【業界別】水産卸業界を取り巻くM&Aについて
⽬次
- 1. 日本の水産卸の経営事情について
- 1-1. 様々な要素から変化する水産業界
- 1-2. 1.輸入大国日本にとって悪い為替環境
- 1-3. 2.水産食料の消費量減少
- 1-4. 3.販売経路の多様化について
- 2. 直近のM&A事例に基づく水産卸の多様化について
- 2-1. 1.垂直統合型にてグループ化を図る成長戦略型M&A
- 2-2. 万代リテールホールディングスが輸入水産物を取り扱う東中央を買収した事例
- 2-3. ヨシムラ・フードHDが水産加工製造業のワイエスフーズを買収した事例(2023/08/29)
- 2-4. 2.海外水産卸事業を譲り受けるM&A事例
- 2-5. 極洋がトルコの水産物買付け・冷凍食品製造販売会社を子会社化した事例
- 2-6. 旭食品が寿司ネタ・水産加工品販売の豪The Fish Factory Australia Pty Ltdを買収した事例
- 3. まとめ
- 3-1. 著者
当コラムは、日本M&Aセンターの食品業界専門グループのメンバーが執筆しており、食品業界の最新情報を提供しています。 今回は、水産卸を経営する会社が選択したM&Aの事例に焦点を当て、「水産卸が取り組むM&A」というテーマで解説します。
日本の水産卸の経営事情について
様々な要素から変化する水産業界
この章では水産卸へ焦点を絞り、農林水産省の公表データや過去の傾向、将来予測を元にして、日本の水産卸業の変化する環境や経営事情についてお示しいたします。
1.輸入大国日本にとって悪い為替環境
水揚げ量が減少している日本の水産事情において、水産物を満足に楽しむためには、輸入に頼らざるを得ない状況です。
日本の食料自給率は、1964年88%だったものの、緩やかに下降し現在では40%前後となっております。 60%の食品を輸入に頼り、支払通貨は米ドルで設定する輸入企業が多い中で、食品の物価高騰など痛感されているかと存じます。
水産資源においては、令和4年段階で、自給率が56%と重量ベースでみると、全体の自給率よりも遥かに良いと見受けられますが、日本近海で採れる水産資源は主に大衆魚が多い状態です。金額ベースの食料自給率に直すと、56%よりも低い自給率になります。
水産品も決して自給率が高い部類ではないことが確認でき、為替環境に左右されやすい日本において、現在の水産資源のポジションは決して良くなく、それを卸売りする水産卸業者への逆風は、非常に強いと言える状態です。
2.水産食料の消費量減少
少子高齢化や原価の高騰、食の多様化などの要因から、水産食料の消費量は年々減少しています。 例えば、国民1人当たりの食用魚介類供給量は、1989年で平均37.4kgだったのに対し、2018年には23.9kgにまで減少しました。
一方で、食用肉類の供給量は増加傾向にあります。水産品を卸売りする業者にとっては、原料・製品共に消費量が落ち込んでおり、非常に厳しい環境であることが伺えます。
3.販売経路の多様化について
農林水産省が発表した卸売市場データ集によると、1980年代においては、職人などは実際に市場を訪れて水産物を手に入れるためには、水産仲卸から直接仕入れる以外の仕入れルートは無かったため、水産市場経由の商売が70%を超えていました。
それに対して現在2023年では、販売経路の多様化が進んだことにより45.6%にまで低下しております。
販売経路の多様化した一番の要因はネットが普及し、ECなどで水産物を販売できる環境になったことにあると言えます。 このような環境下の中、EC販売へ順応できる企業に関しては、売上を伸ばすことができましたが、多くの水産仲卸に関しては、本業の卸売り業と並行して販売を行うこととなり、注力しきれずに、販売数量を落としている業者も多々いる状況です。
水産卸には市場外流通も存在するため、販売経路の多様化が卸売り業者にとって一概に厳しい環境とは言えないですが、ネットの普及と食の多様化により、個人で水産物を買い求めることのできるEC販売の重要度が増していると言えます。
直近のM&A事例に基づく水産卸の多様化について
この章では、水産卸業界が直面している問題に対する解決策として、水産卸会社がどのような戦略的M&Aを選択しているかを具体的な事例を交えて紹介します。
1.垂直統合型にてグループ化を図る成長戦略型M&A
万代リテールホールディングスが輸入水産物を取り扱う東中央を買収した事例
万代リテールホールディングスは、関西にてスーパーマーケット事業を展開する会社の中核企業になります。 スーパーマーケット事業の他にも、宅配事業、不動産賃貸事業、複合施設・モール事業、薬店薬局事業を行っております。
東中央は、静岡県にて活魚介類を販売している会社です。 東中央は荷物が集荷されやすい関東と関西を結ぶ位置に、水産物を取り扱える拠点を構えることで、物流拠点のハブになれるだけでなく、仕入れから販売まで一貫して行えることが強みとして推測されます。
東中央をグループの仲間として取り入れた万代ホールディングスは、仕入れから販売までに、商社を挟まない仕入れスキームを保有していることで、原料難による価格競争から外れ、安定的な仕入れルートを確保し、他のスーパーマーケットと比べ、需給バランスが崩れることによる価格競争から逃れて、有利な環境を作り出すことが期待できます。
ヨシムラ・フードHDが水産加工製造業のワイエスフーズを買収した事例(2023/08/29)
ヨシムラ・フードHDは、M&Aで譲り受けた各子会社に対して、セールス・マーケティング、生産管理、購買・物流、 商品開発、品質管理、経営管理、海外展開といった機能ごとに横断的な管理をおこなう「中小企業支援プラットフォーム」をテーマに経営支援をおこなっている上場企業です。
ワイエスフーズは、北海道茅部郡森町に本社及び工場を構え、主に噴火湾で漁獲されたホタテ加工を行う企業です。
噴火湾地域では最大規模のホタテ加工・保管設備や買参権(漁協から直接水産物を購入する権利で、新規で取得することは困難)を保有しており、漁協共同組合から仕入れたホタテを加工し、主に国内の水産卸売企業や中国の水産加工企業へ販売しています。
ヨシムラ・フードHDの子会社であるホタテ加工を行うマルキチとは、オホーツク沿岸で漁獲されたホタテの仕入や加工受託等の取引関係があり、以下の3点から本M&Aを実行しました。
- 海外において需要が増加する日本産ホタテの調達ルートを確保
- 大手ホタテ加工企業としての確立された地位と高い品質管理能力を持つ生産加工設備の獲得
- ヨシムラ・フードHDの各子会社とのシナジー
日本国内のホタテの水揚げ量は、イワシ類、サバ類に次ぐ3位に位置しています。資源量が豊富で、上位の水産魚種よりも価格が取りやすく、且つ日本以外の国では生産量が落ち着いている資源です。
ヨシムラ・フードHDは、ワイエスフーズ及びマルキチの2社を合わせることで、国内ホタテ加工市場における高いシェア率を有すことになり、ホタテ市場に対する強い影響力を獲得することが出来たと想定されます。
2.海外水産卸事業を譲り受けるM&A事例
極洋がトルコの水産物買付け・冷凍食品製造販売会社を子会社化した事例
極洋は、海外での事業拡大を重要な戦略として位置づけており、「海外でつくり、海外で売る」ことを基本方針に掲げています。 このM&Aにより、ヨーロッパ向けの食品生産・販売事業を強化しています。
KOCAMAN BALIKÇILIK İHRACAT VE İTHALAT TİCARET ANONİM ŞİRKETİ (コチャマン バルチシルック イラジャット ヴェ イタラット ティジャレット アノニム シルケッティ)は、トルコにて水産物の買付け及び冷凍食品の製造・販売を行う会社になります。
近年、トルコでは海面養殖を中心にサーモンの養殖数量が年々増加傾向にありました。 実際日本へのトルコ産サーモンは輸入量が増加しており、日本の食卓に並ぶ頻度も以前より増えています。
極洋としては、中期経営計画「Build Up Platform 2024」において、「海外事業の拡大」を重要な戦略 として、「海外でつくり、海外で売る」ことを基本方針に海外拠点の整備を進めています。 2022 年には、東南アジア向けの食品生産・販売会社としてベトナムに子会社を設立、2023 年には米国向けのカニ風味かまぼこ製造・販売会社を北米に設立しています。
ヨーロッパに隣接するトルコで 40 年以上食品を生産し、エビやサケマスなどの水産物を原料とする冷凍食品をヨーロッパにも輸出している水産会社を子会社化することにより、ヨーロッパ向けの食品生産、販売事業を強化する狙いです。
日本の水産資源が減っており、一方で海外の水産事業は拡大を続けています。そのような中で日本に拘るのではなく、海外の資源そのものに着目し、内製化することで原価高騰の煽りや国内の限りある資源で競争せずに済むため、業界問題の解決に繋がっています。
旭食品が寿司ネタ・水産加工品販売の豪The Fish Factory Australia Pty Ltdを買収した事例
旭食品株式会社は、2024 年 7 月にThe Fish Factory Australia Pty Ltd(以下 TFFA)の株式を譲り受けました。
旭食品グループは、トモシアグループビジョン 2027 の『エリア×カテゴリ×チャネル戦略』における『海外×水産×外食』の強化、及び旭食品グループの中期経営計画 ACE2030 に掲げる「海外事業の拡大」に基づき、海外事業の展開を進めており、オーストラリア国内で寿司ネ タや水産加工品の販売を主力事業とする、TFFAを迎えいれました。
TFFA を子会社化することで、アジアに続いて オセアニアでの水産加工品の卸売事業を展開することになりました。
今後は、水産加工品卸売事業を通じて、ベトナムで水産加工を行っている SAKURAFOOD Co.,Ltd や韓国で水産加工品の販売を行っている㈱韓国築地と連携して、海外事業の拡大を図るとともに、日本国内で水産物卸売事業を展開している㈱大倉、かいせい物産㈱、㈱香西物産などのグループ子会社とも連携しながら、更なるシナジーを生み出し、TFFA の事業拡大を図ろうという戦略です。
【参考】 ・農林水産省:日本の食料自給率 ・水産庁:漁業・養殖業の国内生産量の動向 ・水産庁:水産白書 ・農林水産省:漁業・養殖業生産統計 ・国連食糧農業機関(FAO)の発表を受け世界的な水産資源に対する動向まとめ ・水産庁:水産物消費の状況 ・水産庁:世界の水産物消費 ・農林水産省:卸売り市場データ集
まとめ
本コラムでは、水産卸業界の現状とM&Aによる解決策について解説しました。 これまで解説させて頂いた通り、水産卸業界の市場環境やビジネスモデルは驚くべきスピードで変化しております。
この変化は、日本国内だけでなく、世界的にも起きている出来事であり、この変化への対応を行わなければ、これからの時代、水産卸業界の中で、生き残り勝ち抜いていくことがより難しくなっていくことが想定されます。
そのため、経営者としては企業の存続と発展のために、変化に対するトライアンドエラーを行うことが必須です。 変化への対応策として、M&Aは経営戦略の一つとして、目まぐるしいスピードで変化している水産卸業界の経営問題解決に役立つ可能性が高いと言えるのではないでしょうか。
今後、水産卸業界のМ&Aは更に増加していくと想定されるため、本コラムを通じて、経営戦略におけるM&Aの優先順位が上がるきっかけになれば幸いです。