M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色
⽬次
- 1. 吸収合併の場合
- 2. 株式譲渡による子会社化の場合
- 3. 事業譲渡による統合の場合
- 4. 会社分割による統合の場合
- 4-1. 著者
M&Aにおける人事労務面の統合(PMI)は、吸収合併、株式譲渡、事業譲渡・会社分割により進め方・特色に違いがある。
吸収合併の場合
被買収会社の人事労務体系を買収会社の人事労務体系にいわば「片寄せ」できるかは、M&Aの実務上大きな課題である。事業譲渡(譲受)の場合と異なり、合併では被買収会社の労働者の地位はクロージングにより包括的に承継されるので、合併前に人事労務面の統合に関する事前調整が行われることはほとんどない。 合併では、労働契約だけでなく就業規則の他の諸規則・職位・賃金体系(給与・諸手当)・退職金・年金など広範な分野について、適切な期間内に統合を実施するためのプロセスを開始する必要がある。 このため時間的に困難な人事統合のプロセスを回避するために、合併でなく株式譲渡(譲受)が選択されることが多い。特に中小企業の場合、企業風土の違いに加えて、合併後の人事労務の統合作業がもたらす負担の多さと経営に対する影響を考えると、経営者同士が合併による統合効果のメリットと人事労務面の調整が容易との判断において相当程度に合意できない限り、合併は現実的なM&Aの手法となりにくいものと思われる。
株式譲渡による子会社化の場合
統合(グループ入り)直後から短期間で人事労務面の経営統合を行う必要はないといえる。なお、グループ企業入り後にグループ会社間で役員派遣や従業員の相互出向などを通じ実情に合わせた組織体制を構築することは、重要な施策である。 さらにグループ企業内での承継会社をさらに組織再編(例えば、事業再編による他のグループ企業による吸収)を行う局面で、被買収企業の業績や他のグループ会社あるいは事業部門との再編のメリット、コストなどを勘案して人事労務面の統合が行われることになる。
事業譲渡による統合の場合
従業員の転籍については、労働契約の地位譲渡と新会社による新規雇用の方式があるが、後者が多い。後者の場合、従業員承継前に、一部の従業員が承継人員とならないことが事実上確定しており、承継従業員も承継会社の提示する労働条件を承諾して転籍しているので、クロージング前に承継会社の労働契約・就業規則レベルの統合は実質なされている。 他方、事業譲渡による新規採用の場合、従業員、特にキーパーソンが転籍後も離散するリスクも高いので、重要な人材が散逸しないよう転籍後の処遇(地位・職務内容)等に十分な配慮が必要である。
会社分割による統合の場合
事業譲渡より円滑に商圏が継続されるイメージがあるが、人事労務面では労働関係承継法(略称)が適用され、分割承継される従業員の労働条件の不利益変更の禁止が要請されるので、事業譲渡(譲受)より統合のハードルが高い。 実務上は、会社分割による承継後最低1年程度は労働条件を不利益変更せずに従前条件を維持し、その後の業績や組織再編の必要性・相当性を勘案して実情に合わせた労働条件の変更を行うというややスローな人事労務統合となる。事業部門のカーブアウトの場合、会社分割により承継される事業部門の業績と人員配置・処遇が適切かをDDで把握し、承継(統合)前になすべき事項を、M&Aの当事者の契約中にうまく織り込むことが必要だろう。
Future vol.14
当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.14」に掲載されています。