2023年 IT業界のM&A事例紹介

七澤 一樹

日本M&Aセンター業界特化3部/IT業界専門チーム

業界別M&A
更新日:

⽬次

[非表示]

IT業界イメージ
皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの七澤一樹と申します。

私は、前職ではIT業界向けの人材紹介業に従事しており、現場担当として5年間、マネージャーとして3年間の経験を積んで参りました。

当社に入社後はIT業界専任のM&Aチームに在籍し、引き続きIT業界に関わらせていただいております。

人材不足や多重下請け構造といった業界特有の課題に悩まれている企業様や、そういった課題に対して様々な手段を講じ、急成長してきた企業様とお会いしてきました。
M&Aもそのような課題解決の経営オプションの一つです。

近年のIT業界のM&A件数は、日本国内におけるM&A件数の約35% を占めており、M&Aが活発な業界といえます。IT業界のM&Aが盛んな理由の詳細ついては「2022年IT業界のM&Aの振り返りと、2023年に向けてのトレンド」をご覧いただければと思いますが、主に2つのポイントが挙げられます。

IT業界M&Aの2つのポイント

1.新規上場企業のIT業種割合の高さ

新規上場企業の約4割がIT業種であり、上場後の企業価値の向上のための手法としてM&A活用が期待されています。

2.IT業界経営者の高齢化

日本のIT産業が誕生したのが1960年以降、特に1980年~2000年代に爆発的に企業数が増えた業界であり、当時30歳から40歳という年齢で、エンジニア(またはトップ営業)兼経営者兼株主として創業された方が高齢を迎え、株式の承継問題解決の手法としてM&Aが活用されています。

キャリアシステムズ×SHIFTの事例

今回のコラムでは2023年公表のIT業界M&Aの中から、具体的な事例として株式会社SHIFTによる株式会社キャリアシステムズの子会社化について取り上げ、詳細を見ていきたいと思います。

株式会社キャリアシステムズについて

譲渡企業である株式会社キャリアシステムズはTBSのお膝元、東京都赤坂に本社を構えるシステム開発会社です。

2010年に設立、従業員数160名規模の所帯を構え、ソフトウェアの開発、ITインフラ構築、保守運用、組込開発まで、ITに関わる様々な領域に対応できるオールラウンダーなシステム開発会社です。

公表されている数字を見ると、2022年3月期の売上高は約8億円、営業利益は約3,000万円となっています。東京だけでなく、大阪・名古屋・福岡・沖縄にも拠点を構えます。

国内SI業界を見てみると、2000年初頭から、リーマンショックが起こる2009年頃までは、ユーザー企業側のシステム開発需要の拡大に伴い、業界は活況でした。

需要拡大に対応をするため、多くのシステム開発会社が未経験者を含め、大量に人材を採用していきました。
しかし、リーマンショックとともにユーザー企業側の需要がストップ、資金繰りに困窮したシステム開発会社が倒産、再生に追い込まれました。

キャリアシステムズが創業されたのはその翌年の2010年、リーマンショック前後の混乱を間近で見るなかで、無理を強いての人材の採用は控え、着実、堅実に事業を経営してきた企業と言えます。

昨今はITエンジニアの採用が困難だと言われています。
レバテック株式会社が実施したITエンジニア・クリエイターの正社員転職・フリーランス市場動向に関する調査結果では、2022年12月のITエンジニア・クリエイターの正社員求人倍率は15.8倍といったデータが出ています。
求職者1人に対して約16社からアプローチがある状況となっています。

そのような状況の中でも、IT領域の様々なレイヤーの業務メニューがあること、未経験者でIT人材を志す20代の方でも、間口を広く採用と教育ができる体制を整えていること、またリファーラル採用などを活用することで採用はうまくいっていた企業であることが伺えます。
 
順調に成長してきたキャリアシステムズですが、なぜM&AによってSHIFTへのグループ入りを決めたのでしょうか。

100%株主兼代表取締役である齋藤 久武氏は40代であり、近々の課題としての事業承継課題は抱えていないように見受けられます。

一方、社員の数は100名以上の大所帯となり、組織の規模も拡大するなかで、教育、採用、従業員のキャリアを考えると、個人で株を保有するよりも、上場企業グループに株式を持ってもらい、より安定した基盤の中での事業運営を検討されていたものと推測します。

両社にとってどんなシナジーが見込まれるのか、詳しくは後述させていただきたいと思います。

【参考】レバテック「ITエンジニア・クリエイターの求人倍率、15.8倍と高止まり続く」

株式会社SHIFTについて

譲受企業である株式会社SHIFTは2005年に設立され、連結従業員数1万名規模、グループ会社33社(2023年1月時点)を束ねています。

代表取締役社長 丹下大氏は、もともと製造業のトップコンサルタント。
製作に2ヵ月かかる金型を2日で生産するなど、製造業の業務効率化について多くの知見を有していました。

生産性向上については、日本のトップを走っていた製造業から、当時、まだ生産工程の効率化が遅れていたIT業界に目を付け、ソフトウェアテストを一手に請け負う事業を祖業としてスタートしました。
現在は「ソフトウェアテストといえばSHIFT」から、「お客様の売れるサービスづくりといえばSHIFT」へと事業の転換を推進しており、IT総合サービス企業に進化を遂げています。

SHIFTの2022年8月期(FY2022)の売上高は648億円です。
2030年までに売上高3,000億円を目指すに当たり、M&Aを加速させていく方向性ということが見て取れます。
FY2022年間のM&A検討企業数は227件であるものの、実際に意向表明書(譲受側が譲渡側に対し、譲受けの意思と希望条件を伝える差入形式の書面)の提出までいったのは14件となっています。

227件のM&Aの情報を検討するなかで、条件の提示まで進むのが14件と、その通過率は6%となっており、魅力的な企業でないとSHIFTグループにジョインできない、という構図になっています。

また、2023年1月26日付けの日本経済新聞朝刊「目覚めるシャインたち(4)10%賃上げが導く好業績 年功より対価 安住と決別」によると、同グループは4期連続で正社員の平均値で10%超の賃上げを実現しており、年ベースで340万円の昇給を伝えられた社員の方もいるようです。

受託開発ソフトウェア業においての賃上げは、顧客単価の向上が不可欠です。
SHIFT(単体)では、直近13期連続で売上高を約1.5倍成長し、グループ会社においても平均132%成長し、従業員数も急激に拡大している中で、2017年当時の連結エンジニア平均単価58万円程度に対して、2023年第1四半期は、76万円程度にまで向上しています。

SHIFTはこれまで累計21社をM&Aによってグループに迎え入れています(資本業務提携除く)。
ターゲットはいずれもIT領域の企業です。
IT領域における様々なレイヤーの企業を買収する理由としては、ユーザー側のIT投資に対するニーズの多様化に対応する側面もあると考えられます。

例えば、ITサービスについても以前は作って終わりだったのが、今後は、売れるITサービスづくりができないとユーザーのニーズには対応できない、ということもあります。

両社のM&Aによるシナジー

なぜキャリアシステムズは、M&AによってSHIFTのグループ入りを決めたのでしょうか。具体的にどのようなシナジーを見込んでいたのでしょうか。

SHIFTの特徴的な強みは、「営業力」と「採用力」の2点。

「営業力」に関して、連結で月間約1,500社との取引があり、プライム案件数も多く、高い商流で案件を獲得しています。直近でもエンジニア単価110万円以上の案件を増加させています。

「採用力」に関して、2023年8月期第一四半期の3か月間で、採用費として約13億円を投下し、SHIFT(単体)で約160名ものハイスキル人材(年収600万円/エンジニア単価110万円相当)を採用しています。2022年通期のSHIFT(単体)への応募者は中途4.1万名、新卒3.3万名であり、グループ全体採用人数は約2,500名に上ります。

グループ入りへ期待したもの

キャリアシステムズは、SHIFTグループの「営業力」と「採用力」を活用し、成長にレバレッジをかけるために、グループ入りを決めたのではないでしょうか。

一方SHIFTは、キャリアシステムズをグループに迎え入れることにより、顧客に提供できるサービスメニューの幅を広げることが可能となり、これまで以上の価値提供が実現でき、自社グループの業績拡大にも繋がります。

2023年1月30日付けでリリースされた「株式会社キャリアシステムズの株式取得(子会社化)に関するお知らせ」によると、キャリアシステムズに対しては、既存案件の遂行はもちろんのこと、営業活動を連携することで、よりエンドユーザーに近い新規の案件を獲得することで、エンジニアの単価の向上や働く環境の改善にも取り組まれると宣言されています。

このように、両社が成長していくための戦略・思想が一致した結果、今回の結果に繋がったのだと考えます。

まとめ

今回は具体的なM&Aの事例に触れさせていただきました。

私自身、1ヵ月で約50社以上のIT企業の経営者の方々とお会いさせていただいている中で、IT人材の採用・エンジニア単価についてのお悩みは非常に良くお聞きします。このような課題に対して、M&Aは有効な経営オプションのひとつといえます。

IT企業の経営者の方々には、事業を拡大していく上で、重要な選択肢としてM&Aをぜひとも検討いただきたいと考えています。
当社は上場しているM&Aの仲介会社で唯一、IT業界専門のM&Aチームがあり、IT業界のM&Aだけでも累計350件以上の成約実績があり、業界に精通したコンサルタントが多数在籍しています。

IT業界のM&Aをご検討の際には、ぜひとも当社に一度ご相談いただければと思います。

IT業界の最新動向やM&A事例が良くわかるITソフトウェア業界M&Aセミナー開催中

著者

七澤 一樹

七澤ななさわ 一樹いつき

日本M&Aセンター業界特化3部/IT業界専門チーム

神奈川県出身。大学卒業後、㈱マイナビにて8年間ITソフトウェア業界向け人材紹介のコンサルティング営業に従事。入社4年目、5年目は企業向け人材紹介部門において、2年連続年間売上高1位を記録。チームマネジメントを経験した後、㈱日本M&Aセンターに入社。現在はITソフトウェア業界を専門にM&A支援業務に取り組む。

