海外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡したら…日本で課税される? ~海外移住の意外な落とし穴 事業譲渡類似株式~

雙木 達也

プロフィール

雙木達也

日本M&Aセンターコーポレートアドバイザー1部部長/税理士、米国公認会計士、中小企業診断士

海外M&A
更新日:

⽬次

[非表示]
ASEAN進出・拡大を考える経営者・経営企画の方向け・クロスボーダーM&A入門セミナー開催中
## はじめに~アメリカ視察出張~

先月(2024年1月)、視察でアメリカのダラスとヒューストンに行ってきました。

両都市で現地の同業M&Aブティックや大手企業の研修を受講する機会があり、多くの刺激を得ることができました。

テキサス州は「外国企業が投資しやすい米国の都市ランキング(2023年11月7日 日本経済新聞・Financial Times)」で、ヒューストン1位・ダラス5位など複数の都市が上位に食い込んでいる注目のエリアです。

近年ではアメリカのスタートアップフレンドリーなエリアとして注目されていますが、従来より大手企業から中小企業までバランスよく集積する商都として有名です。
日系企業では、少し前にトヨタの北米本社がダラスに移転しています。

いずれも初めて訪問する都市でしたが、上記ランキングの評価指標である物価や税金、交通機関アクセス、人種の多様性など、短い滞在の中でそのエッセンスを感じることができました(円の弱さ故、物価だけは大きなメリットを実感できませんでしたが)。

その中でもやはり、税制については特筆すべきものがあります。

ご存じの通りアメリカでは各州の政府が法律を独自に制定・運用しており、テキサス州においては州税としての所得税がかかりません。すなわち、個人の所得に対しては連邦個人所得税(国税)のみの課税ということになります。

テキサス州では企業の州税である法人所得税もかからないため、これが多くの企業の進出を後押ししているとのことです。
石油など豊富な資源による歳入をテコに、税優遇により企業等の投資を誘致し人材の移転を促し、これら施策によるエリアの活性化でポジティブなサイクルが生じていることが感じられました。

(余談ですが、テキサス州はロシア、カナダ、イタリアより大きな経済規模とのこと。
また、著名経営者イーロン・マスク氏が自身の拠点だけでなく経営する企業の拠点や本社をテキサス州に集約しており注目されています)

翻って日本の状況を見てみると、近年、ライフスタイルの変化や税金・社会保障など国内の構造改革が進まないことに対する不安などを理由として、日本国外に移住する方の増加が続いています。

2024年1月17日の日本経済新聞の記事によると、日本人の海外永住者数は2023年時点で前年比3%増の57万4727人で、ここ20年ほど増え続けておりコロナ禍を経ても右肩上がりとのことです。

当社にご相談いただくお話の中でも、オーナーや親族株主が日本国外に在住しているケースが一定数生じている状況です。

そこで、今回は「日本で起業したオーナーが海外に移住した後で、保有している日本の会社の株式を譲渡したらどのような税金がかかるのか」論点整理してみました。

日本M&Aセンターでは、海外・クロスボーダーM&Aも数多くお手伝いしています。海外進出や事業継承に関するお悩みはいつでもお問い合わせください。

海外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡したら?(租税条約と課税権)

国外在住の株主が保有している日本の会社(非上場)の株式を譲渡すると、税金がどのようにかかるのかというご質問を受けることがあります。

シンプルに考えると、自分が生活している国(この場合では国外)で税金がかかる、というのが一般的に想像できる課税イメージだと思います。

しかしながら、税金のかけ方についての考え方は国ごとに様々です。

例えば国外の財産を譲渡してもうけを得た場合に、自分が生活している国と、もうけを得る源泉となった財産が所在する国の両方で税金がかかって、いわゆる二重課税の状態が生じることがあります。

このような状況を鑑み、国をまたぐような取引について、それぞれどの国がどのように税金をかけるのか調整する取り決め=「租税条約」を当事者となる国の間で締結していることが多数見られます。

租税条約が締結されている場合、一定のもうけを得た際に自分が住んでいる国だけでなく、そのもうけの源泉となった財産が所在している国と双方での税金のかかり方が定められています(課税権の配分)。

