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クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡の基本 ~法務~

松岡 寛

著者

松岡寛

日本M&Aセンター法務部/弁護士

海外M&A
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この記事では、クロスボーダーM&Aの手法として用いられることの多い株式譲渡について、基本的な事項をご紹介させていただきます。

株式譲渡とは

株式譲渡によるM&A(Merger and Acquisition)とは、大雑把に言いますと、会社の株式(Share)を譲り受けることで株主総会(Shareholders Meeting)における会社の意思決定権を確保し、かつ当該会社の業務執行の決定を行う役員(Directors)を選任・派遣することでその経営権を掌握することを目的とする手法になります。

M&Aの手法としては、株式譲渡の他に合併(Merger)や資産譲渡(Asset Transfer)などがあり、それぞれメリット・デメリットが存在することから、案件に応じて適切なスキームを選択することになります。株式譲渡のメリット・デメリットとしては、例えば以下のような点が挙げられます。

株式譲渡のメリット・デメリット

株式譲渡のメリット

  • 対象会社の状況を変えることなくそのままの状態で譲り受けることができる(契約上の地位の移転や従業員の転籍などが不要であり、対象会社は従前どおり業務を行うことができる。)
  • 手続きが比較的簡便である。(特に非公開会社の場合)

株式譲渡のデメリット

  • 会社全体の譲渡を受けることになるため、潜在的なリスクを遮断できない
  • 会社全体の譲渡を受けることになるため、一部の事業の譲渡には向かない

株式譲渡の手続きの流れ

さて、M&Aは急にクライマックスの交渉フェーズから始まるわけではなく、いくつかの重要なステップを踏んで最終的な契約の交渉、締結及びその実行に向かって進んでいきます。以下は大雑把にその流れを示したものになります。

①First Meeting 初期ミーティング

  • 両当事者の初期的意向の確認

②Negotiation for Letter of Intent 条件交渉(基本合意に向けて)

  • 資本提携スキームの検討
  • 基本条件のすり合せ

③Conclusion of Letter of Intent 基本合意の締結

  • 基本条件の確認(法的拘束力は持たせないことが多い)
  • 独占交渉権(法的拘束力を持たせることが多い)
  • 秘密保持義務(法的拘束力を持たせることが多い)

④Due Diligence 買収監査(デューデリジェンス)

  • 対象会社の買収監査。対象会社に問題がないか会計、税務、法務、ビジネス、環境など多角的な側面から調査。

⑤Negotiation 交渉

  • 詳細な取引条件に関する交渉(株式譲渡契約に向けて)

⑥Conclusion of Stock Purchase Agreement 契約締結

  • 詳細な取引条件を定めた株式譲渡契約の締結

⑦Execution of Stock Purchase Agreement 決済

  • 株式譲渡と対価の支払いの決済

株式譲渡契約の条項例

上記のようなステップを経て、具体的に株式譲渡の条件が整う見通しが立つと実際に株式譲渡契約をドラフティング(起草)することになります。
株式譲渡契約とは、読んで字のごとく株式を譲渡する契約のことで、英語では Share Purchase AgreementやStock Purchase Agreement などと表記されることが多いです(略して「SPA」といわれることが多いです)。株式譲渡契約には様々な規定がおかれますが、例えば以下のような規定があります。

売買条項 Sale and Purchase

株式譲渡契約は結局株式の売買契約にすぎませんので、まずは売買に関する条項が必ず入ります。

例文:Subject to the terms and conditions herein, the Sellers agree to sell and the Buyer agrees to purchase the Shares free from all encumbrances and together with all rights attaching to the Shares on the Completion Date.
[本契約の条件に従い、売主らは、実行日において、何らの負債・担保もなくすべて権利を備えた対象株式を売り渡し、買主は対象株式を買い受けることに同意する。]

表明保証(売主)Representation and Warranty

上述のとおり、株式譲渡契約は株式の売買契約にすぎませんので、株式・株券の引き渡しと対価の支払いが完了すれば目的が達成されます。
しかし、買主の売買の目的は株式・株券それ自体ではなく、かかる株式・株券を有することにより獲得される対象会社の経営権です。そのため、表明保証においては、株式・株券自体の実在性・有効性の他に、買主は売主に対象会社に関して何ら問題がないことを表明・保証してもらい、その内容が真実でなく、または不正確であった場合、買主は売主に対して損害賠償や補償を請求することになります。

例文:The Sellers represent and warrant to the Purchaser that ●● is at the date of this Agreement, and will at Completion be true and accurate and not misleading.
[売主らは、この契約の締結時、実行時において、●●が真実であり、正確であり、かつ誤解を生じることのないことを表明し保証する。]

まとめ

以上が株式譲渡に関する本当に基礎的な内容でした。上記で例示した条項などは本当にほんの一部の文言であり、実際の株式譲渡契約書には種々の規定が置かれており、それぞれが契約当事者のリスクをヘッジする機能を有しています。分量が多くて嫌になってしまうかもしれませんが、一度じっくり読んでみていただければたくさんの発見があると思います。

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著者

松岡 寛

松岡まつおか ひろし

日本M&Aセンター法務部/弁護士

2012年弁護士登録。2012年から事業会社の知的財産部、法務部にて国内外の法務案件に企業内弁護士として従事。2019年より日本M&Aセンターに入社し、株式譲渡、事業譲渡、組織再編、クロスボーダーM&Aといった案件でM&Aコンサルタントを法務面からサポートしている。

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