[M&A事例]Vol.148 会社を成長させるため譲渡を決断。社長を継続し経営パートナーを得る
東北鈴木の2代目社長は、事業拡大を目指すものの方向性に悩んでいました。解決する手段の選択肢としてM&Aを考え、2024年3月に県外の会社に譲渡を行いました。
譲渡企業情報
譲受け企業情報
M&A実行当時
青竜社塗装店(神奈川県大和市)は、創業以来75年にわたり地域密着で住宅の塗装を手掛けてきました。佐藤 明会長はすでに従業員に事業承継していましたが、営業力の課題に直面、廃業を考えていたところM&Aに出会います。検討を続けた結果、課題を解決してくれる相手として同じ神奈川県で異なる事業を営むエス・プランニングに譲渡しました。エス・プランニングの齊藤 史規社長とともに、あらためてM&Aの経緯をお聞きしました。(取材日:2023年7月20日)
――青竜社塗装店は歴史のある会社ですね。
譲渡企業 青竜社塗装店 佐藤様: 父親が1948年に個人事業として創業したのが始まりです。父親はもともと東京で美術看板を手掛けていたのですが、戦争で焼け出されてたまたま縁のあった神奈川県大和市に移り住みました。ここは米軍基地が近く、ちょうど米軍住宅があちらこちらに建つようになったこともあり住宅の塗装をするようになったそうです。以来、地域密着で住宅の塗装事業を手掛けて今年(2023年)で75年になります。大和市内で一番業歴の長い塗装会社ではないでしょうか。お客様の紹介で仕事をいただくことも多く、おかげさまで設立以来安定した経営を続けています。
――M&Aを検討されたきっかけをお聞かせください。
佐藤様: まず事業承継についてお話すると、私は40歳で社長を引き継いだのですが、60歳半ばから次の社長を誰にするか考えるようになりました。息子が一人いますが、別の道を選んで継がないことがはっきりしていましたので、当時は従業員承継か廃業かのどちらかだろうと思っていました。 そこで、従業員承継を進めて2021年6月に社長交代し、私は取締役会長になりました。ところが会長になった途端、営業力の課題にぶつかり業績が下がってしまった。なかなか業績が上向かないので店を畳むしかないと考え、まだ余力のあるうちにと廃業について、顧問税理士に相談したところM&Aを提案されたんです。 最初、M&Aは大企業同士がするもので当社のような規模の会社には当てはまらないと思いましたが、そんなことはないとおっしゃるので日本M&Aセンターを紹介いただいた次第です。 2022年9月に提携仲介契約を結びました。すぐに3社ほど相手企業を提案いただいたので、こんなにすぐに反応があるのかと驚いたのを覚えています。
――齊藤社長は2007年にエス・プランニングを創業されました。幅広い事業を展開しておられますね。
譲受け企業 エス・プランニング 齊藤様: 当社は船や鉄道を製造する現場で、溶接や電気工事、塗装などを手掛けています。私は28歳で起業したのですが、実はその頃、勤めていた会社の業績悪化でリストラにあったんです。知人の紹介で造船所の清掃の仕事を紹介してもらったのをきっかけに、その仕事を個人事業として始めたのが最初です。
――そこからどのように事業領域を広げていかれたのですか。
齊藤様: 造船所ではたくさんの企業が仕事をしていますので、清掃の現場で一緒になった方に名刺を配っては営業活動をしていました。そんなことをする人間はいなかったので、今思えば目立ったんでしょう。「面白いやつがいる」と清掃以外の仕事も声を掛けてもらうようになりました。
――営業力をお持ちだったんですね。
齊藤様: 営業力があったかどうかはわかりませんが、必死でしたね。従業員たちにもただ仕事だけして帰ってこないようにと伝えています。現場を見渡して事業になりそうなことを見つけようと。ペンキが剥がれていれば「うちで塗らせてください」と言う、草が生えていれば「草むしりうちでしますよ」と提案する。当然、事業にならなかったものもありますが、その積み重ねが今につながっています。
――エス・プランニングは今回が2社目のM&Aです。最初にM&Aに取り組もうと思われたきっかけを教えてください。
齊藤様: M&Aを考え始めたのは3年ほど前からです。それまで造船所の中で事業をしてきて、おかげさまで創業以来ずっと業績を伸ばしてきましたが、その成長が行き着くところまできたと感じるようになりました。そんな時に日本M&Aセンターからアイ・ティー・ネットを提案いただいたんです。同じ横浜市内で電気通信事業を営む会社で、後継者不在で譲渡を検討していました。当社でも電気設備の点検のお手伝いをさせていただくことはあったものの技術的な部分までは請け負うことができず、アイ・ティー・ネットの技術があれば受注することができると2022年12月に譲り受けました。
――青竜社塗装店の佐藤会長は、2022年9月から譲渡先企業の検討を続けてこられて、2023年4月にエス・プランニングとのトップ面談に臨まれました。その後すぐに基本合意に進まれましたね。
佐藤様: 担当コンサルタントの藤田 将之さんからは何社もご提案をいただきましたが、お話を進めるところまでいきませんでした。エス・プランニングに魅力を感じた一つは営業力です。当社は営業力に課題がありましたので、エス・プランニングと一緒になることで会社が再び勢いづくのではないかと思いました。 齊藤社長もまだ40代と若く、将来に対する意気込みも感じました。私が社長に返り咲いたとしても年齢的に頑張れて2、3年でしょう。齊藤社長は営業のトップでもありましたから、そういう方にならお任せしてもいいだろうと思いました。
――エス・プランニングは異業種の会社ですが、その点は検討する上で悩まれましたか。
佐藤様: 藤田さんから、「M&Aは今の形態を維持しつつトップが変わるだけ」と聞いていましたので、従業員の業務内容が変わらないのであれば問題ないと判断しました。
齊藤様: 当社としても青竜社塗装店は魅力的な会社でした。エリアも近く歴史もありますし、アイ・ティー・ネットの時と同様に、今後は本格的に塗装の仕事を請け負えるようになります。ただ、私は正直、話を進めることに非常に迷いがありました。というのも、アイ・ティー・ネットを譲り受けてまだ半年も経っていなかったからです。 譲り受けるための資金もなく、最初に提案を受けた時は断りました。ところが、担当コンサルタントの天野 真之介さんが強く勧めるんです。彼はいい意味でしつこいんです(笑)。 「エリアも近く、塗装の実績もあり共通点が多い。業歴が長いし若い職人も多いことから安定している。一方で経営者人材がおらず、適任は齊藤さんしかいない!」と諦めない。私は彼の姿勢が好きなんです。自分の仕事に対して責任感がある。彼となら自分の会社を伸ばすことができると思えるんです。おそらく彼からの提案でなければ、どんなに魅力的な会社であってもあの状況下では断っていたと思います。
――譲受けに必要な資金はどう準備されましたか。
齊藤様: 当時、アイ・ティー・ネットの新社屋建設で金融機関から融資を受ける予定でした。それを今回のM&Aに充てたいと相談しました。交渉期間も短く大変でしたが金融機関から承諾もいただけて、基本合意契約から約1ヵ月でM&Aが成立しました。
――2023年5月の成約後、青竜社塗装店 佐藤会長は譲渡したことを社長や従業員にどうお伝えになりましたか。
佐藤様: 社長と役員、従業員それぞれに話をしましたが、そこは非常に気を遣いました。あまり早く伝えてしまって従業員が動揺して辞めてしまうんじゃないかと心配して、伝えるタイミングも藤田さんとよく相談しました。 すべてに齊藤社長が同席してくれました。従業員に対しては、仕事内容や待遇がまずは変わらないことを一人ひとりに直接伝えてくれたので、皆安心したようです。M&A後、私は会長に、社長は取締役となりましたが、当社は地元で長いお付き合いのお客様ばかりですので、これからも齊藤社長を支えながら一緒に青竜社塗装店を盛り立てていきたいと思っています。
齊藤様: 私は青竜社塗装店の社長になりましたが、会社は社長だけでは続けられませんし、社長のものでもありません。会社は全員で作り上げていくものです。だから、みんながこれまで時間をかけて一生懸命に作り上げてきたものを壊すことはしたくないし、あってはいけないことです。 これからも従業員のみんなでこの青竜社塗装店をつくっていってほしい。私はリーダーとして、青竜社塗装店の従業員たちが胸を張って自慢できる会社にますます成長させていきたいと思っています。
――グループとしての今後のビジョンをご紹介ください。
齊藤様: グループを10社まで増やすのが目標です。10社あれば何かあった時にグループ内でバックアップできますし、優秀な人材が別のグループ会社の経営を担うようになるなどキャリアの幅も広がります。 業績面でも売上げを10億にするのが夢です。エス・プランニング1社ではほぼ不可能ですが、グループであれば実現可能です。そのためにも今後もM&Aを積極的に活用していく予定です。
佐藤様: M&Aから約2ヵ月ですが、いい意味で変化はありません。ただ、これまでは廃業を検討するような状況でしたから、安心しているんじゃないでしょうか。今は齊藤社長の話にあったような広がりも期待できるわけですから、なんだか生き生きしている感じがあります。 私も今はまだ会社に顔を出す機会が多いですが、今後は会社の成長を支えつつ徐々に自分のカラーをなくしていって、次の居場所を見つけたいと思っています。
――今回のM&Aを振り返っていかがですか。
佐藤様: 廃業していたら持ち出しになっていたかもしれないと思うと、M&Aという選択に後悔はありません。知り合いで廃業を選んだ経営者は持ち出しになったそうです。従業員の退職金や資材の整理など、そうなるケースは多いんじゃないでしょうか。M&Aで持ち出しもなく従業員も変わらず働き続けているという話をすると、「え⁉ そんなにうまくいったの?」と言われます。 廃業するしかないと思っていた時には、妻にも「きれいに畳んでしまったほうがいい」と言われていました。でも、父から受け継いだ歴史ある会社がなくなるなんていうことは、自分には考えられなかった。長く勤めてくれている従業員もいる。だから今回、M&Aによって良いかたちで青竜社塗装店が続いていけることに本当に感謝しています。
こちらのM&A事例インタビューは動画でもご覧いただけます。
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まずは無料で
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「自分でもできる?」「従業員にどう言えば?」 そんな不安があるのは当たり前です。お気軽にご相談ください。
提携統括事業部 コンサルタント戦略営業部 藤田 将之 (有限会社青竜社塗装店担当)
顧問税理士事務所を通じてご相談いただいた際に、先代が戦後に創業した75年もの歴史ある会社が後継者候補を擁立したものの、経営課題に直面していると伺い、佐藤会長が大切にされてきた従業員様、取引先様との関係を次代に残す手段としてM&Aが一つの解決策になると確信をもってお伝えしたことを覚えています。今回のご提携により佐藤会長が課題を感じていた営業力という課題が解決し、歴史ある青竜社塗装店が100年企業へと将来に向けて成長していくことを祈念しております。
提携統括事業部 コンサルタント戦略営業部 シニアチーフ 天野 真之介 (エス・プランニング株式会社担当)
エス・プランニング様としては、1年で2社譲り受けることになり、M&Aした後が相当大変だったかと思います。ただ、相手企業には40代の若手職人が多く、現場を任せられる環境がある。経営・営業面を齊藤社長にフォローしてもらえれば、間違いなく歯車が噛み合うと確信しておりました。「日本には経営者人材が不足している」という国家課題に向き合う、理想的なM&Aの形だったと思います。