会社法改正によるM&A実務への影響

江端 重信

著者

江端重信

三宅坂総合法律事務所弁護士

M&A法務
更新日:

⽬次

[表示]

会社法改正とM&A

周知のとおり、改正会社法は2014年6月20日に通常国会で成立しており、本稿作成時点においては、2015年5月1日より施行される見込みとなっている。

今回の改正項目の中にはM&A実務に影響を与えるものもあり、特にスクイーズ・アウト(キャッシュ・アウト)に関しては、新たな制度の導入や既存の制度の見直しが多々なされているため、以下に概説する。なお、M&Aに関連する改正項目としては、他にも公開会社における支配株主の異動を伴う第三者割当増資、親会社による子会社株式の譲渡、詐害的会社分割に関する規制の新設などがあるが、本稿では、割愛させていただく。

M&Aにおけるスクイーズ・アウトの活用

スクイーズ・アウトとは、会社の支配株主が、他の少数株主の有する株式の全部を、その少数株主の個別の承諾を得ることなく、現金を対価として強制的に取得し、少数株主を会社から締め出すことをいう。

M&Aにより買収対象会社に対する100%支配権を確保したいものの、株式売却に応じない買収対象会社の少数株主がいる場合には、スクイーズ・アウトを検討することになる。スクイーズ・アウトは、実務上、次のような場面で活用される。上場会社においては、TOBに応募しない少数株主がいる場合には、TOBが成立しても100%支配権を確保できないため、買収の第二段階としてスクイーズ・アウトが用いられる。一方、非上場会社においても、株式が分散している場合(創業者の相続により株式が分散している、会社設立時にオーナー以外の者も発起人としている、従業員や取引先に株式を持たせているなど)や所在不明株主がいる場合にスクイーズ・アウトが用いられる。

現行法下でのスクイーズ・アウトの実務

スクイーズ・アウトは、現在の実務上は、「全部取得条項付種類株式」という種類株式(会社が株主総会決議によりその全部を取得することができる種類株式)を用いたスキームにより行われることがほとんどである。このスキームは、以下の手順により進められる。

図1 全部取得条項付種類株式スキームの手順

図1 全部取得条項付種類株式スキームの手順

[1]定款変更により、図1(1)のように、対象会社の発行済株式を全部取得条項付種類株式に変更する。 [2]株主総会決議により、図1(2)のように、各株主が保有する全部取得条項付種類株式の全てを対象会社が取得する(この際、各株主には対価としてA種種類株式という種類株式を交付するが、少数株主に交付されるA種種類株式は1株未満の端数になるように調整する)。 [3]対象会社は端数株式については裁判所の許可を得て売却することができるため、図1(3)のように、少数株主に対しては、裁判所の許可を得た上で、現金(A種種類株式の端数の売却代金)を交付する。これにより、少数株主は対象会社から締め出される。

図2 特別支配株主の株式等売渡請求の手順

図2 特別支配株主の株式等売渡請求の手順

会社法改正により変わるスクイーズ・アウトの実務

会社法改正後のスクイーズ・アウトの手法としては、現行法上広く用いられている「全部取得条項付種類株式スキーム」に加え、「特別支配株主の株式等売渡請求制度」及び「株式併合スキーム」を用いることが可能となる。

会社法改正により新たに導入される「特別支配株主の株式等売渡請求制度」は、対象会社の総株主の議決権の90%以上を有する株主(特別支配株主)が対象会社の承認を得ることにより対象会社の他の株主全員に対し保有株式全部の売渡しを請求できるという制度である(手順について、図2参照)。この対象会社の承認は、株主総会決議ではなく取締役会決議で足りる。従来は、例えばTOBにおいて議決権割合90%以上の株主からの応募があった場合でも、応募しなかった株主から株式を取得するには、株主総会決議の必要な「全部取得条項付種類株式スキーム」を用いる必要があったが、会社法改正後は、このような事案において株主総会決議の不要な「特別支配株主の株式等売渡請求制度」を用いることができるため、数ヶ月を要する「全部取得条項付種類株式スキーム」に比して短期間(最短20日間程度)でのスクイーズ・アウトが可能となる。

また、「株式併合スキーム」(株式併合後の少数株主の保有株式数が1株未満となるような併合割合での株式併合)については、現行法上は、少数株主の保護制度が不十分であり(情報開示制度、株式買取請求制度等が未整備)、株主総会決議の取消リスクがあることから、ほとんど利用されていないが、会社法改正により新たに情報開示制度、反対株主の株式買取請求制度、差止請求制度等が整備され、法的安定性が担保されるため、会社法改正後は利用可能になると考えられる。「全部取得条項付種類株式スキーム」は種類株式を介在させ、通常の株主総会のほか種類株主総会の決議も必要となるなど手続が複雑で一般株主には理解しにくい側面があることから、会社法改正後は「全部取得条項付種類株式スキーム」に代わって「株式併合スキーム」が用いられるケースが増えると予想される。

なお、「全部取得条項付種類株式」の取得について、現行法上は株主に対する情報開示制度が未整備である点が問題とされていたが、改正会社法ではこの点が見直され、新たに株主宛通知・公告、事前・事後の書面開示制度等が導入されている。

会社法改正後のスクイーズ・アウト

会社法改正後のスクイーズ・アウト

以上のとおり、会社法改正による「特別支配株主の株式等売渡請求制度」の導入や「全部取得条項付種類株式」の取得及び「株式併合」についての規制の見直しにより、スクイーズ・アウトの選択肢が増え、また、従来より法的安定性の高いスクイーズ・アウトの実行が可能になると考えられる。

広報誌「Future」 vol.7

Future vol.7

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.7」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

江端 重信

江端えばた 重信しげのぶ

三宅坂総合法律事務所弁護士

2001年東京大学法学部卒業、2002年弁護士登録。三宅坂総合法律事務所パートナー。上場・非上場企業の会社法案件、M&A・グループ内再編案件、各種企業間紛争解決(M&A関連紛争を含む契約紛争、損害賠償、権利侵害差止、経営権紛争等)、事業再生案件を多数取り扱う。会社法、金商法、M&A等をテーマとするセミナー講師歴多数。 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

この記事に関連するタグ

「広報誌・M&A法務・スクイーズアウト・成長戦略」に関連するコラム

上場企業オーナー経営者の主要株式の売却について

M&A全般
上場企業オーナー経営者の主要株式の売却について

上場企業オーナー経営者の企業承継のためには、非上場企業とは異なる金融商品取引法(以下、「金商法」という)に基づき、株式公開買付け(TOB)によることが殆ど不可欠である。発行済み株式の3分の1超の株式の売買を伴うケースでは、オーナー経営者が予め特定の買受人(以下、「承継予定者」という)と相対で株式を売却する場合でも、TOBによることが金商法上必要になる。そこで、検討すべき実務上のポイントを、以下に説

インサイダー情報の取扱い~平成25年金商法改正の影響~

M&A法務
インサイダー情報の取扱い~平成25年金商法改正の影響~

2012年、大手証券会杜から一部の投資家へインサイダー情報が漏えいしている問題が発覚し、世間の耳目を集めた。これまでの事例を踏まえ、2013年6月、金融商品取引法(金商法)が改正された。これまでは規制対象とされなかったインサイダー情報を他人へ伝達する行為(情報伝達行為)や、インサイダー情報があることを仄めかして取引を推奨する行為(「詳しいことは言えませんが、今のうちに当社の株を買ったら儲かりますよ

カーブアウトの法務

M&A法務
カーブアウトの法務

カーブアウトの法的スキーム企業グループの既存事業を見直し、選択と集中を行う場合、ノンコア事業部門を事業売却する手法は、カーブアウト(又はスピンアウト)と称され、数多くの活用事例がある。ノンコア事業が100%子会社の形態で存在する場合は株式譲渡の手法によるが、企業内の事業部門である場合、以下が主要な方法である。1.事業部門を事業譲渡する2.事業部門を会社分割の方法で分割したうえでその事業部門を承継し

M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色

PMI
M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色

M&Aにおける人事労務面の統合(PMI)は、吸収合併、株式譲渡、事業譲渡・会社分割により進め方・特色に違いがある。PMIとは|M&A用語集吸収合併の場合被買収会社の人事労務体系を買収会社の人事労務体系にいわば「片寄せ」できるかは、M&Aの実務上大きな課題である。事業譲渡(譲受)の場合と異なり、合併では被買収会社の労働者の地位はクロージングにより包括的に承継されるので、合併前に人事労務面の統合に関す

M&A成功に必要な戦略と中期経営計画

M&A全般
M&A成功に必要な戦略と中期経営計画

企業において、『中期経営計画』は極めて重要なものだ。「この企業を取り巻く環境は、どうなっているのか?」、「その環境を踏まえて、この企業を5年後にどのようにしたいのか?」、「在るべき姿にする為のアクションプランはどのようなものか?」を明確にするのが『中期経営計画』である。また、『中期経営計画』は、自社の成長にとって不足する経営資源を確認する役割も持つ。オーガニックな『自助努力』によって計画した成長を

M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

企業評価
M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

売り手と買い手双方が納得できる適正価格未上場会社のM&Aは活況を呈しており、マーケットが形成されつつある。そんな中、一層のM&Aの普及に関しては、M&Aにおける取引価格決定の透明化・円滑化が大きな課題のひとつとなっている。一般的に“価格”と“価値”は異なると言われている。日本公認会計士協会が公表している企業価値評価ガイドラインによると、「価格とは、売り手と買い手の間で決定された値段である。それに対

「広報誌・M&A法務・スクイーズアウト・成長戦略」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aにおける法務の必要性M&Aの実行に当たってはビジネス・財務・法務、すべての観点が欠かせません。ビジネスの観点については、M&A戦略を描く買い手の経営陣が得意とするところです。そして財務的観点は、多くの中小企業において決算書等の数字を中心に確認されます。これらの2つに加え重要になるのが「法務的観点」です。そもそもM&A自体、会社法等の様々な法令を適用して行われる手続です。法令上求められる手続を

基本合意書(LOI)の締結

基本合意書(LOI)の締結

M&Aで基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。日本M&AセンターではM&Aに精通した弁護士・司法書士・公認会

M&Aの関係者

M&Aの関係者

M&Aの実行には売り手、買い手の当事者のほか、彼らを支援する支援機関など様々な関係者の存在が不可欠です。本記事ではM&Aにはどのような関係者がいるのか、その役割について紹介します。日本M&Aセンターは中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録しているM&A仲介会社です。経営・事業承継に関するご質問・ご相談を予約制で承ります。無料相談はこちらM&Aの関係者M&Aの実行に関係する当事者、支援機関など主な

「広報誌・M&A法務・スクイーズアウト・成長戦略」に関連するM&Aニュース

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース