M&Aの最終契約書(DA)締結

下宮 麻子

日本M&Aセンター リーガルシステム課課長/司法書士

鈴木 一俊

日本M&Aセンター 法務部/司法書士

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更新日:
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M&Aの最終契約書(DA)とは?

M&Aにおける最終契約書(DA:Definitive Agreement)とは、 M&Aの最終段階において締結される、当事者間の最終的な合意事項を定めた最も重要な契約書 です。

株式譲渡の場合は「株式譲渡契約書」(SPA:Share Purchase Agreement または Stock Purchase Agreement)、事業譲渡の場合は「事業譲渡契約書」などスキームによって名称は異なりますが、これら契約書を一般的に「最終契約書」と呼びます。

契約当事者の一方が最終契約書の内容に違反し、当該違反により他方当事者に損害が生じた場合には、当該違反をした当事者に対し、損害賠償請求ができる旨が定められた、 法的拘束力を持つ契約 となります。

この記事のポイント

  • M&Aの最終契約書(DA)は、最終的な合意事項を定めた重要な契約書で、法的拘束力を持ち、譲渡価格や条件を明確にする役割がある。
  • 法的拘束力があるため、違反時には損害賠償請求が可能で、特に表明保証や誓約事項が重要な条項となる。
  • 最終契約書の締結後、クロージング条件が満たされているか確認し、契約解除の条件や損害賠償の期間・上限額についても注意が必要である。

⽬次

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最終契約書と基本合意書との違いは?

基本合意書は、デューデリジェンス(買収監査)実施前における、交渉過程の確認や中間的な合意を確認するためのものであり、今後の交渉を阻害しないための約束事(独占交渉権限の付与や秘密保持義務の設定その他の一般条項)以外は、 原則として法的拘束力を持たない契約 となっています。

これに対し、最終契約書は、 これまでの当事者の交渉を通じて確定した合意事項をすべて盛り込まれ、前述の通り、法的拘束力を持つ契約であるという点に違いがあります。

最終契約書を締結するタイミングは?

買い手によるデューデリジェンス(買収監査)は、この最終契約書を作成するために実施するといっても過言ではありません。

したがって、この最終契約書を締結するタイミングは、デューデリジェンス(買収監査)が終わり、その結果を踏まえ、売り手と買い手両者の間で全ての条件が合意できた時です。

最終契約書を締結する当事者とは?

選択するM&Aスキームによって異なりますが、株式譲渡の場合には、売り手である株主(オーナー)と、買い手が当事者になります。M&Aの対象会社(以下「対象企業」)が、当事者になるケースは多くありません。

対象企業に関する事項については、売り手である株主に義務を負わせれば足りると考えられるためです。

株主が複数存在する場合でも、事前に株式を買い集めない限り、100%株式譲渡を行うのであれば、その全員が契約当事者になる必要があります。

事業譲渡や吸収分割の場合には、売り手となる会社と、買い手との間で契約を締結しますが、事案により両者の代表者が保証人の立場で当事者に加わる場合もあります。

M&Aの最終契約書はなぜ複雑になるのか?

中小企業M&Aのスキームで多く用いられる「株式譲渡」を例にご紹介します。売り手対象会社をX社、買い手をY社としましょう。

株式譲渡も売買契約の一種ですが、不動産や車両等の他の売買契約書と比べて、複雑でボリュームのある契約書になる傾向にあります。なぜでしょうか。

株式譲渡は、端的に表すと「株式と代金の交換」です。つまり、株式譲渡契約は「株式の売買契約」ですので、譲渡対象物、譲渡価格、当事者、譲渡日だけで成立することになります。

したがって

「甲(売り手:X社株主)と乙(買い手:Y社)は、●年●月●日に、甲が乙にX会社の株式●株を譲渡し、乙は甲にその代金として●●●●円支払うことを約束した」

という内容でも十分有効な契約となります(株券発行会社の場合には、上記に加え株券の交付が必要となりますが、ここでは、株券不発行会社を例に説明しています)。この場合、売り手が買い手に対し、保有する自社の株式を引き渡すことで、最終契約書上の義務を履行したことになります。

したがって、M&A後に「多額の未払い残業代の問題を抱えていることが発覚した」「M&Aを理由に大口の取引先が取引を停止した」など買い手側に大きな損害が発生する事態が起きたとしても、買い手は売り手に何ら責任を問えないことになります。

こうした事態を回避し安心・安全なM&Aを進めるため、実際の契約書では、 譲渡価格等の条件のほか、クロージング条件や相手方に対する表明・保証、誓約事項等、数多くの事項について、特約として追加して定める 必要があります。そのため、通常の売買契約書に比べ、最終契約書はボリュームのある内容になる傾向にあります。

M&Aのクロージング

M&Aのプロセスで耳にする「クロージング(closing)」や「デリバリー(delivery)」とは、最終契約書に基づくM&A取引を実行し、売り手から買い手に対し、M&Aの対象となる会社や事業の経営権を移転させることを指します。

一般的には、売り手の履行義務である「譲渡対象物の引渡し」と、買い手の履行義務である「対価の支払い」が行われますが、株式譲渡などM&Aのスキームによってその内容は異なります。

株券発行会社における株式譲渡の場合には、一般的には売り手からの「株券の引渡し」に対し、買い手が「譲渡対価の支払い」が行うことでクロージングとなります。

上述の通り、一般的には最終契約書においてM&A実行のための前提条件(クロージング条件)が定められています。

特に買い手にとって「この条件が満たされないのであれば、M&A自体を止める」というほど、 絶対に譲れない前提条件 を定めます。

クロージング条件は「表明保証した内容が正しいこと」「譲渡日までの義務が遵守されていること」の2つが柱となりますが、事案により様々な条件が加わることもあります。そして万が一、譲渡日にクロージング条件が満たされなかった場合の取り扱い、についても定めておきます。

クロージングするためには、この前提条件を満たしていることが必要となるため、 最終契約書の締結日からクロージングする日 (呼称には、「譲渡日」「クロージング日」「決済日」あるいは「実行日」等がありますが、ここでは「譲渡日」と呼びます。) まで、一定の期間をあけることが一般的 です。

もっとも、最終契約書の締結の時点で、クロージングに必要な手続きがすべて完了していて、クロージング条件が満たされている場合には、最終契約書の締結日と同一日に実行する場合もあります。

日本M&AセンターではM&Aの支援実績豊富な弁護士、公認会計士、税理士など士業の専門家が、適切な助言・サポートを行い安全・安心のM&Aを実現します。

M&Aの最終契約書の基本構造

本記事では、株式譲渡契約について詳しく見ていきます。株式譲渡の契約で、最もスタンダードな構成は、以下の通りです。

【契約書の全体構成】
①前文・定義
②株式譲渡の合意、価格
③表明保証
④誓約事項(譲渡日までの義務)
⑤誓約事項(譲渡日後の義務)、付帯合意
⑥損害補償又は補償解除
⑦一般条項
※「表明保証した内容が正しいこと」、「誓約事項(譲渡日までの義務)が守られていること」が、一般的にはクロージング条件になります。

それぞれの項目について見ていきます。

①前文・定義

ここでは「この契約の当事者が誰であるか」、今回の契約の「締結目的」や「定義付け」が記載されます。

上述の「締結する当事者」 にある通り、 売り手である株主が複数存在する場合には、その全員が契約当事者となるため、全員の名前を記載することになります。

最終契約書には「直接全員が署名捺印をする」方法のほか、「一部の株主が他の株主に契約締結の権限を委任する」方法をとることもあります。

その場合には、必ず最終契約書の締結前に、一部の株主から委任状をもらっておくようにしましょう。事前に委任状をもらわずに最終契約書を締結してしまい、後で「M&Aに反対だから、委任状は出せない」ということになると、大きな問題に発展しかねません。

また、株主に未成年者が含まれる場合には、その法定代理人である親権者が未成年者に代わり契約書に署名捺印する必要があります。

そのほか、認知症その他の理由により判断能力が不十分な方が株主に含まれる場合には、家庭裁判所における成年後見制度を利用し、家庭裁判所により選任された成年後見人が代わりに契約書に署名捺印することもあります。

契約本文の中で、特に頻繁に使用される用語(例えば「対象会社」「対象株式」「譲渡日」などの用語)については、見やすくするため冒頭の箇所でまとめて記載するケースが多いことも覚えておきましょう。

②株式譲渡の合意・価格

契約の要素になる部分の記載です。契約当事者間で「譲渡対象となる株式」の内容や「譲渡価額」、「支払日(譲渡日)」、「支払方法」、「実行場所」等について、具体的に定めます。

また、株式譲渡代金の受領と引き換えに、売り手から買い手に引き渡す必要がある「書類・重要物品」を規定します。

例としては「株券」「役員の辞任届」「株式譲渡承認にかかる各種議事録」「株主名簿の名義書き換え請求書」「法人実印」「銀行印」などが挙げられます。

この他、交渉の過程で取り決めた事項を確認する書類が加わることがありますが、通常、後述の「④誓約事項(譲渡日までの義務)」に関連するものとなります。

買い手は、これらの重要物品から、「M&Aの前提となる売り手の手続きが完了して、スムーズに対象企業の支配権を引き継げる状態にある」ことを確認します。

③表明保証

「対象企業(売り手)が最終契約書の締結日や譲渡日の時点で、このような状態であることに間違いありません。」といった内容を、売り手である株主が買い手に約束することが中心となります。

表明保証の内容は、損害賠償請求できる範囲にも繋がるため、 最終契約書の中でも重要な条項 になります。

通常、売り手である株主、買い手ともにそれぞれ表明保証を行い、譲渡日の時点で、この契約に定めた表明保証の内容が正しくあることが、後述するクロージング条件になります。

④誓約事項(譲渡日までの義務)

上述の「M&Aのクロージング」でご紹介した通り、最終契約書の締結日から譲渡日まで、一定の期間をあけるケースは多くあります。その場合に、譲渡日までに行うべき手続き、あるいは、禁止事項を定める項目になります。

表明保証と並んで、この項目がきちんと遵守されることが、クロージング条件になります。

例えば、デューデリジェンスで判明した問題点について、売り手である株主が譲渡日までに解決・改善することを条件とした場合には、この誓約事項(譲渡日までの義務)に加えることになります。

譲渡日までに行うべき手続きの例として、「チェンジオブ・コントロール条項(Change of Control、通称「COC」)のある契約への対応」が挙げられます。

このCOCは「 経営体制や代表者の変更がある場合には、事前に承諾を得ないと契約を解除する 」というような条項であり、取引基本契約や不動産賃貸借契約においてよく見られます。

この場合、売り手である株主は、その契約の相手方(例:主要な取引先企業、本社が入居する建物の貸主など)にあらかじめM&Aで変更があることを説明して、今後も取引を継続してもらうことの承諾を得ておくよう、買い手から求められるケースがあります。

譲渡日までの禁止事項としては、「 実際に株式譲渡するまでは、対象企業に重大な変更を加えないこと 」等が挙げられます。

⑤誓約事項(譲渡日後の義務)・付帯合意

譲渡日後に株式譲渡に付随して、売り手、買い手が遵守すべき事項を規定します。「④誓約事項(譲渡日までの義務)」と異なり、クロージング条件には該当しません。

売り手に対しては「一定期間の引継業務を行うこと」「競業避止義務や従業員の引き抜き禁止の義務」について課す場合があります。

買い手に対しては「M&Aに伴って辞任する役員への退職慰労金の支給」「従業員の雇用条件の維持や保証債務の解除の義務」について課すことが多く、中小企業M&Aでは売り手の大きな関心事になります。

また、M&Aに伴い何か取り決めを行う場合には、その内容を定めます。例えば、対象企業が使用している工場が、売り手である株主所有の不動産である場合には、M&Aと同時に、その株主から対象企業に売却することを付帯合意として定めます。

⑥損害賠償又は補償・解除

契約書の当事者に、 契約上の義務違反や表明保証違反があった場合の損害賠償や補償 について定める部分です。賠償額や期間の定めも含め、交渉の中心になる場合もあり、 最終契約書において重要な条項 になります。

中小企業M&Aの場合、一般的に契約解除はクロージング前に限る、とすることが多いため、契約締結日と譲渡日が同一日である最終契約書に定めるケースはあまり見られません。

⑦一般条項

契約書に記載する一般的な内容が多い部分となり、大事な条項として「完全合意」があります。

「これがM&Aについての唯一の契約書であり、この契約書に記載されていない従前の合意、了解事項、交渉、協議等については、売り手である株主と買い手との間で最終契約書の締結がされることをもって、すべて失効する」という内容です。

そのため最終契約書の締結前に当事者が合意していた事項であっても、 最終契約書に記載していなければ、当該合意事項は無かったものと扱われる ため、合意事項が全て盛り込まれているか確認することが重要になります。

この他、秘密保持義務や契約の変更方法、費用負担、管轄裁判所、準拠法、誠実協議条項などについて定めます。

M&Aの最終契約書で意識すべきポイント

表明保証の内容が網羅的か

上述の通り、表明保証は、「当事者の一方が、相手方に対して、契約締結日や譲渡日において、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証すること」を指します。

M&Aにおいては、売り手である株主が買い手に対して、表明し保証すること(つまり約束すること)を、表明保証といいます。(項目は少ないながら、買い手にも表明保証を負ってもらいます。)

一般的には売り手に網羅的な表明保証をしてもらうことによって、何かしら問題が生じた際には、売り手に対して責任追及できるようにしておきます。

損害賠償又は補償の期間と上限額が定められているか

最終契約書に定めた誓約事項や付帯合意に関して違反が発覚したり、表明保証した内容に違反があったことにより損害を受けた場合には、相手方に対し当該損害の賠償の請求又は補償を求めることができる、と契約書に定めることは一般的です。

M&Aの契約書では「 損害賠償の請求又は補償を相手方に求めることができる期間 」 「 賠償額の上限 」がきちんと定められているか、が注意すべき点です。

損害賠償又は補償を相手方に対して求めることができる「期間」が契約書上定められていないと、将来にわたり賠償責任が課される可能性があります。

また上限額が設定されていないと、受領した譲渡代金以上の責任が課される可能性もあります。そのため「期間」と「上限額」が、損害賠償の条項において重要なポイントになります。

契約の解除がクロージングまでと定められているか

M&Aにおいて、契約の解除ができる時期は、「 クロージングまで 」 と定めるケースが一般的です。

その理由はM&Aの実行後、新役員体制のもとスタートしている状態で、契約を解除し、M&A自体を無かったことにすることが困難であるためです。そのため契約の解除ができる時期について、クロージングまでと定めてあるか、確認する必要があります。

終わりに

以上、最終契約書に関わる内容を紹介してきました。ポイントを意識して、最終契約書の内容を定める必要がありますが、複雑で難しい交渉になることもあります。

M&A仲介会社やM&Aアドバイザーをパートナーとしている場合でも、彼らから提供されるものは契約書の草案(ドラフト)ですので、当事者双方自身が、最終的な判断に基づいて意思決定し、責任をとる必要があります。

特に表明保証や誓約事項については、クロージング後に違反が発覚する可能性が残り、契約解除や損害賠償問題に発展する場合もあります。

必要に応じて、弁護士等の専門家のサポートを受けながら、最終契約書で曖昧な点がないか、あるいは、これまで協議してきた内容と最終契約書の内容に相違がないか、きちんと確認することが重要になります。

売り手、買い手ともに、スムーズに思い描いていたような事業承継が行えるよう、後日のトラブルが起きないような最終契約書にして、M&Aの最終局面を迎えましょう。

日本M&AセンターではM&Aの支援実績豊富な弁護士、公認会計士、税理士など士業の専門家が、適切な助言・サポートを行い安全・安心のM&Aを実現します。

著者

下宮 麻子

下宮しもみや 麻子あさこ

日本M&Aセンター リーガルシステム課課長/司法書士

中小企業の法務コンサルに特化した司法書士事務所にて、事業承継、相続、組織再編、企業法務を担当。2013年に日本M&Aセンターに入社。M&Aコンサルタントをサポートし、 毎年100件以上を成約に導いている。著書に『買い手の視点からみた中小企業M&AマニュアルQ&A』(中央経済社、2019年共著)、『司法書士目線で答える会社の法務実務』(日本加除出版、2018年分担執筆)等。2007年司法書士試験合格。

鈴木 一俊

鈴木すずき 一俊かずとし

日本M&Aセンター 法務部/司法書士

2014年司法書士試験合格。会社法・商業登記法を専門とする大手司法書士事務所にて、組織再編や種類株式、M&Aにかかる契約手続き等、高度な知識を必要とする手続きを多数経験。2017年より日本M&Aセンターに入社し、主に、株式譲渡・事業譲渡・組織再編等の契約法務・スキーム作成等をメインにM&A案件を法務面からサポートしている。

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