住宅市場における業界再編
⽬次
- 1. 住宅業界とは
- 1-1. 業界定義
- 1-2. 住宅市場における業界再編
- 2. 株式会社VALORの概要とM&A検討前の状況
- 3. 会社設立の経緯
- 3-1. M&A検討前に考えていたこと
- 3-2. 安定的に成長し続ける為に必要なこと
- 4. M&Aの検討と決断に至った経緯
- 4-1. M&Aを検討するに至った経緯
- 4-2. 事業承継の選択肢
- 5. 複数の選択肢がある内が決断のタイミング
- 5-1. 日本M&Aセンターへのご相談
- 6. 実際にお相手探しへ
- 6-1. お相手先の希望
- 6-2. 譲受企業様との出会い
- 7. A社への譲渡を決断された決め手
- 8. M&Aを振り返って
- 8-1. 著者
この記事では、住宅業界の業界再編や大手企業によるM&A事例を紹介する。
まずは「そもそも住宅業界とは?」というところから見ていこう。
住宅業界とは
業界定義
住宅業界は、設計・施工・事務・営業など、戸建て住宅にまつわるあらゆる業務を行う業界である。
住宅は、多くの人にとって人生で最も高額な買い物のひとつであり、その人の人生に長い期間にわたって影響を与える商品だ。
特に近年では災害に強い安全な住宅の需要が高まっている。太陽光発電やIT技術など、テクノロジーをうまく活用して省エネやスマートハウス化、バリアフリーへの対応も求められている。
住宅市場における業界再編
住宅業界の業界再編について紹介した上で、その具体例を紹介しよう。
2015年11月5日、ソニー不動産株式会社とヤフー株式会社は、新しい不動産売買方式「おうちダイレクト」サービスを開始することを発表した。
住宅不動産の売り手と買い手が市場(不動産物件データベース)に直接アクセスすることが出来るという点が、不動産仲介業者を通じて市場(REINS)にアクセスしていた従来の不動産売買形態と大きく異なる。
日本は他の先進国に比べて、中古住宅の流通率が圧倒的に低い。その理由は主に2つ。日本人が他国に比べて“新築好き”であることと、戦後焼け野原であった日本で人口が急増し、質よりも量を求めたバラック小屋を建て、その後ライフスタイルの変化に合わせて文化住宅やLDKタイプの戸建住宅へと自宅の建て替えを頻繁に行ってきた歴史である。
このような状況下で、ソニーとヤフーは異業種からの新規参入を果たしたのである。戦後のライフスタイルの変化と共に住宅に対して品質を求めてきた日本において、また社会保障費を含む税負担が増加し可処分所得が減る日本において、中古市場は今後拡大市場である。ソニーとヤフーはその拡大市場において売り手と買い手を直接繋ぐプラットフォームを創ったのである。
ちなみに、ソニー不動産のリノベーションデザインはソニー本体のデザイン部門が担っており、また住宅ローンはソニー銀行が、火災保険はソニー損保が取り扱い、中古住宅購入時の周辺サービスをグループで幅広くカバーしている。最近ではスマートフォンで解錠できるデジタル鍵を開発するベンチャー企業に投資し、ネットワーク家電にも参入している。
単独では成し得ないことを企業が集まることで実現し、業界に新たなビジネス・付加価値を創出するのが業界再編であり、惜しくも住宅産業において業界再編のリーダー候補となったのが異業種企業なのである。
中古流通市場に関わる企業のM&Aニーズは非常に高く、当業界の大手・中堅企業からのご相談も増えてきているが、業界外の企業によって、気づかぬうちに市場を掌握されてしまう可能性はある。
株式会社VALORの概要とM&A検討前の状況
ここからは、日本M&Aセンターの取次によってM&Aを成立させた企業様の事例を紹介する。それぞれの社史や合併に隠された意図をできる範囲で詳細にお伝えしよう。数字だけでは見ることのできない血の通ったM&Aの裏側だ。
【譲渡企業様】
・企業名⇒株式会社VALOR
・業種⇒不動産仲介・管理
・売上(M&A当時)⇒約4億円
・オーナー様のご年齢⇒46歳
~譲渡オーナープロフィール~
北折 勝美氏
愛知県出身。高校卒業後大手不動産賃貸会社での勤務を経て、不動産賃貸仲介会社を設立。
その後46歳の時に会社の譲渡を決断。譲渡後は不動産に係る総合コンサルティング業にて、企業研修、セミナー講師をこなしている。
【譲受企業様】
・企業名⇒A社
・業種⇒不動産管理
・売上(M&A当時)⇒約100億円
・オーナー様のご年齢⇒44歳
会社設立の経緯
譲渡オーナーの北折様は、大手不動産賃貸会社にて営業職、神奈川支社営業責任者を経て2004年に33歳で同社常務取締役に就任。同年に「社員が安心して永く働ける会社を自分で立ち上げたい」との思いでVALOR社を創業、設立した。
M&A検討前に考えていたこと
人件費と広告費に多くのコストが割かれる不動産業界において、資金面ではどうしても大手不動産会社に太刀打ちできない。そのため、VALOR社は営業力の強化に注力して成長してきた。
しかし、創業10年を超えたあたりから採用が難しくなっていること、店舗拡大の厳しさなどから、自助努力での安定的成長に限界を感じるようになり、会社が安定的に成長し続けられなければ目標としている「社員が安心して永く働ける会社」にはならないと悩むようになった。
安定的に成長し続ける為に必要なこと
北折様は、安定的に成長し続けるためには「資金力」と「人材」が必要だと考えていた。
黒字経営でも銀行借入れを増やしていては安定しない。また、優秀な人材の採用・育成にかけるコストと時間がないという現実に直面し、だんだんと中小企業として単独で経営していくことの限界を感じるようになっていった。
M&Aの検討と決断に至った経緯
M&Aを検討するに至った経緯
M&Aについては、ニュースで耳にしたことやご自身で調べられたこともあったそうだ。
M&Aは会社が成長するための選択肢の一つという認識は持っていたものの、当時は「大企業が対象の話であって中小企業は対象にならないと思っていた」とのことだった。
事業承継の選択肢
当時北折様は45歳で、その後も自分で経営していくことが可能な年齢だった。しかし、M&Aについて相談をし、今後の会社の経営について考えれば考えるほど、自助努力で成長し続けるにはあまりに課題が多いことに気付いた。
またご子息はおらず、会社の幹部社員たちにも次期経営者として太鼓判を押せるほどの人材はいないとのことだった。
そもそもこの状況を打開せずして親族や社員に事業承継を行っても会社の安定的成長は不可能であったことから、M&Aによる第三者への譲渡を真剣に検討されるようになった。
【図1】北折様における事業承継の選択肢
複数の選択肢がある内が決断のタイミング
北折様は「体調を崩したり業績が悪くなってしまえば廃業しか選択肢が残らなくなってしまう、そうなる前に決断をしなければならない」と確信を深めることになる。
そこで、黒字経営かつご自身がまだ経営していける年齢であったタイミングでM&Aについて考えることで、様々な検討を重ねた末の決断をでき、会社もベストな状態で譲渡することができると考え早速日本M&Aセンターへの相談を決めた。
日本M&Aセンターへのご相談
北折様ははじめ「そもそも相談に乗ってもらえるのか、また自社の事業規模で本当にM&Aが出来るのか」を非常に心配されていた。
しかし早い段階で100社近い想定候補先のリストが出てきたこと、またコンサルタントから言われた「嫌なら途中でやめればいい」との言葉でお相手探しを決断した。
実際にお相手探しへ
お相手先の希望
北折様が相手先に求めた条件は大きく分けて2つだった。
1 : 会社規模+資金力+安定性
2 : 今までのやり方で仕事を続けられること
社員が安心して永く働くことができ、待遇の上がる会社にしたいという目的でのM&Aであること、また譲渡後にやり方が変わって社員が混乱するのは避けたかったことから、上記の2つの条件を求めることにした。
譲受企業様との出会い
当初提示された候補先リストでは、全く知らない会社であるとの理由で、A社には提案NGを出していた。
しかし、A社社長の強い熱意と、両社のエリアシナジー(VALOR様は神奈川県横浜市で展開、A社は東京都で展開)が見込めると考え、面談をしてみることになった。
一度目の面談には、北折様のご長男にもご同席頂き、両社の紹介と、VALOR様から今回譲渡を検討するに至った経緯を、反対にA社からは譲受に興味を持たれた理由をお話しいただいた。
二度目の面談ではM&A後のビジョンや事業上の相乗効果などについて話し合い、そこでA社社長より「黒字だし、取引先もいいし、今までどおりの経営・運営でいい」とのお話があった。
北折様は、「M&A=一緒になってどんどん相乗効果を発揮してお互い発展していくもの」と考えられていたので、その場では腑に落ちなかったようだった。
しかしその後考えていく中で、「M&Aをしたからといってすぐに譲り受けた企業をどうこうする必要はない」ということに気付かれ、先に進んでいくことを決断された。
A社への譲渡を決断された決め手
A社社長からは雇用条件・仕事のやり方はそのまま引き継ぐという説明があり、何よりマザーズに上場しているA社と一緒になることで、「社員が安心して永く働ける会社」を実現できると確信し、話を進めることを決断された。
A社社長とはM&Aに向けた交渉過程で意見がぶつかることもあったそうだが、両者とも「このM&Aを実現させて社員と共に更なる発展を目指す」という熱意がゆるがなかったことで、無事成約まで漕ぎつけることができた。
M&Aを振り返って
北折様は2年嘱託で、役員ではない会長として籍を置かれることとなった。
引き継ぎが譲渡後一か月で終わり出社する必要はなくなったとのことで、社長がいなくても回るような会社作りを心掛けてきたことが結果として現れたと言える。
譲渡後の変化について、会社としては採用力の向上を感じられたとのことだ。
上場企業のグループ会社になったことで以前より応募してくる人の数が増え多様性が生まれ、会社の未来を見据えた上で大きな効果であったと振り返っている。
北折様個人としては、過去にお父様が体調を崩した際に仕事に追われ何もすることができず後悔された経験があり、M&Aのおかげでご両親への恩返しができるようになった他、家庭や趣味に多くの時間を割くことができるようになったとご満足頂けているようである。
従業員の方やお取引先からは当初、寂しさや疑問の声が上がり、理解を得られない方もおられたそうだが、丁寧に個別面談などを行い「仕事、待遇などは何も変わらない」ということを徐々に分かっていただいたそうだ。
「中小企業の経営者にとって事業承継は使命のひとつであり、手段・お相手を選べる時がタイミング。選べなくなったら交渉ではなくお願いになってしまう」
「M&Aがなければ間違いなく今も以前と同じ仕事を続けており、家族の時間を持てないまま時が過ぎていっただろう」
と北折様は振り返っている。