海外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡したら…日本で課税される? ~海外移住の意外な落とし穴 事業譲渡類似株式~
⽬次
- 1. 海外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡したら?(租税条約と課税権)
- 2. 事例:事業譲渡類似株式と租税条約
- 2-1. 1)国内の法律の取扱い
- 2-2. 2)租税条約の確認
- 2-3. 例A:香港在住の株主
- 2-4. 例B:シンガポール在住の株主
- 3. 事例:シンガポール在住の個人が日本の会社の株式を譲渡するケース
- 3-1. 株式譲渡に係る課税関係
- 4. 最後に
- 5. 『海外・クロスボーダーM&A DATA BOOK 2023-2024』を無料でご覧いただけます
- 5-1. プロフィール
先月(2024年1月)、視察でアメリカのダラスとヒューストンに行ってきました。
両都市で現地の同業M&Aブティックや大手企業の研修を受講する機会があり、多くの刺激を得ることができました。
テキサス州は「外国企業が投資しやすい米国の都市ランキング(2023年11月7日 日本経済新聞・Financial Times)」で、ヒューストン1位・ダラス5位など複数の都市が上位に食い込んでいる注目のエリアです。
近年ではアメリカのスタートアップフレンドリーなエリアとして注目されていますが、従来より大手企業から中小企業までバランスよく集積する商都として有名です。
日系企業では、少し前にトヨタの北米本社がダラスに移転しています。
いずれも初めて訪問する都市でしたが、上記ランキングの評価指標である物価や税金、交通機関アクセス、人種の多様性など、短い滞在の中でそのエッセンスを感じることができました(円の弱さ故、物価だけは大きなメリットを実感できませんでしたが)。
その中でもやはり、税制については特筆すべきものがあります。
ご存じの通りアメリカでは各州の政府が法律を独自に制定・運用しており、テキサス州においては州税としての所得税がかかりません。すなわち、個人の所得に対しては連邦個人所得税(国税)のみの課税ということになります。
テキサス州では企業の州税である法人所得税もかからないため、これが多くの企業の進出を後押ししているとのことです。
石油など豊富な資源による歳入をテコに、税優遇により企業等の投資を誘致し人材の移転を促し、これら施策によるエリアの活性化でポジティブなサイクルが生じていることが感じられました。
(余談ですが、テキサス州はロシア、カナダ、イタリアより大きな経済規模とのこと。
また、著名経営者イーロン・マスク氏が自身の拠点だけでなく経営する企業の拠点や本社をテキサス州に集約しており注目されています)
翻って日本の状況を見てみると、近年、ライフスタイルの変化や税金・社会保障など国内の構造改革が進まないことに対する不安などを理由として、日本国外に移住する方の増加が続いています。
2024年1月17日の日本経済新聞の記事によると、日本人の海外永住者数は2023年時点で前年比3%増の57万4727人で、ここ20年ほど増え続けておりコロナ禍を経ても右肩上がりとのことです。
当社にご相談いただくお話の中でも、オーナーや親族株主が日本国外に在住しているケースが一定数生じている状況です。
そこで、今回は「日本で起業したオーナーが海外に移住した後で、保有している日本の会社の株式を譲渡したらどのような税金がかかるのか」論点整理してみました。
海外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡したら?(租税条約と課税権)
国外在住の株主が保有している日本の会社(非上場)の株式を譲渡すると、税金がどのようにかかるのかというご質問を受けることがあります。
シンプルに考えると、自分が生活している国(この場合では国外)で税金がかかる、というのが一般的に想像できる課税イメージだと思います。
しかしながら、税金のかけ方についての考え方は国ごとに様々です。
例えば国外の財産を譲渡してもうけを得た場合に、自分が生活している国と、もうけを得る源泉となった財産が所在する国の両方で税金がかかって、いわゆる二重課税の状態が生じることがあります。
このような状況を鑑み、国をまたぐような取引について、それぞれどの国がどのように税金をかけるのか調整する取り決め=「租税条約」を当事者となる国の間で締結していることが多数見られます。
租税条約が締結されている場合、一定のもうけを得た際に自分が住んでいる国だけでなく、そのもうけの源泉となった財産が所在している国と双方での税金のかかり方が定められています(課税権の配分)。
一般的に、国内の税金に係る法律があったとしても租税条約の規定が優先して効力を生じる、という構造になっているものが多く見られます。
事例:事業譲渡類似株式と租税条約
前述の通り、国をまたぐ取引については、国内の法律の取扱いと租税条約の有無(租税条約が締結されている場合はその内容)の確認が必要です。
国外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡した場合の税金がどのようにかかるのか、下記の流れで確認を取っていきます。
1)国内の法律の取扱い
日本の税金に関する法律を見ると、所得税法に「事業譲渡類似株式」という規定があります。
