日本屈指のスタートアップが考える「これまで」と「これから」

竹葉 聖

プロフィール

竹葉聖

日本M&Aセンター 業種特化3部 部長/IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO 審査員

齋藤 航大

日本M&Aセンター業種特化3部

業界別M&A
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皆さん、こんにちは。株式会社日本М&Aセンター IT業界専門グループ齋藤です。
2023年12月5日、6日に経営者及び起業家向けのセミナーイベント「経営活性化フォーラム」を開催いたしました。

IT業界専門グループリーダーの竹葉聖がモデレータを務め、East Venturesパートナー金子剛士氏、dely株式会社取締役CFO戸田翔太氏をお招きし、『日本屈指のスタートアップが考える、「これまで」と「これから」』と題してスタートアップのM&Aについてディスカッションしましたので、その一部始終をお伝えします。

投資銀行からスタートアップの世界へ

竹葉: 自己紹介をお願いします。

金子氏: East Venturesパートナーの金子と申します。我々East Venturesは日本とインドネシアを中心としたASEAN諸国にシード投資を行うVCです。

創業直後や、場合によっては創業登記をする前の起業家とお話をして出資に至ることもあります。

IPO以外のExit手法としてM&Aが増えていたり、未上場の投資先が買い手としてM&Aを実施するようになっていたりと、スタートアップにおいてもM&Aに対する価値観が変わってきておりますので、そういったことについて本日お話しできればと思います。

戸田氏: dely株式会社CFOの戸田と申します。
私はSMBC日興証券やシティグループ証券の投資銀行部門でテクノロジーセクターを担当するなかで、スタートアップの方々の「世の中を変える」という熱意や爆発的な成長スピードに魅力を感じ、またJカーブを描くためのファイナンスにおいて投資銀行で培った知見を活かせるのではないかと考え、2021年にCFOとしてdelyに参画しました。

delyは未上場ながら4件のM&Aを実施していますので、そういった経験談をお伝えできればと思います

竹葉: 一昔前は外資系投資銀行からスタートアップへのキャリアチェンジは珍しかったですよね。

戸田氏: 私がシティグループ証券からdelyに参画した当時は、周囲では珍しいキャリアでした。

ただ、最近では投資銀行の方々からスタートアップへの転職を相談されることも増えています

竹葉: たしかに、最近は投資銀行からスタートアップへの転職が増えていますよね。
要因としてはどのようなものがあるのでしょうか。

戸田氏: 巨額の資金調達やIPOといった業務において投資銀行で得たスキルを活かしやすかったり、投資銀行との待遇差が小さくなっていたりすることなどが考えられます。

竹葉: スキルを活かせて給料もそれほど下がらないとなればスタートアップに活躍の場を移す方が増えるのも頷けますね。次にdelyの会社紹介をお願いできますでしょうか。

マルチプロダクトのスタートアップ

戸田氏: 代表の堀江(※1)が2014年に学生起業した会社で、フードデリバリー事業を行っていたので”delivery”から会社名をdelyとしました。

何度もピボット(※2)して、現在はレシピ動画プラットフォーム「クラシル」、お買い物サポートアプリ「クラシルリワード」、ライフスタイルメディア「TRILL」、ライバーマネジメント事務所「LIVEwith」といった多岐にわたる事業を運営しています。

※dely株式会社HPより
(※1)堀江裕介氏・・・2014年、慶應義塾大学在学中にdely株式会社を設立。2度の事業転換を経て、2016年2月よりレシピ動画サービス「クラシル」を開始。現在delyはリテール領域にも「クラシル」ブランドを展開し、多角的な事業を展開している。
(※2)ピボット・・・事業を転換すること。創業時の事業のままExitに至るスタートアップは非常に稀で、大半のスタートアップはピボットを繰り返してプロダクト・マーケット・フィットを図る。

竹葉: 2014年に創業されて現在に至るまでの経緯を教えていただけますでしょうか。

戸田氏: 2014年4月に開始したフードデリバリー事業は1年ほどで撤退しています。2016年2月に開始したレシピ動画プラットフォーム「クラシル」が人気を博しましたが、更なる成長を求めて2018年7月にはヤフー株式会社と戦略的パートナーシップを構築(※3)し、同2018年7月に株式会社スタートアウツ(※4)、2019年3月にTRILL株式会社(※5)、2019年7月に株式会社Basecamp(※6)、2023年1月に株式会社ENLOOP(※7)を連結子会社化しています。

