譲渡オーナーとの語らい Vol.10 株式会社藤井商事様(神奈川県・洋菓子店)

渡邉  智博

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渡邉 智博

日本M&Aセンター 業界再編部 食品業界専門グループ シニアチーフ(2023年12月時点)

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藤井克昭氏は、日本人パティシエとして唯一、ポワロンドール賞を受章。
アンドレ・ルコント氏と共に日本にフランス洋菓子を普及させた第一人者として2014年には厚生労働省の「現代の名工」にも選出。

藤井氏の開発したフィナンシェ「ガトーバー」は多くのファンを持ち、有名ホテル等でも販売される。洋菓子業界の最前線を60年以上駆け抜け、84歳を迎えた年に、後世に味を残すためにM&Aを決断。

2020年12月に瀬戸内銘菓「母恵夢」で有名な愛媛県にある株式会社母恵夢へと株式譲渡を実行。
業界再編部 食品支援室室長 渡邉が藤井氏にお話しを伺いました。

家族総出でM&Aを考える

渡邉:6月末にセミナーにも登壇頂き、またお話頂きたいと思っておりますが、M&Aを知ったきっかけから、決断、ディールの最中の心境等を中心にお聞かせいただけますでしょうか?

藤井様:M&Aの検討のきっかけとなったのは、娘がM&AセンターさんのDMを開けて、セミナーがあるから行ってきてはどうか、と言ってきたことです。DMは様々な企業から頂いていたのですが、それまでは特に中を見ることもなく捨てていました。
娘は、なんとなく見てみたということでしたが、製菓・菓子パン業界に特化したセミナーということもあり、私も行ってみようと思い参加いたしました。
その頃、妻が体調を崩しており、私の片腕として何十年も一緒にやってきましたので「藤井商事」をどうしていくかを考えた時期でもありました。

渡邉:セミナーにご参加頂き、セミナー後に個別面談をさせて頂いたかと思います。

藤井様:はい。私自身、高齢ということもあり、自分の作った会社や味を引き継げるのか、という不安感がありました。一方で、経営者として引き継ぎたいというスタッフもおらず、娘が継いでも結局、いつまでも心配してしまうので本当の意味で会社を離れられないということもあり、廃業ということも一瞬頭をかすめました。
M&Aがどういうものであるのかが分からなかったので、そういった不安を解消できるものなのか、お話を伺いたいと思い相談をさせて頂きました。
その時のお話で、私の作った会社や従業員、味をバトンタッチしてもらえる相手がいるかもしれないと思い、進めてみよう、と決断をしました。


渡邉:「M&A」の最初のイメージはどのようなものでしたでしょうか?

藤井様:一言で申し上げますと、「不安」でした。娘も息子も一緒に家族総出でM&Aがどういうものかと調べました。自分の会社がどのようになっていくのかがわからない、バトンタッチをしてもらえる相手がどのような相手なのか、そもそも手を挙げてくださるお相手がいらっしゃるのかもわからなかったので。
実際に動き始めてからは、渡邉さんと1ステップずつ進むにつれて、「藤井商事に対して関心を持つ会社がある」という安堵感を感じられるようになってきました。

藤井商事を尊敬してくださっている

渡邉:9月に当社と提携仲介契約を締結させて頂き、12月末にM&Aを実行という、とてもスピーディーに進んでいきましたが、ディールの中で、ご苦労されたこととかございますか?

藤井様:従業員もですが、取引先、仕入れ先に気付かれないようにするのが大変でした。決まるまでは話せない、でもコロナ禍で会社がどうなっていくかがわからない、という様々な不安がありました。
そういう状況下で、私から、年内にどうにかしたいという要望をだして、それに対してどんどん動いてくださったおかげで、12月末に実行することができました。
年末のお忙しい時に、四国まで何度も足を運んでくださり、朝早くから夜遅くまで迅速な対応をしてくださいました。とても親身に、「ここまでやってくれるんだ」というくらい丁寧に対応くださって、渡邉さんには本当に感謝しています。

渡邉:年内にという要望に沿えることができ、良かったです。
時期的なもの以外で、譲受企業に対する要望はどのようなことでしたでしょうか?
 
藤井様:私共が作ってきた商品や味を大切にしてくれることと、スタッフを大事にしてくださることの2つです。
TOP面談で母恵夢さんとお会いした時の印象が、素晴らしいものでした。勝手なイメージですが、譲受企業という立場上「買ってやるんだ」という雰囲気なのかと思っておりましたが、とても柔らかで謙虚でいらっしゃって、藤井商事を「買う対象」ではなく「尊敬してくださっているんだな」と感じ、母恵夢さんに託していこうと決心しました。

渡邉:確かに、母恵夢さんはとても謙虚でいらして、むしろ「我々が譲受けさせて頂くなんて、良いのでしょうか‥」というようなことを仰っていました。それでも、日本の洋菓子界の第一人者であり、日本に洋菓子を広げた藤井様の会社を後世に残していかねばならないと強い覚悟を持って譲受けを決心いただきました。

従業員がポジティブに受け止めてくれた。

渡邉:従業員の皆さまへの開示されたときの、皆様のご反応はいかがでしたか?

藤井様:「後継者としてやっていきたい、と思う人は手を挙げて」と聞いてみたのですが、誰も手を挙げませんでした(笑) 一方で、私自身高齢ですし、急に倒れてしまうと二進も三進もいかなくなってしまいます。そういうこともあって「社長がそう判断したのであれば協力します」と大変ポジティブに受け止めてくださいました。
取引先にも私が高齢ということもあり「もし万が一のことがあったらみんなどうなっちゃうの?」と心配をしてくださっていたので、好意的に受け止めてくださいました。

渡邉:従業員や取引先の皆さまへの開示を終えて、どのような心境でしたでしょうか?

藤井様:肩の荷が下りてほっとしたという気持ちと、母恵夢さんに対してとてもありがたい、という気持ちです。新しい経営陣はお越しいただきましたが、コロナ禍もあり愛媛にある母恵夢さんの岡田社長のところへはM&A後に直接のご挨拶に伺えずにおりますので、早くお会いして御礼をお伝えしたいと思っています。それまでは、まだ私の仕事は終わってないと思っています。

後継者問題は一番大きな問題

渡邉:M&Aを実行されて、どのようなことを感じられたり、お考えになりましたでしょうか?

藤井様:フランスは、オーナーが「もう辞めてあとは余生を楽しもう」と思ったところで屋号を残して事業を譲渡するというM&Aが当たり前の文化です。ご家族も認識しています。日本のM&Aは、名前や屋号が残らない、乗っ取り、等といった古いイメージが払しょくしきれていない為、事業を譲渡することに後ろめたさや、恥ずかしいと感じてしまうことがあると思います。日本は見栄の文化もありますので。
ですが、こうして友好的なM&Aの事例が増えるにつれて、今後、洋菓子業界でもM&Aを実行する企業は増えていくのではないかと思います。
私よりも若い世代のオーナーさんにとっても、後継者問題は一番大きな問題だと考えますが、譲渡せずに身内に引き継いだからと言って必ずしもうまくいくわけではありません。
途中で投げ出されてももう戻れません。身内のことが気になって十分に余生を楽しむこともできないかもしれません。

一方で、第三者への承継することは、精神的にはとても楽になります。身内に引継ぐと気になってしまい、いつまでも離れられなくなりますから。それでは意味がありません。M&Aで第三者へ引継ぎ、自らは次のステップへ進んでいく、ということが人生も豊かになっていくと考えます。

著者

渡邉  智博

渡邉 わたなべ 智博ともひろ

日本M&Aセンター 業界再編部 食品業界専門グループ シニアチーフ(2023年12月時点)

大学卒業後、リクルートに入社。法人営業や営業マネージャー等を経験し、日本M&Aセンターに転職。2020年度には同社で最も多くの食品製造M&Aを成約へと導いた。2022年にはバーチャルレストランのM&Aも手掛け食品業界の最新トレンドにも明るい。著書に「会社を売る力 業界再編M&A最前線」​「The Story 食品業界編」​(共にクロスメディア・パブリッシング)

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