減価償却とは?対象資産、計算方法、仕訳をわかりやすく解説
建物や機械、設備などの資産のうち、時間の経過とともに価値が減少していくものについて減価償却という会計処理を行います。本記事では減価償却の概要、M&Aにおける影響など、専門家がわかりやすく解説していきます。
減価償却とは?
減価償却とは、機械や設備など「価値が時間とともに減少する資産」の取得価額を耐用年数に応じて分割し、経費として計上する会計処理を指します。
実際の資産の価値減少を反映することで、企業は正確な経済状況を示すことができ、これは財務報告および税務処理において重要な役割を果たします。
時間の経過で価値が減少する固定資産(減価償却資産)は、取得した年に全額を費用計上するのではなく、原則として償却期間として定められた複数年にわたり費用計上します。
賃借対照表(BS)では固定資産の金額の減額処理、損益計算書(PL)では費用(減価償却費)計上を行うことになります。
例えば、100万円で取得した固定資産は、取得時点で100万円ですが、1年後に60万円、2年後に40万円と減額処理を行い、その減額分を減価償却費として計上します。
この記事のポイント
- 減価償却は、固定資産の取得価額を耐用年数にわたり分割し、経費として計上する会計処理であり、企業の経済状況を正確に反映する役割を果たす。
- 減価償却を行わないと、財務報告が実態と乖離し、税務上のメリットを享受できない可能性があるため、適切に計上することが重要である。
- M&Aにおいては、減価償却の影響が企業価値評価や税務リスクに関連し、特に事業譲渡や組織再編においては、適切な処理や届出が必要となるため、細かい点に注意が必要。
⽬次
資産の経済価値が減少する要因
使用または時の経過により固定資産の経済的価値が減少する要因として「物理的減価」と「機能的減価」という考え方があります。「物理的減価」はその名の通り、物理的に磨滅損耗し、老朽化することを指します。
一方「機能的減価」は、例えば昔の機器が最新のものに比べてスペックが見劣りするなど、物理的には使用可能なものの、外的事情により陳腐化あるいは不適応化したことを指します。
このように、固定資産は使用や時の経過により経済価値が減少するため、会計上「減価償却費」という費用に捉えます。材料費や人件費と同様に費用が計上されないと、費用が過少、利益が過大になります。そのため、収益から減価償却費を含む費用を控除することで、期間損益計算は適正に表示されると考えます。
減価償却を行わないとどうなる
減価償却を行わないと企業運営においてさまざまな問題が生じます。
例えば、財務諸表で実際の資産価値が実態より高く表示されている、もしくは純利益が過大に報告されている可能性があります。
これは、株主や投資家などステークホルダーに対して企業の実態を正確に伝えられないことにつながります。
そして税務上にも影響が生じることが考えられます。税法では、減価償却費について、損金算入の限度額が定められおり、すなわち限度額の範囲内であれば減価償却費には 節税効果のメリットがあるため、減価償却を行わないと、これらのメリットを享受できなくなります。
このように、減価償却を行わないと企業の財務報告の信頼性に影響し、資産の適切な管理を妨げる可能性があります。
しかし、一方で赤字企業や収益性の低い企業において、減価償却費を除いた課税所得が0の場合、減価償却費による節税効果は見込めないことから、上記のような税務メリットを享受できません。そのため赤字企業や収益性の低い企業は、減価償却を行うことによる税務上のメリットがないと言えます。
なお中小企業の多くは、税法に準拠した決算書を作成していますが、税法上は減価償却費の計上が強制されていません。
そのため節税効果が見込めない企業や、決算書への影響を気にする企業の中には、減価償却費を計上しないことで、実態よりも利益が過大に表示されている場合が見受けられます。
減価償却できる「償却資産」とは
固定資産の中には減価償却できる資産とできない資産があります。まず減価償却できる「償却資産」についてご紹介します。
償却資産とは、固定資産のうち、その使用または時の経過とともに経済的価値が減少すると考えられ、減価償却を行うものを指します。
償却資産は「有形固定資産」「無形固定資産」「生物」に分類でき、具体例は以下の通りです。
事務所、工場、店舗など建物、各種設備、機械、家具、通信機器、車両など
ソフトウェア、営業権、特許権、商標権など
牛、馬、豚など家畜、果樹など
参考:「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」
