会社の身売りと会社売却の違いとは?
新聞や経済ニュースなどで時折目にする「会社の身売り」という言葉は、会社売却とどのように違うのでしょうか。本記事では、身売りが指す意味合い、会社売却の概要についてご紹介します。
会社の身売りと売却の違い
会社の身売りとは、会社の事業や営業権、得意先、従業員との契約など、会社の保有するすべてのものを第三者に売却することを指します。
但し、身売りという言葉自体にネガティブな意味合いを含むため、友好的M&Aが多くを占める中小企業のM&Aにおいて、会社売却を指す言葉としてふさわしくありません。
かつては、親族など身内で事業を承継することが一般的であり、外部の第三者に引き継ぐ承継することはネガティブに捉えられる時代がありました。
また、海外の大企業の買収合戦のニュース、映画やドラマなどの影響で「M&A=身売り、乗っ取り」などネガティブなイメージを持つ人は少なくありませんでした。
しかし少子化、価値化の多様化などにより、必ずしも親族が継ぐことが当たり前ではなくなった現在、中小企業におけるM&A、会社売却は、従業員の雇用を守り会社を成長させるためのポジティブな選択肢として認識されつつあります。そのため身売りは、いまや会社売却の実態を表す言葉としてギャップがあると言えるでしょう。
この記事のポイント
- 会社の身売りはネガティブなイメージがあるが、現在はM&Aを通じたポジティブな選択肢として認識されている。
- 中小企業の会社売却の目的には、存続・事業承継、成長と発展、創業者利益の確保があり、売却後も従業員の雇用が維持されることが一般的。
- 会社売却を円滑に進めるためには、自社の現状分析、相手企業との真摯な交渉、従業員への手厚い説明が重要で、M&A専門家のサポートも推奨される。
⽬次
会社売却の目的
中小企業における会社売却の主な目的は、以下の通りです。
会社の存続・事業承継
親族や社内に後継者として相応しい人物が見つからなければ、業績が順調でも事業の継続は困難になります。もし廃業を選択した場合、自社の企業文化や独自技術などは後世に承継されることなく、消滅してしまいます。
また、廃業を選択した場合、従業員は職を失い新たに職を探さなければなりません。また、取引が途絶えることで、最悪の場合取引先企業も廃業に追い込まれる可能性があります。
これら廃業による関係者への影響を回避し、大切に築き上げた会社を残すため、友好的な第三者への承継を選択する中小企業のオーナーが増えています。
事業の成長と発展
中小企業は人材や資金の調達力、研究開発能力、技術力などさまざまな点で、保有するリソースに限りがあります。
そのため事業の発展スピードを補うことを目的に、会社売却が行われます。資本力や技術力のある企業グループの一員となり、両社のリソースを掛け合わせることで、さらなる成長や新たな事業の創出も期待できます。
また、近年は自社が属する業界の再編の動きを見据え、戦略的な売却で自社の成長を加速させている譲渡オーナーも増加傾向にあります。
詳しくは、当社お客様のM&A事例インタビューをご覧ください。
創業者利益の確保
株式譲渡で会社を売却した場合、オーナー経営は株式の対価を現金で受け取ります。
会社売却後、リタイアするだけでなく、株の売却益を元手に新たなビジネスを立ち上げ、第二の人生をスタートするケースも見られます。
会社売却後、関係者に及ぼす影響
会社の経営権が他社に渡ると、関係者にさまざまな影響が生じます。それぞれに及ぼす影響についてご紹介します。
役員への影響
会社売却後、多くの場合オーナー経営者は一定期間会社に残り、相談役などの肩書で会社の業務をサポートします。契約内容にもよりますが、売却後は一切会社とは関わらないということはあまりありません。
また、オーナー経営者以外の役員については、引き続き会社に残り業務を行うこともあれば、役員の任期満了などにともない会社を去ることもあります。
従業員への影響
中小企業のM&Aでは、会社売却後、経営権が他社に渡り、株主が変わるほか、基本的に大きな変更点はありません。
会社はそのままの形で残るため、従業員との雇用契約も売却前と同様に継続されるケースが一般的です。また、賞与や退職金などの規定も基本的には引き継がれるため、賞与や退職金が減ることはありません。
ただし、人事評価などは買い手企業と統合されることが多いため、こうした点は影響を受けることになります。なお、同時に他部署への移動や新たな技術を習得するチャンスも増えるため、従業員にとって新たなビジネスキャリアを構築するチャンスとなります。
取引先への影響
従業員の雇用と同様に、取引先との契約も条件交渉の1つとしてそのまま引き継がれるケースが一般的です。多くの場合、売却によってすぐさま取引が終了したり、契約を結び直したりする必要はありません。
ただし、統合手続き(PMI)が行われる間、体制やシステムの統合などの影響で、業務に何らかの支障をきたしてしまうことが考えられます。
こうした事態を防ぐためには、取引先に対して早い段階で丁寧な説明を行うとともに、譲受け企業と外部の専門家によるPMIのサポートを検討しておくとよいでしょう。
会社売却の主なM&Aスキーム
会社を売却する場合、会社の規模や目的などに応じて様々なスキームが用いられますが、中小企業のM&Aの場合、多くは株式譲渡が用いられます。ここでは事業譲渡と合わせてご紹介します。
株式譲渡
株式譲渡とは、オーナー経営者が持つ株式を買い手企業に売却し、株式(経営権)を取得した買い手企業が新たな株主となる手法を指します。
株式の売却でM&Aが完結し、他のスキームに比べ手続きがシンプルであることや、譲渡対価をオーナーが受け取れることから、多くの中小企業のM&Aで用いられるスキームです。
一方で、株主全員の同意が必要である点や、買い手にとっては簿外債務などを引き継ぐリスクがある点に注意が必要です。
詳しくは株式譲渡に関する記事をご覧ください。
事業譲渡
事業譲渡とは、会社の事業部門の一部(もしくは全部)を売却するスキームです。「事業」には、その事業を営むために必要な資産のほか、事業の運営に必要な負債、取引先や従業員との雇用契約なども含まれます。
売却する側に経営権を残したい場合や、オーナーではなく企業が対価を受け取りたい場合などに用いられます。また、譲受ける側にとっては必要な事業だけ引き継げる点が特徴です。
一方で包括的に引き継ぐ株式譲渡に比べて、あらゆる契約を個別に引き継ぐ必要があり、手続きが複雑化する点や、株式譲渡に比べて税負担がかかる点などに注意が必要です。
詳しくは事業譲渡に関する記事をご覧ください。
会社売却の流れ
会社売却の流れを、大きく4つのステップでご紹介します。
① 売却の検討~M&A仲介会社の選択
「何のために第三者に売却するのか」や「売却によって獲得したいものは何か」を最初の段階で明確にしておかなければなりません。
会社売却の目的は会社ごとに違います。また、目的によって選ぶべきスキームも変わります。そのため、初期段階で目的を明確にしておくことは極めて重要です。
目的が明確になったところで、M&Aの仲介会社選びを行います。基本的に自社単独で相手を見つけて手続きのすべてを完成させるのは不可能なため、多くの場合M&Aの仲介会社に依頼し、サポートを受けながら進めていきます。
なお、仲介会社によって得意分野や進め方などが違うため、何社も比較しながら選ぶようにするとよいでしょう。
② 候補企業とのマッチング~検討
仲介会社と契約を締結した後、候補企業探しに向けての準備が始まります。
具体的には、決算書類など必要書類を仲介会社に共有し、交渉を進める上で重要となる自社の企業価値評価の算出、相手企業の検討資料となる企業概要書の作成が行われます。
これらの準備が整った段階で、本格的に候補企業探しが進められます。秘密保持の観点から、会社が特定されないように匿名性の高い資料(ノンネームシート)で仲介会社を通じて候補企業への提案が行われます。
興味を示した企業に対し、開示への合意や秘密保持契約の締結を経て、前述の企業概要書が相手側に開示されます。
③ 面談~基本合意契約の締結~デューデリジェンス
両社のM&Aに向けた意思確認を経て、双方の経営者同士が顔を合わせるトップ面談が行われます。
面談は、互いの事業に対する疑問を解消するなど、資料だけでは見えづらい部分を確認し、相互理解を深める場です。製造業など自社工場や施設を保有する場合は、面談と合わせて視察が行われるケースもあります。
この面談を経て条件調整を行い、両者の合意が得られたところで基本合意契約が締結されます。
なお、この基本合意契約はあくまでM&Aに向けた仮契約であり、この時点で売買が成立する訳ではありません。また、基本合意契約の締結によってお互いに独占交渉権が生じるため、以降は他社との交渉は行えません。
この基本合意契約の締結後にデューデリジェンス(買収監査)を通じて法務や財務、税務や労務など様々な面から外部の専門家による買収後のリスク把握が行われます。
④ 最終条件の調整~M&Aの実行
譲受ける側は、デューデリジェンスで検出されたリスク、対応策を検討し、最終検討を行います。最終的に買収の意思が決定したら、デューデリジェンスで検出した事項をもとに、基本合意契約の修正に関する話し合いが行われます。
そして最終条件の調整を経て最終契約を締結し、M&Aが実行されます。実行後は両社の統合に向けてのPMIのフェースが始まります。
会社売却を円滑に進めるポイント
会社の売却を円滑に進めるための主なポイントは、以下の通りです。
自社の現状分析を入念に行う
会社売却を行うためには、自社の強みと弱みを正しく把握したうえで、売却によって何を得たいのかその目的を明確にしておくことが大切です。
中小企業が会社売却、譲渡を行う場合、その目的は企業ごとに違うため、自社ならではの目的を設定し、現状分析を十分に行ったうえで、理想の買い手候補のイメージを作り上げていくとよいでしょう。
相手企業と真摯な態度で向き合う
相手との交渉がはじまると、つい自社に都合の良い面ばかり訴求してしまう傾向にあります。自社の特長や強みを開示することは必要ですが、抱える課題など問題点も隠すことなくオープンにしたうえで、相手との交渉を行わなければなりません。
基本合意契約を締結すると、譲受け候補企業によってデューデリジェンス(買収監査)が行われますが、その際、これまでの説明と矛盾する内容が明らかになれば、信頼が失われ、最悪の場合、破談となる可能性もあります。相手企業とは常に真摯な態度で向き合うよう心がけましょう。
従業員への手厚い説明・サポートを行う
一般的には、従業員への雇用や待遇については重要な交渉条件の1つとしてそのまま引き継がれ、従業員は売却後も変わらず業務を継続することができます。しかし、多くの人は会社の今後や自分の処遇に不安を感じ、少なからず動揺が生じる傾向にあります。そのため、売却後の社内への開示については段取りを含め入念に計画し、譲受け側の役員も同席し、直接丁寧な説明を行う、不安を解消する対応策を講じるなど手厚いフォローが重要となります。
M&Aの専門家からのサポートを受ける
会社売却を行うためには、売却の目的を果たす候補企業探し、客観的な企業価値評価の算定など高度な専門知識を要します。また、これらの専門知識は法務や財務、税務や労務など多岐にわたり、士業の専門家などのアドバイスを受けながら慎重に進めていく必要があります。
従業員や取引先などへの情報漏洩に気を付けながら、相手企業との条件交渉、スケジュール調整などをオーナー単独で行うことは現実的ではありません。そのため、中小企業のM&Aでは、M&A専門の仲介会社など支援事業者にM&Aのサポートを依頼することが一般的です。M&A仲介会社は、それぞれ特徴が異なります。自社のニーズに対応したサポートが受けられるか、情報管理体制はしっかりしているかなどの観点からM&Aの選ぶようにしましょう。
終わりに
かつてのネガティブなイメージから身売りと表現されてきた会社売却は、中小企業のM&Aが普及している現在、オーナー以外の従業員、取引先など関係者からもポジティブに受け入れられる傾向にあります。
ただし、自社の売却を決意してから、実際に売却を実行するまでには様々なプロセスや交渉ごとが存在し、法務や税務など多岐にわたる領域で専門知識が必要となるため、支援事業者の協力は不可欠と言えるでしょう。
そのため、会社の売却を無事成功させるためには、できるだけ早い段階から経験豊富で実績のある専門家に依頼し、サポートを受けられるようにしておくことをおすすめします。