日本のIT業界における課題とM&Aによる解決方法
⽬次
- 1. はじめに
- 2. 日本のIT産業の現状
- 3. 日本のIT産業における各国からの遅れ
- 4. 日本のIT業界の課題
- 4-1. 日本のSI業界の歴史
- 4-2. 現在のSIerの事業形態と役割
- 5. SI業界の課題
- 6. 多重下請け構造
- 7. IT人材不足
- 8. M&Aによって解決できること
- 9. まとめ
- 9-1. 著者
はじめに
皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門グループの七澤一樹と申します。
私は、前職ではIT業界向けの人材紹介業に従事しており、現場担当として5年間、マネージャーとして3年間経験を積んで参りました。
当社に入社後はIT業界専任のM&Aチームに在籍し、引き続きIT業界に関わらせて頂いております。
IT業界においては、人材不足、急激な技術革新のスピードへの対応、多重下請け構造などといった業界特有の課題があり、対応に悩まれているオーナー様、企業様のお声を良くお聞きしてきました。
また、そういった課題に対して様々な手段を講じ、急成長してきた企業様も数多く拝見させて頂きました。
M&Aもそのような課題解決の経営オプションの一つであり、今回は事例を交えてご紹介させて頂きます。
日本のIT産業の現状
世界の時価総額ランキングを見ると、平成元年(1998年)は上位50社中32社が日本企業でした。
しかしながら、令和6年(2024年)においては、30位~40位にトヨタ自動車が入っているのみであり、50社中1社にまで減少してしまっています。
平成元年のランキングでは、首位の日本電信電話(NTT)を筆頭に、日本の製造業や通信事業者、金融機関が複数社ランクインしていました。
しかし、令和6年においては、GAFAMを含みトップ10中7社が世界のIT企業です。
なぜ日本企業はここまで衰退してしまったのでしょうか。
その一つの要因として、コンピューターの発展に伴うITトレンドの移り変わりに上手く対応することができなかったことが挙げられるのではと考えています。
日本経済の歴史を紐解いていくと、70年代までは繊維や鉄鋼業が日本経済をけん引し、80年代は自動車、家電、半導体、スーパーコンピューターなどのハイテク製品がその役割を担ってきました。
80年代後半~90年代初期までは「バブル景気」が起こり、日本の資産価格が上昇し、好景気となりました。
90年代に入り、ハードウェアがメインフレームと呼ばれた大型汎用機から、ミニコンやPCサーバーへと形を変え、ハードウェアのダウンサイジングが進みました。90年代後半からはクラウドが登場し、経理、会計、人事、総務一般などさまざまなオフィス業務に対応したアプリケーションソフトウェアが登場しました。
日本企業はこのような変化に乗り遅れ、90年代から急速に世界市場での存在感を失ってしまったように思います。特に2000年代~2010年代に入り、スマートフォンとクラウドサービスが台頭する時代においては、ソフトウェアサービスはもとより、得意であったハードウェアでさえ、韓国や中国のメーカーに遅れをとる状況となってしまいました。
なぜ日本はIT産業において遅れをとってしまったのか、現在の日本のIT産業における課題は何か、M&Aによってそれらが解決の糸口になり得るのではないか、今回のコラムではこのような点に着目していきたいと思います。
日本のIT産業における各国からの遅れ
この要因の一つとして、ITをサービスとして捉えるのではなく、単なる効率化の道具だと認識してしまうことで、ITが持つ力を侮ってしまったことが挙げられるのではと考えられます。
紙と手書きによるアナログな数値管理よりも、ITによるデジタル管理の方が、業務効率化においてメリットが大きいことは周知の事実かと思います。
しかしITが持つ力は、効率化や省人化だけではありません。
既存産業のルールを壊し、イノベーションを引き起こすほどの力を秘めています。
GAFAM等による革命的なITサービスがその代表例です。
日本はモノづくりで成功を収めた経験から、あくまで正業はモノづくりであると認識し、ITが持つ力を侮ってしまった結果、ITシステムの開発は自社の貴重なリソースを割いてまで取り組むものではなく、SIerやITベンダーに丸投げすれば良い、といった考え方になってしまったのではないでしょうか。
SIerやITベンダーへの丸投げ文化の形成により、事業会社にIT活用のノウハウが蓄積されない状況が続いてしまい、結果として日本はIT産業において遅れを取る形になってしまったのではないかと考えています。
ようやく最近になって、事業会社がITの内製化を進めている状況ですが、エンジニア不足や多重下請け構造によるシステム全体の複雑化により、簡単には内製化を進めることができていません。
では、SIerやITベンダー側での視点では、どのような課題があるのでしょうか。
日本のIT業界の課題
日本のSI業界の歴史
IT業界の課題を語る上で、まずは日本のSI業界の歴史について触れたいと思います。
現在の日本のIT業界で中心的な存在となっているSIerは、90年代から台頭し始めました。
これは、IBMなどの巨大なITベンダーが、ハードウェアからOS、データベースやミドルウェア、ネットワークまで複数レイヤーの技術を垂直統合で提供していたビジネスに陰りが見え始めた時期と重なります。
例えば、データベースの雄であるOracleのような、ソフトウェア専業のベンダーが台頭し始めたのです。
マルチベンダー化が進むに伴い、それらを組み合わせる役割も必要になってきました。
目的とするITシステムにはどのような機器やソフトウェアが必要で、どのようにつなぎ合わせるか、ネットワーク構成も決定する必要があります。
選択肢が増える一方で、それらすべてを事業会社が行うのは難しくなっていきました。
そこに登場したのがSIerです。SIerは、事業会社が対応しきれなくなったマルチベンダー構成のシステムを開発・運用するために誕生しました。
コンピューターベンダーも、時代の変化に合わせて自社技術を提供するビジネスモデルから脱却を図ります。コンピューターから周辺機器、ソフトウェアまでを一括提供するという役割はそのままに、他社製品であっても組み合わせ、ソリューションとして納品するSI事業を始めました。
IBMが早期に事業転換を図り、それに倣うように日本でも富士通や日立製作所、NECなどがSI事業を始めました。日本では、メーカー系SIと呼ばれるプレーヤーが登場したのです。
現在のSIerの事業形態と役割
そして現在、大手SIerと呼ばれる企業の事業形態は、大きく製品販売とサービス提供の2つで成り立っています。
製品はハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、周辺機器などがあり、サービスには顧客向けのソフトウェア開発、コンサルティング、インテグレーション、サポートなどがあります。
多くの大手SIerは、製品販売とサービス提供のハイブリッド型の事業構造を持っていますが、結果として、サービス提供の比重が非常に多くなっています。
インターネットの普及や、サイバー犯罪の増加、スマートデバイスやIoTのビジネス利用といった変化が生じるたびに、SIerは事業会社に寄り添ってITシステムの開発・運用をサポートしてきました。その意味では、日本のIT社会を支えた功労者と言えます。
従来の基幹システムの多くは、作るものがはっきりしており、不具合などがない限りは、しばらくの間リリースした時の状態で使い続けることが前提となり、開発から運用のフェーズに移ります。開発者は開発業務から解放され、しばらくすると次の開発にかかります。
しかし、このようなやり方はエンジニアの需要が安定しないため、事業会社はエンジニアを社員として雇用し続けるのを躊躇します。システムが完成した後、仕事がなくなってしまう恐れがあるためです。
SIerはこの需給バランスを調整する役割としても機能しました。多くの事業会社は、自社内に必要最小限のシステム担当者(多くの場合は、事業側の要求を要件化するまでと、システムの運用を担当する社員)を配置し、要件定義以降のシステム設計や実装はSIerに委託するという方をとりました。
しかし、この役割分担が日本企業のIT活用や、事業の進化そのものを阻んでしまう原因の一つとなっています。
SI業界の課題
例えば、事業会社の希望するITシステムが現状の業務に最適化され過ぎており、これから導入予定のパッケージソフトに大量のカスタマイズを施さなくてはならない場合、カスタマイズにかかるコストが高くなることが想定されます。
SIerとしては、本当に顧客のことを考えるなら、業務フローを見直す提案をすべきですが、自社の利益を最優先すると、要求された通りにカスタマイズすることが正解となります。
導入したパッケージソフトがアップデートされるたびに、多額のコストがかかります。
また、SIerが提供するサービスの多くは、契約形態が人月、工数ベースになっています。人を大量に投入し、工期が長くなるほど収益が上がるビジネス構造です。そのため、本来歓迎されるべき効率化が、SIerに係ると推奨されないという本末転倒なことも起き得ます。
多重下請け構造
さらに、SIerのビジネス構造は多重下請け構造となっており、上流を担当するプライムSIerは、下流工程を2次請け以降のSIerやSES企業に丸投げしてしまうケースもあり、結果として実装経験が乏しくなってしまうといった問題も起きています。元請けと下請け企業で情報格差が生じ、システムの不具合や炎上案件に発展してしまうなど、生産性の悪化に繋がっています。
また、商流が深くなるほどエンジニアの単価は低くなっていきます。エンジニアの給与は日本の上場企業で年収500万円程度からスタートして1,000万円で頭打ちとなるケースが多いと思われますが、シリコンバレーでは1,500万円程度からスタートして4,000万円程度まで上昇するケースもあるとも言われているようです。
これでは、優秀なエンジニアは日本から海外へと移住してしまいます。
IT人材不足
そして、IT業界において、最も深刻な課題の一つとして挙げられるのが、人材不足です。
経済産業省は、「IT人材は2030年には最大で79万人不足する」と「企業IT動向調査報告書 2016」で発表しています。
現に、どのIT企業でもエンジニア採用には苦戦を強いられていることかと思います。
M&Aによって解決できること
上述したようなIT業界の課題に対して、M&Aによって活路を見出せる可能性があるのでは、と考えています。
日本企業は、遅れを取ってしまったIT化に対して、急成長することより、対応を進めていく必要があります。
昨今は事業会社もシステムの内製化を進めていることから、事業会社×SIerのM&A事例も増えてきています。ただし、単なる内製化だけではなく、ITサービスを主軸におくことを目指すことにより、日本企業も世界に通用するITサービス企業へと変化することができる可能性を秘めています。
SIer同士や、自社プロダクトを保有するIT企業とのM&Aにおいても、それぞれの保有する商流や業務知見(金融、流通、製造等)、技術力を獲得することで、急成長を目指すことができます。
そして何より、M&Aによって単に人材を獲得するだけではなく、他社と組むことにより、採用力や育成力を向上させることで、エンジニア不足に対する効果的な打ち手を講じることも可能です。
譲受企業の買収戦略の主な目的は、外部経営資源の獲得です。
他社を買収することにより、「人材・サービス・顧客・ブランド等を獲得する」ということであり、それは同時に「時間を買う」という側面もあります。
譲渡企業がM&Aを選択する最大の理由としては、後継者不在による事業承継型のM&Aが最も多いですが、昨今は成長戦略型のM&Aも増加しています。
自社の株式を譲渡し、提携先の経営リソースを活用しようという考え方です。
上記のように、外部から経営資源を獲得するという考え方においては、買収も売却も本質的な目的は同じです。
違いとしては、買収の場合は金銭を対価として他社の株式を獲得すること、売却の場合はオーナーの持ち株を譲るということです。
実際に当社の成約事例でも、当初は買収による成長戦略を志向していたものの、最終的には他社の傘下に入ることで成長を目指す決断をされた経営者も少なくありません。
IT企業のM&Aは、譲渡を希望する会社数に比べ、買収を希望する会社数が多く、売手市場となっています。
そのため、買収を実現するには、複数の競合の中から選ばれる必要があり、実現難易度が相応に高い戦略オプションとなっています。
対して、積極的に他社と提携を望む場合、売手市場の中で数多くの相手候補の中から最適なパートナーを自ら選ぶことが可能となります。
世界的に有名な事例では、世界最大の動画共有サービスであるYouTubeは2005年2月に設立され、翌年2006年11月にはGoogleに売却をしています。
Instagramも2010年10月にサービスを開始し、2012年4月にFacebook(現:Meta)に売却をしています。
また、直近の中堅中小IT企業のM&Aも増加傾向であり、当社においては、2015年以降の累計で、400件以上と数多くのIT業界のM&Aの支援実績がございます。
※日本M&Aセンターにて作成/【2024年度版】IT業界_M&Aデータブックより
このように、世界的にも、日本国内においても、IT企業のM&Aは増加傾向であり、今後の日本のIT企業の成長には、より一層欠かせない戦略となり得ると考えています。
まとめ
日本企業がこれから世界に対して存在感を出していくためには、日本のIT業界の発展は欠かせないだろうと考えています。
そのための選択肢として、IT企業の経営者の方々には、M&Aを有効な経営オプションの一つとして、前向きに検討していただきたいと考えています。
当社は累計で9,000件以上、年間1,100件以上の業界トップのM&A支援実績があり、それゆえに多くのノウハウも蓄積しています。
IT業界のM&Aをご検討の際には、ぜひとも当社に一度ご相談いただければと思います。