【不動産業のM&A事例】地域No.1有力企業の譲渡はなぜ起きたか?
⽬次
- 1. 社内に勤務するご子息には後継の意思がなかった
- 2. 70社を超える候補から厳選した数社に提案
- 3. 相手に“惚れてもらう”トップ面談
- 4. 候補先による条件提示 社風や経営陣の雰囲気が決め手に
- 4-1. <趣意書の主な記載項目>
- 5. 事業承継は会社を成長させる大きなチャンス
- 5-1. 著者
不動産業界では、小規模案件や「東急不動産ホールディングスによる学生情報センターの買収」に代表されるような大型案件のほか、“地場の有力企業が譲渡する事例”も増えてきています。1社でそれなりの規模があり利益がでているため、一見すると大手のグループに入る必然性はないように見えますが、事業承継問題・今後の先行きに対する不安などからM&Aを決断される企業が多いのです。
今回は、「地域No.1の有力企業が、なぜM&Aによる会社の譲渡を決断したのか?」お伝えします。
譲渡企業E社は山本社長(仮称)が創業された会社で、不動産賃貸仲介部門、1万戸を超える物件の管理を行う不動産管理部門、情報力を活かした仕入に強みを持つ不動産販売部門の3部門で構成されており、地域No.1の企業に上り詰めました。経営は非常に安定しており、毎期1億円を超える利益を上げ、無借金経営を継続している非常に優良な企業でした。
社内に勤務するご子息には後継の意思がなかった
山本社長は60歳を迎え、自身の引退と事業承継を考えるようになりました。社内にご子息が勤務していたものの、山本社長はご子息の経営能力に不安を感じていらっしゃるようでした。E社は100名を超える従業員を雇用している地場では大きな会社であり、また山本社長自身もこれだけの規模の企業を経営する責任感から、事業承継は成功させなければならないと考えていました。
結局、ご子息本人も後継の意思がないことから、ご子息への承継を断念し、大手企業とのM&Aの道を模索し顧問である会計事務所の先生に相談したところ、日本M&Aセンターを知っていただくこととなりました。
70社を超える候補から厳選した数社に提案
候補先探索の方針として、山本社長は下記の条件をあげました。
- 限定した数社のみへの提案
- 上場企業あるいは上場企業に準ずる企業
- 従業員の継続雇用・企業名を存続して頂ける企業
日本M&Aセンターからは70社を超える候補先リストを用意し、それを元に提案の方針について山本社長と協議をしました。事業内容・収益性からE社に関心を持つ企業は多数存在すると想定されましたが、山本社長は広く候補先に提案することで情報漏洩が発生するリスクを懸念されていました。
このような段階では、当社では幅広く提案する際は企業名を特定されないよう限られた情報のみを記載した資料(ノンネーム)を作成しますし、詳細提案時には必ず秘密保持契約を締結していますのでその心配はありません。ただし今回の提案の方針としては、まずは山本社長の希望に沿う可能性が高いと思われる数社に限定して提案を開始することとしました。
相手に“惚れてもらう”トップ面談
その結果、3社が正式にE社との商談を進めたいという意向を表明しました。候補先が複数現れたことについて、日本M&Aセンターから3社に状況を説明すると、1社は断念、2社がトップ面談に進むこととなりました。このように、M&Aの過程で徐々に本気度の高いお相手に絞られていくのです。
M&Aにおいては第一回目のトップ面談が非常に重要なステップになります。お互いにとって、相手方の経営者の人となり、考え方などを直接確認する重要な機会という意味もありますが、相手に惚れてもらうという意味で非常に重要です。
当日、候補先の2社からは自社のプロフィールに加え、E社が自社グループに入った時の想定されるメリットや将来ビジョンについて提案がありました。山本社長にとっては2社とも希望に沿う会社であり、経営陣に対する印象も非常に良かったことから、どちらと交渉を進めるか悩まれました。2社からはトップ面談後も本件に対する強い意向があったため、E社譲り受けについて、諸条件を記載した趣意書を提示いただき、実質的な入札をすることとなりました。
条件面については、トップ面談と並行して2社に検討を進めていただきました。株価を算定するにあたり、2社はそれぞれ3種類の企業評価を行い、提示額を検討しました。
- 1.時価純資産+営業権法
- 2.EV/EBITDA法
- 3.DCF法
通常、規模の小さい中小企業の場合、2.EV/EBITDA法と3.DCF法の評価をすることは適切でないと判断される会社も多いのですが、E社は一定の規模があったこと、毎期安定した業績を上げており将来の計画が立てやすかったことから、3パターンでの企業評価を実施することになりました。
候補先による条件提示 社風や経営陣の雰囲気が決め手に
具体的には、2社の候補より下記の項目に関して記載した趣意書を山本社長に同時に提示することになりました。
<趣意書の主な記載項目>
- 自社の紹介
- 本件提携の狙い
- 取引スキームと譲渡価額
- M&A実行までのスケジュール
- M&A後の経営体制と山本社長の引き継ぎ方針
- M&A後の運営方針と従業員の処遇
- 秘密保持に関する記載
結果として両社の提示条件などについて大きな差はなかったため、山本社長は趣意書受領後も交渉先の選定に悩むこととなりましたが、社風や経営陣の雰囲気から従業員がより働きやすいであろうと思われるF社を優先交渉先に決定しました。
事業承継は会社を成長させる大きなチャンス
F社は不動産事業を広範に手掛ける大手企業であり、地域的な補完・ストックビジネスの更なる強化の観点から、E社に対し非常に強い関心を持ったのです。山本社長はF社の持つ多岐にわたるソリューションやブランド力があればE社をさらに成長させることができると強い期待感を持ちました。
E社は一定の規模があったこと、管理物件が多かったことから、買収監査はF社にとって骨の折れるものとなりましたが、その後のプロセス自体は順調に進捗し、優先交渉先の決定から3ヵ月後に、無事M&Aの成約にいたりました。
中堅・中小企業において事業承継は非常に難しい問題です。E社のように経営が安定している地域の有力企業でも、事業承継の問題をきっかけにM&Aを決断する会社が多くなっています。オーナー経営者にとって、事業承継のタイミングは会社を大きく成長させる最後のチャンスです。
M&Aは会社・従業員・顧客にとってよりよい事業承継の方法として認知されてきた今、さらに一歩進んで事業承継をさらなる会社の成長のチャンスととらえ、M&Aで「勝ち組企業」へとレバレッジ成長を遂げ、自身のハッピーリタイアにつなげる経営者が増えているのです。