この記事に関連するタグ

「IT業界」に関連するコラム

過去最高の件数を記録した2024年上半期のM&A

業界別M&A
過去最高の件数を記録した2024年上半期のM&A

はじめに昨今、M&Aの話題を聞かない日はないほど、M&Aは経営オプションの一つとして確立し、世の中に広く浸透してきました。本コラムでは、具体的な件数を追いながら直近のM&Aトレンドについて解説していきたいと思います。@cv_buttonM&A件数で見る2024年のM&Aのトレンド早速ですが、今年の上半期(1月~6月)でのM&Aの件数を形態別にまとめましたのでご覧ください。(出典:レコフM&Aデータ

日本のIT業界における課題とM&Aによる解決方法

業界別M&A
日本のIT業界における課題とM&Aによる解決方法

はじめに皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門グループの七澤一樹と申します。私は、前職ではIT業界向けの人材紹介業に従事しており、現場担当として5年間、マネージャーとして3年間経験を積んで参りました。当社に入社後はIT業界専任のM&Aチームに在籍し、引き続きIT業界に関わらせて頂いております。IT業界においては、人材不足、急激な技術革新のスピードへの対応、多重下請け構造などといった業界

アクセンチュアとオープンストリームホールディングスのM&A | デジタル変革の推進力

業界別M&A
アクセンチュアとオープンストリームホールディングスのM&A | デジタル変革の推進力

皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの鈴木雄哉と申します。昨今はIT企業がM&Aを活用するシーンも増えてきており、今回は直近のM&Aの事例を基に解説させて頂ければと思います。@cv_buttonはじめに2024年5月、アクセンチュア株式会社(東京都港区、代表取締役社長:江川昌史、以下、アクセンチュア)は株式会社オープンストリームホールディングス(東京都新宿区、代表取締役社長:吉

IT企業が直面している課題とは?

業界別M&A
IT企業が直面している課題とは?

皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの土川幸大と申します。私はこれまでIT業界に10年間従事してきました。IT業のお客様も担当させて頂き、現在はM&A業界でIT業のお客様をご支援できればと精進しております。ここで多くのIT企業が直面している課題についてまとめてみます。@cv_button人材不足が招く負のスパイラル1.優秀な人材の採用が困難中小企業では優秀な人材の採用は困難とい

【2024年】IT業界の成長戦略型M&A事例紹介

業界別M&A
【2024年】IT業界の成長戦略型M&A事例紹介

皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの大西宏明と申します。私は、前職ではIT業界のSIerの法人営業として従事しておりました。当社に入社後はIT業界専任のM&Aチームに在籍し、引き続きIT業界に携わっております。@cv_button近年のIT業界は目覚ましい成長を遂げており、以下のトレンドで動いていると考えており、業界自体が急速に日々進化していると推測出来ます。技術の進化と革新

日本屈指のスタートアップが考える「これまで」と「これから」

業界別M&A
日本屈指のスタートアップが考える「これまで」と「これから」

皆さん、こんにちは。株式会社日本М&AセンターIT業界専門グループ齋藤です。2023年12月5日、6日に経営者及び起業家向けのセミナーイベント「経営活性化フォーラム」を開催いたしました。IT業界専門グループリーダーの竹葉聖がモデレータを務め、EastVenturesパートナー金子剛士氏、dely株式会社取締役CFO戸田翔太氏をお招きし、『日本屈指のスタートアップが考える、「これまで」と「これから」

「IT業界」に関連するM&Aニュース

PKSHA Technology、音声認識システム開発のアーニーMLGに追加出資して子会社化

株式会社PKSHATechnology(3993)は、持分法適用関連会社であるアーニーMLG株式会社(福岡県福岡市)の株式を追加取得し、子会社化することを決定した。PKSHATechnologyグループは、PKSHATechnologyの技術を用いたAIの社会実装を通じてソリューション提供・ソフトウェアプロダクトの拡販により、顧客企業の業務効率化、サービス・製品の付加価値向上やモデル革新の実現支援

TISインテックグループのインテック ソリューション パワー、ジェー・シー・エス コンピュータ・サービスを完全子会社化

TIS(3626)インテックグループの株式会社インテックソリューションパワー(東京都渋谷区)は、株式会社ジェー・シー・エスコンピュータ・サービス(新潟県上越市)の全株式を取得し、完全子会社としたことを発表した。TISインテックグループは、「金融包摂」「都市集中・地方衰退」「低・脱炭素化」「健康問題」を中心としたさまざまな社会課題の解決に向けてITサービスを提供している。インテックソリューションパワ

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース