2021年 IT業界のM&A  回顧と展望

竹葉 聖

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竹葉聖

日本M&Aセンター 業種特化3部 部長/IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO 審査員

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ITソフトウェア業界における2021年度のM&A件数は1,227件と、12月中旬(2021年12月15日現在)で既に過去最高件数を更新しています。
昨年から続くコロナ禍の影響は少なくなかった中、依然としてIT業界のM&Aは活況を呈している状況と言えるでしょう。

実際に、当社へのM&Aの相談数は、昨年から大きく増加しています。
2020年は新型コロナウィルスの登場によって先行きが見えなくなる中、買収や出資への投資を控える動きもあったことでしょう。

一方で2021年は止まっていた投資が動き出し、M&Aに対する意欲はより一層高まっているように感じます。
またM&Aと同様、ITソフトウェアに対する投資も2021年は高まりを見せており、多くのシステム開発企業が好調な受注を獲得していたのではないでしょうか。
本コラムでは2021年のIT業界M&Aを振り返り、主要なトピックを取り上げ解説します。

2021年を象徴するM&A

2021年も様々なIT業界M&Aが成約していますが、今年を代表する最も象徴的な案件はペイパル×Paidyの事例ではないでしょうか。これはUS決済大手ペイパルが、日本の後払いサービスベンチャーのPaidyを3,000億円で買収したという事例です。
この事例は以下の点において非常に特徴的なものと考えられます。

  • 推定時価総額は1,000億円を超え上場も視野に入れている中でのM&Aであったこと
  • 海外の有力なVC・機関投資家から出資を受けていたこと
  • クロスボーダーM&Aであったこと

Paidyは日本発のユニコーン(未上場企業かつ時価総額が10億ドル以上の企業)に数えられる程有力な企業であり、上場なども噂をされていました。会社としては順調な状況でした。しかしながら、単独で成長するのではなく、グローバルでのより一層の成長を見据えUSの超大手企業とのM&Aを選択しました。なお、ペイパルグループ加入後も、ペイディブランドは継続し、また代表取締役社長兼 CEOの杉江 陸氏は、引き続き同様のポジションで経営を行うそうです。まさに上場とM&Aを両睨みで検討し、その上で企業の成長にベストな選択をしたと言えるのではないでしょうか。
また、Paidyは創業7年目のベンチャー企業でありながら、有力なVC・機関投資家から出資を受けていました。初期段階から海外も含めた資本政策・事業展開を構想していたものと考えられます。そしてお相手企業はM&Aとフィンテックの本場、アメリカ企業です。これは海外を視野に入れるPaidyにとっては理想的な相手であったものと考えられます。

Out-In型M&A増加の兆し

前述のPaidyの事例を筆頭に、今年はOut-In型のM&Aが増えた年でもありました。
※Out-In型M&Aは海外企業が日本企業を買収する形態。

もう一つ紹介したい事例はGoogle×PringのM&Aです。2021年9月にGoogleはスマートフォン決済サービスを提供するPringを100憶円超で買収しました。Pringは2017年5月にみずほフィナンシャルグループ、メタップス、大阪瓦斯など国内の大手企業の出資によって設立された会社です。まだ設立4年目のベンチャー企業ですので、決算書上の数字から100億円の価値を算出するのは困難なように思われます。逆に、シナジーを創出できるという確信があるので多額の投資を実施できるという見方もできるでしょう。Paidyの事例もそうですが、日本企業が設立数年のベンチャー企業を100億、3,000億という金額で買収できるかと考えると、そう簡単なことではありません。こういった事例はM&Aの本場アメリカ企業ならではと言えるでしょう。
また、意外に感じられるかもしれませんが、2021年に最も国内のIT企業を買収した企業はアクセンチュア(アクセンチュアジャパン)です。アクセンチュアは2021年だけで4件のM&Aを実現させており、その相手企業も中堅・中小企業です。