一般的に、国内の税金に係る法律があったとしても租税条約の規定が優先して効力を生じる、という構造になっているものが多く見られます。

事例:事業譲渡類似株式と租税条約

前述の通り、国をまたぐ取引については、国内の法律の取扱いと租税条約の有無(租税条約が締結されている場合はその内容)の確認が必要です。

国外在住の株主が日本の会社の株式を譲渡した場合の税金がどのようにかかるのか、下記の流れで確認を取っていきます。

1)国内の法律の取扱い

日本の税金に関する法律を見ると、所得税法に「事業譲渡類似株式」という規定があります。

所得税法では、非居住者(業務都合など海外において1年以上居住することを必要とする場合等、日本滞在期間が1年に満たない個人)に国内源泉所得(日本国内で生じた所得)がある場合には課税する、という決まりがあり、事業譲渡類似株式はその中の規定のひとつです。

非居住者がその譲渡年以前3年のいずれかの時点において日本の会社の発行済株式の25%以上を保有していて、かつ、発行済株式の5%以上の株式を譲渡する場合に、事業譲渡類似株式として日本で税金がかかる、ということになります。

(なお、事業譲渡類似株式の取り扱いに該当しない場合においても、非居住者が保有する日本の会社の株式に関して、会社の総資産に占める日本の不動産の割合が50%以上である場合には、日本で税金がかかる場合がありますのでご留意ください)

2)租税条約の確認

例A:香港在住の株主

日本と香港の間で租税条約が締結されています。その中に、譲渡収益についての規定があります。この中で、財産の譲渡については、譲渡をする方が住んでいる国(この例では香港)に課税権があると規定されており、事業譲渡類似株式についても同様と考えられます。

租税条約が国内の法律に優先されるため、このケースの株式譲渡については日本で税金がかからない、ということになります。

例B:シンガポール在住の株主

シンガポールと日本の間でも租税条約が締結されており、ここにも譲渡収益についての規定があります。この中で、事業譲渡類似株式の譲渡については、譲渡をする方が住んでいる国(この例ではシンガポール)の他方の国(この例では日本)にも課税権があると規定されています。

このケースの株式譲渡については、日本の所得税の要件(事業譲渡類似株式)を満たす場合に日本側で税金がかかる、ということになります。

事例:シンガポール在住の個人が日本の会社の株式を譲渡するケース

A氏は、20年前に日本法人B社を設立し起業しました(当時は日本に在住、100%株主)が、10年前にライフスタイルの変化から家族と共に海外移住し、それ以降ずっと継続してシンガポールに住んでいます(日本の課税上のステータスは「非居住者」に該当)。

A氏はB社株式を設立時より継続して保有しており、現在に至るまで株主の異動は生じていません。

A氏は、ご子息の独立を機にB社の第三者承継の検討をはじめ、このたび日本法人C社に自身が保有するB社株式の全株を譲渡することを決めました。

この場合のA氏の課税関係は下記の通りです。

株式譲渡に係る課税関係

非居住者であるA氏が日本法人B社の株式を100%譲渡する場合には、自身が居住しているシンガポールとB社が所在する日本の課税関係を両方確認する必要があります。

下記の通り、A氏がB社株式を100%譲渡する場合、シンガポールでは非課税ですが日本で課税が生じることとなります。

譲渡をした年の翌年1月1日(住民税の賦課期日)に日本に住所が無ければA氏に対して日本の住民税は課されず、所得税(及び復興税)のみ課税されます。

結論として、A氏の株式譲渡益に対して15.315%の固定の税率で分離課税されることとなります。

なお、シンガポール側で課税が無いことから国際間の二重課税は生じておらず、日本側で課された税金について外国税額控除等の適用は受けられません。

  1. シンガポールでの課税・・・今回の株式譲渡は短期売買目的の譲渡に該当しないため、キャピタルゲイン非課税
  2. 日本での課税・・・A氏が保有しているB社株式は事業譲渡類似株式に該当するため、日本側で課税が生じる(日本において確定申告が必要)
    ※日本・シンガポール租税条約で譲渡所得に関する取り決めがあり、日本国内の法人の株式を譲渡する場合には日本側に課税権があるとの定めが置かれている

最後に

今回の滞在で一番印象に残ったのは「街を歩いていてもあまり人がいない」ということでした。
(ダラスは気温が低く、日中でも一ケタ台の気温だったことが影響している可能性がありますが)

