第四次産業革命におけるITベンチャーのM&A

瀬谷 祐介

日本M&Aセンター業種特化チャネル部長

戸塚 直道

著者

戸塚直道

日本M&Aセンター業界再編部(2021年12月時点)

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

デジタル化の潮流により、ベンチャー企業との資本提携が加速

2019年国内企業の、資本提携を含めたM&A件数は、3262件と過去最多を更新しました。 一昔前の多くの日本企業は、新たな商品・サービスを生み出すために、自ら人材を採用・教育し、研究開発を行なうという、自前主義に拘り経営を続けてきました。しかし近年は、第四次産業革命と呼ばれる技術革新の波、デジタル化の潮流が国内の全産業に波及しており、自動運転技術などで他社と連携する自動車業界をはじめ、あらゆる業界で成長スピードを上げ、海外企業を含めた競争に勝つために、他社と積極的に連携していこうとするオープンイノベーションが浸透しています。

国内企業のM&A件数(資本提携を含む)

出典:レコフM&Aデータベース

特にIT業界ではその傾向が強く、1141件のうち739件がベンチャー企業への資本出資になっています。AI、IoT等の最先端技術獲得のため、大企業が中心となり、自社から直接、あるいはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通して出資を行なっています。自社のリソースのみでは、イノベーションが起こせず、時間も要するため、積極的に他社と連携し、取り込んでいこうという動きです。このようなベンチャー企業との資本提携は、これまでは大企業が中心でしたが、最近は新興企業へも広がってきています。 この流れは、2020年4月からの適用が予定される「オープンイノベーション促進税制」の創設もあり、益々広まるでしょう。

「オープンイノベーション促進税制」により、 ベンチャー投資は次のステージへ

2019年12月12日、与党の税制改正大綱が発表され、オープンイノベーション促進税制による優遇措置の内容が明らかになりました。第4次産業革命に伴う急激な事業環境変化に対応すべく、既存企業とベンチャー企業とが連携して行うオープン・イノベーションを促進することが目的であり、2020年4月1日から2022年3月31日の期間において適用されます。ベンチャー企業への投資が活性化することにより、ベンチャー企業は既存企業のリソースを活用して事業を拡大させることができる一方で、既存企業としてもベンチャー企業の強みを活かしR&Dに費やす時間を削減しながら事業拡大ができます。 経産省によれば日本では既存企業同士の連携が欧米の半分程度、既存企業とスタートアップの連携に至っては欧米の3分の1以下の水準であり遅れを取っています。しかしながら日系企業によるITベンチャーへの投資はこの10年間で伸び続けており(下図)、今回の税制改正によりベンチャー企業への投資に拍車をかける狙いがあります。

日系企業によるITベンチャーへの投資件数

出典:レコフM&Aデータベース

本税制改正により既存企業が設立後10年未満の未上場ベンチャー企業(新設企業は対象外)に1億円以上を出資する場合に、出資額の25%を所得金額から控除して税負担を軽減することができるようになります。出資者が大企業であれば1億円以上、中小企業であれば1000万円以上、海外ベンチャー企業への出資であれば企業の規模に関わらず5億円以上の出資が要件になります。また、発行済株式の取得は対象外であり、新たに資金が供給される出資であることや、出資対象が出資を行う企業または他の企業のグループに属さないベンチャー企業であること、出資後5年間は当該株式を保有すること等も要件になります。

次章では実際に弊社がお手伝いした大企業によるベンチャー企業のM&A事例を紹介します。

大企業のリソースを活用し、短期間で急成長 京セラコミュニケーションシステムとRistのM&A事例

AIを活用したディープラーニング技術に特化し製造業等に画像認識による検査システムを提供するベンチャー企業Ristは、設立後2年で京セラグループにジョインすることになりました。Ristの代表取締役であった遠野宏季氏は事業が軌道に乗ってきたタイミングで自社をより早くスケールさせるためにM&Aで大企業と手を組む選択をしたのです。 Ristは当時売上6000万円、一方京セラコミュニケーションシステムは売上1000億円を超える企業です。この規模の違いがあっても、Ristが持つテクノロジーやサービスの潜在能力が評価され、両社による資本提携が実現します。 製造業を顧客に持つ京セラコミュニケーションシステムはRistが持つサービスを既存の顧客へ展開することができ、Ristとしてもディープラーニング技術において肝となる「データ量」が圧倒的に集められる京セラコミュニケーションシステムとの提携が魅力であり、両社のシナジーは明確でした。

IT

2019年1月7日に資本提携のリリースが出されて1年以上が経った現在、当時社員数が10名強であったRistの社員は80名を超え、京セラコミュニケーションシステム内でも異動の希望が殺到する程にまで存在感を増しています。遠野氏の退任後に社長を務めることになった藤田亮氏は7万人の京セラグループの社員から選ばれたAIのトップ技術者であり、マネジメントにも優れている人物でM&A後に社員は一人も退職していません(2020年3月現在)。 売上は5.6倍に伸び、2019年10月2日には更なる事業拡大を狙って京セラコミュニケーションシステムを引受先とした4.2億円の株主割当増資を実施することがリリースされました。 両社の資本提携から学ぶことは非常に多く、2020年4月より施行されるオープンイノベーション税制が後押しする形で、こうした「大企業×ベンチャーM&A」の成功事例が増加していくことが予想されます。

■スタートアップのM&Aについては、こちらの書籍で詳しく紹介しています。  「M&A思考が日本を強くする~JAPAN AS No.1をもう一度~」  (2020年3月20日発売、当社 上席執行役員 業界再編部長 渡部恒郎著)

著者

瀬谷 祐介

瀬谷せや 祐介ゆうすけ

日本M&Aセンター業種特化チャネル部長

外資系金融機関を経て、日本M&Aセンターに入社。業界再編部の立ち上げメンバーであり、2012年から、調剤薬局業界・IT業界を中心に、中小零細企業から、上場企業まで数多くの友好的なM&A、事業承継を実現している。これまで主担当として70件以上を成約に導いており、国内有数のM&Aプレイヤーの1人である。顧客満足度評価は、日本M&Aセンターのコンサルタント約500名中1位。

戸塚 直道

戸塚とつか 直道なおみち

日本M&Aセンター業界再編部(2021年12月時点)

早稲田大学 基幹理工学部卒業後、大手証券会社入社。法人顧客向けリテール営業を担当し、数々の経営者に資産運用のアドバイスや法人ソリューションの提供を行う。2018年、日本M&Aセンターに入社し、業界再編部においてM&AアドバイザーとしてIT業界を中心にM&Aに取り組んでいる。

この記事に関連するタグ

「M&A」に関連するコラム

会社売却とは?メリットや注意点、流れを解説

M&A全般
会社売却とは?メリットや注意点、流れを解説

会社売却とは?会社売却とは、会社の事業や資産を第三者に売却し、対価を受け取るプロセスを指します。近年は、企業規模に関わらず、中小企業の会社売却の件数も増加傾向にあります。中小企業において、会社売却が検討される具体的な場面としては「後継者が身近にいないため、外部に引き継ぎ手を求めるケース」「自社単独での成長に限界を感じ他社と手を組むケース」が考えられます。この記事のポイント中小企業における会社売却で

【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 私たちにおまかせ!拠点紹介 ――日本M&Aセンター 九州支店

広報室だより
【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 私たちにおまかせ!拠点紹介 ――日本M&Aセンター 九州支店

博多駅の真向かいという好立地ビルを拠点に、約30人のメンバーが九州各地に繰り出す活気あふれる九州支店。九州出身者や、当地に移住を決めたメンバーも多く、地域に根ざした営業活動を展開しています。2023年度の成約件数が前年度の2倍になるなど、勢いに乗る九州支店を取材しました。(日本M&Aセンターが発刊する広報誌「MAVITA」Vol.4より転載)九州支店の情報はこちら[mokuji]支店長が語る九州地

【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 心に残る成約式 vol.2

広報室だより
【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 心に残る成約式 vol.2

<譲渡企業>株式会社きちみ製麺代表取締役吉見光宣さん<譲受け企業>八戸東和薬品株式会社代表取締役髙橋巧さん(役職はM&A実行当時)最終契約書が交わされるその日、日本M&Aセンターでは「M&A成約式」というセレモニーを執り行います。譲渡企業にとっては経営者人生の締めくくりです。譲受け企業にとってはM&Aを成功させる覚悟ができます。一つとして同じものがない「心に残る成約式」をご紹介します。(日本M&A

中小企業がM&Aを行う背景や目的とは?手法や成功のポイントをわかりやすく解説

M&A全般
中小企業がM&Aを行う背景や目的とは?手法や成功のポイントをわかりやすく解説

急速に高齢化が進み、2025年問題が目前に迫る中、中小企業によるM&Aの件数は増加傾向にあります。本記事では、中小企業のM&Aの現状とその目的、用いられる手法、中小企業のM&Aを成功に導くポイントについて紹介します。この記事のポイント中小企業のM&Aが増加傾向にある背景として、経営者の高齢化による「後継者不在問題」と、人口減少による「縮小する国内市場への対応」が挙げられる。中小企業がM&Aを選択す

【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 スポーツビジネスとM&A  Bリーグ初制覇を果たした広島ドラゴンフライズ

広報室だより
【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 スポーツビジネスとM&A  Bリーグ初制覇を果たした広島ドラゴンフライズ

日本プロバスケ界の歴史に残るシンデレラストーリーに——。クラブ創設10年目で、バスケットボールBリーグで初優勝を飾った広島ドラゴンフライズは、シーズン王者を決めるチャンピオンシップ(CS)で順位が上回るクラブを次々と撃破し、見事〝下剋上″を成し遂げました。2018年に日本M&Aセンターによる仲介でM&Aを実行、NOVAホールディングスを親会社に迎え、安定したクラブ経営の実現とチームの急成長の先に手

【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 地方発 世界に誇るブランド企業 Vol.2 小田陶器株式会社

広報室だより
【広報誌「MAVITA」Vol.4より】 地方発 世界に誇るブランド企業 Vol.2 小田陶器株式会社

陶磁器の生産で日本一を誇る「美濃焼」。美濃焼の窯元として100年以上の歴史をもつ小田陶器(岐阜県瑞浪市)が2024年、世界を見据えての新たな一歩を踏み出しました。(日本M&Aセンターが発刊する広報誌「MAVITA」Vol.4より転載)伝統と革新が織りなす美濃焼の至宝古来より生産が行われ、現在、国内食器生産におけるシェアが5~6割とも言われる美濃焼。生産地である岐阜県・東濃エリアには、数百もの窯元が

「M&A」に関連する学ぶコンテンツ

「M&A」に関連するM&Aニュース

ウエルシアホールディングス、子会社の現物配当により孫会社が異動へ

ウエルシアホールディングス株式会社(3141)の完全子会社であるウエルシア薬局株式会社(東京都千代田区)は、保有するウエルシア介護サービス株式会社(茨城県つくば市)の発行済全株式を、ウエルシアホールディングスへ現物配当することを決定した。これにより、ウエルシア介護サービスの発行済全株式を取得することとなり、同社はウエルシアホールディングスの完全子会社となる。ウエルシアホールディングスは、調剤併設型

日本エコシステム、テッククリエイトの全株式取得へ

日本エコシステム株式会社(9249)は、株式会社テッククリエイト(石川県金沢市)の全株式を取得し、グループ化することに関し、株主との間で株式譲渡契約を締結することを決定した。日本エコシステムは、環境、公共サービス、交通インフラに関する事業を行う。テッククリエイトは、北陸三県の鉄道線路・施設の保守点検、石川県内の工場・商業施設・公共施設などの給排水衛生設備、空調設備工事等を行う。テッククリエイトのグ

ニッスイのグループ会社、ニュージーランドの漁業会社IFL社を買収へ

株式会社ニッスイ(1332)のグループ企業であるSealordGroupLtd.(ニュージーランドネルソン市、以下シーロード社)は、インディペンデント・フィッシャリーズ(ニュージーランドクライストチャーチ市、以下IFL社)との間で、同社の買収契約を締結した。今後、同国の通商委員会および海外投資局の許可・承認を得ることなどを条件として、買収が成立する見通し。シーロード社は、ニッスイのグループ企業で、

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース