【食品・飲食業界M&A事例レポート】立ち呑み居酒屋「晩杯屋」は社会インフラになれるのか!?

江藤 恭輔

日本M&Aセンター業種特化2部 部長

業界別M&A
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飲食業界M&A事例レポート:立ち呑み居酒屋「晩杯屋」

譲渡企業様

・企業名⇒株式会社アクティブソース
・業種⇒飲食
・売上(M&A当時)⇒8億円
・オーナー様のご年齢⇒40歳

譲受企業様

・企業名⇒株式会社トリドールHD
・業種⇒複数の飲食事業を展開
・売上(M&A当時)⇒1,015億円

立ち呑み居酒屋「晩杯屋」は社会インフラになれるのか!?

IPOからM&Aへ、晩杯屋を運営する「アクティブソース」が上場企業グループ入りを決断した理由
2017年7月、都内で25店舗の立ち呑み居酒屋「晩杯屋」を展開するアクティブソースの金子社長は、自身及び親族で保有する80%の株式を、「丸亀製麺」を展開する一部上場外食企業であるトリドールホールディングスに売却しました。

当時、アクティブソースはIPOを目指して様々な準備に取り組んでいて、業界内ではよく知られていました。
それでは何故、アクティブソースの金子社長は一部上場企業グループとなることを決断したのでしょうか。

その理由を、飲食業界を取り巻く環境や特性と合わせて、考察していきます。

創業10年を目前にした、「30店舗の崖」

飲食業界は非常に参入障壁が低く、他と比較すると、極端に市場の再編が進んでいない業界と言えます。
日本国内には、外食を専業とする年商1,000億円を超える企業は11社存在します。その11社の売上を全て合算しても、市場規模約25兆円と言われる外食マーケットの10%弱に過ぎません。

また、外食上場企業は約100社ありますが、この100社合計の市場占有率も約30%しかないのが現状です。
日本国内には、上位4社から5社がマーケットシェアの80%以上を占める業界がいくつもある中で、この数値は、業界再編が非常に遅れているという事実を如実に表しています。

その原因となっているのが、飲食事業の成長を大きく阻害する「30店舗の崖」という概念です。とりわけ、ある程度人も店舗も増えてきて、30店舗に差し掛かる際に、非常に大きな「崖」に直面します。
創業当時は、社長個人のやる気やバイタリティ、キャラクターや世界観などにより、5店舗ほどまでは順調に成長して行きます。また、10店舗から20店舗までは、銀行からの円滑な資金調達と、有能な右腕・左腕となる人材を獲得出来ていれば、そこまで無理なく成長していくことが出来ます。

ところが、20店舗を超え30店舗に差し掛かろうとする際に、思わぬ「崖」に直面します。

その規模になってくると、社員も100名を超え、固定の人件費が経営に大きくのしかかってくるだけでなく、専任の店舗開発スタッフやフードコーディネーターを採用したり、また、外部のコンサルタントや顧問の公認会計士と契約を結ぶなど、間接コストも大幅に増大してきます。

一方で基本的に飲食店舗では、あまりに激しい競争環境から単店売上を昨年対比プラスにすることは非常に難しく、利益の絶対額を維持又は上げていくためには、出店し続ける必要が出てきます。

このような状況下において、古い店舗の改装(業態寿命の長い飲食店でも、2年から3年に一度は改装を実施しているほど、飲食店の店舗寿命は短いと言えます)や新規出店が嵩み、2重3重でコストがかかって来ると、既存店の売上減少とあいまって一気に赤字に転落してしまうことがあります。これを、「30店舗の崖」と呼んでいます。

M&Aを実施した当時、アクティブソースはしっかりと黒字経営を続けていましたが、潜在的にはそのような「崖」にぶち当たる手前であったと考えられ、社長兼オーナーである金子氏も不安を抱えていたと考えられます。

IPOと上場子会社化を比較検討

また、これまでIPOを志向して売上拡大を続けてこられた新進気鋭の外食事業経営者が、冷静にIPOすることと上場企業の子会社となる選択肢を比較検討し、その結果後者を選択(若しくは、両方を同時進行で進める)するケースが増えてきています。
現在の外食企業の最大の課題である人材確保について、仮にIPOをして上場企業になったとしても、すぐに優秀な人材を大量に確保するのは現実的に困難です。

しかし上場子会社であれば、親会社から幹部人材が派遣されたり、一括採用により親会社から割り振りを受けるなど、非常にメリットが多くなります。
その他、仕入コストの削減や物件情報の確保、資金調達の迅速化、創業者利得の確保など、上場子会社となることはオーナー個人及び会社双方にとって大きなメリットがあるのです。

これらがM&Aによる株式の売却を選択する、大きな要因になってきています。

40代創業社長の第二の人生

20代後半から30代前半で起業し、40代を迎え店舗数も一定規模になってきた飲食企業のオーナーにとって、まだまだ気力も体力も十分な内にM&Aで株式を売却し、それを元手に第二創業を実現したいと考えるのは非常に自然なことです。
なぜなら、彼らは0から1を作り出すのが得意なアントレプレナーであり、1から10、10から100と、それを拡大させることより、新たな事業を創り上げることに情熱を注ぎたいと考えているからです。

従って40代創業社長が、第二の企業家人生を実現するためにM&Aで株式を売却することは、非常に有効な手段と言えます。
このように、アクティブソースの金子社長は、自身が直面している経営者としての壁を冷静に見つめ、進めていたIPOと上場企業子会社化を比較検討し、また自身の第二の企業家人生を視野に入れながら、トリドールHDへの株式の売却を選択したと考えられます。

丸亀製麺に偏重した売上ポートフォリオからの脱却を狙う、トリドールHDのM&A戦略
それでは、アクティブソースを子会社化し、「晩杯屋」ブランドを取得したトリドールHD側の本件M&A戦略を見ていきましょう。

ピークタイムの分散

トリドールHDの売上の大部分を占める丸亀製麺において、売上のピークタイムは平日午前11時から午後2時と非常に短く、また郊外型の店舗においては、それらピークタイムの機会損失を回避すべく、店舗の何倍もの広さの駐車場が必要になってきます。
一方、晩杯屋はアルコール業態であることから、17時から23時前後までがピークタイムとなるため、丸亀製麺では囲い切れなかった時間帯の顧客を、取り込むことが出来るフォーマットと言えます。

出店情報の活用

大手飲食企業には、専属の店舗開発部隊が存在し、膨大な物件情報を保有しています。
その中には、既存のトリドールHDが抱える飲食ブランドからは零れ落ちてしまうも、晩杯屋のような形態にこそマッチする物件も数多く存在します。

このように、路地裏2等立地ならではのメリットを生かせる晩杯屋を取得することで、保有する大量の物件情報をより活かせるブランドとして晩杯屋に白羽の矢が立ったと考えられます。

業態を拡大させ外食領域のカバー率を拡大

現在、DDHDの100店舗100業態に代表されるように、大手外食企業はポートフォリオ経営の拡大を続けています。
どんなに優れたフォーマットでも、1つの業態における出店可能な店舗数や売上には物理的な限界があります。その限界を、多業態を1つの企業で保有し、様々な客層を取り込んでいくことで克服するという戦略です。

トリドールHDは、国内売上の8割以上を丸亀製麺が占め、第二、第三の強力な事業の柱を立ち上げることが急務となっていました。
トリドールHDの粟田社長は、晩杯屋にその可能性を見出したのではないでしょうか。

晩杯屋は、社会インフラとなり得るのか

トリドールHDは、雑誌の取材で本件M&Aを振り返りこのようなことを言っておられました。
「晩杯屋は、コーヒーチェーンのように、全ての駅前に出店できる外食のインフラブランドになり得るポテンシャルを持っている」

実際に、M&Aが実施される直前の晩杯屋の店舗数が25店舗であったのに対して、現在では倍の49店舗にまで拡大しています。
ちょい呑み需要の拡大、短時間化、若者のアルコール離れなど、居酒屋業態を取り巻く環境が大きく変動していく中、時代のニーズに適合した「晩杯屋」ブランドにトリドールの様々なノウハウが加わることで、晩杯屋は今後コンビニなどと同様、会社帰りにちょっとだけ立ち寄る”社会インフラ”に成長していくのかもしれません。

著者

江藤 恭輔

江藤えとう 恭輔きょうすけ

日本M&Aセンター業種特化2部 部長

1982年12月、宮崎県生まれ。青山学院大学法学部卒業後、大手金融機関にて約10年法人営業に従事した後、2015年10月、日本M&Aセンターに入社。その後、食品業界専門グループを立ち上げ、大手外食企業のM&Aを中心に、数多くの食品関連M&Aを手掛ける。2023年4月には同グループを部署に昇格させ、メンバー全員で、全国の優れた食文化の存続と発展をサポートしている。代表的な成約実績は、トリドールHDとアクティブソース(立ち飲み居酒屋晩杯屋)、トリドールHDとZUND(ラーメンずんどう屋)、サッポロライオンとハンエイ(餃子専門店である大阪王)、佐賀県の老舗アイス菓子メーカーである竹下製菓と生クリームパンメーカーの清水屋食品、PEファンドであるエンデバー・ユナイテッドと関西レストランチェーンのアートオブウォー・バサラダイニングの資本提携など。

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