流行りのレストランや観光地、NBAの試合会場などはもちろん相応に人の流れと活気があるのですが、日本やASEANの主要都市のような街全体に人がひしめいているような雰囲気が無く、良い意味で適度にゆとりのある空気感でした。

その空気感をひとことで表すなら「余裕」でしょうか。

どこへ行っても適度に自然があり、ゆったりとした街並みは整っていて、住環境は良さそうな印象でした。
一方で、車での移動がメインなのか、縦横に張り巡らされた高速道路網は昼夜問わず多くの車が走っていました。また、街のいたるところで建設工事が進んでいて、投資が活発な雰囲気を感じました。

世界一の経済大国の座に君臨し続けるアメリカですが、がむしゃらに発展を追求するというよりはインフラや税制など国や経済の土台の設計・仕組化をダイナミックに行って投資を呼び込み経済を活性化させている印象で、王道を歩んでいるような成熟した雰囲気を感じました。

日本はアメリカのようなある種の横綱相撲的な戦い方はできないと思いますが、独自の切り口で我々ならではのエッジの利いたアプローチが必要だと感じました。
何がしかのデファクトスタンダードを取れるようなジャンルを改めてセットし、緻密なシナリオと大胆な政策等で戦うべきという思いを強くしました。

引き続き、M&Aをソリューションのツールとして活用いただくお手伝いをすることで企業の成長戦略実現の一翼を担い、その結果として日本及びASEANを中心としたエリアの経済発展に寄与していきたいという気持ちを新たにしました。

日本M&Aセンターでは、中立な立場で、譲渡企業と譲受企業双方のメリットを考慮にいれたM&Aの仲介を行っております。 また、日本企業による海外企業の買収(In-Out)、海外企業による日本企業の買収(Out-In)、海外企業同士の買収(Out-Out)も数多く手掛けてまいりました。海外進出や事業継承に関するお悩みはいつでもお問い合わせください。

『海外・クロスボーダーM&A DATA BOOK 2023-2024』を無料でご覧いただけます

データブック表紙

中堅企業の存在感が高まるASEAN地域とのクロスボーダーM&Aの動向、主要国別のポイントなどを、事例を交えて分かりやすく解説しています。
日本M&Aセンターが独自に行ったアンケート調査から、海外展開に取り組む企業の課題に迫るほか、実際の成約データを元にしたクロスボーダーM&A活用のメリットや留意点もまとめています。

プロフィール

雙木 達也

雙木なみき 達也たつや

日本M&Aセンターコーポレートアドバイザー1部部長/税理士、米国公認会計士、中小企業診断士

大手印刷会社、大手広告代理店、会社経営、デロイトトーマツ税理士法人での税務コンプライアンス ・ 組織再編コンサルティング・クロスボーダー税務業務従事経験を経て、2012年に株式会社日本M&Aセンター入社。国内案件からASEANのクロスボーダーin-out案件まで多数の成約実績を有する。 著書「中小企業M&A実務必携 M&A手法選択の実務」きんざい(共著)

この記事に関連するタグ

「海外M&A・M&A税務・事業承継」に関連するコラム

海外子会社・海外支店の税金のかかり方比較 ~グローバルなタックスプランニング基本②~

海外M&A
海外子会社・海外支店の税金のかかり方比較 ~グローバルなタックスプランニング基本②~

日本企業が直接的な海外進出を考えたときの代表的な二つの選択肢、「海外子会社」と「海外支店」について税金面を中心に比較します。本記事は、「グローバルなタックスプランニングの基本①『外国子会社配当益金不算入制度』活用のすすめ」と関連する内容になっております。海外マーケットへの進出形態日本M&Aセンターでは、企業の成長戦略実現の一手法として、クロスボーダーM&Aを活用した海外進出を多数お手伝いさせていた

何故二重帳簿が存在するのか?【ベトナムM&Aの問題編①】

海外M&A
何故二重帳簿が存在するのか?【ベトナムM&Aの問題編①】

Xinchào(シンチャオ:こんにちは)!3月中旬以降、ベトナム政府はWithコロナ政策に切り替え、国境が正常化するとともに、ホーチミン市内で外国人を見かける機会も増えてきたベトナムです。雨期前のホーチミンは少々暑いですが、日本で重度の花粉症で苦しんできた私にとってはこの時期は天国です。※本記事は2022年4月に執筆されました。何故、二重帳簿がベトナムに存在するのか?いきなり超ヘビー級のトピックで

