長野県の人気ベーカリーを有名アスリートが譲受け、全国に広めていくまで
⽬次
- 1. 長野県の人気ベーカリーが譲渡を決意するまで
- 1-1. 地域の名店から、全国の名店へ。販路拡大のための壁。
- 1-2. 優れた職人は、優れた経営者になれるのか?
- 1-3. 会社を引き継ぐ3つの方法とは?
- 1-4. 他地域とのM&Aを通じて企業の更なる発展を目指すことを決意
- 2. オンラインでもマッチングできる時代。飯沼誠司氏との出会い。
- 2-1. 著名人からの問合せ
- 2-2. 飯沼誠司氏の想い
- 3. M&Aにあたっての最後の難関
- 3-1. COC(チェンジオブコントロール)条項
- 3-2. 地主の想いを理解しながらも、専門家を含めて正しく対応
- 3-3. 地域コミュニティを大切にしてくれた地主
- 4. 新たなる挑戦
- 4-1. スピーディに進むオンライン化
- 4-2. グルテンの少ないパンを子供たちに届けたい
- 4-3. 地方創生にM&Aが果たす役割は大きい。
- 4-4. 著者
日本M&Aセンター食品業界支援室の渡邉です。
当コラムは日本M&Aセンターの食品業界支援室が業界の最新情報を執筆しております。
本日は、ライフセービングの第一人者として若手の育成や地域の環境保護などの活動を続けながら、俳優やモデル業、そして事業家として幅広く活躍する飯沼誠司氏が長野県の人気ベーカリーを譲受けたM&Aの実話をもとに製菓・製パン業界のM&Aのポイントをお伝えします。
長野県の人気ベーカリーが譲渡を決意するまで
1950年創業の老舗ベーカリーの『高原のパンやさん』は、長野県の八ヶ岳の近くで、長年、天然酵母にこだわった健康に良いパンを作り続けている名店です。
地域住民にとって美味しいパンを食べるためのかかけがえのない場所であると共に、多くの観光客からも同店のパンを買うことが定番の観光ルートになるほど人気です。
有名な映画にも同店のパンが登場するなど、多くのファンを抱える名店は、何故、M&Aを決意したのでしょうか?
地域の名店から、全国の名店へ。販路拡大のための壁。
「高原のパンやさん」の品田宗久氏(元社長・現会長)は長年に渡り、研究を重ね、天然酵母や八ヶ岳を水源とする美味しい水、地域の厳選された美味しい食材を使って、美味しいパンを作ることに全力を注いでこられました。
地域では誰もが知っている人気ベーカリーでありながらも、品田氏は『この素晴らしい商品を、もっと全国に広げたい』と考えておられました。しかし、オンライン販売の強化、大都市の新規取引先の開拓など、新たに挑戦すべき課題にもぶつかっていらっしゃいました。
優れた職人は、優れた経営者になれるのか?
品田氏は70歳を迎えても尚、職人としての最前線に立ち、長年に渡り従業員の指導を行ってきました。息子も入社しており、パン職人としての技術も徐々に向上していく様を品田氏は喜びながらも1つの考えに至ります。
『息子や従業員には、これまでに職人としての技術を伝えてきた。一方で、経営のことは自分ひとりで行ってきた。経営者を育てるには、経営に特化しても5年、10年と長い時間がかかる。果たして今から息子や従業員に会社を継ぐことを考えられるだろうか。』
会社を引き継ぐ3つの方法とは?
会社を引き継ぐには大きく分けて3つの方法しかありません。
- 親族承継
- 従業員承継
- 第三者承継(M&A)
息子に会社を継ぐ意志はあるだろうか?経営の才能はあるのだろうか?経営について十分な経験を積ませてあげられるだけの時間はあるのだろうか?
従業員は株主となって会社の株を買い上げられるのだろうか?会社の借入金を保証人として背負うことはできるのだろうか?地域の若者は都会に流出していくが、このまま、この地域で継続して企業を続けていってもらえるだろうか?
品田氏は真剣に会社の未来について考えました。
他地域とのM&Aを通じて企業の更なる発展を目指すことを決意
もともと、アイディアマンだった品田氏は第三者へ承継することをネガティブには捉えず「首都圏などへの新しい販路を開拓してくれたり、採用を強化してくれる企業や、外部の知見を与えてくれて新しい商品開発を一緒に楽しめるような企業に譲渡しよう」そうポジティブに決断され、当社に譲渡相談のFAXを送って頂きました。
オンラインでもマッチングできる時代。飯沼誠司氏との出会い。
私(渡邉)は、品田氏の「全国の面白い企業に譲渡したい」という想いを伺い、日本M&Aセンターで全国からお相手を探すと同時に、グループ会社であるバトンズのプラットフォーム(https://batonz.jp/)に案件情報として掲載することをご提案しました。
高原のパンやさんがこれまで苦手としてきたWebでお相手を募ることで、逆にWebに強い企業との出会いがあると確信していたからです。
著名人からの問合せ
バトンズに掲載後、すぐに10社以上からの問合せがあり、また、日本M&Aセンターとしても全国からお相手を探してくる中で、様々な条件交渉を行ってきましたが、バトンズを通じて、一際目を引く問合せがありました。それが飯沼誠司氏からの問合せでした。
飯沼誠司氏は、長年ライフセービングの第一人者として若手の育成や地域の環境保護などの活動を続けながら、俳優やモデル業、そして事業家として幅広く活躍しています。
そんな彼が何故ベーカリーに事業をスタートしたいと思っているのか。品田氏と私は関心を持ち、品田氏からの情報開示の許可もいただけたので、まずは仲介者として私が先に飯沼氏に情報をお持ちすることになりました。
飯沼誠司氏の想い
飯沼氏は会社を立ち上げて3期目で、これまでは水辺に特化した事業を中心に行っていましたが、5~10年後を考えたとき、活動の幅を広げていきたいお考えをお持ちでした。話を聞いていくと、スイミングスクールの運営等も行っている中で、アレルギー体質の子供が増えていることなどに胸を痛めておられ、ご自身もお子様がいらっしゃる中で、日頃食べている食材には何が使われているのかなど、食と健康への意識が非常に強いことが分かりました。
だからこそ、天然酵母にこだわったパンを作る「高原のパンやさん」に対してご関心をお持ちになられたとのことでした。
ベーカリーは飯沼氏にとって未知の分野でありながらも、アスリートとして第一線で活躍される飯沼氏のスポーツ科学的な視点や、幅広い活動から一般の食品製造企業とは異なるネットワークを持っておられたため、品田氏が考える「面白い商品開発」と「新しい販路開拓」の両方を叶えていただけるお相手だと私は確信しました。
M&Aにあたっての最後の難関
こうして順調にM&Aの交渉が進みましたが、成立を目前に最後の壁とぶつかりました。
COC(チェンジオブコントロール)条項
「チェンジオブコントロール条項」は、会社の経営陣が変更する場合の取引先への対応について、商取引の契約書に記載されている項目のことです。
COC条項があると、会社の経営権が他者に移譲される際に、取引先に対する事前通知や承諾が必要となります。取引先は、対象企業が買収され経営権が移動した後も取引を続けると、何らかの不利益を被るリスクがあると判断した場合、対象企業との契約を解除することが可能です。
例えば、店舗物件を借りている会社の経営者がM&Aを実行する場合、その物件オーナーの承諾が必要になります。もし物件オーナーが経営陣の移動に承諾しなかった場合は、その企業は退去を命じられ経営できません。
本件においては、店舗物件は自社所有の物件でしたが、土地に関しては複数の地主が所有しており、そのうちの1名から地代の大幅な増額交渉が入ったのです。1名の地代だけを上げることはできず、そうなれば他の地主とも揃える必要がでてきます。それは、とても事業を続けていける範囲での増額ではありませんでした。
地主の想いを理解しながらも、専門家を含めて正しく対応
地方ではよくある話かと思いますが、品田氏との長年の信頼関係のうえに土地を貸していた地主にとっては、東京在住の飯沼氏がオーナーとして突然現れても、すぐに「これまで同様に貸します」とならないお気持ちは分かりました。私も長野の地主のもとを訪ねましたが、初めは当然、ご納得いただけませんでした。
賃貸借契約の期限は、事実上、まだ残っている中で、急な増額も難しいことなど、弁護士とも連携を取りながら丁寧な交渉を続けました。「もし、このまま貸さないと言われてしまったら経営は続けていけない。その時は従業員の雇用はどうなるのだろう。地域に長年愛されてきたパン屋さんがなくなったら地域住民はどう思うだろう」と、重い責任を感じながら交渉を続けました。
もちろん、地主の方からすれば機会があれば賃料アップを求めることはビジネスにおいては当然のことではあるので、どこまでご理解いただけるかが大きなポイントとなりました。
地域コミュニティを大切にしてくれた地主
私だけではなく、売主である品田氏、譲受け先である飯沼氏も交え、何度も交渉を重ねる中で、地主の方も、その想いを理解いただき、最終的には「高原のパンやさん」という地域のコミュニティを守って行くために、快くこれまで同様の条件での貸し出しを許可いただくことができました。
本件においては最終的に平和的に解決しましたが、例えばフランチャイズに加盟している企業などの場合、フランチャイズ本部から許可が降りなかったり、多額の違約金を請求されるようなケースもなくはありません。
これらのことは商取引における契約書に記載があるため、予め注意をしておくことや、もし断られた際にどうするかといった事前の対策を考えておくことが非常に重要になります。
飯沼氏も「今回初めてのM&Aでしたが、日本M&Aセンターのようなアドバイザーがいないとかなり危険だったなと思います。もし直接交渉を行なっていたら、限界があったと今でも思っています。」とインタビューで回答いただいています。これからM&Aをご検討されているオーナーの方は、こうした様々な問題を想定し、対策を講じるためにも、早めに当社にご相談いただければ幸いです。
新たなる挑戦
スピーディに進むオンライン化
M&A成立後、東京在住の飯沼氏が毎日、長野県を訪れることは難しいため、まずはシステムの導入を行い、相談や業務報告がWEB上でできる体制を構築しました。
SNS時代ともいわれる昨今に合わせ、インスタグラムの開設やオンライン販売を行うなど、早くも様々な策が実行されています。また、飯沼氏の幅広い人脈を活かして有名なパティシエとの勉強会を開催し、見た目にも美味しい新商品開発などを進めています。
この記事をご覧になった皆様も是非、食べてみてください。
★オンラインショップは「高原のパンやさん オンラインショップ」で検索★
https://www.kougennopanyasan.com/
グルテンの少ないパンを子供たちに届けたい
もともとアスリートとして、スイミングスクールで触れ合う子供たちを見る中で、最近はアレルギーを持った子供も多く、自身のお子様も含めて健康的で美味しい食事を届けたいと願っていた飯沼氏。譲渡オーナーの品田氏は研究開発を得意としているため、M&A後、さっそく2人の打ち合わせからグルテンをほとんど含まないパンの開発が進んでいます。
地方創生にM&Aが果たす役割は大きい。
飯沼氏はM&A後、地域の金融機関や町役場、観光協会など、地域の方々に挨拶に伺いました。人口5,000人くらいの町なので皆、『高原のパンやさん』を応援したいという気持ちを持ってくれていたそうです。
飯沼氏との企画が進むことで、長野県小海町と首都圏が結ばれ、東京でも「高原のパンやさん」の美味しいパンが食べられるなど、地方創生へと繋がる取組がスタートしました。
また、譲渡オーナーの品田氏は、もともと将来的には町づくりに貢献していきたいという想いも持っておられたので、飯沼氏とタッグを組むことで、これまで経営に充てていた時間を使って、より一層、町づくりに深く関わるなど、ベーカリーの分野以外での夢も叶えることができました。
いかがでしたでしょうか?
今後も食品業界支援室から最新の業界情報をお届けをさせて頂きます。
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