第四次産業革命におけるITベンチャーのM&A
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デジタル化の潮流により、ベンチャー企業との資本提携が加速
2019年国内企業の、資本提携を含めたM&A件数は、3262件と過去最多を更新しました。 一昔前の多くの日本企業は、新たな商品・サービスを生み出すために、自ら人材を採用・教育し、研究開発を行なうという、自前主義に拘り経営を続けてきました。しかし近年は、第四次産業革命と呼ばれる技術革新の波、デジタル化の潮流が国内の全産業に波及しており、自動運転技術などで他社と連携する自動車業界をはじめ、あらゆる業界で成長スピードを上げ、海外企業を含めた競争に勝つために、他社と積極的に連携していこうとするオープンイノベーションが浸透しています。
国内企業のM&A件数(資本提携を含む)
出典:レコフM&Aデータベース
特にIT業界ではその傾向が強く、1141件のうち739件がベンチャー企業への資本出資になっています。AI、IoT等の最先端技術獲得のため、大企業が中心となり、自社から直接、あるいはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通して出資を行なっています。自社のリソースのみでは、イノベーションが起こせず、時間も要するため、積極的に他社と連携し、取り込んでいこうという動きです。このようなベンチャー企業との資本提携は、これまでは大企業が中心でしたが、最近は新興企業へも広がってきています。 この流れは、2020年4月からの適用が予定される「オープンイノベーション促進税制」の創設もあり、益々広まるでしょう。
「オープンイノベーション促進税制」により、 ベンチャー投資は次のステージへ
2019年12月12日、与党の税制改正大綱が発表され、オープンイノベーション促進税制による優遇措置の内容が明らかになりました。第4次産業革命に伴う急激な事業環境変化に対応すべく、既存企業とベンチャー企業とが連携して行うオープン・イノベーションを促進することが目的であり、2020年4月1日から2022年3月31日の期間において適用されます。ベンチャー企業への投資が活性化することにより、ベンチャー企業は既存企業のリソースを活用して事業を拡大させることができる一方で、既存企業としてもベンチャー企業の強みを活かしR&Dに費やす時間を削減しながら事業拡大ができます。 経産省によれば日本では既存企業同士の連携が欧米の半分程度、既存企業とスタートアップの連携に至っては欧米の3分の1以下の水準であり遅れを取っています。しかしながら日系企業によるITベンチャーへの投資はこの10年間で伸び続けており(下図)、今回の税制改正によりベンチャー企業への投資に拍車をかける狙いがあります。
日系企業によるITベンチャーへの投資件数
出典:レコフM&Aデータベース
本税制改正により既存企業が設立後10年未満の未上場ベンチャー企業(新設企業は対象外)に1億円以上を出資する場合に、出資額の25%を所得金額から控除して税負担を軽減することができるようになります。出資者が大企業であれば1億円以上、中小企業であれば1000万円以上、海外ベンチャー企業への出資であれば企業の規模に関わらず5億円以上の出資が要件になります。また、発行済株式の取得は対象外であり、新たに資金が供給される出資であることや、出資対象が出資を行う企業または他の企業のグループに属さないベンチャー企業であること、出資後5年間は当該株式を保有すること等も要件になります。
次章では実際に弊社がお手伝いした大企業によるベンチャー企業のM&A事例を紹介します。
大企業のリソースを活用し、短期間で急成長 京セラコミュニケーションシステムとRistのM&A事例
AIを活用したディープラーニング技術に特化し製造業等に画像認識による検査システムを提供するベンチャー企業Ristは、設立後2年で京セラグループにジョインすることになりました。Ristの代表取締役であった遠野宏季氏は事業が軌道に乗ってきたタイミングで自社をより早くスケールさせるためにM&Aで大企業と手を組む選択をしたのです。 Ristは当時売上6000万円、一方京セラコミュニケーションシステムは売上1000億円を超える企業です。この規模の違いがあっても、Ristが持つテクノロジーやサービスの潜在能力が評価され、両社による資本提携が実現します。 製造業を顧客に持つ京セラコミュニケーションシステムはRistが持つサービスを既存の顧客へ展開することができ、Ristとしてもディープラーニング技術において肝となる「データ量」が圧倒的に集められる京セラコミュニケーションシステムとの提携が魅力であり、両社のシナジーは明確でした。
2019年1月7日に資本提携のリリースが出されて1年以上が経った現在、当時社員数が10名強であったRistの社員は80名を超え、京セラコミュニケーションシステム内でも異動の希望が殺到する程にまで存在感を増しています。遠野氏の退任後に社長を務めることになった藤田亮氏は7万人の京セラグループの社員から選ばれたAIのトップ技術者であり、マネジメントにも優れている人物でM&A後に社員は一人も退職していません(2020年3月現在)。 売上は5.6倍に伸び、2019年10月2日には更なる事業拡大を狙って京セラコミュニケーションシステムを引受先とした4.2億円の株主割当増資を実施することがリリースされました。 両社の資本提携から学ぶことは非常に多く、2020年4月より施行されるオープンイノベーション税制が後押しする形で、こうした「大企業×ベンチャーM&A」の成功事例が増加していくことが予想されます。
■スタートアップのM&Aについては、こちらの書籍で詳しく紹介しています。 「M&A思考が日本を強くする~JAPAN AS No.1をもう一度~」 (2020年3月20日発売、当社 上席執行役員 業界再編部長 渡部恒郎著)