について調整し、契約書の修正を図っていく流れになります。ここが、M&A実務における山場の1つともいえるでしょう。
契約締結前に判明している問題点でも、解決が簡単で軽微なものであれば、譲渡日までの義務(誓約事項)にするケースが多くあります。
一方、問題の解決が簡単ではない場合、表明保証の範囲を「約束できる範囲」に限定し、その分、株価を下げる調整を行うのがオーソドックスな形です。
M&A実行後にトラブルが生じる懸念が払しょくされるので、スムーズな解決方法といえます。
契約を締結する時点で問題を認識しているものの、金額として見積もることが困難な場合には「約束できる範囲」を限定しつつ、契約締結時では株価を下げる調整は行いません。
後日、問題解決にかかった費用は、譲渡側(売り手)が負担するという取り決め(「特別補償」と呼びます。)を行うこともあります。
表明保証保険とは
表明保証保険は、M&A契約の表明保証違反に基づき、当事者が被る損害をカバーする保険です。
2021年10月、日本M&Aセンターは東京海上日動火災保険(以下、東京海上日動)と業務提携を結び、当社が仲介するM&Aにおいて、譲渡側(売り手)の表明保証違反があった場合に、譲り受け企業の損害を補償する表明保証保険の提供を開始いたしました。
保険料は日本M&Aセンターが支払うため、譲渡企業も譲受け企業も費用をご負担いただくことはなく、保険金の請求可能期間は、M&A実行日から1年間(税務のみ2年間)です。
ただし、本表明保証保険への加入は、一定の条件を満たす必要があります。
※本記事は、M&Aにおける表明保証および日本M&Aセンターが提供する表明保証保険サービスについてご紹介したものであり、保険募集を目的としたものではありません。