IT企業が直面している課題とは?
⽬次
- 1. 人材不足が招く負のスパイラル
- 1-1. 1.優秀な人材の採用が困難
- 1-2. 2.一人前のエンジニアになるまで教育期間がかかる
- 1-3. 3.高単価なエンジニアの流出
- 1-4. 4.案件単価、利益率が上がらない
- 1-5. 5.利益が増えない為、給与が上げられない
- 2. 日本のIT業界の構造問題
- 3. 日本のIT業界の発展
- 4. IT業界におけるM&Aの目的
- 4-1. 1.人材獲得を目的としたM&A
- 4-2. 2.取引先獲得を目的としたM&A
- 4-3. 3.事業領域を広げる為のM&A
- 5. 譲渡企業にとってのメリット
- 5-1. 1.信用、採用力の向上
- 5-2. 2.従業員の将来の為
- 5-3. 3.企業の成長を加速
- 6. まとめ
- 6-1. 著者
皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの土川幸大と申します。
私はこれまでIT業界に10年間従事してきました。IT業のお客様も担当させて頂き、現在はM&A業界でIT業のお客様をご支援できればと精進しております。
ここで多くのIT企業が直面している課題についてまとめてみます。
人材不足が招く負のスパイラル
1.優秀な人材の採用が困難
中小企業では優秀な人材の採用は困難というお話をよく伺います。
経験やスキルの豊富なエンジニアや、上流工程に対応できるエンジニア、顧客折衝ができるエンジニアといった優秀な人材は、大手企業に流れていきます。
高待遇である事はもちろん、採用コストを十分にかけられる為です。
中には1名採用するのに1,000万円以上のコストをかける企業も存在します。
2.一人前のエンジニアになるまで教育期間がかかる
この状況では中小企業は採用に関して大手企業に太刀打ちできません。
採用コストの差だけでなく、ネームバリューや上場企業のような信用やブランドの差があり、求職者が集まりにくい点もあります。
このような環境の中、中小企業は経験の浅いエンジニア、延いては未経験者を採用し、教育に時間を含むコストをかけていかなければなりません。
エンジニアが一人前になるまで1年や2年という期間では足りません。
3年以上かけて現場で活躍できるエンジニアに育成していくのです。
3.高単価なエンジニアの流出
しかし、経験やスキル、自信をつけたエンジニアは、キャリアアップを目指し、より大手企業への転職を模索します。
待遇面だけでなく、より大きな仕事に挑戦したい、あの有名企業で働いてみたい、といった様々な理由で一人前のエンジニアが流出してしまいます。
4.案件単価、利益率が上がらない
一人前のエンジニアとなり単価も上がったところで流出してしまっては、折角単価の高い案件が舞い込んできても、自社で受けられず受注を断念するかパートナー企業へ外注する事になります。外注すれば自社の利益は上がっていきません。
5.利益が増えない為、給与が上げられない
利益が上がらなければ従業員に支払う給与の源泉が増えない為、給与を上げる事も困難となります。給与等の待遇面を強化できない事により、離職者の増加、採用における応募者数の減少を招き、人手不足という課題の解決は困難となります。
日本のIT業界の構造問題
上記のようにIT人材が不足している為、経験やスキルのあるエンジニアは会社に所属せずとも、フリーランスとして独立し、案件を豊富に受注する事ができます。
そして独立後、案件が豊富にあり人材を獲得し法人化していく事で、中小IT企業が増えていきます。
その結果、4次請け、5次請けといった多重下請け構造を招いています。
新興IT企業でも、営業力や高いスキル、経験によって直請けや2次請けといった形で案件を受注できるようになり単価も上がっていきます。
ただし、創業者を含め1人や2人、そういったスキルがあったとしても、プライム案件のような大きな案件を回していく事は困難です。
その結果「優秀な人材を採用したくても人が集まらない」というスパイラルに陥っているのだと思います。
スキルや経験のあるエンジニアが個々で力を発揮するのではなく、集団となって力を結集した方が、品質やサービスレベルの強化だけではなく、新たなテクノロジーの開発や発展を後押ししていくと考えます。
人材不足の弊害が多重下請け構造を招き、会社の発展、延いては日本のIT業界発展の妨げになっているのではないでしょうか。
日本のIT業界の発展
日本は高度経済成長を遂げ、世界的にもアメリカに継ぐ先進国でした。
しかし、バブル崩壊後、「失われた30年」と言われるように、経済は停滞しています。
人口の減少が大きな要因の一つであることは言わずもがなですが、日本はデジタル革命への対応が他国と比べて遅れを取っていると言わざるを得ないでしょう。
1990年代にマイクロソフトが台頭すると、Amazon、Google、Facebook(現メタ)、Appleがライフスタイルを一変させ、プラットフォーマーとしてアメリカ企業が地位を築きました。
この間、日本は成長投資ではなく守りの姿勢になり、今では世界だけでなくアジアの中でも影を潜めているように思います。
このままいけば「失われた40年」と言われる時代が来るかもしれません。
しかし、現在日本では物価が上昇し、大企業では賃上げが続いています。
大企業だけが発展しても、日本の99%以上を占める中小企業も発展しなければ、国として大きな発展は見込めません。
日本が再び世界と渡り合っていくためには、力を結集していかなければなりません。
そのためにはどうすべきなのか、その答えの一つが大手企業の資本を活用する事だと思います。
何十年も経営してきた会社を手放すという事は、家族を手放す程の辛い決断かもしれません。
上場を目指すスタートアップやベンチャーが大手企業の傘下に入る事は、夢を諦めてしまう事かもしれません。
しかし、会社を発展させる、発展のスピードを加速させる、従業員の待遇を良くする等、ポジティブな要素も多くあるという事は間違いありません。
会社を譲渡したからと言って、退任しなければならないわけではなく、株式は譲渡されるもののオーナーご自身は継続勤務するケースも少なくありません。
中堅、中小企業が結集し、大手企業へと成長していく会社もあります。
勿論、大手企業と組む事で、事業上のシナジーや企業文化としての相性等、考慮すべきポイントは多く、ここを疎かにしてしまってはネガティブな要素の方が上回ってしまいます。
日本のIT業界を再編していく上で、M&Aは有効な手段の一つですが、このようにメリット、デメリットをよく把握した上で決断していく必要があります。
IT業界におけるM&Aの目的
1.人材獲得を目的としたM&A
M&Aをする目的の一つとして、人材獲得があります。
採用コスト、教育コストを考えた時に、一人ひとり採用し育てていくよりも、M&Aをするケースがあります。
これは採用費や教育費といった金銭面というよりは、時間的コストを省く意味で有効です。
M&A実行後にすぐに案件を受けられるようになり、売上や利益をスケールさせる事ができます。
2.取引先獲得を目的としたM&A
安定した収益を上げる為、売上を拡大する為に、大手企業と取引がしたい場合、営業で口座を開くことは容易ではありません。
エンジニアだけでなく、営業人材の採用や教育はより難しいと言っても過言ではないでしょう。
そのような状況で、既に大手企業と取引のある企業とM&Aを実行する事で、大手企業との取引を開始し、アップセルやクロスセルといった相乗効果も見込めます。
3.事業領域を広げる為のM&A
ソフトウェア受託開発やSESといった業態が多い業界ですが、人が増えたとしても利益率まで上げる事はなかなか容易ではないでしょう。
更なる利益を追求すると、SaaSやクラウド等の自社プロダクトを獲得する事や、上流工程を捌けるコンサルティング事業を始める等が挙げられます。
人材獲得に近いイメージはありますが、ノウハウがない領域を一から始めるには多大なコストを要します。
そこで、事業を買収する事で会社としての軸を増やす目的でM&Aを実施するケースもあります。
勿論、これら以外にも企業によって目的は様々です。
それでは、譲渡企業にとってのメリットはどんな事が挙げられるでしょう。
譲渡企業にとってのメリット
1.信用、採用力の向上
大手企業の信用や資本を活用し、より大きな案件の獲得や採用力の向上といったメリットが挙げられます。大手企業と取引をするには信用が必要で、口座貸しといった手法もあるくらいです。求職者も知っている会社と知らない会社では応募のしやすさが違います。
2.従業員の将来の為
前述したように、待遇を改善する事が難しい環境下では従業員に還元したくてもできない事がよくあります。
大手企業の傘下に入る事で、より上流の案件を受注でき、単価を上げていく事で従業員に還元する事ができます。
受託開発やSESだけでなく、親会社のプロダクトの開発や導入支援、サポートの仕事を受ける事で、エンジニアが新たなスキルを習得する事も可能です。
今後、生成AIの台頭により、ヒトがコードを書けなくても良い時代がやってきます。
いずれ需要がなくなってしまう人材にならないよう、将来も稼ぎ続けられる人材になる事は大きなメリットです。
3.企業の成長を加速
スタートアップやベンチャー企業では、画期的なプロダクトやサービスを保有していても、それを広めていく資金力やノウハウがない事が多いです。
資金調達をして、優秀な人材を獲得できれば良いですが、全ての会社ができるわけではありません。
そのような状況で、大手企業と組む事で、一気に取引先を拡大する事も、製品やサービスを強化する事も可能になります。
まとめ
私は会社を創った事も経営した事もなく、様々な苦労を重ねられてきた経営者の方々にとっては無責任な内容に映るかもしれません。
私が担当させて頂いてきた企業もそれぞれストーリーがあり、全てが共通する事はありません。
IT業界の動向についても、私より会社を経営されてきた方にとっては釈迦に説法な内容かと思います。
しかし、M&Aを選択するかどうかは別としても、本コラムの内容が、日本の将来、そこで働く方々の将来にとって、少しでもより良い方向に向かう為の一助となれれば幸いです。