「造船業界の展望」 造船業界(中小企業)はM&Aをどのように活用するべきか
⽬次
- 1. 造船業界とは
- 2. 今後の展望
- 3. M&Aにおける造船業界の可能性
- 3-1. 「造船業×造船業」のM&A
- 3-2. 「造船業×他製造業」のM&A
- 3-3. 海外進出目的としたM&A
- 4. まとめ
- 4-1. 著者
明治時代、造船業は日本の製造業の中心産業であり、日本が近代化する上で欠かせない存在でした。かつて船の材料は木材が中心でしたが、次第に鉄や鋼へ変わり、鉄鋼製の船が現れ、石油を動力するものが一般的となりました。
そのため、日本では製鉄所や船渠が多くなり、造船業界は日本の基幹産業として成長し、1956年には新造船建造量シェア世界1位を獲得、その後も半世紀にわたってそのシェアを維持してきました。しかし、現在では中国、韓国にシェアを奪われ、世界3位となってます。このような流れを受け、国内の造船会社は「再編」や「事業の選択と集中(事業の切り離し)」などが盛んになっています。
本コラムでは造船業界の動向を踏まえ、今後の展望について考察していきます。
造船業界とは
広大な敷地を持っているという点が、他の製造業と大きく異なる
展望や課題をお伝えする前に、造船業界について確認します。造船業界における代表的な企業は、船を作る造船所、船の修繕を行う船渠などが挙げられます。これらが他の製造業と大きく異なる点は、船という大きなものを製造・加工している点です。
例えば、建造量で日本一の今治造船は、最も広大な敷地を有する丸亀事業本部において750,000平方メートルの工場を持っています。これは東京ドーム16個分に相当します。また造船所は、一般的にドックを持っています。ドックは船を建造、修理するための施設で、大きな仕切りのことです。一般的な製造業で行っている旋盤やフライス盤での機械加工や塗装に加え、このドックでの作業が必要になってくるため、広大な敷地を有しているのです。
広大な敷地を必要とするため、例えば業績がよくなり、エリア拡大を図ろうと思っても、ドックを保有できるだけの土地を見つけることや資金面などで課題があり、設備投資のハードルが他の業界よりも高いと言えるでしょう。
また、造船と言っても様々な種類があります。一例ですが、材質や大きさなど、得意としている分野が企業ごとに異なっております。
例えば材質だと
- 鉄(大きな船など強度を求めるものに使われることが多い。)
- プラスチック(比較的安価。レジャーボートや漁船で使われることが多い。)
- アルミ(軽いため、高速船やフェリーなどで使われることが多い。)
という区分けができます。
今後の展望
世界の建造量は2011年をピークに右肩下がり、国内においても同様の動きだったが、回復の可能性あり
世界全体の竣工量を見てみると2011年をピークとして、翌年以降は下がり続けています。建造量においてもほぼ同様のことが言えます。この理由は、2008年にリーマンショックが起きたことに起因します。一般的に、船舶は受注から引き渡しまでは1年半から2年かかると言われています。
リーマンショック前に受注した分は2011年までに建造できましたが、リーマンショック後は受注が激減し、2012年以降に影響を受けてしまったという構図になります。一時は日本の基幹産業と言われていた造船業ですが、万物流転で一気に変化してしまった業界と言えるでしょう。
出典:日本造船工業会「造船関係資料」をもとに日本M&Aセンターが作成
しかし、直近では今治造船の手持ち工事量は昨年7月時点で2.5年分近くとなっており回復基調にあります。手持ち工事量は適正水準が2年分と言われていますが、2020年6月には日本の手持ち工事量が1.05年分であり、業界全体の存続すら危うい状況だったことを考えると、大きな変化のように思えます。なぜ、昨年に手持ち工事量を増やせたのか。それは、巣ごもり需要の増加が原因の一つであると考えられます。①巣ごもり需要が増加②海運市況が回復したためコンテナの運賃が上昇③海運企業は業績を上方修正④新造船の積極的な発注 という流れができたのです。巣ごもり需要が増加し、その恩恵を受けているのであれば、向こう数年は回復の兆しがあるように思えます。しかし、それは今後も続いていくとも限りません。
中国、韓国に目を向けてみると、どちらの国も政府から支援を受けながら、赤字受注という思い切った取り組みを行っています。赤字受注を厭わないことでシェアを伸ばし、規模の小さい日本はその煽りを受けてきました。そのため、日本から見てみると、一時的に回復できたように思えても、本質的な課題を解決していかないことには、長くは続かないと考えるのが自然でしょう。
そのような中、国内1位の今治造船と2位のジャパンマリンユナイテッドは、2021年1月に合弁会社日本シップヤード株式会社(NSY:Nihon Shipyard Co., Ltd)を設立しました。資本業務提携となります。この狙いは、国際協力を強化し中韓勢に対抗する狙いがあるそうです。
企画開発や設計などを協力して行うという目的もあるようですが、赤字受注でシェア拡大をしていた中国、韓国に対抗する意図もあるのではないでしょうか。国としてもう一度復活を遂げたいという意思が感じられる出来事のように感じます。今治造船の手持ち工事量が伸ばせた主因は巣ごもり需要の増加と思いますが、日本シップヤードの設立も寄与している可能性があります。日本全体がこのような動きになれば、業界全体として回復できるでしょう。
M&Aにおける造船業界の可能性
複数企業による連携、提携等の取り組みが必要となる
先に述べたように、造船業は広大な敷地を保有しなければならず、設備投資のハードルが高い産業の一つです。そのため、自社単独での成長や事業拡大に取り組むより、他社と手を組み連携しながら成長していくことが必要です。その選択肢をいくつか紹介します。
「造船業×造船業」のM&A
自社で新しく土地や設備を手に入れようとしても、なかなか見つからないように思います。ドックを設置できるだけの広大な土地、大型の設備などを手に入れるのは難しいでしょう。中小企業でしたら、とりわけ厳しい状況かと思います。しかし、M&Aであれば、すでに土地や設備を持っている企業と提携ができるというメリットがあります。それに加え人材の補完を行えたり、自社で扱える船の製造の幅を広げられたりする可能性もあります。ただし、このやり方においては、エリアが近郊でないと相乗効果を最大限発揮するのは難しいかもしれません。
「造船業×他製造業」のM&A
こちらの手法もM&Aですが、造船業同士ではありません。そもそも造船と言っても多くの工程があります。NC旋盤でエンジンに使用されるピストン棒を製造する、門型マシニングセンタで軸受台を製造する、仕上工程で塗装を行う、など様々な工程があります。NC旋盤を使っている造船会社であれば、機械加工を行う企業と提携を行える、塗装を自社で行っている造船会社であれば、塗装や表面処理に強みを持つ企業との提携を行える、など選択肢があります。提携を行えば自社での製造能力を高められるだけでなく、材料調達コストの削減にも寄与できる可能性があります。
海外進出目的としたM&A
今まで登場してきた海外の造船会社と言えば中国、韓国でしたが、新興国にも需要があります。特にブラジルやベトナムなどの経済発展が見込める国での船舶の需要増加、ASEANにおける沿岸航行船の需要拡大など、新興国はまだまだポテンシャルがあると言えるでしょう。新興国の造船会社との提携や、新興国とのパイプがある企業との提携ができれば、需要増加時に恩恵を受けられるはずです。
まとめ
今回は造船会社にとって有用な手段として、M&Aを紹介させていただきました。ただし、M&Aでなくとも自社で成長でき、受注を伸ばせることができるのであれば、その限りではないように思います。確実なこととしては、変化していかなければ取り残されてしまう産業であるということです。1956年に新造船建造量シェア世界1位だったというプライドを持って、今こそ企業の垣根を越えて取り組むことが必要ではないでしょうか。
参考文献:
造船の技術(池田良穂 サイエンス・アイ新書)
よくわかる最新船舶の基本と仕組み(川崎豊彦 秀和システム)
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