事業売却とは?会社売却との違い、メリット・デメリットを解説
企業が不採算部門を整理し、主力事業へ経営資源を集中するなど、事業戦略の見直しを行う場面で活用されるのが、事業売却です。本記事では、事業売却の概要、メリット・デメリットなどをご紹介します。
事業売却とは?
事業売却は、企業が所有している特定の事業部門や資産を他の企業に売却することです。
売却する対象には資産、それにともなう負債だけでなく、商品などのブランドや流通販路、働く従業員なども含まれます。
不採算部門の整理や、経営権を残したい場合、買い手側が必要な事業だけを引き継ぎたい場合など、企業の戦略的な方針や、財務的な理由から行われます。
事業売却によって、企業は売却対象の事業から得られる資金を活用したり、経営リソースを集中させることができます。
この記事のポイント
- 事業売却は不採算部門の整理や経営資源の集中を目的とする。
- 売り手にとっては、売却後も経営権を残せるという点が大きなメリットに挙げられる。
- 買い手にとっては、譲受ける事業範囲を指定できる一方、事業に必要な許認可等の取得など手続きに時間がかかる。
⽬次
事業譲渡との違い
事業譲渡は「事業の全体または一部を他の会社に譲り渡す」ことを指し、事業売却と事業譲渡は、一般的に同義とされています。
ただし、会社法などでは、事業の一部を売買する行為を「事業譲渡」と呼ぶため、事業売却は法律上「事業譲渡」である、と覚えておいた方が良いでしょう。
会社売却との違い
会社売却とは、事業売却のように事業の一部門を売買するのではなく「会社の経営権(株式)そのものを第三者に売却する」ことを指します。
会社売却が契約など包括的に事業を引き継ぐのに対し、事業売却では個別に各種契約を締結し直す必要があります。
事業売却のメリット(売り手)
事業売却のメリット、デメリットは以下の通りです。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
売り手 | ・売却後も経営権を残せる ・主力事業に経営資源を集中できる ・株主総会の特別決議で実行できる |
・株式譲渡に比べて税負担がかかる ・手続きが複雑化する傾向がある ・譲渡後の事業に制限がかかる |
買い手 | ・譲受ける事業範囲を指定できる ・対象会社に紐づくリスクを回避できる ・節税効果が期待できる |
・手続き完了までに手間と時間を要する ・買収価格に消費税が課せられる ・新たに許認可等の取得が必要な場合がある |
まず、売り手側にとってのメリットから見ていきます。
売却後も経営権を残せる
事業売却は会社売却のように会社を丸ごと売却するわけではないため、売却後も会社はそのままの形で存続できます。したがって、社名や株主、住所などが変わることはありません。また、売却した事業部門で働いていた従業員も、売却部門から配置替えなどで引き続き雇用することができます。
主力事業に経営資源を集中できる
不採算部門など一部事業を売却することで、資金や分散していた人材や設備などの経営資源を主力事業に集中させることができ、経営の安定化が期待できます。
加えて、事業売却で獲得した資金を黒字事業や主力事業に集中させれば、黒字分野の拡大や安定化を進めることができます。
株主総会の特別決議で実行できる
株式譲渡で会社売却を行う場合、株式の譲渡には原則株主全員の同意が必要となり、それが譲渡の障壁となる場合があります。
一方、事業売却の場合は、株主総会の特別決議(総議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の2/3以上の賛成が必要)により実行することができます。さらに簡易の事業譲渡の場合は、株主総会ではなく取締役会の決議(取締役会非設置会社は取締役の過半数の決定)で実行することができます。
事業売却のメリット(買い手)
買い手側から見た事業売却のメリットは以下の通りです。
譲受ける事業範囲を指定できる
事業売却の場合、買い手が必要する事業を指定し譲受けることができます。そのため投資額を少額に抑えて新規事業を開始することができます。
また、対象範囲が限定されることから、デューデリジェンス(買収監査)の調査費用も株式譲渡に比べて少額に抑えることができます。
対象会社に紐づくリスクを回避できる
対象の事業のみを譲り受けることから、元の対象会社に紐づくリスクは対象会社に残り、引き継ぎません。
例えば過去の税務処理に関する税務リスク、過去の違法行為についての潜在的なリスク、株式の変遷が追えない場合のリスクなどが挙げられます。
ただし当然ながら、引き受けた事業そのものにリスクが紐づいている場合(例:法令違反がある不動産事業を譲受ける)には遮断できません。
節税効果が期待できる
事業売却では、譲渡の対価と譲渡対象事業の資産・負債の差額を「のれん」としています。買い手企業側はのれんを税務上損金として計上することができるため、節税につながります。なお、株式譲渡ではのれんは損金として計上できません。
事業売却のデメリット(売り手)
続いて事業売却のデメリットについて見ていきます。
株式譲渡に比べて税負担がかかる
事業譲渡によって生じた利益に法人税等(約34%)が課税されます。個人株主の株式譲渡(税率約20%)と比べると、税率の観点でやや税負担が重くなります。
組織再編税制が適用される「合併」「分割型分割」「分社型分割」「株式交換」「株式移転」「現物分配」「現物出資」などのケースでは、資産の移動にともなう組織再編に対して譲渡損益の繰り延べが認められているため、税金が課税されることはありません。
これに対して事業売却は、税制適格要件を満たさないため、資産の売却によって生じた売却益については法人税(個人の場合は譲渡所得税)が課税されます。
手続きが複雑化する傾向がある
株式譲渡で包括的に引き継ぐ会社売却は、株式の譲渡手続きさえ終われば、基本的な手続きは完了します。しかし事業売却では、個別に譲渡を譲渡するため手続きが複雑になる傾向があります。
取引先との基本契約や賃貸借契約、従業員の雇用契約など、あらゆる契約を引き継ぐ必要があるため、各関係者への説明や承諾を得るなど準備や交渉に時間を要するため、手続きが複雑化する傾向があります。
譲渡後の事業に制限がかかる
会社法上、事業売却をした後に同じ事業を一定の期間内、同一地域内で行えなくなります。事業売却側が、売却後も自身の持つノウハウや人脈などを利用して同事業を同じエリアで行うと、買い手側が事業買収によって計画していた当初の目的を果たせなくなるためです。
したがって、このようなことが起きないように、会社法第21条では「競業避止義務」として、売り手側が一定の期間内一定の地域で売却した事業と同一の事業が行えないように定められています。
契約書などに特約を設けた場合は30年間、当事者間に何も合意がなかったとしても20年間は競業避止義務が発生するため、事業売却後に同じ事業を同一の市町村およびその隣接市町村の区域内で行えなくなります。
事業売却のデメリット(買い手)
次に買い手側のデメリットを見ていきましょう。
手続き完了までに手間と時間を要する
事業売却では、買い手側が希望する売り手側の資産や負債を個別に移動させます。包括的に資産や負債を移動できないため、その都度手続きが必要となる場合があります。
具体的には、以下のような手続きが必要になります。
対象項目の例 | 手続きの概要 |
---|---|
不動産の移動 | 法務局で所有権移転登記を行う必要がある。 不動産に担保権が設定されている場合は、その抹消手続きも同時に行う。 |
賃借権の移動 | 事務所や工場の賃貸借契約や、機械のリース契約などは、移動に際して新たに貸主側と契約を結び直す必要がある。 また、敷金などの扱いも含め、保証金や原状回復義務に関する協議を行う必要がある。 |
雇用契約 | 従業員の雇用は引き継がれないため、売り手側の従業員と、買い手側の間で 雇用契約を結び直す必要がある。 |
知的財産権の移動 | 特許権や意匠権などを譲渡する場合は、知的財産権の移転登録手続きを行う必要がある。 |
債権の移動 | 売り手と買い手の間で債権譲渡契約を締結するだけでなく、債務者に対して個別の通知や承諾を得るための手続き(内容証明郵便や公正証書の作成)が必要である。 |
債務の移動 | 売り手と買い手との間で債務引受契約を締結するだけでなく、あらゆる債務について、金額の大小に関わらずすべての債務者に対して債務譲渡の承諾を得る必要がある。 |
買収価格に消費税が課せられる
事業売却では、売り手から買い手に移動させる資産の内容によっては、消費税の課税取引に該当する場合があります。例えば、土地の移動であれば消費税の課税取引には該当しませんが、建物の移動であれば消費税の課税取引に該当します。したがって、消費税の課税取引に該当するものに関しては10%の消費税が買い手の負担になります。
新たに許認可等の取得が必要な場合がある
売り手が保有していた許認可や持っている免許・資格などは、事業の売却で自動的に引き継がれることはありません。したがって、事業によっては、売却後にこれらの免許や許認可が必要な場合は、買い手側が新たに取得し直す必要があります。
事業価値はどう算出する?
一般的に企業価値評価に用いられる「コストアプローチ」「マーケットアプローチ」「インカムアプロ―チ」が、事業価値の算定でも用いられます。それぞれのアプローチの特徴を簡単に表すと以下の通りです。
評価手法の詳細については下記の記事をご覧ください。
事業売却にかかる税金
事業売却によって課税される税金の種類は、売り手側と買い手側によってそれぞれ異なります。
売り手側には、売却益に対して法人税(個人であれば譲渡所得税)が課税されます。また、土地などを除く資産の譲渡については消費税が生じるため、売却価額に消費税を加えた金額を買い手側に請求する必要があります。
買い手側には、事業売却によって購入した資産のうち消費税の課税取引に該当するもの(機械などの設備や車両などの売買)が含まれている場合は、それらに対して消費税が課税されます。また、譲り受けた資産・負債の時価と支払った対価とに差額がある場合は、その差額を「のれん」として計上(資産調整勘定)し、それを5年間で定額償却(損金算入)しなければなりません。
したがって、のれんの償却分だけ法人税の節税効果が生じます。そのほか不動産取得税、登録免許税は、買い手側が負担する税金として挙げられます。
事業売却の手続き・流れ
それでは、実際に事業売却を行う場合の具体的な手続きやその流れについて確認しておきましょう。事業売却の手続きや流れは、以下の順で行います。
①売却事業・売却先の決定
まず事業売却の目的を明確化します。売却後のイメージと売却する事業部門が整理できたら、次は売却先を探します。
自社単独で直接探すには情報漏洩のリスクや、選択肢が限られるため、M&A仲介会社などの専門家に依頼することが一般的です。
②買い手側による条件提示・基本合意
事業売却先候補が見つかり、交渉を経て、買い手側から意向表明書が提示されると、売却に向けた諸条件のすり合わせがはじまります。
お互いの条件が合致し、事業売却の意思が固まったところで、基本合意書の締結です。
基本合意書には事業売却の金額やスキーム、対象となる資産・負債だけでなく従業員の雇用や最終的な契約日締結の目安まで盛り込まれます。
③デューデリジェンス
買収前に売り手側に対し行われるのが、デューデリジェンス(買収監査)です。デューデリジェンスでは、財務・法務・税務などのさまざまな面から、売り手企業の抱えている問題点やリスクが検証されます。
なお、デューデリジェンスは公認会計士や弁護士、税理士などの専門家が中心となって短期間で集中的に行われます。
④条件の最終調整、取締役会での決議
デューデリジェンスの結果をふまえて条件を最終調整し、契約締結に向けて取締役会で事業売却を決議します。
なお、決議にあたっては、契約事項や作成された書類などに不備がないように事前に確認しておくと良いでしょう。
⑤事業譲渡契約書の締結
取締役会の決議が終わったら、両者で事業譲渡契約書を締結します。この締結をもって、売り手との事業売却は完了します。
⑥事業の移転手続き
事業売却の場合、事業譲渡契約書を締結しただけではすべての資産や負債を移動できません。したがって、債権や債務をはじめ従業員の雇用など、個別の契約が必要なものに関しては別途手続きを行いましょう。
⑦株主総会での特別決議、株主への通知・公告
事業売却を行う場合であっても、買い手が売り手の議決権の10分の9以上を持っている親会社である場合や、売却の対価として支払う金額が買い手の純資産額の5分の1を超えない場合などには、株主総会を開催して特別決議を行う必要はありません。
しかし、それ以外の事業売却については、株主総会の特別決議を経て3分の2以上の株主から信任を得なければなりません。そのため、株主への通知や官報での公告が必要です。
⑧各所への届出・許認可の取得
最後に、事業売却に関して監督官庁への届出や業務に必要な免許や許認可などを取得すれば、事業売却に関する手続きはすべて終了します。
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そのほか最新の事例売却のニュースについては、M&Aニュースをご覧ください。
終わりに
事業売却は、売り手にとって、不採算部門の切り離しや主力事業への経営資源の集中などが期待できるため、組織再編の手段のひとつとして多くの事業者の間で行われています。
また、買い手にとっても、株式譲渡のように会社を丸ごと買収するのとは違い、必要な事業に絞り譲受けるなどのメリットがあります。一方で、契約などの手続きや時間を要するという点に注意が必要です。
このように、事業売却はメリットもデメリットもあります。また、計画を実行するためには事前に入念なプランの立案が必要です。事業売却を進めるためには、M&A仲介会社などの専門会社の協力を得て、早い段階から用意を進めることをお勧めします。
事業譲渡との違い
事業売却と事業譲渡は、一般的に同義とされています。ただし、会社法などでは、事業の一部を売買する行為を「事業譲渡」と呼ぶため、法律上は「事業譲渡」であると覚えておいた方が良いでしょう。
会社売却との違い
会社売却とは、事業売却のように事業の一部門を売買するのではなく、会社の経営権(株式)そのものを第三者に売却することを指します。
会社売却が契約など包括的に事業を引き継ぐのに対し、事業売却では個別に各種契約を締結し直す必要があります。
事業価値の算出
次に事業売却における事業価値の算出方法そして税金などについて解説します。一般的に企業価値評価に用いられる以下の3つのアプローチが、事業価値の算定においても用いられます。
- コストアプローチ(時価純資産+営業権法など)…現在の正味財産に着目したもの
- マーケットアプローチ(マルチプル法など)…類似会社の株式市場での相場に着目したもの
- インカムアプローチ(DCF法など)…将来の収益性に着目したもの
それぞれのアプローチの特徴を簡単に表すと以下のとおりです。
評価手法の詳細については下記の記事をご覧ください。
事業売却のメリット(売り手)
事業売却のメリット、デメリットは以下の通りです。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
売り手 | ・売却後も経営権を残せる ・主力事業に経営資源を集中できる ・株主総会の特別決議で実行できる |
・株式譲渡に比べて税負担がかかる ・手続きが複雑化する傾向がある ・譲渡後の事業に制限がかかる |
買い手 | ・譲受ける事業範囲を指定できる ・対象会社に紐づくリスクを回避できる ・節税効果が期待できる |
・手続き完了までに手間と時間を要する ・買収価格に消費税が課せられる ・新たに許認可等の取得が必要な場合がある |
まず、売り手側にとってのメリットから見ていきます。
売却後も経営権を残せる
事業売却は会社売却のように会社を丸ごと売却するわけではないため、売却後も会社はそのままの形で存続できます。したがって、社名や株主、住所などが変わることはありません。また、売却した事業部門で働いていた従業員も、売却部門から配置替えなどで引き続き雇用することができます。
主力事業に経営資源を集中できる
不採算部門など一部事業を売却することで、資金や分散していた人材や設備などの経営資源を主力事業に集中させることができ、経営の安定化が期待できる点です。加えて、事業売却の対価として受け取った資金を黒字事業や主力事業に集中させれば、黒字分野の拡大や安定化をさらに進めることもできるでしょう。
株主総会の特別決議で実行できる
会社売却で通常用いられる株式譲渡では、すべての株式を譲渡するには原則株主全員の同意が必要となり、全株主から同意を得ることが障壁となる場合があります。
一方事業売却の場合は、株主総会の特別決議(総議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の2/3以上の賛成が必要)により実行することができます。さらに簡易の事業譲渡の場合は、株主総会ではなく取締役会の決議(取締役会非設置会社は取締役の過半数の決定)で実行することができます。
事業売却のメリット(買い手)
買い手側から見た事業売却のメリットは以下の通りです。
譲受ける事業範囲を指定できる
事業売却の場合、買い手が必要する事業を指定し譲受けることができます。そのため投資額を少額に抑えて新規事業を開始することができます。また、対象範囲が限定されることから、デューデリジェンス(買収監査)の調査費用も株式譲渡に比べて少額に抑えることができます。
対象会社自体に紐づくリスクを回避できる
対象の事業のみを譲り受けることから、元の対象会社に紐づくリスクは対象会社に残り、引き継ぎません。例えば過去の税務処理に関する税務リスク、過去の違法行為についての潜在的なリスク、株式の変遷が追えない場合のリスクなどが挙げられます。
ただし当然ながら、引き受けた事業そのものにリスクが紐づいている場合(例:法令違反がある不動産事業を譲受ける)には遮断できません。
節税効果が期待できる
事業売却では、譲渡の対価と譲渡対象事業の資産・負債の差額を「のれん」としています。買い手企業側はのれんを税務上損金として計上することができるため、節税につながります。なお、株式譲渡ではのれんは損金として計上できません。
事業売却のデメリット(売り手)
続いて事業売却のデメリットについて見ていきます。
株式譲渡に比べて税負担がかかる
事業譲渡によって生じた利益に法人税等(約34%)が課税されます。個人株主の株式譲渡(税率約20%)と比べると、税率の観点でやや税負担が重くなります。
組織再編税制が適用される「合併」「分割型分割」「分社型分割」「株式交換」「株式移転」「現物分配」「現物出資」などのケースでは、資産の移動にともなう組織再編に対して譲渡損益の繰り延べが認められているため、税金が課税されることはありません。
これに対して事業売却は、税制適格要件を満たさないため、資産の売却によって生じた売却益については法人税(個人の場合は譲渡所得税)が課税されます。
手続きが複雑化する傾向がある
株式譲渡で包括的に引き継ぐ会社売却は、株式の譲渡手続きさえ終われば、基本的な手続きは完了します。しかし事業売却では、個別に譲渡を譲渡するため手続きが複雑になる傾向があります。
取引先との基本契約や賃貸借契約、従業員の雇用契約など、あらゆる契約を引き継ぐ必要があるため、各関係者への説明や承諾を得るなど準備や交渉に時間を要するため、手続きが複雑化する傾向があります。
譲渡後の事業に制限がかかる
会社法上、事業売却をした後に同じ事業を一定の期間内、同一地域内で行えなくなります。売り手が売却後もノウハウや人脈などを利用して同じ事業を同じエリアで行ってしまうと、買い手側が事業買収によって計画していた当初の目的を果たせなくなるためです。
したがって、このようなことが起きないように、会社法第21条では「競業避止義務」として、売り手側が一定の期間内一定の地域で売却した事業と同一の事業が行えないように定められています。
契約書などに特約を設けた場合は30年間、当事者間に何も合意がなかったとしても20年間は競業避止義務が発生するため、事業売却後に同じ事業を同一の市町村およびその隣接市町村の区域内で行えなくなります。
事業売却のデメリット(買い手)
次に買い手側のデメリットを見ていきましょう。
手続き完了までに手間と時間を要する
事業売却では、買い手側が希望する売り手側の資産や負債を個別に移動させます。包括的に資産や負債を移動できないため、その都度手続きが必要となる場合があります。
具体的には、以下のような手続きが必要になります。
対象項目の例 | 手続きの概要 |
---|---|
不動産の移動 | 法務局で所有権移転登記を行う必要がある。 不動産に担保権が設定されている場合は、その抹消手続きも同時に行う。 |
賃借権の移動 | 事務所や工場の賃貸借契約や、機械のリース契約などは、移動に際して新たに貸主側と契約を結び直す必要がある。 また、敷金などの扱いも含め、保証金や原状回復義務に関する協議を行う必要がある。 |
雇用契約 | 従業員の雇用は引き継がれないため、売り手側の従業員と、買い手側の間で 雇用契約を結び直す必要がある。 |
知的財産権の移動 | 特許権や意匠権などを譲渡する場合は、知的財産権の移転登録手続きを行う必要がある。 |
債権の移動 | 売り手と買い手の間で債権譲渡契約を締結するだけでなく、債務者に対して個別の通知や承諾を得るための手続き(内容証明郵便や公正証書の作成)が必要である。 |
債務の移動 | 売り手と買い手との間で債務引受契約を締結するだけでなく、あらゆる債務について、金額の大小に関わらずすべての債務者に対して債務譲渡の承諾を得る必要がある。 |
買収価格に消費税が課せられる
事業売却の場合は、売り手から買い手に移動させる資産の内容によっては、消費税の課税取引に該当する場合があります。例えば土地の移動であれば消費税の課税取引には該当しませんが、建物の移動であれば消費税の課税取引に該当します。
したがって、消費税の課税取引に該当するものに関しては10%の消費税が課税され、その分だけ買い手側の負担が増える点がデメリットです。
新たに許認可等の取得が必要な場合がある
包括的な会社売却に比べ、事業売却の場合は、売り手が受けている許認可や持っている免許・資格などが、事業の売却によって買い手側に移動することはありません。したがって、事業によっては、売却後にこれらの免許や許認可が必要な場合は、買い手側が新たに取得し直す必要があります。
事業売却にかかる税金
事業売却によって課税される税金の種類は、売り手側と買い手側によってそれぞれ異なります。
売り手側には、売却益に対して法人税(個人であれば譲渡所得税)が課税されます。また、土地などを除く資産の譲渡については消費税が生じるため、売却価額に消費税を加えた金額を買い手側に請求する必要があります。
買い手側には、事業売却によって購入した資産のうち消費税の課税取引に該当するもの(機械などの設備や車両などの売買)が含まれている場合は、それらに対して消費税が課税されます。また、譲り受けた資産・負債の時価と支払った対価とに差額がある場合は、その差額を「のれん」として計上(資産調整勘定)し、それを5年間で定額償却(損金算入)しなければなりません。
したがって、のれんの償却分だけ法人税の節税効果が生じます。そのほか不動産取得税、登録免許税は、買い手側が負担する税金として挙げられます。
事業売却の手続き・流れ
それでは、実際に事業売却を行う場合の具体的な手続きやその流れについて確認しておきましょう。
売り手側視点での事業売却の手続きや流れは、以下の通りです。
①売却事業・売却先の決定
売却の目的、対象事業、売却で獲得した資金の用途などを明確化し、売却先を探します。売却先を自社単独で探すには情報漏洩のリスクや、選択肢に限りがあるためM&A仲介会社など専門会社の協力を得ることが一般的です。
②買い手側による条件提示・基本合意
売却先候補が見つかり、相手側から意向表明書が提示されると、諸条件などのすり合わせがはじまります。
お互いの条件が合致し、事業売却の意思が固まったところで、基本合意書の締結です。基本合意書には事業売却の金額やスキーム、対象となる資産・負債だけでなく従業員の雇用や最終的な契約日締結の目安まで盛り込まれます。
③デューデリジェンス
買い手側による売り手側に対する買収前の監査が、デューデリジェンスです。デューデリジェンスでは、財務・法務・税務などのさまざまな面から、売り手企業の抱えている問題点やリスクが検証されます。
なお、デューデリジェンスは公認会計士や弁護士、税理士などの専門家が中心となって短期間で集中的に行われます。
④取締役会での決議
デューデリジェンスの結果をふまえ、最終条件を調整し、契約締結ン向けて取締役会で事業売却を決議します。なお、決議にあたっては、契約事項や作成された書類などに不備がないように事前に確認しておくと良いでしょう。
⑤事業譲渡契約書の締結
取締役会の決議が終わったら、両者で事業譲渡契約書を締結します。この締結をもって、売り手との事業売却は完了します。
⑥事業の移転手続き
事業売却の場合、事業譲渡契約書を締結しただけではすべての資産や負債を移動できません。したがって、債権や債務をはじめ従業員の雇用など、個別の契約が必要なものに関しては別途手続きを行いましょう。
⑦株主総会での特別決議、株主への通知・公告
事業売却を行う場合であっても、買い手が売り手の議決権の10分の9以上を持っている親会社である場合や、売却の対価として支払う金額が買い手の純資産額の5分の1を超えない場合などには、株主総会を開催して特別決議を行う必要はありません。
しかし、その他の事業売却については、株主総会の特別決議を経て3分の2以上の株主から信任を得なければなりません。そのため、株主への通知や官報での公告が必要です。
⑧各所への届出・許認可の取得
最後に、事業売却に関して監督官庁への届出や業務に必要な免許や許認可などを取得すれば、事業売却に関する手続きはすべて終了します。
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最新の事例売却のニュースについては、M&Aニュースをご覧ください。
終わりに
事業売却は、売り手にとって、不採算部門の切り離しや主力事業への経営資源の集中などが期待できるため、組織再編の手段のひとつとして多くの事業者の間で行われています。
また、買い手にとっても、株式譲渡のように会社を丸ごと買収するのとは違い、必要な事業に絞り譲受けるなどのメリットがあります。一方で、契約などの手続きや時間を要するという点に注意が必要です。
このように、事業売却はメリットもデメリットもあります。また、計画を実行するためには事前に入念なプランの立案が必要です。事業売却を進めるためには、M&A仲介会社などの専門会社の協力を得て、早い段階から用意を進めることをお勧めします。