各社リリースより、日本M&Aセンターにて作成
グローバル化の進展とM&Aの普及により、今後はグーグルやアクセンチュアのような世界的IT企業と日本企業とのM&Aが(Out-In型)がより一層増えていくことでしょう。

引き続き増加しているIT業界の事業承継型M&A

国内IT業界の市場規模は21兆円と言われています。その市場規模のほとんどを占めるのは、社会のインフラのシステム開発、エンタープライズ系の開発といわれ1万3千社のIT事業者が同市場を構成しています。それらは中堅ソフトウェア企業に分類され、1980年~1990年代に設立された企業がほとんどで、当時30~40歳で一人親方として創業した社長の年齢が60~70歳を迎え、事業承継問題の解決のため、新しい技術に対応するため、次のステージを生き抜くために実施する成長戦略のために、M&Aを用いるケースが増えています。これらの中堅ソフトウェア企業のM&Aの特徴を以下にまとめてみます。

IT企業のオーナーは他業種に比べて約10歳、株式譲渡の決断が早い

IT企業と他業種で比較した際、M&Aを決断する譲渡オーナーの年齢にどのような違いがあるのでしょうか。結論から申し上げると、60歳未満で譲渡されるオーナーの割合が全体の約60%を占めており、譲渡時の平均年齢は54.5歳という結果でした。これは他業種に比べて約10歳若い年齢です。

日本M&Aセンター作成「IT業界M&ADATA BOOK」より
こちらは、IT業種のM&A成約時の譲渡オーナーの年齢構成割合です。平均年齢が若いことはもちろん、30代以下のオーナーが5人に1人いることも特徴です。M&Aによって企業を譲渡する理由には後継者不在問題に対しての解決策が、かつてのメインでした。

しかし、IT業種において30代以下で譲渡をご決断されるオーナー様の多くは成長戦略としてM&Aを実行する方が多いです。それを裏づけるデータとして、日本M&Aセンターがコロナ渦による緊急事態宣言下にあった2020 年5月、IT企業を対象に意識調査のアンケートを実施した際の結果があります。そのアンケートでは86%の企業がM&Aに対してポジティブはイメージを抱いているという結果が出ました。もちろん日本M&Aセンターのポジショントークというご指摘もごもっともです。しかし、それを加味しても十分に多くの企業がM&Aに対してポジティブなイメージを抱いているのではないでしょうか。事実、冒頭ご紹介差し上げたように、IT業界のM&A件数の急増がアンケート結果の信憑性を補強します。

譲渡後も退任せず経営を続けるオーナーが過半数

下記の図の通り、M&A後、株式を保有せずに雇われ社長として経営を継続する事例が実は過半数を占めています。

日本M&Aセンター作成「IT業界M&ADATA BOOK」より
「譲渡時にオーナーにすぐ抜けられては困る。」これはよく買い手企業から聞かれる言葉ですが、実態を見ると6割近くのケースで、譲渡オーナーが経営を継続しています。また、退任する譲渡オーナーも株式譲渡実行翌日から会社に来なくなるというケースはほとんどなく、半年から1年間の引き継ぎを行ってから完全に引退することが一般的です。譲渡オーナーの立場から見ると、株式を譲渡後も会社に残って経営を続けていくということは、上場企業の社長と同じく、株主から経営を委任された「プロ経営者」として活躍を期待されるという名誉なことではないでしょうか。

平均株価はEV/EBITDA 倍率で約6倍

非上場企業の評価手法は、主にコストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの3つありますが、IT業界の株式価値算定方法として主流なのは、マルチプル法(マーケットアプローチ)です。コストアプローチの時価純資産+営業権法があまり用いられない理由としては、非上場企業の貸借対照表には事業と関係ない非事業用資産が載っていることが多いですが、時価純資産+営業権法ではその資産も株式価値として評価することになります。一方、マルチプル法であれば、非事業資産は評価しないもしくは現金換算していくらになるかで株式価値を算定するため、実態に即した評価が可能となります。もう一つのインカムアプローチのDCF法があまり用いられない理由としては、DCF法で最も重要な事業計画を譲渡企業が作成していないことがほとんどだからです。作成してあったとしても事業計画の蓋然性の検証が困難であり、中小・中堅の非上場企業の株式価値評価には向いていません。

IT企業の株価は「EBITDA×●倍+ネットキャッシュ」と算定されます。

  • EBITDA:営業利益+減価償却費
  • ネットキャッシュ:現金及び現金同等物―有利子負債

買い手企業はEBITDAの何倍を株価として評価するかを検討します。そしてこちらが日本M&Aセンターの直近約60件のIT企業の成約事例では、どのような倍率(評価)になるのか示したのが下のグラフになります。

日本M&Aセンター作成「IT業界M&ADATA BOOK」より
(※倍率50 倍以上は除く。)
一番多い評価は5~8倍のレンジで、平均EV/EBITDA倍率は6.1倍という結果でした。買い手企業からは5年で投資費用を回収することが条件と耳にすることもありますが、ご覧の通り、その場合は全体の4割にしかすぎず、半分以上の企業が5倍という倍率を超えて譲渡されているのがわかります。

最後に

以前M&Aのお手伝いをさせていただいたスタイルズ社(東京・神田)の梶原社長は、日々、海外の技術サイトを眺め、良さそうな開発ツールがあれば、自ら英語で問い合わせ、技術をどんどん試していく、社長でもあり、第一線で活躍する現役の技術者でもありました。その梶原社長が仰っていたのは、「これまでは受託開発モデルでお客さんのシステムを作り続けて来た、今後は、お客さんのサービスを作って終わりではなくその成長を見届けたい」という言葉でした。そのような考えもあり、IT企業ではなく事業会社とのM&Aを選択されました。このM&Aによって受託開発モデルからの脱却を図り、事業会社のDX化に自分たちの培ってきた技術力を活かすきっかけとしたのです。

2021年にM&Aをお手伝いさせていただいたSHIFT社(東京・麻布台)の丹下社長は、前職は年間2億円のコンサルフィーを稼ぎ出す製造業のトップコンサルタントでした。非エンジニアだった丹下社長は、製造業のコンサルノウハウをIT業界に持ち込んで成功しました。「M&Aによって、IT業界の多重下請け構造を破壊し、強い技術を持ったIT業界のフォックスコンを作りたい」ということを目標に30件近い件数のM&Aを実施しています。丹下社長はいつも、経営者の仕事は大きく2つ、①会社の方向性を決めること、②社員の年収を上げること と仰っています。M&Aの活用により成長してきたSHIFTグループの時価総額はこの8年間で約20倍、従業員の平均年収は毎年10%ずつ上がっています。
 
スタイルズ社のように『事業会社のDX化』を目指す異業種とのM&A事例。
SHIFT社のように強い技術を持った『技術の総合商社』を作るためのM&A事例(SHIFTモデル)。IT業界は今後、この2軸で変わっていくと考えられます。この戦略の実現のためにM&Aが活用されると考えます。

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著者

竹葉 聖

竹葉たけば きよし

日本M&Aセンター 業種特化3部 部長/IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO 審査員

公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツを経て、2016年に日本M&Aセンターに入社。IT業界専門のM&Aチームの立上げメンバーとして7年間で1000社以上のIT企業の経営者と接触し、IT業界のM&A業務に注力している。18年には京セラコミュニケーションシステム(株)とAIベンチャーの(株)RistのM&A、21年には(株)SHIFTと(株)VISH、22年には(株)USEN-NEXTHOLDINGSと(株)バーチャルレストラン等を手掛ける。IVS2022 LAUNCHPAD NAHA及びIVS2023 LAUNCHPAD KYOTO審査員

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