タイにおけるスタートアップ企業の現状と今後

木川 貴之亮

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木川貴之亮

Nihon M&A Center(Thailand)CO.,LTD

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タイ市場のM&Aに関する情報の中で、近年「スタートアップ企業」に注目が集まっています。
タイ政府として伝統的な産業から転換を目指していく動きと、それに連動する形での日本企業のニーズ変化を感じています。

今回は、タイのM&Aトレンドになる可能性を秘めた「スタートアップ領域」について考察します。

※日本M&Aセンターホールディングスは、2021年にASEAN5番目の拠点としてタイ駐在員事務所を開設、2024年1月に現地法人「Nihon M&A Center (Thailand) Co., LTD」を設立し、営業を開始いたしました。

タイの伝統的な産業構造と「中進国の罠(中所得国の罠)」

タイの伝統的な主要産業

まず、タイにおける伝統的な産業構造について整理させていただきます。
タイは、観光立国として有名ですが、それ以外では、以下のとおり、農業、漁業、製造業などが産業の中心を担っています。

  1. 農業
    米、ゴム、果物、野菜などの生産が盛んです。特に、タイは米の主要な輸出国であり、米農業は国内経済に重要な役割を果たしています。
  2. 漁業
    海に囲まれた立地から、魚介類やエビなどの水産物の生産や加工が盛んです。また、一部の漁業は輸出市場にも供給されています。
  3. 製造業
    言わずもがなASEANを代表する製造業の集積地であり、自動車、電子機器、繊維、食品加工などが主要な分野です。

中進国の罠に陥っているタイの“これから”

これらの産業を中心にタイは、過去数十年間にわたって経済成長を遂げてきましたが、その成長は主に低賃金労働力を活用した輸出指向型の産業に依存していました。そして、低賃金労働力に頼った産業は、「技術革新」や「付加価値の創造」といった観点で限界を露呈し、その結果、競争力の低下や成長の停滞を生じさせています。

このような、発展途上国が所得水準を向上させる一方で、経済成長の持続性や産業構造の多様化に課題を抱える現象を「中進国の罠」と云い、タイはその典型に陥っています。

タイが中進国から抜け出し、より高度な経済成長を達成するためには、産業構造の多様化や高付加価値産業の育成に取り組む必要があり、具体的には、技術革新や研究開発の促進、教育・人材育成の強化、中小企業の支援などが挙げられます。

タイにおけるスタートアップの事業環境

タイのスタートアップを取り巻く状況

タイが「産業構造の多様化」や「高付加価値産業の育成」を実現する上での有効策の一つとして期待されるのがスタートアップ企業の育成です。然しながら、例えばユニコーン企業という観点では、多様な業種において続々と誕生している同じASEAN域内のシンガポールやインドネシアと比べて、足下の事業環境は芳しくなく、タイにおけるユニコーン企業数は、僅か3社のみと言われています。他方、IPO数は増加しており、景気回復も進んでいることから、スタートアップ不調の原因としては、タイの起業支援策が不十分であることや、大企業による寡占状況が要因と考えられます。

そのため、タイ国内では、安い物価や賃金、大手企業の集積をアピールし、起業家を育成し、投資家を呼び込む施策の必要性や農業や環境の課題といった社会的なインパクトを狙った起業ならびに医療テックなど新しいビジネスの創出に注力する必要性が議論されています。

※ユニコーン企業:企業価値10億ドルで、設立10年以内の未上場ベンチャー企業
参考)日本経済新聞 2023年6月1日「タイ、育たぬユニコーン」https://www.nikkei.com/article/DGKKZO71502580R30C23A5FFJ000/

タイの起業環境は発展途上

ASEAN他国においては、シンガポールは政府主導で起業エコシステムの整備が進んでおり、インドネシアでは国内市場の大きさが有利に働くなど、ユニコーン企業の業種も多様化している状況です。

そこで、タイでは、今般スタートアップ企業の育成強化に向けて、政府やアユタヤ銀行などが起業エコシステムの整備を開始しました。具体的には、政府は新興企業の株式売却益を非課税とする制度を導入し、アユタヤ銀行はスタートアップ向けのファンドを設立し、起業支援プログラムも開設する予定です。また、アユタヤ銀行は、2023年6月には「Japan-ASEAN Startup Business Matching Fair 2023」というスタートアップ・マッチングイベントもバンコクにて開催しました。

タイでは、インドネシアよりも各種環境が近いシンガポールの成功を参考にしながら、有力なスタートアップ企業を生み出すことが重要です。

しかしながら、タイの起業環境はまだ改善が必要であり、先述のとおり、主な課題として大企業による寡占や投資家の不足、起業を支援する人材プールの不足などが挙げられます。また、タイでの起業手続きやビジネス慣習は複雑であり、政府関係者や有力者とのつながりが重要だとされている等、タイの起業支援の取り組みはまだ道半ばと言えます。それでも、シンガポールの成功例を参考にしながら、産官学が協力して起業エコシステムを確立していくことが肝要であると言えるでしょう。

参考)ArayZ「クルンシィ、スタートアップ支援フェア開催、日・ASEANの投資機会を創出」 https://arayz.com/column/event-report-krungsri-202307/

タイに進出している日系企業にとってのチャンス

今後、スタートアップ企業に期待したい「技術力」という観点ですが、先述のとおり、タイは労働集約型の産業構造で発展を遂げて来た背景と併せて、伝統的に外資誘致政策により技術力を補う政策を取ってきたことが結果的に自国における技術力のオーガニックな成長を阻んできたものと推察されます。

また、製造業を筆頭として伝統的な産業を中心に現地進出を果たしてきた日系企業は、いま正念場を迎えています。既存技術の延長線を前提とした将来的な事業見通しには閉塞感が漂っており、生き残りをかけて新たな技術力を取り込む機会を渇望している状況である、とお客様との対話を通じてひしひしと感じる今日この頃です。

掛かる環境下、自国では技術力が育ちにくかったタイにおいてスタートアップ企業が担う意義は大きく、そして今まさにその潮目が変わろうとしています。無論、まだまだ課題は多い状況ですが、スタートアップ企業の存在は、典型的な中進国の罠に陥っている現状に対し、ブレイクスルーのきっかけになる可能性を秘めているのではないでしょうか。

そして、そこに新たな技術を探し求めている日系企業の知見が加われば、更なるイノベーションを生み出せるかもしれませんし、タイにおける日系企業のプレゼンス維持・向上に一役買ってくれるものと個人的にも期待しています

日本M&Aセンターによる海外・クロスボーダーM&A支援

日本M&Aセンターは、1991年に設立されて以来30年以上の歴史を持つ日本最大の独立系M&A仲介会社です。5つの海外オフィスを有し、豊富な経験と実績に裏打ちされた専門的なサービスを世界中で提供しています。

クロスボーダーM&Aのサポートに力を入れており、ASEAN地域5ヵ国(シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、タイ)に拠点を設け、現地のM&Aに詳しいコンサルタントがASEANでのビジネス展開を成功させるためのサポートを提供しています。

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中堅企業の存在感が高まるASEAN地域とのクロスボーダーM&Aの動向、主要国別のポイントなどを、事例を交えて分かりやすく解説しています。
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プロフィール

木川 貴之亮

木川きがわ 貴之亮たかのすけ

Nihon M&A Center(Thailand)CO.,LTD

損害保険会社での法人営業として、自動車メーカー等を担当。同社でバンコク駐在を経て、2022年に日本M&Aセンターへ入社。日本企業による東南アジアM&Aのソーシングに従事しつつ、日本からタイ現地法人立ち上げに携わった。2024年に渡泰、タイ現地法人マネージャーに就任。ビジネスレベルのタイ語話者。

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