有形固定資産において、販売目的で保有するものは棚卸資産に該当するため対象外となる点に注意が必要です。例えば、不動産会社が販売目的で保有する建物は棚卸資産、本社建物は有形固定資産として計上されます。
また建設仮勘定について、決算書上では、有形固定資産として計上されますが、事業の用に供されていないため、償却資産には該当しない点も注意が必要です。減価償却を行うのは、取得した時点や現金支出があった時点ではなく、事業の用に供された時点からとなります。
減価償却できない「非償却資産」とは
続いて、減価償却できない「非償却資産」 についてご紹介します。
非償却資産は「使用または時の経過とともに、経済的価値が減少する」と考えられないものを指します。
例えば土地は、使用することで価値が減少すると考えられないため、減価償却は行いません。
土地、借地権、電話加入権、美術品、骨董品など
|
減価償却費の仕訳
決算書上、損益計算書(PL)では、減価償却費で表示することになりますが、 の表示に貸借対照表(BS)ついては「直接法」と「間接法」があります。
直接法とは
直接法とは、貸借対照表(BS)において固定資産に対する「減価償却累計額」を、固定資産の金額から直接控除する表示です。直接控除法とも言われます。
会計上、固定資産の取得価額を投下資本、減価償却費を収益獲得への貢献(投下資本の回収)と考えるため、直接法は、投下資本から回収部分を控除することで、未回収分を明示する表示方法と言えます。
なお、前述の無形固定資産については直接法のみの表示で、間接法の適用は認められていません。
A社は建物、機械装置、車両運搬具を保有しています。それぞれの取得原価と減価償却累計額は、以下の通りです。
【機械装置】 取得原価:500、減価償却累計額:400
【車両運搬具】 取得原価:200、減価償却累計額:100
未償却残高はそれぞれ300、100、100となることから、貸借対照表(BS)では下記のように表示されます。
間接法とは
間接法は、損益計算書(PL)で固定資産に対する控除項目として、減価償却累計額を表示する表示方法です。間接控除法とも言われます。
そのため投下資本である取得価額と、投下資本の回収額である減価償却累計額が表示されます。なお、減価償却累計額については、資産のマイナス科目として表示され、「科目別に表示」する方法と、「一括して表示」する方法があります。
上記A社の場合、貸借対照表(BS)上における科目別、一括での表示は以下の通りです。
減価償却費の計算方法
減価償却は、固定資産の取得に要した原価の配分であり、「減価償却費の計算」と「決算書への反映」が必要となります。
市販商品のように、販売された分を確認し、その取得に要した原価のうち、費消部分(経済的価値の減少分)を損益計算書(PL)の売上原価として計上し、未費消部分を貸借対照表(BS)の棚卸資産として計上できればいいのですが、固定資産では行えません。
そこで会計上は、一定の仮定を置き、固定資産の原価のうち、経済価値が減少した分を算出します。
このような仮定の下で算出される金額が減価償却費であり、恣意的な利益操作を排除する観点から、計画的かつ規則的に固定資産の原価を配分することが必要となります。
減価償却費の計算要素には「取得価額」「耐用年数」「償却方法」などがありますが、税法ではそれぞれ細かい規定があり、損金算入限度額を定めています。
多くの企業はこれらの規定に準拠し、税法において損金算入が認められる限度額に達するまでの金額を「減価償却費」として計上しています。このような減価償却費の金額を「普通償却額(または普通償却限度額)」と言います。以降、「普通償却額」の計算について「定額法」と「定率法」を用いて解説します。
定額法とは
定額法は、固定資産の耐用期間中、毎期均等額の減価償却費を計算する方法です。
例えば6年間使用することができる設備を100万円で取得し、6年後には10万円で処分できると判断した場合の減価償却のおおよそのイメージは以下の通りです。
主に建物や建物附属設備などを取得した場合に用いられる償却方法となります。
償却資産 | 償却方法 |
---|---|
建物、建物附属設備、構築物 | 定額法 |
上記以外の有形固定資産 | 定額法または定率法(選定しない場合は定率法) |
無形固定資産 | 定額法 |
※上記は平成28年4月1日以降に取得した償却資産の償却方法についての規定であり、平成28年4月1日より前に取得した償却資産については別途規定があります。
参考:「法人税法施行令」
後述の定率法と比較して減価償却費が大きく変動せず、決算書への影響が小さい点が特徴に挙げられます。定額法による普通償却額は、取得価額に償却率を乗じることで計算できます。
普通償却額=固定資産の取得金額×定額法の償却率
定額法の償却率は、以下の通りです。(耐用年数~10年、平成19年4月1日以降取得の場合)
参考:減価償却資産の償却率表(国税庁)
耐用年数 | 定額法償却率 |
---|---|
2 | 0.500 |
3 | 0.334 |
4 | 0.250 |
5 | 0.200 |
6 | 0.167 |
7 | 0.143 |
8 | 0.125 |
9 | 0.112 |
10 | 0.100 |
事例で確認していきます。
取得価額:100万円
耐用年数:3年 取得タイミング:令和5年10月1日
事業年度ごとの普通償却額の計算は、以下の通りです。
年数 | 普通償却額 | 普通償却額の累計額 | 未償却残高 |
---|---|---|---|
1年目 | 100万円×0.334 =334000 |
334,000 | 1,000,000-334,000 =666,000 |
2年目 | 100万円×0.334 =334,000 |
334,000+334,000 =668,000 |
1,000,000-668,000 =332,000 |
3年目 | 333,999(※) | 668,000+333,999 =999,999 |
1,000,000-999,9999 =1 |
※3年目の普通償却額は、取得価額に償却率を乗じた金額になっていません。これは税法の規定において、償却可能な金額が取得価額から1円を除いた金額と定められているためです。
上記事例により、定額法では、普通償却額は毎期同じ金額になっていることが確認できました。
そのため 大型の設備投資を定額法で計算する場合、初期の段階では損益計算書(PL)へのマイナスの影響は大きくない一方、多くの節税メリットを享受しづらいというデメリットが挙げられます。
定率法とは
定率法とは、固定資産の耐用期間中、未償却却残高に一定率を乗じた減価償却費を計上する方法です。主に機械装置、器具備品などを取得した場合に用いられます。
初期に多額の減価償却費を配分する効果があり、減価償却費は、毎期逓減することが特徴です。
定率法による普通償却額は、未償却残高に償却率を乗じることで計算できます。
普通償却額=未償却残高×定率法の償却率
定率法の償却率、保証率は、以下の通りです。(耐用年数~10年、平成24年4月1日以降取得の場合)
参考:減価償却資産の償却率等表(国税庁)
耐用年数 | 定率法償却率 | 保証率 |
---|---|---|
2 | 1.000 | - |
3 | 0.667 | 0.11089 |
4 | 0.500 | 0.12499 |
5 | 0.400 | 0.10800 |
6 | 0.333 | 0.09911 |
7 | 0.286 | 0.08680 |
8 | 0.250 | 0.07909 |
9 | 0.222 | 0.07126 |
10 | 0.200 | 0.06552 |
事例で確認してみましょう。(厳密には償却保証額の計算、比較が必要ですが、事例では行っておりません。)
取得価額:100万円
耐用年数:3年
取得タイミング:令和5年4月1日
年数 | 普通償却額 | 普通償却額の累計額 | 未償却残高 |
---|---|---|---|
1年目 | 1,000,000×0.667 =667,0000 |
667,000 | 1,000,000-667,000 =333,000 |
2年目 | 333,000×0.667 =222,111 |
667,000+222,111 =889,111 |
1,000,000-889,111 =110,889 |
3年目 | 110,888(※) | 889,111+110,888 =999,999 |
1,000,000-999,9999 =1 |
※3年目の普通償却額について、取得価額に償却率を乗じた金額とはなっていません。これは税法の規定において、償却可能な金額が取得価額から1円を除いた金額と定められているためです。
事例により、1年目の普通償却額が最も大きくなり、2年目以降は逓減していることがわかります。
そのため定額法での償却計算による場合とは異なり、投資初期に多額の節税メリットを享受できる一方、損益計算書(PL)へのマイナス影響が大きいというデメリットがあります。
その他の税務上の減価償却