所得税法では、非居住者(業務都合など海外において1年以上居住することを必要とする場合等、日本滞在期間が1年に満たない個人)に国内源泉所得(日本国内で生じた所得)がある場合には課税する、という決まりがあり、事業譲渡類似株式はその中の規定のひとつです。
非居住者がその譲渡年以前3年のいずれかの時点において日本の会社の発行済株式の25%以上を保有していて、かつ、発行済株式の5%以上の株式を譲渡する場合に、事業譲渡類似株式として日本で税金がかかる、ということになります。
(なお、事業譲渡類似株式の取り扱いに該当しない場合においても、非居住者が保有する日本の会社の株式に関して、会社の総資産に占める日本の不動産の割合が50%以上である場合には、日本で税金がかかる場合がありますのでご留意ください)
2)租税条約の確認
例A:香港在住の株主
日本と香港の間で租税条約が締結されています。その中に、譲渡収益についての規定があります。この中で、財産の譲渡については、譲渡をする方が住んでいる国(この例では香港)に課税権があると規定されており、事業譲渡類似株式についても同様と考えられます。
租税条約が国内の法律に優先されるため、このケースの株式譲渡については日本で税金がかからない、ということになります。
例B:シンガポール在住の株主
シンガポールと日本の間でも租税条約が締結されており、ここにも譲渡収益についての規定があります。この中で、事業譲渡類似株式の譲渡については、譲渡をする方が住んでいる国(この例ではシンガポール)の他方の国(この例では日本)にも課税権があると規定されています。
このケースの株式譲渡については、日本の所得税の要件(事業譲渡類似株式)を満たす場合に日本側で税金がかかる、ということになります。
事例:シンガポール在住の個人が日本の会社の株式を譲渡するケース
A氏は、20年前に日本法人B社を設立し起業しました(当時は日本に在住、100%株主)が、10年前にライフスタイルの変化から家族と共に海外移住し、それ以降ずっと継続してシンガポールに住んでいます(日本の課税上のステータスは「非居住者」に該当)。
A氏はB社株式を設立時より継続して保有しており、現在に至るまで株主の異動は生じていません。
A氏は、ご子息の独立を機にB社の第三者承継の検討をはじめ、このたび日本法人C社に自身が保有するB社株式の全株を譲渡することを決めました。
この場合のA氏の課税関係は下記の通りです。
株式譲渡に係る課税関係
非居住者であるA氏が日本法人B社の株式を100%譲渡する場合には、自身が居住しているシンガポールとB社が所在する日本の課税関係を両方確認する必要があります。
下記の通り、A氏がB社株式を100%譲渡する場合、シンガポールでは非課税ですが日本で課税が生じることとなります。
譲渡をした年の翌年1月1日(住民税の賦課期日)に日本に住所が無ければA氏に対して日本の住民税は課されず、所得税(及び復興税)のみ課税されます。
結論として、A氏の株式譲渡益に対して15.315%の固定の税率で分離課税されることとなります。
なお、シンガポール側で課税が無いことから国際間の二重課税は生じておらず、日本側で課された税金について外国税額控除等の適用は受けられません。
- シンガポールでの課税・・・今回の株式譲渡は短期売買目的の譲渡に該当しないため、キャピタルゲイン非課税
- 日本での課税・・・A氏が保有しているB社株式は事業譲渡類似株式に該当するため、日本側で課税が生じる(日本において確定申告が必要)
※日本・シンガポール租税条約で譲渡所得に関する取り決めがあり、日本国内の法人の株式を譲渡する場合には日本側に課税権があるとの定めが置かれている
最後に
今回の滞在で一番印象に残ったのは「街を歩いていてもあまり人がいない」ということでした。
(ダラスは気温が低く、日中でも一ケタ台の気温だったことが影響している可能性がありますが)
流行りのレストランや観光地、NBAの試合会場などはもちろん相応に人の流れと活気があるのですが、日本やASEANの主要都市のような街全体に人がひしめいているような雰囲気が無く、良い意味で適度にゆとりのある空気感でした。
その空気感をひとことで表すなら「余裕」でしょうか。
どこへ行っても適度に自然があり、ゆったりとした街並みは整っていて、住環境は良さそうな印象でした。
一方で、車での移動がメインなのか、縦横に張り巡らされた高速道路網は昼夜問わず多くの車が走っていました。また、街のいたるところで建設工事が進んでいて、投資が活発な雰囲気を感じました。
世界一の経済大国の座に君臨し続けるアメリカですが、がむしゃらに発展を追求するというよりはインフラや税制など国や経済の土台の設計・仕組化をダイナミックに行って投資を呼び込み経済を活性化させている印象で、王道を歩んでいるような成熟した雰囲気を感じました。
日本はアメリカのようなある種の横綱相撲的な戦い方はできないと思いますが、独自の切り口で我々ならではのエッジの利いたアプローチが必要だと感じました。
何がしかのデファクトスタンダードを取れるようなジャンルを改めてセットし、緻密なシナリオと大胆な政策等で戦うべきという思いを強くしました。
引き続き、M&Aをソリューションのツールとして活用いただくお手伝いをすることで企業の成長戦略実現の一翼を担い、その結果として日本及びASEANを中心としたエリアの経済発展に寄与していきたいという気持ちを新たにしました。
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