M&AにおけるTSAとは?意味や内容、TSA開始に至る流れを詳しく解説
M&Aで行われるTSA(Transition Service Agreement)とは?
M&AにおけるTSA(Transitional Services Agreement)は、買収後の移行期間中に、売却側が買収側に対して提供するサービスに関する契約です。TSA(Transition Service Agreement)は直訳すると「遷移中のサービスに関する契約」という意味になります。
M&Aにおいては契約締結後すぐに全事業・全サービスを移行できるわけではなく、実際には移行中に顧客へのサービス提供が引き続き行われる場合が多くあります。その移行期間中に提供しているサービスに関してトラブルが生じてしまう事態も想定しておかなければなりません。そのためあらかじめ「あるべき責任の所在」を決定しておく必要があります。こうした「あるべき責任の所在」を決めておく契約がTSAになります。 譲渡企業がこれまでに実施してきた業務サービスを継続して利用する場合の一時的な契約 、をイメージしていただくのがよいでしょう。
具体的には、ITシステム、財務、法務、人事などの業務プロセスの継続的なサポートが含まれます。TSAにより、買収側はスムーズな移行を実現し、ビジネスの中断を最小限に抑えることができます。契約内容や期間は、M&Aの状況や双方の合意により異なります。
この記事のポイント
- TSA(Transition Service Agreement)は、M&Aにおけるサービス提供の責任を明確にする契約であり、移行期間中のサービス継続を目的とするものである。
- TSAはM&Aの最終契約後に締結され、譲受企業が譲渡企業のサービスを受けながらPMIを進めるために重要である。
- TSAの対象にはバックオフィス業務、ロジスティクス、サプライチェーン・マネジメント、機密情報などが含まれ、契約内容にはサービスの範囲や対価、契約期間などが定められる。
⽬次
TSAを締結する場面・タイミング
一般的にはM&Aの一連の契約交渉の後にTSAを実施します。M&Aの流れにおいては最終契約の後から経営統合を実行するまでに「引継ぎのための期間」があります。この期間に資産の承継、権利等の移転、などの手続きを実施しつつ、企業は普段と変わらずに営業していく必要があります。当然ながら、これまで譲渡企業で機能していた経理・人事などの間接部門(バックオフィス)が最終契約を締結した直後に機能しなくなることはあってはなりません。そうした事態が生じることを避けるために、譲渡企業がどこまでサービス提供を行うのか、譲受企業がどこまでサービスを受けるのか、を契約書として定める必要があります。この契約がTSAなのです。
一般的にTSAはM&Aの最終フェーズで行われます 。最終フェーズを細分化すると、デューデリジェンス・最終合意、最終契約の締結、クロージング、ディスクロージャーというステップになります。 TSAは最終契約で締結される契約のうちのひとつとなります。 デューデリジェンスの期間中にTSAの準備も並行してスタートできれば、その後の契約なども円滑に進めることが可能になります。
M&AにおけるTSAの重要性
TSAはM&Aにおけるクロージングの段階で締結される契約ですが、譲受企業によるデューデリジェンスでM&Aの対象になるビジネスや企業にどのくらいの価値があるのか、あるいはM&Aを推進するうえでどのようなリスクがあるのか、などを総合的に調査することになります。TSAの対象はデューデリジェンスの結果、移行の難易度が高いと思われる業務などがメインになるのでTSAにはM&A実施後におけるサービスの提供・管理の方法を明確にして移行手続きをスムーズにするという重要な意味や目的があります。
TSAの対象となる領域
TSAの対象となる主な領域は、 バックオフィス業務、ロジスティクス、サプライチェーン・マネジメント、経営に関する重要事項などの機密情報 になります。それぞれの具体的な内容とTSA対象になった場合の注意点について解説します。
バックオフィス業務
人事・総務・財務などの間接部門をバックオフィスと呼びますが、バックオフィスの業務には様々な取引先が存在していることに加えて、業務が日常的に継続して行われているとても重要な部門でもあります。M&Aで譲受企業への譲渡作業中(移行作業の最中、移行期間内)であっても業務を止めてしまうことは極めて難しいと考えられます。
最近ではバックオフィスの業務をシェアードサービス化(専門子会社の設立など)している企業も増えていますが、専門性の高いサービスは属人的になりやすい傾向があるので、シェアードサービスセンターが親会社から切り離されるような場合にはシームレスに業務を継続するためにもTSAの締結が必要不可欠になる可能性があります。
ロジスティクス
ロジスティクス部門とは顧客の要望に応えつつコストも削減するように計画・実行・管理を実施する部門のことで、TSAの対象として挙げられる代表的な部門のひとつです。サプライチェーン・マネジメント部門と類似している部門ですが、ロジスティクス部門のほうがより経営に近い立場にあると言えます。
ロジスティック部門に関しては、顧客の都合や要望に合わせて商品を搬送している場合などのようにロジスティック管理の担当人材がいなくなってしまうと、これまでのような運用をすることが不可能になってしまいます。そうした問題が発生しないようにロジスティクス部門業務の取扱もTSAで決めておく必要があります。
サプライチェーン・マネジメント
サプライチェーン・マネジメントとは、グループ企業全体で、一貫して仕入れ・調達・物流を実施することを言います。一括して仕入れを行うことによって仕入れ原価を抑制して、調達部門の統一的なアクションを通じてコストを減らします。
サプライチェーン・マネジメントも機能が停止してしまうと、元に戻すことは極めて困難になります。M&Aが完了した時点は、どのように仕入れを行って、どのように運搬するのか、といったことはあらかじめ譲受企業は考えているはずですが、移行期間中にはどのように対応するのかを明確にしたうえで対応する必要があります。つまり、TSAを締結してからもこうした部分をカバーすることになるのです。
経営に関する重要事項・機密情報
また経営に関する重要事項などの機密情報も引き渡すこともあります。企業の種類によってそれは様々ですが、例えば研究や開発を行う先進的な企業の場合、それらに関する重要事項は経営の核心となる機密情報と言えるでしょう。極めてセンシティブな情報である為、最終譲渡までは進んで伝えることは避けるのがベターない方がいいでしょう。しかし場合によっては、秘密保持契約をあらかじめ結んでおくことで漏洩リスクに伴う損害賠償請求ができますので、このような事前対策も有効です。
TSAでの契約内容
TSAの主な契約内容は、サービスの提供者・受給者、サービスの範囲、サービスの対価・支払い条件、契約の有効日・終了日、になりますが、それぞれの内容やポイントについて解説します。
ポイント | |
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サービスの提供者・受給者 | 最初に、TSA契約はサービスの提供者(譲渡企業)と受給者(譲受企業)が存在する契約になるので、それぞれを明確に定めることが必要です。 |
サービスの範囲 | 次にTSAの対象となるサービスの範囲を明確に定義することが必要です。今後のトラブル発生を回避・防止するためにも、できる限り詳細にサービスの内容を記載して曖昧な表現は避けるべきです。 |
サービスの対価・支払い条件 | TSAに基づいてサービスの提供を受ける場合には対価が必要になります。サービス提供の対価をどのようにして支払うのか(月払い、半期払い、年払いなど)、いくら支払う必要があるのか、といった支払いに関する条件もTSA契約には記載されます |
契約の有効日・終了日 | TSA契約も契約なので、契約の有効日や終了日も決めておく必要があります。契約の有効日と終了日を明確にしたうえで、事前通知によって契約の解除が可能なのか、あるいは契約延長することが可能なのか、なども定めておくことが一般的です。 |
TSAとの関連性が強い契約
TSAとの関連性が強い契約としては、業務委託契約・業務受託契約と最終契約を挙げることができます。それぞれどのような契約なのか解説します。
業務委託契約・業務受託契約
譲受企業がM&A実施直後には自社内だけで完結することが難しい業務については業務委託契約を締結して譲渡企業に任せることになります。持ち株会社や事業部制の採用企業などでは、M&Aを実行したことで本体から分離してしまう部門生じる可能性が高いでしょう。
M&A実施後に、全く別の企業に外注するケースも考えられますが、以前から当該業務を担当していた企業・部門に継続してお願いする方が効率的かつ安心なので、その場合にも業務委託契約を締結することになります。
最終契約
最終契約は最もTSA契約と関連性が強い契約と言えます。デューデリジェンスによって譲渡企業の経営状態などを認識・把握した後に締結される契約です。最終契約は、DA(Definitive Agreement)、SPA(Stock Purchase Agreement)、などの略語がよく使用されます。
基本合意契約書
基本合意書は最終契約に先立って売り手側企業と買い手側企業の双方の間で取り交わされる合意書のことです。譲渡価額・譲渡日・スケジュールなどついて基本的な事項を定めています。これまでの交渉において合意された内容を整理してM&Aの成立に向けた双方の認識を合わせることが目的になります。
基本合意書はこれから実施されるM&Aにおける取引をスムーズに行うために必要となる、トップ会談後の両社が合意した事項に関して専門家の意見も踏まえて整理したうえで、書面上において合意を形成します。
最終譲渡契約書
最終譲渡契約書はM&Aを進めて行く中で譲渡企業と譲受企業の最終的な合意内容を明確にした契約書のことです。一般的にはDA(Definitive Agreement )と呼ばれています。実際には株式譲渡のスキームを実行する場合には株式譲渡契約書(SPA、Stock Purchase Agreement)という契約書になります。
また、基本合意書には法的な拘束力はないとされていますが、最終譲渡契約書には法的拘束力がある点には注意が必要です。つまり、最終譲渡契約書を締結してから自社の都合だけで契約を破棄するような場合には何らかのペナルティ(損害賠償金の支払い義務など)が課せられるおそれがあります。
M&AにおけるTSA開始までの流れ
M&AにおけるTSA開始までの流れは大きく3つにわかれます。
- 準備段階(秘密保持契約、アドバイザリー契約、企業価値評価の実施・企業概要書の作成)
- 交渉・合意段階(秘密保持契約、企業概要書の確認、アドバイザリー契約、経営者会談、基本合意、デューデリジェンス)
- 最終契約段階(最終合意、最終契約の締結・クロージング、ディスクロージャー、クロージング監査や譲渡価格の修正、株式の譲渡→対価の支払い、TSAの実施)
それぞれの内容について解説します。
①準備段階
準備段階における主なタスクには、秘密保持契約の締結、アドバイザリー契約の締結、企業価値評価の実施・企業概要書の作成などを挙げることができます。それぞれの内容について解説します。
秘密保持契約
秘密保持契約とは自社が保有している秘密情報を他企業に対して提供することになった場合に、その企業が別の企業に秘密情報を漏らしたり、不正に利用されたりしないようにする目的で締結される契約です。NDA(Non-Disclosure Agreement)と呼ばれることもあります。
M&Aなどのビジネス・シーンでは、商談・取引などの前段階、もしくはその最中に、自社の秘密情報を相互に、あるいは一方だけが開示するパターンがあります。つまり、秘密保持契約にも双方が情報開示をする双務契約と一方のみが開示する片務契約とがあるのです。秘密保持契約の締結は情報漏洩によってディールがブレイク(破談)してしまうリスクを抑制するためにとても重要な契約なのです。
アドバイザリー契約
アドバイザリー契約とは、外部のM&Aアドバイザリー会社からM&Aに関する助言を得る目的で締結する一種の業務委託契約です。譲渡会社か譲受会社のどちらか一方と締結します。FA(Financial Advisory)契約と呼ばれることもあります。
また類似している契約として仲介契約が挙げられます。仲介契約とは譲渡企業と譲受企業の双方の間で中立的かつ公平な立場から助言を行うためのものです。M&A業務(例えば、デューデイジェンス)は専門性が高く難易度が高いものが多いため、詳しくない人が案件を進めようとしてもすぐにスタックしてしまい、業務が停滞してしまうでしょう。
そこでM&Aに関する経験や実績が豊富な専門家にアドバイスをもらってスムーズに案件を進行させることが必要になります。ただし、アドバイザリー会社は成果報酬となっているケースが多いので、特にアドバイザリー会社に有利な契約内容になっていないかどうかをしっかりと確認することが重要です。
企業価値評価の実施・企業概要書の作成
M&Aにおける企業価値評価とはバリュエーション(Valuation)とも呼ばれており、企業買収の際に買収対象企業にどのくらいの価値があるのかを算定することです。企業価値算定評価の結果に基づいて売却希望価格と買収可能価格を検討することになります。また、企業概要書とはIM(Information Memorandum)とも呼ばれている資料で、譲渡企業(あるいはM&A仲介会社)が作成するもので譲渡企業の概要・事業内容・財務諸表などが細部にわたり記載されている書類です。
譲受企業は企業価値評価の結果や企業概要書などを踏まえて実際に買収するかどうかを検討することになるので、企業価値評価の実施・企業概要書の作成はM&Aのディールにおいて極めて重要なタスクであると言えます。
② 交渉・合意段階
交渉・合意段階の主なタスクは、秘密保持契約、企業概要書の確認、アドバイザリー契約、経営者会談、基本合意、デューデリジェンス、になります。それぞれのタスクについて解説します。
秘密保持契約
上述したように秘密保持契約は自社(譲渡企業)の情報を他企業(譲受企業やアドバイザリー会社など)に提供する場合に許可なく漏洩することを禁止する契約のことです。秘密保持契約を結ぶことで安心してM&Aを進めることが可能になります。
企業概要書の確認
企業概要書(IM)には譲渡企業に関する詳しいデータと買い手側の候補企業が買収した場合のメリットなどが記載されています。通常は関心や興味を示した買い手側の候補企業と秘密保持契約を結んだ後に企業概要書を提示します。買い手側の候補企業は企業概要書の内容を確認して本格的なM&Aの検討を実施するので、企業概要書はM&Aにおける極めて重要な資料となります。
アドバイザリー契約
アドバイザリー契約も上述したように、外部のM&Aアドバイザリー会社からM&Aに関する助言を得る目的で締結する契約のことです。アドバイザリー契約を締結することで豊富な経験と実績を有している専門家からディールをスムーズに進めるために必要なアドバイスを受けることが可能になります。
トップ面談(経営者会談)
経営者会談とはM&Aにおける譲渡企業と譲受企業の両社の経営者同士が相互理解を深めるために実施される面談のことです。トップ面談とも呼ばれます。経営者会談は具体的に条件交渉を行う場ではありませんが、企業の情報など書面のみでは把握できないような相手企業の価値観・課題、理念・ビジョンなど両者が共に理解し合うという目的がありますで、M&Aを事項する上では欠くことができない重要なステップとされています。
デューデリジェンス (事前調査)
デューデリジェンスとはM&Aを実行する際に譲受企業が譲渡企業(あるい譲渡対象の事業など)の実態を事前に把握して、買収価格や買収取引に関して適切な判断を行うための調査のことです。デューデリジェンスには、組織・財務活動などを調査対象とするビジネス・デューデリジェンス・財務内容などからリスクを把握・分析するファイナンス・デューデリジェンス・定款や登記事項などの法的な事項を調査・確認するリーガル・デューデリジェンスなど様々なものがあります。
③最終契約段階
ここまでの準備が完了しましたら、いよいよ契約段階に入ります。TSAを行う際の契約フェーズを詳細にお伝えします。
基本合意
まず他のM&Aと同じく、譲渡価格や取引形態について確認します。この時点で、基本合意が締結されると、譲受企業が他企業を排外して譲渡企業と独占に交渉できる権利が生じます。厳密には企業の買収は確定していませんが、譲受企業はほぼ買収するつもりだと考えてよいでしょう。
またここで基本合意書が締結されます。基本合意書は、最終契約に先立って譲受企業と譲渡企業の間で取り交わされる合意書のことです。その内容には、譲渡価額・譲渡日・スケジュールなどついて基本的な事項を定めています。これまでの交渉において合意された内容を整理してM&Aの成立に向けた双方の認識を合わせることが目的になります。基本合意書は、これから実施されるM&Aにおける取引をスムーズに行うために必要となる経営者会談の両社が合意した事項に関して、専門家の意見も踏まえて整理した上で書面上において合意を形成します。
最終譲渡
いよいよ双方でM&Aが実行されることを最終譲渡と言います。ここでは、最終譲渡契約書という法的拘束力のある契約書が交わされます。先ほどの基本合意書には法的拘束力はないとされていますが、最終譲渡契約書には法的な意味が生じますので、これに違反した場合は損害賠償金の支払い義務などが生じるリスクがあることに注意しましょう。
最終譲渡契約書の内容についてですが、譲渡企業と譲受企業の最終的な合意内容を明確にしたものが記載されています。また株式譲渡のスキームを実行する場合には、株式譲渡契約書(SPA、Stock Purchase Agreement)という契約書になります。
最終契約の締結・クロージング
最終契約書の内容に双方が合意したら最終合意契約書を締結します。ただしM&Aのスキームによって契約書の名称は変わりますので、株式譲渡のスキームの場合は株式譲渡契約書を締結することになります。最終契約を結んでから、譲受企業は買収価額を譲渡企業に支払い、経営権が譲渡企業から移転し、クロージングが終了します。
④最終契約締結後の処理
ここまで契約が進んだら、あとは双方の業務を連携させるための手続きに入ります。どのようなものがあるのか見ていきましょう。
ディスクロージャー
M&Aにおけるディスクロージャーとは、従業員、取引先、メインバンクなどの取引金融機関などに対して情報開示を実行することです。場合によっては、重要な取引先や幹部社員に対する事前開示がクロージングの条件になるケースもあります。
終わりに
M&Aの様々な手続きの中でも最終段階TSAに関してはあまり詳しくない人がいるかもしれません。M&Aはクロージングでて全ての手続きが完了するわけではなく、クロージングから譲渡企業と譲受企業の経営統合後のプロセス(PMI)を経過してようやく完了になります。したがって、移行期間中にやるべきことを明確に文書化しておいて、最終契約書や業務委託契約書という形式で委任することが円滑な経営統合にとって必要なポイントの一つになるでしょう。
M&Aは複雑なプロセスや契約書など、検討段階で不安を抱える方も多くいらっしゃいます。
ご不明点がありましたらお気軽に専任のコンサルタントまでお問合せください。