定額法と定率法による減価償却のほか、税務上、損金算入が認められる制度は他にも存在します。 「即時償却」「一括償却」「特別償却」について、それぞれの概要とメリットについて解説します。
即時償却とは
即時償却とは、取得した償却資産について、資産計上ではなく、「事業の用に供した事業年度」に一時の費用として処理することです。以下の場合に、税務上、損金算入が認められます。
使用可能期間が1年未満であるもの、取得価額が10万円未満であるもの、いずれかに該当する場合
そのため取得した事業年度に費用処理できる、節税メリットがあります。
また中小企業者等(※)では、さらに優遇措置があります。
※中小企業者等の定義は、税法で規定がある中小企業のことであり「資本金が1億円以下、資本金が5億円以上の法人の100%子会社ではない」などの要件があります。
これは少額減価償却資産の取得価額の、損金算入の特例と呼ばれており、以下の場合に税務上、損金算入が認められます。
中小企業者等が、10万円以上20万円未満の償却資産を取得し、一時の費用として処理する場合
ただし損金算入が認められる金額は、1事業年度において取得した償却資産の取得価額の合計額が300万円まで、という制限があるため、注意が必要です。
一括償却とは
一括償却とは、取得した償却資産で「取得価額が20万円未満であるもの」について、3年間で費用処理し、損金算入が認められるものです。
厳密には事業年度の月数に応じて費用計上する金額は変わりますが、取得価額が18万円であった場合に損金として認められる金額は、以下の通りです。
- 1年目 6万円
- 2年目 6万円
- 3年目 6万円
毎期均等額の損金算入が認められることから、定額法と類似していると言えます。
一括償却のメリットとしては、償却方法や耐用年数の検討が不要となるため、決算書の作成や税務申告といった手続きを簡略化できる点が挙げられます。
特別償却とは
特別償却とは、特定の設備等を取得して事業の用に供した場合「災害対策」「地方経済政策」「中小企業対策」などの種々の政策的要請から、減価償却費の損金算入に関して税務上の特例を設け、特別償却額の損金算入が認められる制度です。
- 高度省エネルギー増進設備等を取得した場合の特別償却(特別償却限度額=取得価額×20%)
- 中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却(特別償却限度額=取得価額×30%)
などがあり、 特別償却として計上した減価償却費は、普通償却額に加えて損金算入が認められるため、投資初期における節税効果が高い、と言えます。
特別償却とM&A
特別償却については、M&Aでも活用できるものもあり、上手に活用すれば、大きな節税効果を享受することが可能です。
中小企業経営強化税制において「中小企業の稼ぐ力」を向上させる取組を支援するため、一定の要件を満たした中小企業者等が取得した「特定経営力向上設備」について、即時償却することが認められています。
この対象となる資産にはA類型からC類型といわれる設備があり、令和3年度の税制改正により、M&Aの効果を高める設備としてD類型が追加されました。概要は、以下の通りです。
類型 | 生産性向上設備 (A類型) |
収益力強化設備 (B類型) |
デジタル化設備 (C類型) |
経営資源集約化設備 (D類型) |
---|---|---|---|---|
要件 | 生産性が旧モデルの 平均1%以上向上する設備 |
投資収益率が年平均5%以上の投資計画に係る設備 | 遠隔操作、可視化、自動制御化のいずれかを可能にする設備 | 修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する設備 |
確認者 | 工業会等 | 経済産業局 | 経済産業局 | ー |
対象設備 | ・機械装置 ・測定工具及び検査工具 ・器具備品 ・建物附属設備 ・ソフトウェア |
・機械装置 ・測定工具及び検査工具 ・器具備品 ・建物附属設備 ・ソフトウェア |
・機械装置 ・測定工具及び検査工具 ・器具備品 ・建物附属設備 ・ソフトウェア |
ー |
その他 | 生産等設備を構成するものであること(事務用器具備品・本店等にかかるもの等は該当しない/国内への投資であること/中古資産・貸付資産ではないこと等) | 左に同じ | 左に同じ | ー |
参考:令和3年度 経済産業関係 税制改正について 特定経営力向上設備の概要
このほか機械装置が160万円以上、工具・器具備品が30万円以上、建物附属設備が60万円以上、ソフトウェアが70万円以上等、金額の要件もありますが、要件を満たせば、即時償却が認められることから、節税効果は大きいと言えます。
なお、上記はM&Aによる生産性向上をさらに後押しする制度の1つに過ぎず、その他にもM&Aを後押しする税制度が存在します。M&Aを検討する際には、活用できる制度の有無について専門家のアドバイスをもとに、広く検討するようにしましょう。
減価償却で注意すべき論点
以降は、税務上の応用的な論点について解説します。
償却過不足について
税法上、損金算入が認められる金額を「損金算入限度額」と言います。会計上、減価償却として計上する金額がこれと異なる場合に、償却過不足が生じます。
法人税法上、減価償却費の計上は強制されていません。決算書への影響を気にする企業の中には、減価償却費を計上しないケースもありますが、損金算入限度額を下回る減価償却費を計上することを「償却不足」と言います。
一方、損金算入限度額を上回る減価償却費を計上することを「償却超過」と言い、超過分については損金にならないため、申告書上での調整が必要となります。
償却超過額は、翌期に繰り越すことができ、翌期の損金算入限度額の範囲内で損金算入が認められる一方、償却不足額は、翌期に繰り越すことができません。
これらについて、定額法を前提とした事例で確認します。
償却超過額について
1年目に減価償却費800、2年目に減価償却費100を計上した場合
この場合、1年目の償却超過額400は損金算入が認められず、申告書で加算調整が必要となります。
また、超過額400は翌期に繰り越されますが、2年目に償却不足額が300あることから、繰越償却額400のうち、300の損金算入が認められます。
償却不足額について
1年目に減価償却費100、2年目に減価償却費800を計上した場合
この場合、1年目に償却不足額300があり、損金として認められる金額は100となりますが、申告書での調整は不要です。
また2年目の償却超過額400は損金算入が認められず、申告調整が必要となり、当該超過額400は翌期に繰り越されることになります。
償却超過と償却不足では、税法上のそれぞれの取り扱いが異なるため、気を付けるようにしましょう。
修繕費、資本的支出について
固定資産について、取得後、定期的なメンテナンスや修繕など一定の支出が行われることが一般的です。
このような支出について税務上では「修繕費」と「資本的支出」という論点があり、減価償却にも関係してきます。
修繕費は税務上、その支出した事業年度において損金算入が認められる支出です。その内容は償却資産の原状回復にとどまるものであり、会計上は収益的支出ともいいます。
資本的支出は税務上、その支出した事業年度において資産として計上することが求められる支出です。その内容は、償却資産の使用可能期間を延長させるものや、価値を増加させるものが該当します。
資本的支出は新たな資産を取得したものと同等の経済的実態を有する、との考え方に基づき、資産として計上し、減価償却を行うことになりますが、
償却資産に対する支出について「修繕費」なのか「資本的支出」のいずれに該当するかは、理論上、経済的実態で判断すべきですが、実務的には悩ましい論点の一つです。
修繕費として処理した支出について、課税当局から資本的支出と認定された場合には、償却超過があった場合と同等の処理が求められ、償却超過額に相当する部分に対して追徴税額等が課税されることになります。
なお税法上は20万円未満や60万円未満といった金額による形式基準もあり、実務上、これを超えない場合には修繕費として処理するケースもあります。
しかし償却資産に対する多額の支出については、形式基準が使えず、経済的実態での判断が必要となります 。償却資産に対して多額の支出を実行する場合には、修繕費に該当するか資本的支出に該当するか、慎重に検討する必要があります。
事業譲渡、組織再編における減価償却
償却資産の取得について、これまでは売買取引を前提とした減価償却を解説しましたが、M&Aにおいては事業譲渡や組織再編(合併、会社分割など)による取得も考えられます。
事業譲渡や組織再編によって買い手企業が償却資産を取得した場合、主に買い手企業目線でどのような処理を行うか、その概要について解説します。
事業譲渡の場合
事業譲渡とは、事業を運営している企業が、そのうちの一部もしくは全部の事業を切り出すM&A手法の1つであり、売買取引と似た課税関係が生じます。
譲渡企業(売り手)では、事業にかかる譲渡対象資産等を特定して譲渡し、その対価として現金等の経済的価値のあるものを受け取ります。
譲渡企業(売り手)側では、譲渡対象資産等に含み益があれば(簿価より時価が大きければ)課税が生じます。
一方、譲受け企業(買い手)側では、新たな資産の取得として、譲渡対象資産等を時価で資産計上します。そのため償却資産の取得については、売買取引によって取得した場合と同様の処理を行います。
また減価償却についても、耐用年数、償却方法などについて個別に判断することから、原則として前述までの売買取引による場合と同様の処理を行います。即時償却や一括償却を適用することもできます。
なお耐用年数については、中古資産の耐用年数を用いることができます。これは譲渡企業(売り手)での使用状況を加味した耐用年数であり、税法上、合理的に見積もることが原則となりますが、実務上は簡便的に算出した耐用年数を用いるケースが一般的です。
中古資産の耐用年数 |
---|
【原則】 合理的に見積もった耐用年数 【簡便法】 ・ 法定耐用年数を全部経過したもの: 法定耐用年数 × 20/100 ・ 法定耐用年数の一部を経過したもの:(法定耐用年数-経過年数)+ 経過年数 × 20/100 |
組織再編の場合
組織再編には、2つ以上の企業をくっつけて1つの会社にする合併、企業における事業の一部または全部を切り出す会社分割などがあり、償却資産の取り扱いについては、適格要件を満たすかどうかがポイントとなります。
複雑であるため、適格要件の詳細について本記事では割愛しますが、以降では、適格要件を満たす組織再編のことを「適格合併等」、適格要件を満たさない組織再編のことを「非適格合併等」とし、吸収合併を前提として、税法上の取り扱いを解説します。
非適格合併等に該当する場合
税務上は、移動対象となる資産について「経済的実態に変更が生じた」と考えます。 具体的に、移動対象となる資産について、譲渡企業(売り手)では「投資の清算」と考え、含み益があれば課税が生じます。
また譲受け企業(買い手)において、移動対象となる資産は「新たな資産への投資(新たな資産の取得)」と考え、時価で計上することになります。そのため譲受け企業(買い手)における償却資産の取得、減価償却について、事業譲渡と同様の処理を行うこととなります。
適格合併等に該当する場合
税務上、投資が継続しているものと考えます。そのため移動対象となる資産について、譲渡企業(売り手)では、含み益があっても課税は生じません。譲受け企業(買い手)では、売譲渡企業(売り手)の帳簿価額を引き継ぐこととなります。
帳簿価額は、税務上の帳簿価額を意味しており、譲渡企業において償却超過額がある場合には、当該償却超過額についても引き継ぐことになります。
また減価償却について、原則として売買取引による場合と同様の処理を行います。
耐用年数については、中古資産の耐用年数を用いることができない場合があります。償却方法は、譲渡企業が採用していた償却方法を採用できる場合もあります。
中堅・中小企業のM&Aでは株式譲渡を用いるケースが多く見られますが。減価償却については上記のような取り扱いとなることを押さえておきましょう。
減価償却のM&Aへの影響と留意点(譲渡企業視点)
M&Aにおいて減価償却はどのように関係してくるのでしょうか。以降は、譲渡対象企業(売り手)、譲受け企業(買い手)それぞれの減価償却の影響と留意点について解説します。まず譲渡企業視点で、減価償却による自社の株価(企業価値評価)への影響、押さえておくべき留意点について解説します。
企業価値評価の手法には、純資産に着目したコストアプローチ、市場価格に着目したマーケットアプローチ、将来の収益力に着目したインカムアプローチがあります。
本記事では「実態としての純資産が大きく、収益力が高い企業の株式価値は高くなる」おおよそのイメージを持っていただければ大丈夫です。
減価償却費を計上していない場合
計上している場合に比べ、決算書上のBSの純資産の金額は大きく、PLの利益の金額は大きくなります。
企業価値評価では、実態としての純資産や収益力に着目し、株式価値を算出します。
減価償却費を計上していない企業は、貸借対照表(BS)の償却資産の金額、そして純資産も過大に表示されていると考えます。
一方損益計算書(PL)の費用は過少、利益は過大となっていると考えられます。
そのため企業価値評価では、決算書の金額をそのまま用いるのではなく、必要な修正を加え、株式価値を算出することになります。
具体的に、BSでは、減価償却費を計上していた場合の帳簿価額まで償却資産の減額を行い、純資産の減額を行います。