(※3)ヤフーとの戦略的パートナーシップ・・・dely株式会社の15.9%を保有していたヤフー株式会社が他株主より29.6%を追加取得し、議決権保有比率を45.6%とした。取締役の過半数の派遣をもってdelyはヤフーの連結子会社となった。
(※4)株式会社スタートアウツ・・・料理動画サービス「mogoo」を運営。2013年3月設立。
(※5)TRILL株式会社・・・国内No.1女性向けメディア「TRILL」を運営。2014年4月設立。
(※6)株式会社Basecamp・・・デザインインキュベーション事業。2017年9月設立。
(※7)株式会社ENLOOP・・・ライバーマネジメント事務所LIVEwithを運営。2016年7月設立。

竹葉: East Venturesがdelyに出資したのはいつごろでしょうか。

金子氏: 2014年に代表の堀江さんがご自身で自転車に乗ってフードデリバリーをしていたころに出資させていただきました。

竹葉: ご自身で自転車を使って配達していたのですね。その後delyは2016年にレシピ動画プラットフォーム事業へピボットしていますが、当時はどのような市場環境でしたか。競合もいたのでしょうか。

金子氏: 同時期にレシピ動画プラットフォーム事業に参入した会社が数社あり、East Venturesの他の出資先も同じような事業に取り組んでいました。delyは後発の部類に入ると思います。

戸田氏: 当時、競合が数社ありましたが、各社とも多額の広告料を投下してユーザー獲得合戦が繰り広げられていました。
競合と差別化し優位性を持つ方法として堀江が考えたのが、ヤフーとのパートナーシップでした。日本有数のWebメディアであったヤフーと連携することでユーザーを獲得しようと考えたようです。

竹葉: 経営陣が留任しつつ親会社のリソースを最大限に活用して成長を図ると。まさに弊社も提唱している成長戦略型のM&Aですね。

大型上場に向けて

竹葉: 貴社はクラシル・クラシルリワード・TRILL・LIVEwithと複数の収益基盤を持たれていますが、今後はどのような戦略を描かれていますでしょうか。

戸田氏: まず3つの収益基盤を構築します。クラシル、TRILLといった安定した①既存領域、クラシルリワード、LIVEwithといった手堅い②新規領域、新たに③M&Aで獲得する領域です。

単一の事業のみで爆発的に成長する国内スタートアップの事例はあまり多くないと思いますので、2028年3月にEBITDA100億円を目指すうえでもM&Aは積極的に実施していきたいと考えています。

竹葉: EBITDA100億円というのは何か意図がある数字なのでしょうか。

戸田氏: EBITDAが100億円となると、時価総額で2,000億円から3,000億円はつくと思います。

それぐらいの時価総額がつけば、国内有数のIT企業となるわけですから、優秀な人材も獲得でき、またそれによって、グローバルビジネスへの進出やTAMの大きなビジネスへの挑戦権も得られるのではないかと。

小型上場した企業の成長率は往々にして上場後数年で鈍化していますが、ある程度会社が大きくなってから上場すれば、上場時に巨額の資金調達ができますので、さらに大きな成長が見込めると考えています

竹葉: VCとしては早く上場してほしいものなのでしょうか。

金子氏: 数年前のアメリカではレイターVCが投資先候補のスタートアップに「数億ドル、数十億ドル投資するから、上場のタイミングを遅らせて、思い切った事業展開に伴う投資や競合他社の買収をしろ」とアドバイスをしていたと聞きました。

既に4件のM&Aを実施

竹葉: なるほど、すべてのVCがIPO一辺倒というわけではないのですね。未上場の段階で既に買い手側として4件のM&Aを実施されていますが、それぞれご説明いただけますでしょうか。

戸田氏: 2018年当時、レシピ動画プラットフォーム市場においては、コンテンツ量が勝敗を分けるという傾向がありましたので、2018年3月に競合だったスタートアウツにグループインしていただきました。
女性向けメディア運営のTRILLについては、クラシルを運営する中で獲得していたマーケティングやメディア運用のノウハウを活用することで上手くPMIできるのではないかと考え、2019年3月にグループインしていただきました。

また、2019年7月にグループインいただいた株式会社Basecampについては現在当社でCPOを務めている坪田ごとアクハイアリングする目的でした。

インターネット業界においては一人の優秀な人材が平凡な人材の何倍ものアウトプットを生むということは往々にしてありますので、今後もアクハイアリング目的でのM&Aは積極的に実施していきたいです。

そして、PocochaやIRIAM向けのライバーマネジメント事務所LIVEwithを運営するENLOOPについては、当社内でライブ配信事業を立ち上げようとしていてライブ配信事業のポテンシャルに関心を持っていたタイミングでちょうどお話があり、2023年1月にグループインいただきました。

竹葉: この4社に関してはどのような経緯でM&Aが始まったのでしょうか。

戸田氏: スタートアウツについては同業他社でしたので代表の堀江の個人的なつながりでした。
Basecampについては、堀江から「日本で優秀なUI/UXデザイナーは誰なんだ」と尋ねられた現CTOの大竹が探してきたのがBasecampの坪田さんで、そこから「単独でデザイン事務所をやるよりは、クラシルを大きくするほうが楽しいのでは」と口説いてグループインしてもらったという経緯があります。
また、TRILLは元々ヤフーの子会社だったので、ヤフーつながりで接触しています。

ENLOOPはM&A仲介会社からの紹介です。

今後のM&A方針

竹葉: 何件検討して4社という結果なのでしょうか。

戸田氏: 私が参画した後ですと、1年間で数十件のM&Aを検討してようやく1件実行するという確率です。将来的には体制をしっかり整えて、サクサクとM&Aを実行できる会社にしていきたいです。

竹葉: 今後としてはどのようなM&Aをご検討されていますでしょうか。

戸田氏: 金額としては3年間で最大200億円ほど投下するイメージを持っています。領域は既存事業としっかり親和性がありシナジーを生めるようなところで、注意しているのはやはり高値掴みしないということです。

竹葉: バリュエーションはEV/EBITDA倍率法やDCF法など様々な方式ありますが、貴社はどのようにバリュエーションを算定していますでしょうか。

戸田氏: 譲渡企業は基本的にスタートアップですので、事業計画を基にDCF法で算出することになりますが、①売主が提出した事業計画、②買い手側で保守的に作成した事業計画、③事業シナジーを加味した事業計画と3パターンの事業計画を基にバリュエーションを算出しています。

竹葉: 3パターンも作成されるのですね。なかなか人手が必要な業務であると思いますが、M&Aチームは現在どのような体制でしょうか。

戸田氏: 現状、私を含めて5名ほどの体制で、メンバーは戦略コンサルティングファーム・投資銀行・米系法律事務所等の出身者で構成しています。役割分担としては、M&Aのエグゼキューションは若手に任せて、私は投資領域・各領域の優先度・予算決定といったM&A方針の策定に時間をかけています。

竹葉: 上場前のスタートアップでこれだけ人材を揃えている事例は初めて聞きました。

戸田氏: 新規で事業を立ち上げると3~5年はかかりますがM&Aを使えばそれをショートカットすることができます。優秀な人材をM&Aに投下した際のレバレッジは相当なものであると考えておりまして、代表の堀江とも相談しながらM&Aチームを作っています。

金子氏: M&AでExitした起業家が買い手との不和に苦しんで「ロックアップ違反してでも辞めたい」と嘆いているのを何度も見てきたので、PMIにまで優秀な人材を配置しているdelyのカルチャーは素晴らしいと感じています。実際に投資先をdelyに紹介したことも過去何回かありますね。

戸田氏: M&Aは「ロマンと算盤」だと考えています。当社の「BE THE SUN」というビジョンをともに追及していただけるスタートアップの皆様にグループインしていただけたら嬉しいです。
dely株式会社HPより

IT業界の最新動向やM&A事例が良くわかるITソフトウェア業界M&Aセミナー開催中

プロフィール

竹葉 聖

竹葉たけば きよし

日本M&Aセンター 業種特化3部 部長/IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO 審査員

公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツを経て、2016年に日本M&Aセンターに入社。IT業界専門のM&Aチームの立上げメンバーとして7年間で1000社以上のIT企業の経営者と接触し、IT業界のM&A業務に注力している。18年には京セラコミュニケーションシステム(株)とAIベンチャーの(株)RistのM&A、21年には(株)SHIFTと(株)VISH、22年には(株)USEN-NEXTHOLDINGSと(株)バーチャルレストラン等を手掛ける。IVS2022 LAUNCHPAD NAHA及びIVS2023 LAUNCHPAD KYOTO審査員

著者

齋藤 航大

齋藤さいとう 航大こうた

日本M&Aセンター業種特化3部

千葉県出身。神戸大学法学部卒業後、「中堅・中小企業の技術・想いを次世代に繋ぐ」という志のもと新卒で日本M&Aセンターに入社。 現在は、ITソフトウェア業界を専門にM&A支援業務へ取り組んでいる。

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