所有と経営の分離とは?メリットやデメリットなどを解説
日本の中小企業では、出資者である株主が経営者を兼務する「オーナー企業」の形態をとるケースが多く見られます。
本記事では、所有と経営の分離について、そのメリットやデメリット、所有と経営の分離を行う方法などについて解説します。
所有と経営の分離とは?
所有と経営の分離とは、会社の所有者(株主)と、会社を経営する経営者を分離することを指します。
一般的に株式会社では、会社に対して資金を提供した出資者が株主(オーナー)となり、株主総会で株主から選任された人物が経営者となります。これが「所有と経営の分離」です。
非上場企業とは違い、上場企業が発行する株式は、株式市場で不特定多数の投資家によって売買されています。したがって株主の構成は常に流動化しており、その株主から株主総会で付託を受けた経営陣が、実際の会社の運営を行っています。
大企業や上場企業では、このように「所有と経営が分離」された経営が多く見られる一方、中小企業では、「株主(オーナー)=経営者」であるオーナー企業のケースが多く見られます。
中小企業白書(2018年度版)によると、中小企業では約72%が、外部株主がおらず所有と経営が一致している企業(オーナー企業)とされています。
また、従業員数が21~50人の中小企業では、オーナー企業は約77%(一部外部株主も含む)であり、外部株主がいないオーナー企業の割合も非常に高いです。しかし会社の規模が拡大するにつれて、その比率は減少し、所有と経営が分離している企業の割合が増加しています。
以上から、中小企業の多くでは所有と経営が一致しているものの、会社の規模が大きくなり上場企業に近づくにつれ、所有と経営の分離が進んでいることがわかります。
この記事のポイント
- 所有と経営の分離のメリットには経営効率の向上、資金調達の容易化、コーポレートガバナンスの強化がある。
- デメリットとしては意思決定スピードの低下などが挙げられる。
- 所有と経営の分離が有効なケースには、後継者不在や企業再生が必要な場合が該当する。
⽬次
「所有と経営の分離」のメリット
所有と経営の分離の主なメリットは、以下の通りです。
経営が効率化される
所有と経営が一致していると、出資者である株主が経営もあわせて行うことになります。したがって、所有と経営が一致している企業では、「資金はあるけれど経営能力はない人」や「経営能力はあるけれど資金はない人」は会社の運営に参画できません。
しかし、出資と経営のどちらもできる人の数より、どちらか一方だけできる人の数の方が圧倒的に多いはずです。ですから、所有と経営を分離することで、経営者として優秀な人材を確保したり、出資者から資金を調達したりしやすくなります。
また、株主と経営者の役割分担が進むと、経営者は企業経営に専念できるようになるため、こうした面からも経営が効率化されます。
資金調達がしやすくなる
所有と経営が一致した状態では、外部の投資家からの新たな出資は呼び込めません。したがって基本的に資金調達は、経営者自身が個人資産からあらためて出資を行うか、金融機関から融資を受けるかしかありません。
しかし所有と経営が分離できれば、広く投資家からの出資が呼び込めるようになります。また株式上場をしなくても、PEファンドやエンジェル投資家などからの出資を受けることも可能になるなど、選択肢が増えます。
このように、所有と経営を分離すると資金調達がしやすくなります。
コーポレートガバナンスの強化につながる
所有と経営が一致した状態では、あらゆる権限が株主であるオーナー経営者に集中するため、経営の透明性は低くなり、権力の監視も働きにくくなります。そのためコンプライアンス違反などが起こりやすい風土が醸造されてしまいます。
しかし所有と経営が分離されれば、株主が経営を監視する状態ができるため、権力が一極集中することはありません。したがって所有と経営の分離が進むと、不祥事を防ぎやすくなり、コーポレートガバナンスの強化につながります。
株主への利益還元ができる
経営者の役割は、株主からの出資金を運用し、その利益を最大化することです。
所有と経営の分離が進み、株主と経営者の役割分担が明確になると、経営者は会社の所有者である株主に対し、より配慮した経営を行うようになります。したがって株価を一定以上の価格に維持するとともに、利益を上げて配当金が出そうとする強い力が働きます。
株主の利益には「インカムゲイン(配当金)」と「キャピタルゲイン(株式譲渡益)」の2つがありますが、所有と経営の分離が進むと、この2つを実現するための努力がより強く行われるようになります。
「所有と経営の分離」のデメリット
所有と経営の分離の主なデメリットは、以下の通りです。
意思決定スピードが低下する可能性がある
株主には経営者を選ぶ権利が与えられていますが、日々の具体的な経営の内容を、株主が主体的に決定するわけではありません。一方で、会社の根幹に関わるような重要事項を決める際には、必ず株主総会を開催し、株主に判断を委ねなければなりません。
株主総会の開催には、時間もコストも必要です。また経営者と株主の意見が対立すれば、最終的な決定までにどうしても時間がかかってしまいます。所有と経営の分離が進むと、こうしたプロセスがさらに複雑化するため、重要な意思決定に必要なスピード感が損なわれてしまう可能性があります。
経営者と株主の間で対立が発生する可能性がある
所有と経営の分離が進むと、経営者と株主の役割が明確になり、経営効率が良くなります。この点は経営者にとっても喜ばしいことですが、上述のように重要な意思決定を行う際には、必ず株主に意見を伺わなければなりません。
経営者の考えが常に株主に受け入れられるとは限られません。ときには対立し、企業経営がストップしてしまう恐れもあります。最悪の場合、経営陣は株主から退陣を迫られる場合もあるでしょう。また経営者と株主との対立は、経営の空白期間を作ってしまうため、会社の業績にとっても悪影響を与えてしまいます。
経営者のモチベーション低下につながる
所有と経営の分離が進むと、株価は上がり配当金も出やすくなります。株主にとっては喜ばしいことですが、経営者にとっては必ずしもそうとは言いきれません。なぜなら、経営者として得られる経済的なメリットが役員報酬などに限定されるため、会社の業績を上げるためのインセンティブが働きにくくなり、経営者のモチベーションが低下してしまう恐れがあるからです。
経営者のモチベーションが低下すると企業全体のパフォーマンスが下がるため、長い目で見ると、株主も不利益を被る可能性があります。
敵対的買収の対象となるリスクが増える
所有と経営が分離され、自社の株式が市場で売買されるようになると、資金調達という点では有利になりますが、それに応じて不特定多数の株主が自社の株式を持つようになります。
そのため、会社経営に参加するつもりがないにもかかわらず、短期的に株価を上昇させて売却益を得ようとする濫用的買収者が登場し、敵対的買収の対象となってしまうリスクが増えてしまいます。
こうしたリスクを避けるためには、必要とされる買収防衛策をあらかじめ導入しておかなければなりませんが、多大なコストがかかるという新たな懸念点も生まれます。
所有と経営の分離が向いているケース
所有と経営の分離には、上述のようなメリット・デメリットがあります。これらをふまえ、所有と経営の分離を積極的に行った方が良いケースをご紹介します。
後継者が不在で事業継続が難しい場合
親族や従業員など関係者内で後継者候補がおらず、事業継続が困難である場合、外部への事業承継か廃業かどちらかを選択しなければなりません。廃業を選択した場合、従業員は職を失い、取引先との関係も途絶えてしまいます。また、廃業には費用や手続きが必要になります。
外部への承継を選択した場合、事業や従業員の雇用も引き継がれ、経営者も売却益が得られます。
オーナー経営者は株式の譲渡により、所有と経営を分離させ、株式を譲渡することで事業承継が成立します。承継後は、オーナー経営者はこれまでとは違う立場で自社と関わることができることが大きなメリットです。
これらのことから、オーナー企業である中小企業でが、事業承継を考えるタイミングで「所有と経営の分離」が検討されるケースが多く見られます。
個人資産を確保しながら経営を続けたい場合
所有と経営が一体化しているオーナー経営者は、金融機関から融資を受ける際に、連帯保証人となり、個人資産を担保に入れるケースが多く見られます。そのため会社の経営が傾いてしまうと、最悪の場合は個人資産のすべてがなくなってしまうことも覚悟しなければなりません。
しかし、所有と経営の分離を進め、株主から経営を任された経営者となれば、基本的に個人資産を担保に入れることはないため、個人資産をリスクにさらすことなく企業経営が続けられます。
企業再生をさせたい場合
業績が悪化した企業を再生させるためには、資金調達が必要です。一般的に企業が資金調達を行う場合には、金融機関からの借入金によって資金を調達する「デットファイナンス」と、株式を発行して投資家などから出資を受ける「エクイティファイナンス」の2つの方法があります。しかし業績が悪ければ、融資による資金調達を望むことは難しいでしょう。
したがって、投資家などからの出資によって資金を調達しなければなりませんが、そのためには所有と経営の分離を進め、第三者から出資を受けなければなりません。
所有と経営の分離を行う方法
所有と経営の分離を行うためには、株主と経営者を分け、それぞれの役割が果たしやすい仕組みに会社そのものを作り替えなければなりません。その方法は主に以下の2つです。
ホールディングス化
ホールディングス化とは、持株会社(ホールディングス)が傘下の事業会社の株式を保有し、持株会社を頂点に企業グループを形成する企業形態のことです。持株会社はグループ全体の戦略の策定や管理を行い、実際の事業の運営は各事業会社がそれぞれの裁量で行います。
企業グループをホールディングス化すれば、株式は持株会社が持ち、各事業会社は事業に専念できるため、所有と経営の分離が可能です。ホールディングス化を進めれば、効率的な企業経営が望めるようになるでしょう。
株式公開(IPO)
株式公開(Initial Public Offering:IPO)とは、株式市場に上場し、証券取引所で自社の株式が売買できるようにすることです。上場するためにはかなり厳しい審査を受けなければならず、また上場の維持には毎年高額な費用が必要です。
しかし、市場からの資金調達が可能になり、知名度や信頼性も向上するため、事業や人材確保などさまざまな点で多くのメリットが受けられます。また、不特定多数の投資家が自社の株主となるため、株主の構成は大きく変わり、所有と経営の分離が達成できます。
終わりに
本記事で述べたように、所有と経営の分離を進めると、経営の効率化や資金調達のしやすさなどのさまざまなメリットが受けられます。しかし、意思決定のスピードは低下し、株主と対立するかもしれないリスクには、十分に注意しておかなければなりません。
このように、所有と経営の分離を進めて行く方が良いかどうかは、会社の状態や何を望むかによって異なります。そのため、所有と経営の分離を検討する際には専門家などに相談し、アドバイスなどを受けたうえでどうすべきかを判断した方が良いでしょう。