インドネシアM&Aの財務・税務・法務面のポイント

海外M&A
インドネシアM&Aの財務・税務・法務面のポイント

こんにちは、ジャカルタの安丸です。インドネシアでは一か月間のラマダン(断食)が間もなく終了し、レバラン(断食明けの祝日)がまもなく開始となります。今年は政府の意向もあり、有給休暇取得奨励と合わせ、何と10連休となる見込みです。ジャカルタからはコロナ禍に移動を自粛されていた多数の方が、今年こそはとご家族の待つ故郷へ帰省される光景が見られます。4月初旬よりコロナ禍以前のように、ビザなし渡航が解禁され、

事業承継税制とは?その概要、ポイントを解説

事業承継
事業承継税制とは?その概要、ポイントを解説

事業承継を検討されている中小企業の経営者の方にとって、承継にかかる贈与税や相続税の負担は大きな悩みの種ではないでしょうか。本記事では事業承継にかかる贈与税や相続税を猶予する制度、事業承継税制について、特例措置を中心にご紹介します。事業承継税制とは事業承継税制とは、中小企業の先代経営者等から株式・資産などを後継者が贈与、相続又は遺贈により取得した際、一定の要件を満たす場合に贈与税・相続税が猶予される

日本企業のM&Aが過去最多 2021年上半期

広報室だより
日本企業のM&Aが過去最多 2021年上半期

M&Aの件数が過去最多のペースで進捗しています。レコフM&Aデータベースによると、2021年上半期(2021年1~6月)に公表された日本企業が関連するM&A件数が2,128件となり、新型コロナウイルスが感染拡大する前年の2019年上半期(2,087件)を上回り、上半期ベースでは過去最多を記録しました。M&A専門誌「MARR(マール)」の吉富優子編集長=レコフデータ代表取締役社長=は「政府が旗振り役

2018年、M&A業界では何が起こる?

M&A全般
2018年、M&A業界では何が起こる?

2018年が始まりましたね!今年一発目のコラムなので、2017年の振り返りをしながら2018年M&A業界を予想してみたいと思います。“2017年問題”なる言葉が巷を賑わせた昨年は、M&A業界にとってひとつの節目であるとともに、次の時代への入り口ともいうべき年であったと思います。あなたが2018年歩むべき道は決まりましたか?平成30年税制改革大綱が意味すること2017年問題とは、団塊の世代が一般男性

「海外M&A・M&A税務・事業承継」に関連する学ぶコンテンツ

「海外M&A・M&A税務・事業承継」に関連するM&Aニュース

エンゼルフォレストリゾート、名鉄都市開発から別荘地管理事業を承継

株式会社エンゼルグループ(5534)は、完全子会社の株式会社エンゼルフォレストリゾートが、名鉄都市開発株式会社(愛知県名古屋市)より別荘地管理事業を承継すると発表した。エンゼルフォレストリゾートを承継会社とし、名鉄都市開発を分割会社とする吸収分割方式。エンゼルフォレストリゾートは、静岡県伊東市近傍に位置するエンゼルフォレスト赤沢望洋台をはじめ、東伊豆、那須、新白河等のエリアにてリゾート事業を展開し

トライアルホールディングス、子会社のRetail AIから会社分割により事業の承継などを発表

株式会社トライアルホールディングス(141A、以下:トライアルHD)は、完全子会社である株式会社RetailAI(東京都港区)の烟台创迹软件有限公司(中国山東省)の管理事業に関して有する権利義務を会社分割(吸収分割)により承継すること(以下:本件分割)を発表した。トライアルHDを吸収分割承継会社、RetailAIを吸収分割会社とする吸収分割方式。トライアルHDは、純粋持株会社。企業グループの経営指

ウィルグループ、CEspaceから自治体及び企業へのDX支援事業を承継

株式会社ウィルグループ(6089)は、完全子会社である株式会社CEspace(東京都中野区)の地方自治体及び企業へのDX支援事業に関して有する権利義務を、吸収分割により承継すること(以下:本会社分割)を決定した。ウィルグループを承継会社、CEspaceを分割会社とする吸収分割方式。ウィルグループは、人材派遣、業務請負、人材紹介を主とする人材サービス事業を行うグループ会社の経営計画・管理並びにそれに

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース