【1万字】2024年M&Aを振り返る
⽬次
- 1. はじめに
- 2. 事業承継M&Aの現在地
- 2-1. ポイント
- 2-2. ・事業承継型M&Aは2035年まで年間9万社台で推移
- 2-3. ・M&Aが一般化したことで、株主としての権利を悪用する買手が出現
- 3. スタートアップのM&A市場の広がり
- 3-1. スイングバイIPO
- 3-2. SHIFTのM&Aポリシー
- 3-3. GENDAのM&Aポリシー
- 3-4. 本章のポイント
- 3-5. ・スタートアップにおける資本政策の多様化
- 3-6. ・M&A市場におけるスタートアップM&A件数のシェア拡大
- 3-7. ・現在、日本で成功しているM&Aの型はロールアップ型
- 4. IT業界のM&Aについて
- 5. TOB元年となった2024年
- 5-1. ポイント
- 5-2. ・大企業による対抗TOBが市民権を得た
- 5-3. ・大企業による事業ポートフォリオの見直しが始まった
- 5-4. ・企業成長の時間軸やオプションの幅を持たせるためにはMBOの活用も
- 6. PMIの重要性の高まり
- 6-1. 【日本電産の”三大精神”】
- 6-2. ポイント
- 6-3. ・買手企業におけるPMI力が差別化要因に
- 6-4. ・PMI人材の不足、PMI人材の市場価値が向上
- 7. 2025年以降のM&A
- 7-1. M&Aを後押しする各種政策
- 7-2. 経営資源集約化税制 中小企業庁 2023.4
- 7-3. オープンイノベーション促進税制 中小企業庁 2023
- 7-4. 企業買収における行動指針 経済産業省 2023.8.31
- 7-5. 経営資源集約化税制の拡充 中小企業庁 2024
- 7-6. 著者
はじめに
皆さん、こんにちは。日本M&AセンターでIT・スタートアップ業界のM&A責任者を務めています竹葉です。私は、前職の監査法人を経て、2016年から日本M&AセンターでIT業界専門のM&Aセクターの立ち上げから現在に至ります。
この業界に身を置き、9年目となりました。今年も年の瀬が近づいてきましたので、2024年のM&Aについて、IT・スタートアップ業界を中心に振り返りたいと思います。
2024年の国内M&A件数(12月25日時点、経営権の移転を伴うものに限る)は全業種含めて2,080件となっており、昨年の1,621件から約30%の増加となっています。
IT・情報サービス業界に限ると377件(昨年342件)となっており、こちらも全体として増加しています。
現在の国内M&A件数は、事業承継型M&Aによる件数の増加を足元に、TOBを活用した上場会社が売手となるM&A、スタートアップと大企業のM&Aがその主流となっています。
今回は、それぞれの動向について詳しく見ていきたいと思います。
レコフM&Aデータベースより日本M&Aセンターにて集計
■全業種■【データ種別】[M&A]M&A【形態】買収, 事業譲渡(営業譲渡)【マーケット】IN-IN, OUT-IN
■IT・情報サービス業■【データ種別】[M&A]M&A【形態】買収, 事業譲渡(営業譲渡) 【マーケット】IN-IN, OUT-IN【業種】[マール40分類](当事者2) ソフト・情報
事業承継M&Aの現在地
中小企業における後継者問題は1970年代後半に深刻化し始めました。
中小企業の後継者問題の解決策としてM&Aがいつから採用され始めたかは明らかではありませんが、遅くとも1980年代後半には後継者不在を理由とするM&Aが行われていたことを当時の新聞記事から確認することができます。
日本M&Aセンターが設立されたのは1991年になりますが、その当時、中小企業のM&Aに特化した会社は日本に数えるほどしかありませんでした(現在、国内M&A仲介専門業者は約650社あり、その半分以上が2020年以降に設立された会社となっています)。
それから約30年が経過し、国内の黒字企業60万社が後継者不在を理由に黒字廃業するという問題に直面しています。
そのような市場環境を背景に、中小企業にとってM&Aという資本政策オプションは、社会のインフラとして定着しました。
当社のグループ会社である矢野経済研究所のレポートによると、事業承継型M&Aの潜在需要は2035年のピークまで、約10年間に亘り、年間9万社台の高水準で推移することが予想されています。
中小企業にもM&Aが浸透した一方で、不適切な買手によるトラブルも確認され始めています。設立間もない事業実態のない買手企業が、株式を100%取得した直後に売手企業の運転資金を吸い上げ、その後、行方をくらますという事例が発生しました。
現行の会社法の枠組みでは、原則として、100%株主となったあとに、当該株主が子会社から資金を吸い上げること自体は罰せられません。
ただし、一定の要件を満たした場合には詐欺罪として刑法の枠組みのなかで罰せられる可能性はあります。
まさにこれまで性善説に基づいて安全に実行されていた中小企業M&Aの前提を覆す事例が発生しました。
このような事例を受けて、業界の自主規制団体であるM&A仲介協会は、トラブルに繋がる懸念のある悪質な買手企業をリスト化する運用を今年の10月から始めました。
社会にM&Aが浸透した今、株主としての権利を悪用し、経済的合理性を欠いた子会社から親会社への資金の移動など、不動産の地面師詐欺のような事例が発生する可能性も高まっています。売手、買手ともにこのような新たなリスクに留意しながらM&Aを進める必要性が生じてきています。
ポイント
・事業承継型M&Aは2035年まで年間9万社台で推移
・M&Aが一般化したことで、株主としての権利を悪用する買手が出現
スタートアップのM&A市場の広がり
スタートアップ業界でも、「IPOかM&Aか?」という定番のテーマを軸に、「M&A」についてのリリースや見解が過去最も飛び交った1年になりました。
特に2016年頃から始まった大企業とスタートアップのM&Aについて注目度が高まっています。
スイングバイIPO
ソラコムや、yutori、delyなどの事例のように、一旦大企業側に株式の過半を保有してもらい、連結による親子関係を築くことで大企業のリソースを注入し、上場まで走り切るという「スイングバイIPO」の事例も出てきました。
スイングバイIPOはソラコムの玉川社長がKDDIとのM&Aの際に作った言葉です。
スイングはもともと宇宙の専門用語で探査機が大きな惑星の重力を活用して再加速して遠くまで進む様子を表している言葉で、それを大企業とスタートアップが手を組んでIPOを目指す意味として使われるようになりました。
大企業とスタートアップのM&A件数は今後更に増加することが見込まれますが、IPOによるEXITの機会を提供するスイングバイIPOの件数の増加は限定的だと考えられます。
特に、買収企業の立場に立った場合、流動性のリスクを背負って、非上場の段階で連結子会社化しリソースをかけて育てた企業を、上場させる積極的な動機は無いのが現状です。
大企業がキャピタルゲイン獲得を主目的としてスタートアップを子会社化することはまだまだ限定的といえるでしょう。
また、親子会社関係を保持した上場は一定の課題(※)を指摘されていることから、大企業とスタートアップのM&Aの交渉の過程を経た結果において「IPO」の選択肢を残したスキームが組まれることはあっても、入口の段階からスイングバイIPOを目的とした検討は、特に買収企業側においては積極的に採用する理由はないものと思われます。
上場企業を中心とした買収側にとっては『連結売上高と利益の最大化』、スタートアップ側にとっては『事業成長の確度とスピード』がそれぞれの最大の関心事であるため、互いの利害に沿ったM&Aの検討が進められていくものと考えられます。
(※)上場している親会社と子会社の株主が一致してない以上、特に親会社の株式を保有していない子会社少数株主にとって、不利益な事業意思決定が行われる可能性があるという問題。上場子会社の件数は2006年の482社をピークに減少し、2018年以降は300社を割っている。
ここ10年で国内スタートアップの資金調達状況は大きく改善し、年間約8000億円~9000億円の資金がスタートアップに流れています。
資金流入は、10年で約10倍となっている一方で、国内のIPO件数は年間約100件(純粋なスタートアップに限定すると約半分)と、IPOによるEXITの機会は未だ限定的であるのが現状です。
今後、スタートアップに流れる資金の増加をバランスさせるためには、必然的にM&AによるEXIT件数は増加せざるを得ない状況です。
特にスタートアップへの資金の出し手を担うメインプレイヤーであるVCは、平均10年で償還されます。
このような資金の出し手の事情を背景に、投資を受けているスタートアップ側も4~5年経過したタイミングで、VCへのEXITの機会を模索し始めます。
一方で、近年は、2021~22年頃のIPO市場の好景気を背景に比較的高い企業価値で調達をしたスタートアップが多く、出口戦略を検討する際、IPO前提の企業価値と、M&A企業価値との大幅な乖離に直面し、選択肢が限定的になっているケースも多く見受けられます。
大型IPOを前提とした資金調達バブルから覚めた今、「資本政策は後戻りできない」ということを教訓に、株式による資金調達だけでなく、日本政策金融公庫等からの数百万円の融資を元に、事業を作っていこうとする起業家も増えています。
リンクトインの創業者リード・ホフマンが「スタートアップとは、崖の上から飛び降りながら、激突するまでに飛行機を作るようなものだ」とスタートアップの特徴を定義していましたが、従来のように、VCから大型の資金を調達し、シリーズA,B,C・・・・と順調に企業価値を上げていき、ストレートでIPOによるEXITを果たす。
このような華麗なシナリオをメインストリームとせず、まずはスモールスタートで事業を黒字化し、その後、金融機関からの融資枠を広げ、それでもなお融資による返済期間の時間軸にそぐわない、長期での資金需要があれば、株式を渡して、資金を得るというケースも多くなっています。
いたずらに自社の企業価値を上げずに様々な資本政策オプションを選択できる状態を維持したまま企業を成長させていこうとする起業家が、特に20代を中心に増えています。
そもそもVCから調達する際の企業価値と、M&A時の企業価値の価値形成ロジックは、全く異なるものです。
後者は、過半数超の株式の取得の際に用いられる一定実現した企業価値である一方で、前者は、不特定多数の投資家の期待値によって構成された未実現の企業価値という点で大きく異なります。
また、近年議論に上がっているのが、スモールIPOの問題です。
年間100社という狭き門をくぐり抜けて上場に至ったとしても、その後の時価総額が進捗せず、大規模な資金調達を駆使した投資が行えない企業が一定数存在しています。
一般的には時価総額の上昇を見込むには、個人投資家ではなく海外機関投資家を株主として呼び込む必要があると言われています。その一つの目線が時価総額300億円です。
これを下回ると海外機関投資家の投資検討対象から外れ、上場後3年以内に時価総額300億円に到達できない企業は、そのままの時価総額で推移していってしまうのが近年の傾向となっています。
時価総額300億円、PERが30倍だとして、当期純利益で10億円、売上高当期純利益率を10%と仮定して、逆算すると最低でも売上高で100億円の事業規模が必要となってきます。
しばしば「売上高100億円を超えるまで上場するな」と言われるのは、このような事情を背景にしています。
上記のような日本のIPO市場での課題もあるなかで、2024年12月10日に東京証券取引所から興味深いレポートが公表されました。
『グロース市場における今後の対応』というタイトルが付された本レポートには、上場を果たした経営者へのインタビューを中心に、非上場企業経営者、VC、金融機関関係者などIPO市場の周囲にいるステークホルダーの方に上場後の苦悩や、経営者を取り巻く環境が、赤裸々に記されていいます。
(以下、レポートより抜粋)
“経営者の視座の問題として、日本のために何かしようという発想ではなく、M&Aで売るより高値が付くし、小さく儲けようというマインドとなっている。そもそも市場の広がりがない事業領域で起業しているプレーヤーが多くなっている” ―上場企業経営者―
“上場企業経営者は、一生その会社を経営しなければならないという呪縛にかかっている。成長ビジョンを深く考えずに始めた事業が少し成功し、時価総額数十~数百億円で上場したものの、その後は行き詰ったまま、経営し続けている経営者も多い” ―VC・機関投資家―
“経営者の偉大な先輩から、無理に上場しても伸びないため、利益100億円が出るまではIPOするなと言われている。そのようなことを言ってくれる人が周囲にいるかも大きい。”―経営者(非上場)―
(東証のレポートはこちらから)
https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/mklp77000000n54j.pdf
スモールIPOとVC側の利害については、しばしば議論に挙がりますが、今後も国内スタートアップの成長にVCは不可欠です。
VCの機能が生まれた米国では、1974年以降に米国でIPOを果たした企業の42%がVCの支援を受けており、VCの支援を受けたスタートアップは時価総額で4兆3000億ドルもの企業価値を生み出しています。
これは1974年以降米国で設立された上場企業の時価総額の63%にあたるとされており、2500万人もの雇用を生み出したと言われています。
このように米国の経済発展は、スタートアップとそれを支援するVCによって達成されたといっても過言ではなく、日本においても、スタートアップの成長のために引き続きVCは重要な役割を果たすことが考えられます。
ただ、企業の中には必ずしもIPOという資本政策に向かない企業もあり、VCからの資金調達ではなく銀行融資のほうがマッチする事業もあります。
また、株式で調達した場合でも、しっかり本業で利益を出して、毎年の配当金で株主に還元していくという形がマッチするケースもあります。
事業モデル、事業の規模、起業家それぞれにとっての幸福の定義を軸に、資金調達についてはどの手法がベストであるのか、より慎重に検討していこうという傾向が高まっています。
スタートアップを買手としたM&Aも今後さらに増加していきます。
既に上場を果たしたスタートアップ第一世代であるSHIFTや、マネーフォワードなどは上場後にその信用力を活かし、M&Aを活用して事業を成長させてきました。
また、GENDAやAnyMind、delyなどのように上場前であってもVCなどから調達した資金を活用して複数のM&Aを実施し、上場後にさらに社内のM&A実行オペレーションを磨いていくスタートアップも増えてます。
以前は、資金を提供するVC側が調達した資金を更にM&Aを通じて他の企業に投資することに消極的な部分もあったと言われていますが、その傾向も近年変わり始めています。
また、今後上場を果たしていく企業にとって、営業力や、採用力と並んでM&A実行までのオペレーショナルエクセレンスな「M&A力」のある企業であるか否かが、投資家が重視する評価要素のひとつとなっています
2024年も、M&A巧者として名前が挙がることの多かったSHIFTとGENDAのM&A戦略はロールアップ型です。
ロールアップ型M&Aとは、比較的小規模事業者が多い業界で連続的に同じ業界の企業を買収していく手法です。
SHIFTは16兆円といわれている国内IT・DX市場において、15,000社の事業者のうち、社長が60歳以上で後継者問題を抱えている企業5000社をターゲットに、約6兆円の市場をロールアップ型M&Aによりグループに加えています。
一方GENDAは、国内市場規模5400億円のゲームセンター市場において、その半分のシェアを構成する100社近くの中小企業をターゲットにM&Aを行っています。
M&A巧者のNidec(旧:日本電産)も、ロールアップ型のM&A戦略で、「回るもの、動くもの」に特化してモータ事業を中心に70社以上のM&Aを実行してきました。
SHIFTのM&Aポリシー
- 付加価値が高く、今後の単価向上が見込める
- 顧客母集団を活用できる
- のれん負けせず、すぐに利益貢献できる
- 購入価格が割安(EV/EBITDAマルチプル8倍以内)
GENDAのM&Aポリシー
- 名目的な利益ではなくキャッシュフローが最も重要な指標(具体的には、償却前営業利益(EBITDA) 、のれん償却前当期純利益、Cash EPSをKPIとする)
- 実行するM&Aは、支払うキャッシュフローに対して、対象会社から得られるキャッシュフローが(資本コストに基づく時間的価値を考慮した上で)上回ると見込むもののみ
今後、時価総額が上がっていく企業の一つに、ロールアップ型M&Aの活用可能性の有無、その市場規模なども、一つのキーファクターになってくることが考えられます。
本章のポイント
・スタートアップにおける資本政策の多様化
・M&A市場におけるスタートアップM&A件数のシェア拡大
・現在、日本で成功しているM&Aの型はロールアップ型
IT業界のM&Aについて
国内IT(情報通信業)企業のM&Aは年々活発になっています。
2024年のM&A件数(経営権の移転を伴うものに限る)は377件と、昨年の342件から増加しています。
377件 という件数は、買手企業が開示義務を負っている上場企業などの場合の件数を集計したのみのとなっており、非上場企業同士のM&Aも加味すると、筆者の感覚ではITだけで500件程のM&A件数があるものと推測しております。IT業界のM&A件数は、10年前の3倍となっています。
特に今年、印象的だったのがNTTデータや、SCSKなどを始めとするTier1のIT企業がM&Aの買手となり、中堅SIerを買収していった点です。
特にNTTデータは国内のIT需要の拡大に向け2025年度までにM&Aに1000億円を投じる方針を掲げています。
親会社であるNTTの島田社長も「システム開発領域で中堅企業を軸に買収を続けていく」と明言しています。
国内大手IT企業を中心とした業界再編が口火を切ったといえます。
国内IT業界では新興企業であるSHIFT も、M&Aによる人材の囲い込みに力を入れています。
SHIFT はもともとソフトウェアテストの会社でしたが、M&Aによってシステム開発人材をグループに迎え入れ、グループの年商は今年1000億円を突破しました。
上場翌年の2015年からM&Aを開始し、2024年までに33件のM&Aを実施しています。
約265億円を投じ、グループとして約5000名の社員を迎えました、これはSHIFT全体の社員の約半分となっています。M&Aによって獲得した売上高は408億円規模、EBITDAは45億円となっています。
総投資額(株価)と利益の倍率を示す、EV/EBITDAマルチプルの平均は5.9倍となっており、シンプルにいうと買収対象企業から生み出される年間キャッシュフローの5~6年分の価値をつけて、各社をグループに参画させています。
日本M&AセンターのIT業界だけに絞った成約データによると(2015年からの当社IT業界の成約データ426件を基に算出)、EV/EBITDAマルチプルの平均値は6.0倍となっており、近似する値となっています。
ただ、当社の成約実績においても2023年以降、6.0倍を超えているケースが多くなっているのも事実であり、IT業界における人材争奪戦の過熱を現場目線からも感じています。
※ レコフM&Aデータベースより日本M&Aセンターにて集計
【データ種別】[M&A]M&A【形態】買収, 事業譲渡(営業譲渡)【マーケット】IN-IN, OUT-IN【業種】[マール40分類] (当事者2) ソフト・情報
TOB元年となった2024年
TOB元年となった今年、これまで年間50件~80件程だったTOBの件数は100件を超えようとしています。
100件を超えてくるのは、リーマンショック前年にあたる2007年の104件以来17年ぶりのことです。また、ベネフィット・ワンのTOBの事例に見られるように、エムスリーがTOBを公表したのちに、第一生命HDが手を上げ、結果、後から割り込んだ第一生命がTOBを成立させるなど大企業による対抗的TOBも活発化した1年でした。
TOB(Takeover Bid)とは株式公開買付の略であり、上場企業を子会社化する場合、事前に株式の買付価格や、買取期間、買取数などを広告して、取引所外で多くの株主から大量に株式を買い付ける手法をいいます。
TOBの制度がない場合、市場内で大量の株式を時間をかけて買い付けることになり、株価が想定以上に急上昇してしまうなど、最後まで買付費用の見通しが立たず、大量の株式を取得することによる子会社化は現実的に難しくなっています。
TOBの増加は、2023年に経済産業省から『企業買収における行動指針』が発表されたことが大きく関係しています。TOBの手法自体は、1971年頃からありましたが、2005年前後のライブドア、村上ファンドなどの前のめりな買収者による買収劇以降、TOBを仕掛ける会社としても、企業のレピュテーションリスクを気にして、それほど積極的に活用されていませんでした。
それが上記指針の発表により、より具体的なTOBの作法が明示されたことで、当該ルールに則っとる限りにおいては、TOBの提案を受けた企業も真摯に提案を検討することが求められることになりました。それらの対応が、ひいては資本市場の活性化、株主から経営を任されている上場経営者としての当然の「責」である、という共通認識が市場全体で図られる年となりました。
TOBを提案する側としては、できれば友好的、株主にとって最適な提案であれば敵対的TOBも辞さない、という日本の上場企業におけるTOBの位置付けが大きく変わった年といえます。実際、2024年はTOB元年にふさわしい、業界を代表する企業がTOB当事者となっているのが見て取れます。
現在日本の上場企業数は約4000社になります。そのうちPBR(株価純資産倍率)が1倍を超えている企業は約6割、逆にいうと市場の4割を占める企業においては、会社の株価が純資産を割っている、といういびつな状況になっています。
PBR1倍を超えている企業が、米国では96%、欧州では80%という点からも、日本の上場市場は世界でもマイノリティとなっています。
TOBが活発化することは、株価を意識した経営にも直結し、株主価値の最大化という観点で見た場合には、健全な市場原理が働くことが期待されます。
一方で、株主からの短期的な圧力にさらされずに、長期での企業運営を望む場合などは、スノーピークや大正製薬などのように、MBOを活用した資本市場からの戦略的な撤退なども考えられます。
ポイント
・大企業による対抗TOBが市民権を得た
・大企業による事業ポートフォリオの見直しが始まった
・企業成長の時間軸やオプションの幅を持たせるためにはMBOの活用も
PMIの重要性の高まり
PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)とは、M&A成立後の経営統合プロセスをいいます。M&Aの件数が増加し、ソーシング(M&A案件探し)やエグゼキューション(M&Aの進行)に関する知見が蓄積してきた一方で、まだまだ発展途上のPMIの重要性は今後特に買手企業にとって高まってきます。
前述したNidecは以前よりPMIの重要性を説いています。
永守会長自身、『(M&Aの)クロージングは1合目』と、度々発信しています。
特に赤字企業の買収が多かった同社では、M&A後、Day1から役員・従業員の意識改革を行っていきます。日本電産の”三大精神”に代表される、徹底したスピード志向・顧客第一主義を、新しい企業風土として営業・製造の現場まで浸透させていきます。
【日本電産の”三大精神”】
- 情熱、熱意、執念
- 知的ハードワーキング
- すぐやる、必ずやる、出来るまでやる
しかし、会社のカルチャーは一朝一夕に代わるものではありません。
まして、業績不振に苦しんだ末に、競合企業の傘下に入った企業において、従業員の思いは複雑です。
その思いをリーダー自らが汲み取り、改革への熱意を伝えていくことが必要となってきます。
その具体的手法として永守会長が用いてきたのは、食事をしながらの懇談会でした。
2003年に、それまで熾烈なライバル関係にあった三協精機製作所(現 日本電産サンキョー株式会社)に資本参加した際には、永守会長自らのポケットマネーで、2,000万円もの予算をかけ、現場から主任クラスの社員とは計52回の昼食懇談会、課長以上の管理職とは計25回の夕食懇談会を実施しています。
この懇談会の中ではリーダー自ら、現場の本音や、不満の声にも耳を傾け、一つ一つ解決して行きました。また、1979年(昭和54年)に京セラがサイバネット工業を買収した際も、買収後、サイバネット工業の幹部が京セラ本社に集められ、会議室で京セラ幹部とサイバネット工業幹部での飲み会が開催されました。
稲盛社長はサイバネット工業の幹部に対し、工場のこと、部品のこと、社員のことまで熱心に質問をしていたそうです。その後京セラ本社近くのスナックに流れ、稲盛社長がカラオケで、ユーモアを交えて「みちづれ」という曲を歌い、サイバネット工業の幹部を魅了したというエピソードがあります。
上記は極端な例ですが、日本的PMIの成功の要否は、いかに買手企業の社長含めた経営陣が売手企業のキーマン含めた社員を魅了、けん引できるかにかかっています。
逆にいうと買手企業による求心力がない企業は、株式を取得しM&Aの実行まで漕ぎつけたとしても、適切なPMIによる、M&Aの成功の確率は下がってくると言えます。
M&Aの実行までは「右手で握手しながら、左手で殴り合う」という交渉力、ハード面がものをいいますが、M&A実行後は、ソフト面での調和がより重要になってきます。
ポイント
・買手企業におけるPMI力が差別化要因に
・PMI人材の不足、PMI人材の市場価値が向上
2025年以降のM&A
昨年から始まった税制面などでの国によるM&A促進の影響もあり、2025年以降のM&A件数は、上場企業、中堅中小企業、スタートアップ含めて過去最大件数となることが予測されています。国内大手IT企業の雄である富士ソフトを巡る、米国投資ファンドのKKRとベインの買収合戦も未だ継続していますが、上場会社では経営陣の賛同を得ない、敵対的買収も目立った1年でした。
中堅中小企業においては、非上場の売手がほとんどであり、経営陣と株主は一致しているため、友好的なM&Aしか基本的には起こり得ません。
今後、上場会社を売手としたM&Aでは『株主価値最大化』を主目的とした敵対的買収、対抗的TOBの加速、非上場会社を売手としたM&Aでは、『事業承継問題解決』、『事業成長』を主目的とした友好的買収、上場、非上場の会社それぞれで実態の異なるM&Aが活発化していきます。
M&Aを後押しする各種政策
経営資源集約化税制 中小企業庁 2023.4
M&A実施後に発生し得るリスク(簿外債務等)に備えるため、投資額の70%以下の金額を、準備金として積み立て可能(積み立てた金額は損金算入)
オープンイノベーション促進税制 中小企業庁 2023
国内の対象法人等が、スタートアップ企業のM&A(議決権の過半数の取得)を行った場
合、取得した発行済株式の取得価額の25%を課税所得から控除できる制度。
企業買収における行動指針 経済産業省 2023.8.31
日本はPBRが1倍を下回る上場企業が他国と比較して多い状況にある。望ましい買収(企業価値の向上と株主利益の確保の双方に資する買収)が活発に行われることは、買収による企業の成長に資する。
経営資源集約化税制の拡充 中小企業庁 2024
繰延の措置期間が5年から10年へ延長。新設された「拡充枠」の対象となる条件を満たすと、1回目のM&Aでは株式取得価額の90%まで、2回目以降は株式取得価額の100%まで積立可能
来年2025年は「巳(へび)年」となっています。脱皮をする蛇の習性から、変化や成長の象徴ともされ、人生の新たなステージへの移行を意味するともいわれています。
まさに企業にとってのM&Aも変化や成長を促す経営オプションといえます。来年も日本M&Aセンターグループは「最高のM&Aをより身近に。」をパーパスに、経営者の方に寄り添ったサービスを提供してまいります。
2024年もありがとうございました。皆さま良いお年をお迎えください。