クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡契約書の基本

松岡 寛

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松岡寛

日本M&Aセンター コンプライアンス統括部/弁護士

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本記事では、クロスボーダーM&Aのスキームとして一般的な株式譲渡の場合に締結される株式譲渡契約書(英語ではSPA、Share Purchase AgreementやStock Purchase Agreementと表記されます。)について解説します。

株式譲渡契約書(SPA)の一般的な内容

一般的な株式譲渡契約書は概ね以下のような項目で構成されていることが多いです。

  1. 売買の基本事項
  2. クロージング及びクロージング条件(クロージングとは株式譲渡の実行を意味し、Closing や Completionと記載がされることが多いです。)
  3. 表明保証 (Representations and Warranties)
  4. クロージング前の義務(主に売主)(Pre-closing Obligations/Covenants)
  5. クロージング後の義務 (Post-closing Obligations/Covenants)
  6. 補償 (Indemnification)
  7. 解除 (Termination)
  8. 一般条項 (General Provisions

売買の基本事項

株式譲渡契約書というのは、文字どおり株式の売買契約書にすぎませんので、最低限必要な合意事項としては以下のような事項が考えられます。

契約当事者(Parties)

契約当事者に関して、株式の保有者である株主(自然人の場合もあれば法人の場合もあります。)が売主となり、これを譲り受ける自然人/法人が買主になります。
なお、対象会社自体は特殊な事情がない限り当事者にはならないのが一般的です。

売主となるべき株主について、株式の保有者が1名であれば簡単ですが、実際には法令の要請や種々の事情により株主が複数名いる場合が多く、この場合に対象会社の株式を100%取得しようとするのであれば、当然ながらすべての株主を売主とする必要があります。しかし、例えば一部の株主が株式を売却することや株式譲渡契約上の債務を負うことに難色を示すと、株主全員を契約当事者にすることが難しくなります。

前者の場合であれば、そもそも買主として100%譲渡でなくてもM&Aを進められるかどうか、後者の場合であれば、筆頭株主の方で当該一部株主の保有する株式をあらかじめ買いとってもらうことが可能かどうかといった検討が必要になります。

売買対象となる株式(Target Shares)

そもそも買い手の意向として、最初から株式の100%を取得するのではなく、段階的に株式を譲り受けて最終的に100%の取得を目指そうという場合に、第一段階として誰から何株を譲り受けるのか、第二段階以降の株式譲渡の条件をどのように設定するか、100%の株式の取得が完了するまでの対象会社の運営体制をどのように設計するかなど複雑なスキームの検討が必要となります。

さらに、対象会社がストックオプション等の潜在株式を発行している場合においては、買主が発行済みの普通株式を100%譲り受けたとしても、その後に当該潜在株式に係る権利行使がなされることで買主による100%の経営権取得が達成されないため、あらかじめ潜在株式の権利者への対応方法を検討する必要が生じます。

譲渡価格(Consideration)

譲渡価格に関して検討すべき事項も事案によって多岐にわたりますが、そのうちの1つとして、株式譲渡契約の締結とクロージングのタイミングが分かれる場合、

  1. 契約において合意した金額で譲渡価格を固定する方式(Locked Box方式)と
  2. 契約において一旦譲渡価格について合意するものの、クロージング時までの対象会社の財務状況の変動を加味してクロージング後に当事者間で精算を行う方式(Closing Adjustment方式)
    のいずれを採用するか、という問題があります。

クロージング日(Closing Date/Completion Date)

一般論としては、契約の締結日とクロージング日との間が長期間となる見込みの場合(各国の規制対応に時間を要する場合など)にはClosing Adjustment方式を採用する買主側のニーズが高まり、そうでないケースではLocked Box方式としたうえでクロージング日までの重大な価値の流出の禁止と万一生じた場合の譲渡価格の調整条項(Leakage条項)を設定することが考えられます。(ただし、実際にはケース毎に専門家の意見をよく聞いて判断すべき事項となります。)

表明保証(Representations and Warranties)とは

表明保証とは、当事者の一方が、他方当事者に対して、最終契約の締結日や譲渡日において、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するものになります。

通常、株式売買取引における買い手は、最終契約を締結するにあたり、対象会社の財務の状態や法務等に関する様々な問題点を把握するためのデューデリジェンス(以下「DD」といいます。)を実施します。
そして、DDの実施により判明した事項に基づき、譲渡価額その他の最終契約の条件について、売り手と交渉を行うことになります。しかし、そのような問題点を短期間のDDで全て把握することは困難であり、したがって対象会社に関する問題の全てを契約条件に織り込んで交渉することもまた事実上不可能といえます。

そこで買い手は、売り手に対して、対象会社の財務や法務等に関する一定の事項につきある程度網羅的な表明保証を行うことを最終契約において求めることになります。
かかる表明保証には、

  1. 買い手からの損害賠償又は補償の請求を恐れた売り手からDDにおいて積極的に情報が開示されることが期待できるという効果
  2. 表明保証した内容が真実ではなく、又は正確でないことが発覚した場合であっても、クロージング前であればクロージングの中止及び最終契約の解除、クロージング後であれば損害賠償又は補償の請求を行うことができるという効果
    を期待することができます。
    ただし、そのように条文設計することが前提です。

表明保証の内容

表明保証の内容は大別すると権利能力などの契約当事者に関する事項と、簿外負債の不存在などの対象会社に関する事項に分かれます。売り手が表明保証する事項として主要なものの例は以下のとおりです。

(1)契約当事者に関する表明保証

  1. 契約の締結及び履行に関する権限等
  2. 対象株式の保有
  3. 契約の締結又は履行と抵触する法令、判決等の不存在

(2)対象会社に関する事項

  1. 対象会社の設立及び存続
  2. 対象株式の存在、株主名簿の記載の真正
  3. 計算書類等の適正
  4. 事業に必要となる資産の保有
  5. 偶発債務・簿外債務の不存在、引当・償却不足の不存在
  6. 税務申告等の適正
  7. 対象会社の締結した契約の有効性及び債務不履行の不存在、株式譲渡に伴い承諾・通知等が必要となる契約(COC条項) の不存在
  8. 知的財産の所有、第三者の知的財産権の非侵害
  9. 労働関係法令の遵守、未払賃金・労使関係の紛争の不存在
  10. 環境法令の遵守
  11. 第三者との紛争の不存在
  12. 法令遵守・事業に必要となる許認可の取得
  13. 変更の不存在
  14. 重要な情報の開示及び開示した情報の正確性

表明保証責任を負うべき主体

買い手としては、契約当事者となっている売り手全員に表明保証責任を負ってほしいと考えるのが通常ですが、会社の事業や経営に全く関与していない少数株主がいる場合、売り手から「表明保証事項のうち対象会社に関する事項については少数株主に負わせたくない」という要求がなされることがあります。

これに対して、買い手からすると「少数株主も譲渡代金を受領して利益を得る以上、その分のリスク(表明保証責任)を負うべきである」といった主張が考えられ、どの株主にどの範囲で責任を負わせるのか、売り手と買い手の交渉により詰めていく必要があるポイントになります。

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プロフィール

松岡 寛

松岡まつおか ひろし

日本M&Aセンター コンプライアンス統括部/弁護士

2012年弁護士登録。2012年から事業会社の知的財産部、法務部にて国内外の法務案件に企業内弁護士として従事。2019年より日本M&Aセンターに入社し、株式譲渡、事業譲渡、組織再編、クロスボーダーM&Aといった案件でM&Aコンサルタントを法務面からサポートしている。

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