クロスボーダーM&Aにおける「意向表明書」の基本~法務向け~

松岡 寛

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松岡寛

日本M&Aセンター コンプライアンス統括部/弁護士

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本記事では、クロスボーダーM&Aで取り交わされる「意向表明書」について法務の視点から詳しく解説します。

クロスボーダーM&Aにおける意向表明書の位置づけ

ある会社が、M&Aの対象として検討している会社(ここでは非上場外国法人の株式譲渡スキームを想定しています。以下「対象会社」)の株主(以下「Seller」)と初期的なミーティングを終え、Sellerから開示された対象会社の基礎的な情報を検討し、M&Aの基本条件についてSellerとの合意がまとまる見通しとなったことから、さらにデューデリジェンス*(以下「DD」)のステップに進みたいという場合、Sellerと買主(以下「Buyer」)との間では意向表明書が取り交わされることになります。

意向表明書はLetter of Intent、Memorandum of Understandingsと呼ばれることが多いですが、本記事では「LOI(Letter of Intent)」といいます。

LOIとは

ではLOIとは何か、ということになりますが、LOIとは、BuyerによるDDの実施前に、SellerとBuyerとの間で締結され、またはBuyerからSellerに対して差し入れられる、取引条件の概要の確認及びDD実施に必要な合意をすることを目的とする文書のことをいいます。
主な記載事項としては以下のようなものが考えられます。

  1. 取引の目的
  2. 取引の概要(当事者、採用するスキームの概要、取引の対象(株式譲渡であれば株式)、価格、価格の前提条件など)
  3. 想定スケジュール
  4. BuyerによるDDの実施とSellerによる協力
  5. 誓約事項(取引の実行まで対象会社に重大な変更を加えないこと)
  6. 最終契約において表明保証条項が入る旨の確認
  7. 譲渡後の経営体制、及びSellerを含めた既存役員の処遇
  8. 譲渡後の従業員の処遇
  9. 独占交渉権
  10. 秘密保持義務
  11. 有効期間
  12. 法的拘束力の有無
  13. 一般条項(権利義務の譲渡禁止、費用負担、解除、準拠法、管轄、誠実交渉など)

LOIの意義と法的拘束力

さて、LOIを理解するうえで最も重要なのが法的拘束力(Legally Binding)になります。
結論として、LOIの法的拘束力は一般的に独占交渉権、秘密保持義務、一般条項のみに限定されることが多いです。

ではこれはなぜなのでしょうか。実は、LOIがDDのステップに進みたい場合に取り交わされる、という点に大きく関係しています。

Buyerの視点から

まず、Buyerの観点から、DDにおいては会計、税務、法務、環境、ビジネスその他多岐にわたる分野の専門家を雇って対象会社の調査を行います。
したがって、調査費用が数百万円から数千万円になることも珍しくなく、Buyerとしては(規模にもよりますが)かなり大きな投資になります。

しかし、Sellerとの間で何も取り決めなくDDを開始してしまうと、調査中にSellerが別の買い手候補を見つけて並行して交渉を行い、「良い条件の相手が出てきたのであなたとの交渉はここまでです」と言ってきかねません。もしそうなったらDDにかけた費用はすべて無駄になってしまいますので、Buyerサイドからするとたまったものではありません。

そこで、Buyerとしては少なくともDDを実施して最終契約の交渉を一通り終えるまで(個人的な経験上60日から120日くらいの間であることが多いです。)他の候補者との交渉その他の接触を禁じる旨の合意をLOIに規定して法的拘束力を持たせる必要があります。

Sellerの視点から

次にSellerの観点から、SellerはDDが始まると基本的に対象会社に関するあらゆる情報を開示することになります。
この情報の中には顧客情報などの営業情報や、権利化せずに秘匿している技術情報など機密性の高い情報も含まれるますので、これを漫然とDDでBuyerサイドに開示すると当該情報が容易に漏洩したり、またBuyerがSellerの同業者であった場合に当該情報を不正に利用されてしまったりするおそれがあります。そこで、Sellerとしては、DDで情報を開示するまでに必ずBuyerに秘密保持義務を負わせたいと考えるため、LOIに規定している秘密保持条項に法的拘束力を持たせる必要があります。