PLについても減価償却費を追加で計上し、利益を減額することが考えられます。そのため減価償却費を計上しないことにより、決算書の見映えがよくなったとしても、実態としての純資産や収益力には影響せず、株式価値は高くなりません。
特別償却で減価償却費を多額に計上している場合
特別償却による償却資産の帳簿価額は、必ずしも実態としての時価を表示するものではありません。
特別償却の影響により、貸借対照表(BS)の償却資産が実態よりも過少に表示され、純資産も過少に表示されていると考えられる場合があります。また損益計算書(PL)の費用も過大、利益は過少になっていると考えられます。
企業価値評価では、特別償却の影響を除く必要があると認められる場合、貸借対照表(BS)では普通償却額を計上していた場合の帳簿価額まで、償却資産の増額(純資産の増額)を行うことが考えられます。
損益計算書(PL)については、特別償却による減価償却費を、普通償却額まで減額(利益の増額)することが考えられます。
減価償却のM&Aへの影響と留意点(譲受け企業視点)
譲受け企業視点で、影響と留意点について見ていきます。
投資回収の判断基準への影響
譲受け企業(買い手)の投資回収の判断基準には、様々なものがありますが、代表的な財務指標として「EBITDA」があり、多くの企業で投資回収の判断基準として採用されています。
減価償却との関係では、EBITDAがキャッシュ・ベースでの収益力に着目した財務指標であることから、営業利益に減価償却費を加えることで計算されます。
EBITDAを投資回収の判断基準として採用する場合、EVがEBITDAの〇〇倍を超える場合には、投下資本の回収が長期間に及ぶことから「M&Aは実行しない」といった判断を下すことが考えられます。
また特別償却により減価償却費の金額が大きく、営業利益は大きくないが、キャッシュ・ベースでの利益は出ており「割安な案件だからM&Aを実行しよう」といった判断を下すことも考えられます。
そのため減価償却費の多寡による影響を受けず、投資回収の判断を行うこととなります。
なお減価償却費については、同じ償却資産であっても、企業が採用する耐用年数の長短、償却方法の違い(定額法と定率法)などによって、その金額に差異が生じます。これらの計算要素については、企業ごとの恣意的な見積もりや判断が介入する可能性があることから、EBITDAでは、主観的な判断や見積もりを排除した企業間比較が可能になるといえます。
税務リスクがある場合の留意点
日本企業の多くは、税法に準拠した減価償却を行っていることから、譲渡手企業における減価償却に関する税務リスクは低いと考えられます。
しかし税法で損金算入が認められる限度額を超えて減価償却費を計上し、申告調整を失念していた場合や、資本的支出に該当するものを修繕費として処理していた場合には課税当局から指摘され、追徴税等が生じる可能性があり、リスクはゼロであるとはいえません。
前述のとおり、 資本支出と修繕費の論点については大手企業であっても課税当局から指摘をうけることがある悩ましい論点です。このような税務リスクについて、譲受け企業ではしっかりと検討する必要があり、許容範囲外である場合には、ブレイクの判断を行う必要があります。また当該税務リスクの程度が、許容範囲内である場合には、下記のような対応が考えられます。
- 契約書において株式の譲渡価額を減額する。
- 契約書の補償条項の対象とし、M&A後に税務リスクが顕在化した場合には、譲渡企業が譲受け企業に対して損害賠償の責任を負う。
以上が減価償却の税務リスクの概要となります。M&Aにおけるリスク事項については、リスクの内容だけでなく、リスク事項が発覚した場合の対応についてもしっかりと押さえておきましょう。なお 税務リスクなどのM&Aにおけるリスクの把握、評価についてはDD(デューデリジェンス)が有用です。
またリスク事項が発覚した場合に、契約書上どのように反映させるか、M&Aの法務についてもっと詳しく知りたい方は関連記事をご覧下さい。
適格要件を満たす会社分割における留意点
中堅・中小企業のM&Aでは株式譲渡スキームが一般的ですが、場合によっては、合併や会社分割のような組織再編によるM&Aも考えられます。
組織再編における買い手側での減価償却の概要は、前述のとおりですが、適格要件を満たす会社分割を実行する場合に注意が必要です。
会社分割では、分割会社から分割承継法人に資産が移転しますが、移転対象となる資産に償却資産が含まれる場合、効力発生日前までの減価償却費については、所定の届出を行わなければ、分割法人において損金算入が認められません。
用語の解説 |
---|
[分割法人] 分割によりその有する資産又は負債の移転を行った法人をいう。 [分割承継法人] 分割により分割法人から資産又は負債の移転を受けた法人をいう。 |
M&A実務でもよく利用するスキームとして、適格要件を満たす分割型の新設分割と株式譲渡を組み合わせた手法があります(図表13)。
譲渡企業から譲渡対象ではない事業を切り出して、会社を新設し(分割承継法人)、切り出し後の譲渡対象企業(分割法人)について、その支配権を株式譲渡によって譲受け企業に移転させるスキームです。M&A後、譲渡企業は譲渡対象外企業を経営し、譲受け企業は譲渡対象企業を経営することになります。
このスキームにおいて、 新設分割により譲渡対象外企業に償却資産が移転する場合、「事業年度の開始日から効力発生日前までの当該償却資産」の減価償却費を、譲渡対象企業に帰属させるためには、2か月以内に譲渡対象企業が届出を行う必要があります。
これは所定の届出を行えば、当該減価償却費分の節税メリットを享受した企業を、譲受け企業が取得することができるということです。組織再編においては適格要件を満たすかどうかを検討することも重要ですが、このような細かい論点を把握しておくことも重要です。
M&Aのスキームによっては、様々な手続きが必要となることもあります。前述の特別償却においても触れたことではありますが、M&A実行前にはどのような手続きが必要になるのかしっかりと調べるようにしましょう。
減価償却の関連用語
最後に、減価償却の理解を深めるために、関連用語をご紹介します。
関連する用語 | 概要 |
---|---|
減価償却費 | 損益計算書(PL)の科目であり、製造原価または販売費及び一般管理に費用として表示されます。 |
減価償却累計額 | 貸借対照表(BS)の科目であり、各事業年度で算出された減価償却費の累計額が表示されます。資産の部において、マイナス科目の表示となります。 |
取得価額 | 固定資産の取得に要した原価であり、購入先に支払った代金の他、引取運賃、運送保険料、購入手数料なども含まれます。償却基礎価額とも言います。 |
残存価額 | 耐用年数到来時点における固定資産の売却価格、または利用価格を指します。 |
耐用年数 | 固定資産の使用可能期間のことであり、当該期間に基づき、事業年度毎の減価償却費を計算します。実務上は税法で規定された法定耐用年数を基準にすることが一般的です。 ※資産の種類、細目ごとの法定耐用年数は「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」より確認することができます。 |
償却方法 | 償却可能価額を事業年度ごとにどのように配分するか、という配分基準であり「定額法」「定率法」「生産高比例法」「級数法」などがあります。 |
事業の用に供した日 | 固定資産について、「当初予定している使用等ができる状態」に達した時点であり、減価償却を開始する時点を指します。なお、減価償却は固定資産を取得した時点ではなく、事業の用に供した時点から開始します。 |
終わりに
以上減価償却についてご紹介しました。
減価償却とは固定資産の取得に要した原価の配分手続きであり、固定資産の減額処理と減価償却費の計上により、適正な期間損益を計算することを目的としています。減価償却費の計算には、減価償却の3要素と呼ばれる取得価額(償却基礎価額ともいう)、残存価額、耐用年数(または総利用量)が必要であり、これらの計算要素が減価償却費の多寡に影響を与える他、定額法と定率法といった償却方法によって、事業年度毎の減価償却費の金額に差異が生じることになります。
税法では、定額法や定率法といった償却方法の他、即時償却や特別償却による減価償却も認められており、特別償却についてはM&Aで活用できるものもあります。これらの制度を上手く活用すれば、大きな節税メリットを享受することもできます。また償却過不足や資本的支出といった論点には注意する必要があり、税務申告が適正に行われていない場合には、課税当局から指摘されるリスクがあります。
M&A実務では、このようなリスク事項を適時把握する必要がある他、企業価値評価、投資回収、スキームの検討など様々な視点が必要となり、高い専門性や豊富な経験が要求される場面が多々あります。そのためM&Aをご検討いただくにあたっては、実績・経験豊富なM&A仲介会社・アドバイザーにご相談いただくことをお勧めします。
● 専門的な会計・税務のご相談なら、税理士法人MAable(マーブル)まで
******************