「M&A巧者」日本電産に学ぶ 成功するPMI
⽬次
- 1. 徹底的なコストの見直し
- 2. 営業が再生のけん引役
- 3. 終わりに
- 3-1. 著者
言わずと知れた世界No.1の総合モーターメーカー 日本電産。同社のもう一つの顔は、数々の買収を成功させ、多くの業績不振企業を再生に導いた「M&A巧者」です。近年は、従来のモーター事業に留まらず、2021年8月には、三菱重工工作機械(現日本電産マシンツール)を買収し、2022年2月には老舗工作機械メーカーであるOKKが傘下に加わるなど、工作機械事業への参入を加速しています。
同社沿革によると、1973年の創業から今日までで、計68社ものM&Aを実行しています。そのうち30社以上は、赤字や債務超過に苦しむ企業の立て直しであったことから、一時期は「再生屋」と呼ばれることもありました。一般的な企業再生は、資産・技術の切り売りや、不採算部門の縮小など、大規模なリストラクチャリングを伴うことが通例です。一方で日本電産は、従業員はおろか、役員陣に至るまで、人員削減を行わない姿勢を貫いています。親会社からは永守会長の代官役を派遣するにとどめ、営業利益率の目標が達成された暁には、生え抜きの人材が社長に就任することが多いです。
優れた技術力はあるものの、経営が悪化してしまった企業を買収し、「永守流」の意識改革や、営業力強化、コストダウンにより、収益体質へと生まれ変わらせています。多くの再生を、1、2年という極めて短期間で実現していることも驚異的です。今回のコラムでは、その日本電産のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)つまりM&A後の統合プロセスについて、紐解いていきたいと思います。
## “手弁当”で意識改革
大規模なリストラに代わって実施するのは、役員・従業員の意識改革です。日本電産の”三大精神”に代表される、徹底したスピード志向・顧客第一主義を、新しい企業風土として営業・製造の現場まで浸透させていきます。
※日本電産の”三大精神”
- 情熱、熱意、執念
- 知的ハードワーキング
- すぐやる、必ずやる、出来るまでやる
しかし、会社のカルチャーは一朝一夕に代わるものではありません。まして、業績不振に苦しんだ末に、競合企業の軍門に下った会社において、従業員の思いは複雑でしょう。その思いをリーダー自らが汲み取り、改革への熱意を伝えていくのです。
その具体的手法として永守会長が用いてきたのは、食事をしながらの懇談会でした。2003年に、それまで熾烈なライバル関係にあった三協精機製作所(現 日本電産サンキョー株式会社)に資本参加した際には、永守会長自らのポケットマネーで、2,000万円もの予算を用意し、現場社員~主任クラスの社員とは計52回の昼食懇談会、課長以上の管理職とは計25回の夕食懇談会を実施しています。この懇談会の中ではリーダー自ら、現場の本音や、不満の声にも耳を傾け、一つ一つ解決して行きます。このようにして、従業員の一人一人から、改革の本音を集めるこの懇談会は、全社参加型のPMIと呼ぶことができるかもしれません。
グループの総帥自ら、繰り返し企業体質の改革への熱意を伝えることで、社員の仕事へ向きあう姿勢を姿勢のベクトルは統一され、社内に少しずつ「改革派」の輪が広がっていきます。永守会長は「2割の社員の支持があれば、改革は成功する」としています。
徹底的なコストの見直し
特に赤字企業の再生においては、一刻も早く経費を削減し、出血を最小限に抑えることが重要になります。
ここでも、圧倒的な価格競争力で、精密小型モーターの世界シェア80%を獲得した、日本電産のノウハウが生かされます。
永守会長の腹心として、日本電産シバウラ、日本電産ネミコンの再生を主導した川勝宣昭氏は、当時を振り返る著書で、「明日から伝票を全て見よ」という、永守会長からの指示があったとしています。経営者自らが、金型の部品一つから、工場の一日の電気代まで、コストを最小単位から把握するという姿勢が、このエピソードからも垣間見えます。
さらに、傘下に入った企業はバイイングパワー向上による恩恵を受けることができます。製造業のM&Aにおいて、共同調達によるコストメリットは、最も普遍的な、シナジー創出の鉄則と言ってもよいかもしれません。日本電産においては、買収先の企業で使用している部品・資材・設備のすべてをリストアップし、グループ内で比較のうえ、同一の部品については、安価に調達できている調達元での条件に統一するなど、徹底的な共同調達が図られています。世界No.1の総合モーターメーカーである日本電産グループへの参画によって、業界で最も強い購買力を間接的に得ることができることは、想像に難くないでしょう。
直近決算において、営業利益2兆9,000億円超という、日本企業としての最高益を更新したトヨタ自動車も、「カンバン方式」といったコスト低減の独自メソッドを持つことで知られております。日本電産においても、この徹底したコスト改善方式が、PMIの大きな武器となっていることは疑いがありません。
営業が再生のけん引役
「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」という精神は、営業面でも効果となって現れます。日本電産の営業部門は、「会社の“機関車”であれ!」と言われています。日本の製造業においては、「良いモノは売れる」という技術信仰のもと、営業は2軍のように扱う風潮が残っていることは否めません。結果、マーケットの需要に合わない、無駄な機能が多く、過度に高性能な製品を投入する失敗事例が多くあります。営業こそが、会社をけん引する”機関車”であると位置づけることで、顧客が本当に望んでいる製品を提供することができるのです。
日本電産グループに加わった企業では、設計・製造部門は営業への徹底した協力が求められます。先述の川勝氏の回顧によれば、永守会長の指示は「営業が動いている間は、工場・開発は帰るな」というもの。営業が獲得した新規の見積もり依頼を、設計・工場は当日のうちに着手し、早ければ翌日には見積書を持った営業が顧客を再訪します。このスピード感では、1週間がたつ頃には、試作や改良の段階に入っており、ようやく見積書を出してきた競合は太刀打ちできないでしょう。このようにして、営業・技術が足並みをそろえた会社は、業績向上への道のりを歩み出すのです。
創業期に日本企業からの受注に苦しんだ永守会長は、自ら渡米し、スリーエム社のダビングテープ用モーターの新規受注を獲得したことで企業を存続することができました。この「必ずやる」営業精神は、今もグループに息づいています。
終わりに
永守会長は、『(M&Aの)クロージングは1合目』と、度々発信しています。買収そのものがゴールとなってしまう多くの日本企業が、PMIに苦しむ一方で、経営者がこのような認識を持ち続けていることが、日本電産をM&A巧者としているのではないでしょうか。
M&Aは「企業同士の結婚」とよく例えられますが、最終契約の締結・クロージングは、カップルが「市役所に婚姻届けを届けに行く」ような、手続きに過ぎず、(もちろん大変重要な手順ではありますが)本当に大切なことは、その後に長く続いてゆく「結婚生活」をどのようなものとするかであると、日本電産のPMI成功事例は、そう教えてくれるのではないでしょうか。
【参考文献】
「日本電産 永守重信社長からのファックス42枚」(川勝 宣昭、プレジデント社)
「日本電産 永守イズムの挑戦」(日本経済新聞社編、日本経済新聞社)
「成しとげる力」(永守重信、サンマーク出版)
「「人を動かす人」になれ!」(永守重信、三笠書房)
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