但し、多くの場合、Sellerは、Buyerとの初期的なミーティングを終えて対象会社の基礎的な情報を開示するにあたりBuyerとの間で法的拘束力のある秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement (NDA) または Confidentiality Agreement (CA) と呼ばれたりします。)を締結していることが多いことから、LOIの秘密保持条項においては単に過去に締結されたNDAの効力を引用しているものも多いです。

以上のように、Buyerの目線からは独占交渉権について、Sellerの目線から秘密保持義務について法的拘束力を持たせたいという事情が存在することを理解することが、LOIの意義を理解するにあたり重要な要素となります。

LOIの基本事項

意向表明書(LOI)に記載される事項として最も基本的な情報の1つは取引条件の概略であり、一般的には以下のような事項が挙げられます。

  • 取引スキーム
    ※最も多いのは株式譲渡。付随して事前に行われるべき譲渡対象外の事業・資産の切出しに関する条件が記載されることも。

  • 譲渡対象
    ※株式譲渡の場合は株式。事業譲渡の場合は個々の資産・契約・従業員などを移転。

  • 譲渡対価

取引スキーム

まず取引スキームについて、最も多いのは上記のとおり対象会社の株式の譲渡による経営権の移転です。
しかし、対象会社の所在国、業種によっては外資規制の適用を受けるため、譲渡対象にすることのできる株式の割合に制約があったり、対象会社の事業の範囲を縮小させるとともに、関連する資産・負債等について売り手に残すべくこれを切り離す手続きが必要となったりする場合もあります。

また、デューデリジェンス(買収監査/DD)実施前にすでに対象会社に労務面や税務面で問題があることが分かっている場合、対象会社を株式譲渡によりそのまま譲り受けることが困難であるとしてあらかじめ事業譲渡が選択されるケースや、売主の方で新会社を設立し、当該新会社に対象会社の事業に必要な資産・契約・従業員などを承継させてから、当該新会社の株式を買い手に譲渡するというケースもあります。(但し、許認可など様々な要因によりこの選択肢を採用することができないケースがあります)

なお、いずれにしても最終的なスキームはLOI締結後のDD実施後、対象会社に関する様々なリスク要因が明らかになって初めて検討・確定することができるものですので、LOIに記載されている取引スキームはあくまでその時点の暫定的なものであり、DD実施後に締結される最終契約書にて確定される旨明記することが重要です。

文例: The Scheme shall be formally determined in the Definitive Agreement*, taking into account the findings from the due diligence set forth in Article 5 to be conducted in the future.
*ここでは最終契約書を意味します。

譲渡対象

次に譲渡対象について、100%の株式譲渡が可能であることがあらかじめ分かっている場合にはそのまま記載すればよいのですが、外資規制の適用の有無が不透明であることから取得できる株式数が不透明であったり、事業譲渡スキームにおいて譲渡対象とすべき資産・契約・従業員などが明らかでなかったりする場合は、ある程度幅を持たせた記載にせざるを得ないことがあります。

なお、取引スキームが確定しないと譲渡対象も最終確定しないことから、上記と同様に、DD実施後に締結される最終契約書にて確定される旨明記することが必要になります。

譲渡価格

譲渡価格については、その後の価格交渉の土台になる情報ですので、その算定根拠、算定の前提条件についてある程度明確にしておく方が望ましいです。
なお、この譲渡価格についても上記同様、DD実施後に締結される最終契約書にて確定される旨明記することが必要になります。

法的拘束力

最後に、上記のような取引条件の概略に法的拘束力を付与すべきかという点ですが、これはもちろん付与すべきではありません。すでに何度も言及しているように、あくまでこれらの条件はあくまでDD実施前の初期的・暫定的な内容になりますので、法的拘束力を付与してしまったら当事者がこの合意に拘束されてしまい大変なことになってしまいます。

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プロフィール

松岡 寛

松岡まつおか ひろし

日本M&Aセンター コンプライアンス統括部/弁護士

2012年弁護士登録。2012年から事業会社の知的財産部、法務部にて国内外の法務案件に企業内弁護士として従事。2019年より日本M&Aセンターに入社し、株式譲渡、事業譲渡、組織再編、クロスボーダーM&Aといった案件でM&Aコンサルタントを法務面からサポートしている。

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